30 村1~覚醒剣士アシュリー
「……」
うっすらと目を開けると、見知らぬ天井が目に入る。
あれは……ここは……
朦朧とする中思考を巡らせ、天幕の天井だという事に気がついた。
慌てて身体を起こそうとすると、ビキッ!と身体中を針で刺されたような痛みがはしり、たまらず横になる。
「っぅ……」
痛みもそうだが、ずいぶんと頭がクラクラする。
天幕の中に居、真冬用の防寒マントにくるまっているというのに、ベルモーシュカに比べて大分寒い。
寝転がっている背中も、ひんやりとする。
横から人の気配と寝息が聞こえ、ゆっくりと頭を右側へ向ける。
そこには、同じようにマントにくるまりながら眠っているローゼリアの姿があった。
悪いと思いながらも、その寝顔に見入ってしまう。
くるんと上を向く長めの睫毛。
少し乾いている唇。
顔にかかる絹糸のような金髪。
本当に、いつもながら宝石のような美しさだ。
実に様々な色と輝きを見せてくれる。
「……んぅ、カミュ……?」
ゆっくりと瞼があけられ、春の息吹を感じさせる若草色の瞳がのぞく。
「ああ、おはよう。ローゼリア」
「っ!」
声をかけると、驚いたように起き上がり、慌ててこちらの状態を確認してくる。
「カミュ、大丈夫なんですの!? 身体は? 痛いところは!?」
「そうだな。身体中が痛くて、起き上がるとクラクラする」
「たくさんの血を流したから、貧血気味なんですわ。ああ、でも、目を覚ましてくれて良かった……」
よくよく見れば、ローゼリアの瞳は赤くなり、目の周囲も腫れぼったい。
「すまない……私はまたローゼリアに心配をかけ、泣かせてしまったのだな」
ずっと幸せに笑っていてほしいのに、どうもうまくいかない。
「泣いてなどいませんわ!」
ローゼリアは否定するが、段々涙声になってきている。
なんとか腕を伸ばし、目尻にたまり始めた水滴を指先でぬぐう。
その掌をローゼリアが受け止め、頬を寄せる。
目を閉じ、何かに感じいっているようだった。
天幕の中、ボロボロ出で立ち。ロマンの欠片も何もない。
だが、私はその光景が、まるで一つの絵画のように美しいと思ったのだ。
だから、そんな言葉が自然と出た。
「ローゼリアは美しいな……」
「な、何を言っているのですか!?」
狼狽するローゼリアは私の腕を手放してしまい、掌に感じていた温もりが消えてしまう。
素直に、寂しいと思った。
「こんな、手入れも何も出来ていない姿ですのに……」
皇女であるローゼリアは、毎日数人の侍女の手によって、その身体を磨かれている。
何もしていない体で人前に出るのは、羞恥に耐えかねるのだろう。
「ぅ!」
痛みに耐えながら、何とか身体を起こす。
ローゼリアが背中に手を差し入れ、介助してくれた。
腕を伸ばし、傍らに座るローゼリアのこめかみ付近から、手を髪の中に差し入れる。
「カミュ!」
ローゼリアの叱責する声が飛ぶが、私は意に介さずそのまま少し固まっている髪を一束取り、そのまま口づけた。
その行為は、第三者の目がないとはいえ、決して一国の皇女にしていいものではない。
それでも――
「ローゼリア、そなたは美しい」
汚泥にまみれても、その瞳が涙で濡れても、その唇が真実を語らなくとも。
私がローゼリアを大切に思う気持ちに変わりはない。
「だから、もうそんなに怯えなくても良い……」
「……えっ……?」
ローゼリアが揺れる。
その震える肩に、重ねて声をかけようとして――
「カミュー、ローゼリアー。もう起きたかー?」
バドがのんきな声を出しながら、天幕の入り口をめくる。
一気に冷たい風が吹き込み、良くも悪くも今までの空気を吹き飛ばしてしまう。
「……えーっと、お邪魔だったか?」
ローゼリアの髪の毛をすくっている私を見て、誤解したのであろう。
気づき慌てたローゼリアは、そそくさと天幕の外に出ていってしまう。
「ごめん……な?」
「謝るような事ではない」
二人っきりになり、いいタイミングだと思ったのだが。
いや、今はまだ早いという事か。
「ぐぅっ!」
立つのにも一苦労だ。痛みはそこそこ我慢できるが、頭がクラクラするのはどうしようもないな。
バドに支えられ、ゆっくりと立ち上がる。
「あんまり、良くはなさそうだなー」
「ああ。だが、贅沢を言っている場合ではないだろう。意識を保ち、動けているだけまだマシだ」
何が起きたかはよく解っていないが、バハムート関連の事なのであろう。
今までの頭痛の比ではなかったが、おさまって私はまだ生きている。
なら、些細な事だ。
バハムート関連なら、何も解らない私が考えても何も変わらない。
なら、考える力を、先に進む事に使うべきだ。
私を軽々と支えているバドを見上げる。
いつも通り変わらぬ、のんきで飄々としたバドの顔だ。
「んー、どーしたー?」
「いや、夢を見てな。バドと初めて会った時の夢と、坑道に閉じ込められてしまった時の、な」
「んー……あぁ、懐かしいなー。カミュは、夢に見るほど俺の事が好きなのかー?」
そのからかいの言葉に、私は真正面から答える。
「そうだな。バドと出会い友人になれた事は、私にとってはとてつもなく幸運な事だった。あの学園生活は、私の人生の中でかけがえのない時間だ」
あのような穏やかな時間、この先もう18年生きてもあるまい。
今まで告げた事のない気持ちを伝えると、その答えは予想してなかったのか、驚きで目を丸くしている。
まあ、今までだったら、「そんなわけなかろう!」が関の山だ。
「どーしたんだー、カミュー」
「……心境の変化というものが、色々あったのだ。ここ最近、目まぐるしいからな」
伝えられる時に伝えておかなくては。
「……大丈夫だぞー、カミュ。カミュは俺が守るからな。安心してろ」
「バドが言うなら、それは安心だな。純粋な力で、バドに敵うものはいないだろう」
「ああ、俺がいたら百人力だ」
笑いあいながら焚き火の元に向かうと、肉をたらふく食べたのか、腹をおさえながら「くるしぃ~」などと唸っているアシュリーがいた。
そのまわりには、大量の骨。
……見なかった事にしよう。
ローゼリアは……目をそらされてしまった。
やはり、まだ早かったかのだろうか。
もっと直接伝えれば良かったか?いや、しかし……
私が一人で考えていると、アシュリーが面白いものを見つけたかのように、「何々、ケンカした?」など、目を爛々とさせながら聞いてきた。
「アシュリーの気のせいですわ」
いつも通り優雅にかわすローゼリア。
ケンカの方がよほどいい。
私も切り株に腰をおろし、バドから肉とパンを受けとる。
食欲などなかったが、白湯で半ば無理矢理胃の奥へ流し込む。
「それで、何があったのだ? どうやって逃げ切った?」
ずっと気になっていた事を口にすると、バドが説明してくれた。
「どこの誰だか解らない二人組?」
「フードと口元の布で、目くらいしか見えなかったしなー」
「弓矢を使っていた方はきっと女性ですわ。低めでしたが、あれは女性の声でした」
弓矢を使い、一度に二体のペガサスを召喚するほどの腕を持つ、低めの声の女術師。
何故か、チクリと痛んだ首もとを押さえる。
「誰かは解らぬが、とりあえず味方とみて良いか」
「そうですわね」
モグモグ。
「これからの方針だが、どのルートでドラゴニアへ向かうか――」
ガツガツ。
「選択肢は二つだなー。北東の荒野を行くか、北西の峡谷を行くかだけど――」
ズズー。
「……えぇい! 先ほどからモグモグガツガツなんなのだ! もう少し品良く食べられないのか!」
「モガ?」
肉を口いっぱいに頬張りながら、こちらを見上げるアシュリー。
たらふく食べて、苦しーとか言ってたくせに、この女は匂いかいでたらお腹すいたー。と、また食べ始めたのだ。
しかも、盛大な咀嚼音付きで。
我慢していたが、もう我慢ならん。
くそやかましい咀嚼音を延々と聞いてられるか!
「平民でも、そこまで行儀悪い者はいないだろう! 学園に通っていた時も、そこまで酷い者はいなかったぞ!?」
学園は、召喚の才ある者が通うところなので、皇族貴族平民など、多種多様な身分の者がいた。
ゴックンと喉を鳴らしながら呑み込んだアシュリーは、真面目な顔をしながら言った。
「食べられる時に、たらふく食べる。それが軍の基本です!」
「知るか! 軍と音の何が関係があるのだ!!」
ああ、駄目だ。
大声を出したら、さらに頭がクラクラしてきた。
「まあまあ、そんなに怒るな。カミュー」
バドは仲立しながら、手早く天幕の片付けをしていく。
「ふぅ、とりあえず出発いたしましょう。この先に村があるはずですから、まずはそこまで。そこから、どのルートを取るか選択しましょう」
昼前にはつけるはず、とのローゼリアの言葉に従い、火の始末をして出発する。
道中、バドがハーピーを召喚し、ざっとアイミュラー軍の居場所を確認した。
アイミュラー軍は、私達の後方20kmほどのところを進軍しているらしかった。
「楽観視できる距離ではありませんわね。村では休憩はそこそこに、早く出発しなくては」
できる事なら、アイミュラー軍が何かしらの被害を出す前にドラゴニアに入り目的を果たしたい。
早くたどり着けるなら、早い方がいいに決まっている。
「物資を補給できるなら補給して、急いで出発しよう。アイミュラー軍が後方にいるなら、北東の荒野でいいのではないか?」
「そうですわね、そうしましょう。そちらの方が安全ですわ」
方針が決まり、村へと急ぐ。
貧血と身体の痛みで、歩くのが遅い私はバドに担がれた。
カルトを呼べばいいのだが、いざという時の為に極力呼ぶのはやめておきたい。
予定通り、私達は昼前に目的の村を目視できる場所にまで到着した。が、
「あの、煙は?」
「煮炊きの煙ではないのか? 昼前だし」
「違う」
訝しむ私とローゼリアのやり取りを、鋭い声のアシュリーが制する。
「煮炊きで、あんなに何本もの黒煙はあがらない。あれは――!」
「アシュリー!?」
一人で村に向かって走り出すアシュリー。
顔面蒼白だった彼女の様子で、私達も最悪の事態を予想してしまった。
「バド! すまないが急ぎで頼む!」
「了解だぞー!」
バドが速度をあげ走りだし、ローゼリアもそれに追従する。
耳に届く悲鳴、絶叫、怒号。
村につく前から、何が起こっているかは解ってしまった。
剣を振り回しながら追い回す兵士。
着の身着のまま逃げ出す村人達。
血の臭い、炎がはぜる音。
村にたどり着くまでは歩くのにも苦労するほどの降雪があったというのに、炎で溶けたのか、この村には一塊も雪が存在していなかった。
汗が吹き出るほど火の勢いは強いはずなのに、何故か背中だけがとても冷えている。
「ぐっ……!」
「カミュ……!」
痛むだす身体と頭。だが、今は倒れている場合ではない!
バドにおろしてもらい、自身の杖で身体を支える。
「カルト! ベル!」
『ブルァ!』
『ゲコ!』
「村人の救助と保護を! 兵士の撃退より、そちらを優先しろ!」
『ブルァー!』
『ゲコー!』
勇ましい雄叫びとともに、すっ飛んでいった。
「ローゼリア、バド。私に構わず、村人の保護を……」
「もちろんですわ!」
「言われなくても!」
二人が駆け出そうとするが、村の入り口に立ち尽くすアシュリーを見つけ立ち止まる。
私達より先に着いたはずだが、何をして……
その顔は、今起こっている惨劇を前に、能面のようだった。
「アシュリー?」
ローゼリアが声をかける。
「様相からしてアイミュラー軍。人数は25名。召喚師はおらず兵士のみ」
「アシュ……リー?」
淡々としたその言は、いつものポンコツアシュリーではない。
触れたら斬れてしまうような、抜き身の刃。
下手に声をかけたら、こちらにその刃が向くような、危うい感覚。
「ローゼリア皇女殿下。アイミュラー軍の軍規では、略奪の類いはどう記載されていたでしょうか」
「……軍規では、略奪暴行の類いは原則禁止されていますわ」
だが、末端まではいき届かない。
そして、今のアイミュラー軍はトップがあれだ。
徹底されてはいないだろう。むしろ、推奨しているかもしれぬ。
「貴方方は、義がどちらにあるか見極めろとおっしゃった。私はお金が大好きです。だから、召喚師になり軍にも入った。ですが、いくらお金をもらっても、やりたくない事も納得できない事もある」
スラリ、とアシュリーが抜刀する。
「私は、略奪はともかく戦闘員ではない婦女子に暴行し殺害する輩は、虫酸がはしるほど嫌いです。決めました」
振り返り、ローゼリアに向かって跪く。
「私の刀は、今よりローゼリア皇女殿下の御為に」
「……ありがとう、アシュリー。ならば、貴女の主として命じます。この村からアイミュラー軍兵士を一兵残らず排除し、村人を保護なさい!」
「御意!」
風のように駆け抜けるアシュリーは、今まさに婦女に襲いかかろうとしている兵士の手首を、一刀の元に斬りふせた。
沸き上がる血飛沫、悲鳴を置き去りに、アシュリーは次の兵士へと狙いを定める。
「まさか、ここまでだったとは……」
関で陸軍トップと対峙した時より、はるかに刃先が鋭い。
アシュリーが最も輝くのは、多対一の戦闘なのだろうか。
「俺達も行くぞー、ローゼリア!」
「はい!」
二人も即座に召喚し、兵士を撃退しつつ村人の救助と保護にまわる。
私も行かなくては、と杖に身体を預けながら進む。
が、その歩みはカタツムリのようにのろい。
貧血で吐き気と立ちくらみがし、少し身体を動かす度にズキズキと鈍痛がはしる。
物陰で隠れていた方が、よっぽど迷惑にならないのではないだろつか。とは思うのだが、私だって声かけで誘導くらいはできる。
ズルズルと身体を引きずって村へと入る。
家屋が炎で燃え盛り、ムワッとした熱気が私を包み込む。
アシュリーに斬りすてられ、物言わぬ兵士、傷口を押さえながら呻く兵士。
それらを横目に、私は逃げ遅れた村人を探す。
「……子どもの、泣き声?」
急いで辺りを見回すと、まだまだ小さな幼子である弟が兄であろう子に背負われながら泣いていた。
兄もまだ小さい背中をしているというのに、己の背にしがみつく弟を、歯を食い縛りながら必死で背負っている。
「っ!」
その背に迫る、兵士の手に持つ光る凶刃。
私の身体に、どこにそんな力が残っていたのか。
「っめろおぉぉぉーー!!」
渾身の力を込め、兵士に向かって杖を振り抜いた。
杖は鈍い音をたて、兵士はゆっくりと崩れ落ちる。
「っはぁ、無事……か?」
子ども達に向かって声をかけるが、目を見開きながら私を見、反応がない。
腰が抜けてしまったのか、ペタりと地面に座り込んでしまった。
このままここにいてはいけない。
「カルト、カルト!」
呼び掛けにカルトはすぐに応じ、淡い光とともに姿をあらわす。
「この子ども達を乗せ、避難してくれ! 途中、避難民を見つけたらそちらに合流しろ!」
『バヒ!』
子ども2人を背に乗せ、飛翔するカルト。
「……」
杖の頂点に飾り付けられているブラックスピネルが血まみれだ。
その血をマントの裏側で拭い、私はまた歩き出した。





