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33 クリアヌスタ峡谷

 


 生き残った村人達とともに、タイタンの一族の村を目指す。

 1時間ほど歩いた位置に、村への結界があるのだとか。


「クリアヌスタ峡谷の中でも名所でしてな。大河リヴァウマリーのうねりと巨大な岩壁、果てのない地平線。更には見事な朝陽も夕陽も見る事のできる、絶景ポイントなのです」


「あ、高所は平気ですかな? 結構高いですからね」


 それは大丈夫だが……かなり体力的にキツいものがある。

 登りだして約10分。

 私は既にバテバテだ。

 石や岩でゴロゴロしている足下。

 階段のように延々と続く登り坂。

 起伏が激しすぎるぞ!


 しかも、バテバテなのは私だけ。

 ヴェインもレオもなんのその。

 ひょいひょいと登っていく。


「僕たち、毎日登ってるし」「しー」


 さすがに、さすがに5歳には負けられん!

 情けないところは見せられん!

 必死になって登る。


 村長とローゼリア、アシュリーが先頭に立ち、真ん中ら辺を村の男達。

 最後尾に私とバドがついている。


「カミュー、俺が運んでやろうかー?」


「いらぬ! 幼子も登っているというのに、私一人運ばれるなど、なんたる屈辱! えぇい! タイタンは何故このように地面を隆起させたのだ! もう少し歩きやすいようにだな!」


「ごめんなー」


「何故バドが謝る必要があるのだ」


 足下に雪が積もってないだけ、まだマシだ。

 雪や氷が積もっていたら、私は更にバテバテになっていただろう。

 そして、足を滑らせて落下する危険がある。

 そういえば……


「ここは、シヴァの魔力が及ばぬのか?」


 入り口付近はそうでもなかったが、奥へ入るにつれて、シヴァの気配は薄くなっていっている。


「クリアヌスタ峡谷全体が、タイタンの住みかで守護下にあるからなー。シヴァの加護もここまでは及ばない」


 だから、雪も氷もないのか。

 寒さも、村と比べればそれほどでもない。

 シヴァの冷気が排除され、ここはフェブラント本来の気温になっているのだろう。


 ハアハアと荒い呼吸を繰り返しながら何とか登る。

 ……気のせいだろうか。奥へ行けば奥へ行くほど、呼吸が楽になっているような気がする。

 道が平坦になったわけでもないのに、これはどうした事か。


「奥へ行けば行くほど、タイタン由来の魔力が濃くなるからなー。きっと、カミュはタイタンの魔力と相性がいいんだな」


「しかし、タイタンは土の召喚獣であろう? 私は土属性は別に得意ではなかったのだが」


 いや、別にどの属性も得意というほどではなかったが……


「得意なのと相性がいいのとはまた別だぞー」


「そういうものなのか」


 それで言うなら、バハムートの魔力との相性はとてつもなく悪いのだろうな。きっと。


「でも、カミュー。タイタンと専属契約してくれとは言わないんだなー」


「何?」


「ほら、ローゼリアにはユニコーンとの契約を望んだろー? 向こう側にはイフリートがいるんだから、タイタンとの契約をしておいて損はない。俺は土属性が得意だし、タイタンは人間に好意的な召喚獣って言われてるしなー」


 はあ、何を言い出すかと思えば。

 確かに、タイタンはウンディーネと並んで、人間に好意的で穏やかな名ありだと言われている。

 だが、タイタンはタイタンで、バハムートとは別の意味で専属契約を結ぶ事が難関だと言われている。


 人間に好意的だからこそ、契約をしない。

 特別な人間を作らない。

 ある意味、平等な召喚獣だ。

 召喚師と召喚獣の歴史の中で、タイタンと専属契約を結んだという記録は1件もない。

 優先契約ですら、1件もないのだ。


 ユニコーンは契約が難しいとは言っても、名無しだ。

 ユニコーンとの契約に挑んで、死亡したり大ケガをしたという記録は1件もない。

 それに、あの時は案内人であるエリンがおり、通常の契約と違い、危険度は格段に下がっていた。


 いくら穏やかで好意的であろうと、魔力が強大な名ありとの契約は命の危険を伴う。

 そんな事、友に頼むわけがなかろう。


「この中で、名ありとの契約の危険性を1番良く解っているのは私だぞ? 頭痛や嘔吐に悩まされ、魔力が凡人まで落ち、契約時の記憶までなくし、ひきこもられ、使役も何もできていない」


 ……うむ。我ながら、詰んでいるな。


「そうなる可能性がある危険な事を、友人に頼むわけがなかろう。私はそこまで鬼畜で非情ではない」


 まったく。

 バドは、私をそんな男だと思っていたのか。

 そんなに酷い事をした覚えはないぞ。

 ……いや。バドと初めて会った時の私は、とてつもなく酷い男だったような気が……


 私が1人、自分の過去の所業に反省し落ち込んでいると、バドの笑い声が降ってきた。


「バド、何を笑っているのだ!」


 もしや、落ち込んでいる私を見て、笑っているのではあるまいな。


「いや、そうだよなー。カミュはそう言うよなー」


「何がだ?」


 何、1人で納得して、目に涙が浮かぶほど大笑いしているのだ。

 私は全くもってわけが解らんぞ。


「俺がちよっと弱気になったってだけだから、大丈夫だぞー」


 む?弱気だと?


「約束を果たす時がきたのか?」


 バドからの頼まれ事。



『……俺が迷ったり立ち止まったりして動けなくなったら、ケツを蹴っ飛ばしてほしいんだ』



 私はいつでも準備万端だ。

 バドのケツまで、足が上がるかどうかという疑問は残るが。


「そこまでじゃないから、大丈夫だぞー」


「そうか? 珍しいバドの頼み事だからな。私はいつでも全力で任を果たそう」


 いざという時にバドのケツまで足が届くように、練習をしておかなくてはな。



 登り続けて約30分。

 観光客が1人もいないのは、こういうご時世だから解るのだが……

 名無しの召喚獣も獣も鳥も、何もいない。

 クリアヌスタ峡谷に来たのは初めてだが、召喚師と召喚獣の聖地とまで言われる場所が、名無しの1体もいないのはさすがにおかしいのではないか?


 近くを歩く村の男に尋ねる。


「歩いている途中にすまない。ここは、こんなにも何もいないのが普通なのか?」


「いや。確かにここ最近、少なくなってきたとは感じていた。だが、ここまで何もいない事は初めてだ」


 やはり、これは異常事態。


「とりあえず、タイタンの一族の村に行こう。話は……それからだ」


「……バド?」


 どうしたというのだろう。

 バドの表情が、いつもと違うものだった。

 苦しそうな、悲しそうな。

 叫びだしてしまいたくなる衝動を必死で押さえているかのようだった。



 その後も歩き続け……


「おお、確かに絶景」


 ちょうど夕陽の時間帯にたどり着き、村長オススメの夕陽を見る事ができた。


 村長はタイタンの一族の村に入る為の準備をしている。

 何か、決まった手順があるらしい。

 他の者達はその間、一時休憩。


 その合間の時間を利用し、私は絶景を堪能していた。

 夕陽だけではなく、果てまで見渡せる素晴らしい眺望。

 クリアヌスタ峡谷の岩壁が夕陽に照らされ、赤く染まる。


「何回見ても圧倒されるんだよね、ここの景色」


 景色に見惚れていた私に、ヴェインが声をかけてくる。

 さすがにレオは疲れたのか、ヴェインの裾をつかみながら目をこすっていた。


「カミュさん知ってる? ここ、タイタンの贈り物って名前なんだよ」


「タイタンの贈り物?」


「そう。ここの景色は、タイタンから人間へのプレゼントなんだって」


「そうか。タイタンも粋な事をするな」


 何回も来れぬ場所であろうから、目に焼き付けておくとするか。

 フェブラントの王都……は流石に見えないが、遮るものが何もない広大な景色は、未だ届かぬドラゴニアの国境壁をうっすらと映し出す。


 あの向こうが、ドラゴニア……


 しかし、ここに着くまでの間、召喚獣や獣はついぞ現れなかった。

 やはりこれは……


 思考の海に入ろうとしていたが、皆が立ち上がった気配に中断する。

 村長の準備が終わったらしい。

 一際大きい岩の前で、印を組み何かをブツブツと唱えている。

 すると、岩がパアッと輝きだし、私達全員を包み込む。



 眩しくて目を閉じ、次に開けた時には、もう私達は村の結界の中にいた。


「ここは……」


 クリアヌスタ峡谷は乾燥し、草花も生い茂ってはいなかった。

 だが、ここは草花が生い茂り、樹木が実をつけ、鳥の鳴き声がし、僅かながら召喚獣の気配もする。


 上も横も全てが岩だ。

 もしかして、岸壁の中なのだろうか。

 四方全てが岩壁だというのに、何故か暗くはない。

 むしろ、先ほどまでいた外と何ら遜色のない自然の光。

 松明なども灯っていないのに、一体どこに光源があるのか。


 少し離れたところに畑らしきものも見える為、自給自足なのか。

 むしろ、何故ここで植物が育つのかが解らないのだが。

 これも、タイタンの加護なのだろうか。


 ゆっくり、こちらに向かって誰かが歩いてくる。


「村へようこそ。我が同胞よ」


 しわくちゃな顔の老婆だ。

 若干腰が曲がり、木の杖で身体を支えながらゆっくり歩いている。

 陽に焼けたのか、元々そうなのか。

 肌が私達より少し黒い。


 その後ろに、付き従う若い男女。


 着ている服も靴も独特だ。

 アイミュラーともフェブラントとも違う。

 巻頭衣、というのだろうか。

 色とりどりの布を頭から被り、腰のところで太めの布で結び、下履きをはいている。

 耳には木の蔓で作ったかのような、丸い耳環。

 首や手の甲に、オレンジ色の紋様が入っている。


 あの老婆が、村の長なのだろうか。

 畑や広場に人影は見えるが、こちらには寄ってこない。


「火急の事態が起こった模様。同胞よ、私達は受け入れよう」


「タイタンの一族の長よ。感謝いたします」


 村長が礼をし、タイタンの一族の長が、自身の後ろにいた男女に何かを告げる。


「村の方々はこちらへ」


「住居へ案内します」


 村人達は男女に連れられ、村の中へ入っていく。


「カミュさん、またあとでね!」


「かみゅー」


 ヴェインとレオも、連れられ村の奥へ。

 手を振り返しながら、私は一族の長と向き合う。

 ここに残ったのは、ローゼリア、バド、アシュリー。

 そして私の4人だ。


 長は、神妙な顔でこちらをじっと見ている。


「竜王バハムート様と、契約者様ですね。ようこそいらっしゃいました。タイタンの一族の長として。また、タイタンの巫女として皆様を歓迎いたします」


 タイタンの巫女だと。

 その言葉で、私はエリンを思い出した。


 "ユニコーンの護り手"

 エリンは、巫女のようなものだと言っていた。

 この者も、エリンと同じく、何も教えられなくとも私とバハムートの事を見抜いた。

 もしや、何か関係が……


 いや、しかし私の中では巫女と言えばうら若き乙女なのだが。

 タイタンの一族の長は、どう見ても若くはない。

 いや、実は若い……のか?


「聞きたい事もございましょう。ですが、まずはこちらへ。外でする話でもありますまい」


 ……そうだな。気が急いてしまった。

 長へ招かれて、奥へと向かう。


 住居は岩壁をくりぬいて作られているらしい。

 村は畑もある為そこそこの広さはあるが、人数的にはそうでもないようだ。

 いて、60人ほどだろうか。

 村の生き残りは約50人。

 100人を越える人数が、ここで生活していけるのか?


 村の1番奥に、なにやらどでかい像があり、その下には祭壇らしきものがある。

 もしや、タイタンを奉っている祭壇だろうか。


「あれは、タイタン様をイメージした石像でございます。何百年も昔からある、由緒ある石像なのですよ」


 由緒ある石像……

 タイタンの石像は、上半身裸、腰みの一丁。

 両膝を軽くまげ、両腕を天上へ高々と向けている。

 頭髪はなく、全身ムッキムキ。


 ……知らない者が見たら、単なる怪しいおっさんだな。

 この姿勢もどうにかならなかったのだろうか。

 何しているんだ、これは。


「タイタン様の勇猛果敢さを表現したと言われております」


 怪しさしか表現できておらんぞ。

 ほら見ろ、アシュリーなど顔を真っ赤にしながら笑いを堪えているではないか。

 ローゼリアは――その表情は、とても暗い。

 タイタンの石像に呆れている……わけではなかろうな。

 後で、ちゃんと話をしなくては。


「さあ、皆様。こちらです」



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