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28 sideローゼリア2

 


 何が起こっているのか解らなかった。

 私を庇ったカミュが倒れ、黒い光が彼から放出されている。

 とてつもなく強大な魔力が恐ろしく、私は動く事ができなかった。


 あれはカミュの魔力じゃない。

 何よりも強大で、畏怖されるべき存在。

 そう、竜王バハムートの魔力。

 イメージするなら、空気が入りきらずに破裂してしまう風船。

 そんな印象を受けた。


「バハムート、押さえてくれ! カミュはまだ保たない! まだ整っていない!」


 必死に叫ぶバドは、何を知っていると言うのだろうか。

 いや、それは後回しだ。

 バドのあの慌てよう。

 このままでは、本格的にカミュは危ないのだろう。

 なら、最優先するべきはカミュ。

 彼に何か起こるなど、あってはいけない。

 私は、彼のもとへ走った。


「バド、何をすればいいんですの!?」


「ローゼリア! まず、カミュの傷を治してくれ!」


「解りましたわ!」


 私は急いでロディを召喚し、カミュの傷を治す。

 ユニコーンの光に包まれたカミュの傷は、瞬く間に治っていき、また血が噴き出す。


「どうして!?」


「カミュの身体が悲鳴をあげているんだ! 落ち着くまで治療を!」


 私は必死にロディに魔力を送り続ける。

 治しても治しても、新たなところに血が滲み噴き出し続ける。

 バドは何かを呟きながら、ずっとカミュを撫で続けていた。


「バド、まだですの!? このままではカミュが……!」


「今やってる!」


 珍しく苛立ったようにバドが叫び、黒い光が一際大きな輝きを放ったかと思うと、ゆっくりとカミュの中へ消えていった。


「もう……大丈夫だぞー」


 先程まで荒かったカミュの呼吸も、ゆっくりとしたものに戻っていた。


「良かっ……た」


 安堵の言葉を口にし、血の気を失っている冷たい彼の手をギュッと握りしめる。

 その存在を確かめるように、少しでも温まるように。


「今のはなんだ? バハムートの魔力? 彼は、バハムートの契約者なのか?」


 クレイグという陸軍隊長が、戸惑いながらこちらに歩を進めてくる。

 私とバドは、カミュを守るように立ちふさがった。

 アシュリーは……クレイグの一撃とバハムートの魔力にあてられて気を失っているようだった。周囲の兵士もそう。

 今この場に立っているのは、私とバド、クレイグの3人だけだった。

 バハムートの魔力でも気絶しないのは、さすがと言ったところ。


 気を失っているアシュリーとカミュを連れて、ここから撤退するのはとても絶望的。

 この人も気絶していてくれれば良かったのに。

 私もバドも、魔力が尽きかけている。

 この状況でどうすれば良いのか。弱気が頭をもたげてくる。


「……バド?」


 同じく魔力が尽きかけのバドが、一人前へ出る。

 その表情は穏やかさが消え、とてもいつものバドとは思えない。


「カミュとローゼリアを逃がす為なら……」


「何……を?」


 バドの異様な空気に呑み込まれる。

 何をしようとしているかは解らないけれど、確信。

 ここで止めなければ、私もカミュも一生後悔する。


「バド、駄目ですわ!!」


 何かをしようとしているバドの右腕にすがりつき、必死に止める。

 そんな私を困ったかのような視線で見つめるバド。


 喧騒の最中、響く風切り音と金属音。


 音の方角を見ると、弓矢を構える人と短剣を片手に1つずつ持ちクレイグに切りかかる人。

 味方?敵?一瞬、頭が混乱する。

 どちらの人もフードと布で顔を覆い、目元しか見えず、性別も何も解らない。


 弓矢を構える人が陣を起動し、ペガサスを召喚する。

 一度に二体。これほどの術師はアイミュラーでは宮廷召喚師くらいではという驚き。


「行け!」


 弓矢を構えた人が、私達に向かって叫ぶ。

 少し低めの声の、女性?


「何をしている、早く行け!」


 その言葉で、私もバドも急いで動き出す。

 誰かは解らないけれど、ペガサスを召喚し私達が撤退するまでの時間を稼いでくれている。

 ひとまず、この方達は敵ではない。


 バドがアシュリーを抱え、私はカミュを受け持つ。

 私1人では乗せられないので、ペガサスが口でくわえカミュを乗せてくれる。


「待て!」


 クレイグが阻止しようとするが、フードの2人が連携を繰り出しクレイグを自由にはさせない。

 見惚れてしまうくらいの素晴らしい連携だった。


「ローゼリア、行くぞ!」


「ええ!」


 バドはアシュリー、私はカミュとそれぞれペガサスに乗り込む。

 ペガサスは私達が乗り込んだ事を確認すると、一気に速度をあげ、関所を突破した。

 カミュが落ちないように必死に支え、ペガサスのたてがみにしがみついていた私には、後に残された3人の事なんて気にする余裕もなかった。



 夜空の下、飛翔するペガサス。

 彼等は岩の陰に私達をおろすと、どこかに飛び去っていった。きっと、召喚主のところに戻るのだろう。


 カミュの呼吸は安定している。

 私はロディを召喚し、アシュリーを回復した。

 アシュリーの生命力もけた外れだ。

 召喚獣やクレイグの一撃をまともに喰らったのに、怪我は思ったよりたいしたことなかった。

 バドは無言で荷物を下ろし、天幕の準備をしている。

 私は、バドに何を話しかければいいのか解らない。


 天幕の中にカミュとアシュリーを寝かせ、私はカミュの手を握り続ける。

 2人とも呼吸は落ち着いている。

 アシュリーは時々「もう食べられない」なんて寝言つき。

 彼女はもう心配要らないだろう。


 カミュは……呼吸は落ち着いているけど、顔色はまだまだ蒼く手もとても冷たい。

 本当に、カミュはどうしてしまったんだろう。

 バハムートとの契約とは、そんなに危険なものなのか……

 聖女エルマの伝承に、そのような記述はなかったのに。


 何かを知っているであろうバドに詳しく聞きたい。

 でも、あの時のバドの悲壮な叫びと表情を見ると躊躇する。

 彼にとって、とてもキツく言いにくい事なのではないかと。


「カミュとアシュリーの様子はどうだー?」


 天幕の外からバドが声をかけてくる。

 この天幕は簡素なもので、多人数を収容するようにできていない。

 3人入ると、身体の大きなバドはとても入れなかった。


「アシュリーは大丈夫ですわ。でも、カミュは……」


 意を決して、私は外に出る。

 バドに事情を聞くなら、カミュもアシュリーも寝ている今が、きっと一番良い。

 外に出ると、とたんに冷たい寒風が身を襲い、私は首もとのマントを引き上げる。

 バドは焚き火で温まっていた。

 いつの間に獲ってきたのか、串で何かの肉とパンを焼いて、お湯を沸かしていた。


 私はバドと向かい合うように腰をおろし、焚き火にあたった。

 少しの間2人は無言で、パチパチという焚き火の音だけが耳に届く。


「焼けたぞ」


「ありがとうございます」


 バドは焼けたパンに肉をはさみ、渡してくれる。

 私はそれを受け取り少しずつ口に運ぶ。

 焼けたパンと肉のいい匂い。

 口の中に広がる旨味が、高ぶっていた精神を柔らかくしてくれる。


「フェブラントは寒いなー。前に来た時は、冬でもこんなに寒くなかったんだがなー」


「そうですわね。シヴァの加護がある国でアイミュラーより寒いですが、ここまでとは思いませんでしたわ」


 関所を突破したら別世界。

 ベルモーシュカは時々粉雪が舞い散る程度で、地面にもさほど雪は積もっていなかったが、フェブラントはまさに白銀。

 一面、大量の雪と氷に覆われている。


「アイミュラーの侵攻に対抗して、国内中をシヴァの守護下に置いたのかもなー」


 フェブラントの国内中を?

 この強大な国土を覆うほどの力が、シヴァと契約者にはある。

 それだけの力を行使して、契約者はなんともないの?

 カミュとバハムートとの違いは何?

 私は、いてもたってもいられなくなった。


「バド、カミュはどうなってしまっているんですの……バドは知っているのでしょう?」


「……詳しくは話せない」


「何故ですの……」


「バハムートが望んでいないからって事もあるけど、知ったら今のカミュの身体と精神では耐えられない」


 よく……わからない。


「カミュは今、かろうじて生きている状態なんだ。少しの精神のズレも許されない。身体が完璧に治るか、カミュが真実を受け入れられるだけの余裕ができなければ、知ったその瞬間カミュは壊れる。竜王山で起こった事は、カミュにとってそれだけ大きな事だったんだ」


 何故、カミュがそんな目に……

 私は、溢れでてきた涙をぬぐう。


「カミュの身体は、いつ治るんですの?」


「……身体の完治は何年単位でかかる。怪我の仕方が通常とは違うんだ。微細な魔力と怪我が内部に蓄積している。通常の怪我じゃないから、ユニコーンの治癒力も及ばない」


 だから、カミュの中にいるバハムートが少しずつ少しずつ治しているのだと。


「カミュの身体が完璧に完治するか、カミュが竜王山であった事を受け入れるようになるまで、バハムートの力は使えないという事ですの?」


「そうだ」、とバドが頷く。

 カミュの今の身体は、バハムートを召喚する衝撃に耐えられない。

 身体が完治する前にバハムートが離れてもダメなのだと。

 バハムートと契約して繋がっている事で、かろうじて生きていられているのだと。

 何なのだろう、それは。

 どれだけの事が竜王山であったのか。

 今更ながら、カミュを一人で行かせてしまった自分が腹立たしい。


「バド、貴方は――」


 それだけの事を知っている貴方は、何者なのか。

 そう聞こうとして、言葉が詰まった。


「……いいえ、聞かなかった事にしてください。バドはバド。私とカミュの大切な友人、バドゥル=マルタンですわ」


 そう。バドが何者であろうと、何かを隠していたとしても、バドがバドである事には変わらない。

 ともに学び、ともに過ごしてきた大切な友人。

 バドはいつでもカミュの友人で、味方だった。

 カミュが危なかった時は必死に助けてくれた。

 バドがいなかったら、私もカミュも今この場にはいなかった。


 バドは大切な友人。それでいい。

 内緒にしておきたい事、言いたくない事、知られたくない事なんて、誰にだってあるのだから。


「ありがとう、ローゼリア」


 穏やかに微笑むバドに、嘘はない。


「私はそろそろ休みますが、バドはどうしますの? 天幕に来ますか?」


 無理矢理詰めれば、なんとか……


「それは狭すぎだなー。俺はそこまで寒くないからここで大丈夫だぞー」


「解りましたわ。おやすみなさい、バド」


「おやすみ、ローゼリアー」


 バドに背を向け、天幕に潜り込む。

 カミュとアシュリーは、変わらず寝息をたてていた。

 乾いている2人の唇を、雪で少し湿らせる。


「カミュ……」


 この旅が終わった時、2人とずっと一緒にいられるのだろうかという、漠然とした不安が私を包み込む。


 バドは何かを隠しているけれど、そんなの私だって同じだった。

 言っていない事がある。内緒にしている事がある。

 隠している事がある。

 カミュにだけは、絶対に知られたくない事がある。


「カミュ……私は……」


 仄かな月明かりからも逃れるように、膝を抱え込んだ。



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