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31 村2~響く嘆きと怨嗟の声

 


 私が村の中央に移動し、3人と合流した時は全てが終わっていた。

 アシュリーは、25人の兵士全てを一刀の元に斬り伏せたらしい。

 逃走者もゼロ。

 反面、残念ながら村人達の被害はゼロとまではいかなかった。

 死亡者、軽傷重傷者ともにそれなりの数になってしまった。

 重傷者を優先に、ローゼリアがユニコーンで治療し、その間に食料などの物資も確認したが、あまり芳しくはない。

 兵士の遺体は、治療や物資の確認をしている間に、バドが一ヶ所にまとめ穴を掘り埋葬した。

 村人の遺体とは別の場所に……


「儂はこの村の村長をしておるものです。どこのどなたかは存じませんが、まことにありがとうございます」


 白い髭を生やした、頭髪は寂しい老人が声をかけてくる。


「私達にできる事をしたまでですわ。それより、皆さんはこれからどちらへ?」


 重苦しい空気が流れる。

 傷は治したが、人も村もボロボロだ。

 多くの家屋は焼け落ち、今日の宿を得る事さえ難しい。

 その上、遠からずアイミュラー軍本隊が進軍してくるのだ。

 ずっとここにはいられない。


 関所へ向かうと、アイミュラー軍と遭遇する危険性がある。

 やはり、この先の村だろうか。

 だが、そこも襲われる可能性が……


「クリアヌスタ峡谷に入ろうかと思います。あそこには、我々と祖先を同じとする、タイタンの一族が住んでおりますので」


「タイタンの一族……?」


 クリアヌスタ峡谷は有名だが、タイタンの一族など初めて聞いたぞ。

 ローゼリア、バド、アシュリーを見るが、3人とも知らないみたいで首をひねっている。


 クリアヌスタ峡谷は、世界最大の峡谷だ。

 谷の幅4~23km、長さ462km、深さ1000m。最深部は1500mにまでなる一大峡谷。

 その規模は1ヶ国ではおさまらず、フェブラントの南に位置する学術研究国家イリアトローネにもまたがっている。

 イリアトローネは、クリストファー殿下が留学していた国でもある。

 フェブラント一の大河リヴァウマリーが今も侵食を続けており、その規模は年々広がっている。


 神話的なものでは、世界創世だかなんだかの時に、名あり召喚獣タイタンが足を踏み鳴らした為に出来たものだとも。

 タイタンの住みかとも言われており、土属性の召喚獣が多数生息する事でもしられている。

 クリアヌスタ峡谷は観光名所であると同時に、召喚師と召喚獣にとっても聖地と言える。


「だが、人が住んでいるという話は初めて聞いたな」


 とてつもなく巨大な峡谷の為、未踏の場所も多々あると言われている。

 なので、どこかに人が住んでいてもおかしくはないのだろうが……


 タイタンの住みか、召喚獣が多数生息している事により、クリアヌスタ峡谷の魔力濃度もそこそこ高い。

 乾燥地帯、多数の岩石、急変する天候。

 決して、人が住みやすい土地ではないのだ。

 むしろ、とてつもなく住みにくいだろう。


「タイタンの一族は結界の中で暮らしておるのです。タイタンの守護があると言われており、許可なき者は立ち入る事すらできません」


 どこかで聞いたような、立ち入り制限だな。


「ケブモルカ大森林ですわね。ユニコーンの生息地が結界で閉ざされていて、護り手であるエリンの許可なしには立ち入る事すらできませんでしたわ」


 そうだ。

 ユニコーンの一族、タイタンの一族。

 ……何か、関わりがあるのだろうか。


「住むところが分かたれてはいますが、我々は今でもタイタンの一族との交流があるのです。そこに至るまでの道が不安ですが、行かないわけには行きません」


 この村の主要産業はクリアヌスタ峡谷の観光案内らしく、案内人として腕に覚えのある者もそこそこいた。

 だが、アイミュラー軍の襲撃で、その者達のほとんどが亡くなってしまったらしい。

 3人で顔をあわせ、お互いに頷きあう。


「未だ学生の身ですが、私達が道中の警護をいたしますわ」


「放っておけないからなー」


 荒れ野の道を行くより時間はかかるが、乗りかかった船だろう。

 私は、エリンの時と同じ過ちを繰り返したくはない。


「おお、それはありがたい事で」


 話がまとまりかけていたその時、鋭い制止の声が響いた。


「ちょっと待った!」


 がたいのいい、中年の男性だ。


「確認しておきたい事がある。そっちの変な剣持った女、そいつはアイミュラー軍の兵士じゃねーのか!? そのマントの留め具の羽ばたく鷲は、アイミュラー軍の紋章だろう!」


 村人達がどよめき、好意的に我々を見ていた目が、一気に恐怖と脅え敵意に変わった。

 迂闊であった。アシュリーの軍装束を変えずにそのままでいるとは。


「お待ちください! 確かにアシュリーは軍属ですが……!」


「アイミュラー軍の兵士と一緒にいるなら、そっちの人達もアイミュラー人じゃないの!?」


「待って。そっちの女、見た事ある!」


「皇女? アイミュラーの皇女だ!」


「アイミュラーの人間。あいつらのせいで、母さんは……!」


 熱と感情が渦巻き、敵意が刃となって私達を突き刺す。

 アシュリーは平然としているが、ローゼリアは顔面蒼白だ。

 ローゼリアを一人矢面に立たせるわけにはいかない。

 いきり立つ村人の視界からローゼリアを隠すように、自然に場所を移動する。

 バドも、その巨体で村人の前に立ちはだかる。


「俺の嫁さんも!」


「お父さんの仇!」


「子どもを返して!」


 憎しみと悲しみが渦になって、どんどんどんどん激しくなっていく。

 このままでは危険だ。

 ローゼリアとアシュリーを先に離脱させようと、カルトを呼ぼうとした時。

 ローゼリアが、私とバドより前に出る。

 止めようとしたが、風が凪いだ水面のように静かなローゼリアの瞳。

 止めてはいけないと感じた。


 一歩前に出たローゼリア。とたんに、村人達の喧騒がやんだ。

 空気が違う、雰囲気が違う。

 クリストファー殿下と対面した時にも感じた威圧感。

 皇家の人間として相応しい貫禄。


 ローゼリアは威圧するような事は何もしていない。

 表情も敵意を示しているようなものではない。

 厳しくも穏やかだ。

 ただ、一歩前に進んだだけ。

 それなのに、皆息をのみ、ローゼリアの一挙手一投足に注目している。

 ゆっくりと、村人達を見渡す。

 そして、深々と頭を下げた。


 その行動に、騒然となる。

 フェブラントではどうか知らないが、アイミュラーでは皇家の者が頭を下げる事はあり得ない。

 皇帝に近しい者であればなおさらだ。


 皇帝は国のトップ。アイミュラーの代表。

 皇帝が頭を下げる。それは、アイミュラーという国が間違いを認めて全面降伏したと同意。

 なので、アイミュラーの皇族は、一番最初に「頭を下げるな」という事を教えられる。

 クリストファー殿下も、父親である皇帝陛下が私を軟禁した時に謝罪はしたが、決して頭は下げなかった。


 ローゼリアは皇女だ。

 皇女が頭を下げた。

 それは、国として謝罪をする。という事なのだ。

 ローゼリア個人の話ではすまなくなる。


 ゆっくりと頭を上げたローゼリア。


「ローゼリア、それは……!」


「良いのです、カミュ。お兄様とて、ここにいたならばアイミュラーの皇族として頭を下げたでしょう。アイミュラー軍の落ち度は私の落ち度。皇女ローゼリア=シュルドゥ=アイミュラーの名を以て、ここに謝罪いたします」


 もう一度、ローゼリアは深々と頭を下げる。

 アイミュラーの皇女として育てられたローゼリアにとって、これはとても大きな意味をもつ行動だ。

 皇帝陛下がローゼリアの行動を知ったら許しはしないだろう。

 皇家から除籍し、全てを剥奪した上で処刑台に上がらせる事は想像に難くない。

 ローゼリアだって、それは解っているはずだ。


「私達はアイミュラーの人間です。ですが、皇帝陛下の意に添わぬ行動をした為、現在は反逆者として追われる立場にあります。私達はアイミュラー軍の進軍を止め、国を良き方向へ向かわせる為に動いています。その為には、どうしてもドラゴニアへ向かわねばならないのです」


「大切な方や自宅をなくした皆さんには申し訳ない事をしたと思っております。ですが、反逆者として追われる立場にある私には、今は謝罪をするしかできません。皇女としての(あがな)いは、この旅の全てを終えるその日に……どうか、今は……」


 頭を下げるローゼリアの横に立ち、私とバドもともに頭を下げる。

 頭を下げ続ける皇女を見て、少し落ち着き冷静になったのか、村人達の空気と表情が少し和らぐ。


「ふざけんなよ! 謝罪して何になるっていうんだ!」


 そんな空気の中を、またもや怒声が響き渡る。

 声の主は、初めにアシュリーの国章に気づいた男だった。


「そいつらは反逆者なんだろう!? 反逆者が国に戻ったとして、何ができるんだ! 処刑されて何もできないのがオチだろう!」


 男の発言によって、和らいだ空気が激化する。


 アシュリーはずっと喋らず、ローゼリアの半歩左後ろに陣取っている。

 ローゼリアに危害を加えるのならば、それが村人であろうとも斬り捨てるであろうという感覚。

 このままではまずい。


 一触即発の空気の中、幼子の声が響いた。


「だめえぇぇぇぇーー!!」



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