27 突破!フェブラント国境壁
私達がたてた突破作戦は、アイミュラー軍が壁をぶち破る混乱にあわせ、カルトとベルが一暴れ。
兵士がそれの様子を見に、関所から出、少しでも人数が少なくなったところで無理矢理突破する。
という、実に雑な作戦であった。
誰もこれ以外思い付かなかったのだからしょうがない。
私達は軍人ではないのだ。
急に作戦をたてろと言われても、そのような訓練などしておらぬし、戦術書など、軟禁されていた部屋にもなかったから私は読んでおらぬ。
急ごしらえの突貫作戦だ。色々穴はある。
特に、アイミュラー軍がいつ壁をぶち破るか。
これはあまり待っている時間もない為、陽が沈みきるギリギリまで待ち、なかったら自分達だけで突破しようという事になった。
ドラゴニアまで向かう道中、まだまだ難所はあるのだ。
あまり、時間もかけていられない。
フェブラントの領土は広く、そのすべてを巨大な壁である国境が閉ざしている為、関所も何ヵ所かある。
私達が狙うは4番関所。
関所を目視で確認できるギリギリまで近づく。
関所まで200m……といったところだろうか。
陽が落ち始め、気温もグングンと下がっていくが、煙でバレる為、火は起こせない。
私達は木の後ろに隠れ、身を寄せあいながら寒さに耐える。
しかし、身を寄せあっているとはいえ、寒いものは寒い。
指先を吐息で温め、小刻みに足を動かしながら少しでも暖をとる。
「しょ、召喚して温まるのは駄目なのかな?」
アシュリーがガチガチと歯をならしながら提案する。
その提案は非常に魅力的だ。
ここにいる誰もがそう思っているであろう。
「だが、駄目だ」
「な、なななななんでかな!?」
「関所からここまで約200m。察知能力に優れた術者なら、すぐに気づく。重要な突破作戦の前に危険はおかせん」
「そんなー……」
地面に手をついてまで落ち込むアシュリー。
確かに、アイミュラーは温暖な気候で雪も滅多に降らない。が、何年に1回かは降る。
「お主、そんなに寒さに弱くて、どう冬を過ごしていたのだ? 暖をとる為の薪代も馬鹿にならぬであろうに」
「近所の皆で集まっての肉布団。小さい子どもの方が体温高いからオススメ」
「なら、今も同じであろう。皆で集まっての肉布団だ」
「足りないよぅ……肉布団と柔らかさと温もりが足りないよぅ……」
震えながら、またもやべそをかきはじめるアシュリー。
本当にこやつは21歳なのか。
大体、1人ではないだけ大分マシであろうに。
私はアシュリーを放っておいて、ローゼリアとバドに声をかける。
「2人は大丈夫か?」
「問題ないぞー」
バドは流石に汗はかいてないが、至って平気そうだ。
「うわー、あったかーい」
アシュリーがバドのマントに潜り込んで暖をとりはじめている。
「お主は恥女か! 嫁入り前の子女が人前で自分から異性にくっつくなど!」
「寒さの前に良識は無意味です」
えぇい、無駄にキリッとしおって。
「ローゼリアは大丈夫か?」
「ええ、問題ありませんわ」
流石ローゼリアだ。
根性で耐えている。
「カミュ。他の誰より、貴方が一番寒さに弱くて身体も弱いんですから。ちゃんとバドにくっついていて下さいな」
「さー、カミュも来るんだぞー」
「ぬ、こら無理矢理ひっぱるでない!」
バドがマントを広げ、抵抗する私を自身の筋肉とマントで包み込む。
む……確かに、とても温かいな。
バドの温もりでまどろんでいると、くしゃんとローゼリアのくしゃみが聞こえてきた。
やはり、根性で耐えていても無理だったか。
「ローゼリア、そなたもこちらに来るといい」
私はバドのマントを広げ、ローゼリアを手招きする。
「ですが……」
一国の皇女で品位も礼節もあるローゼリアは、どこぞの恥女のように大喜びで自分から異性にくっついたりはしない。
「大丈夫だ。ここには、私達は以外の誰もいない。ローゼリアも体調を崩しては大変であろう」
ユニコーンは怪我を治せても、病気の治療はできないのだから。
「そうですわね」
少し戸惑ってから、ローゼリアもバドのマントに潜り込む。
私の鼻先にローゼリアの髪の毛が優しく触れる。
旅をし、ろくに洗濯も身体や髪を洗う事さえできぬというのに、ローゼリアからは春の花の匂いがしてきた。
「ローゼリアは、優しい匂いだな」
「カミュ。あまり女性の匂いを嗅ぐものではありませんわ」
「すまぬ」
顔を赤くしながら、そっぽを向くローゼリア。
少し赤くなった頬も、不機嫌そうに尖らせる唇も、寄せた形の良い眉も。
ローゼリアの全てが私を高ぶらせ、優しい気持ちにさせてくれる。
「私は? わたしも花の匂い?」
「お主からはドブの臭いしかせん」
「ドブ!?」
ええい、良い気分に浸っていたというのに私の邪魔をしおって!
アシュリーをローゼリアが慰めながら待つ事、四半刻。
陽が大分傾いてきてしまったが、アイミュラー軍が壁を破る音は聞こえない。
「これ以上、待つ事はできぬか」
「そうですわね。残念ですが、私達だけで行動を開始しましょう」
「ほほ、本当にやるの!?」
「今さらビビっても無理だぞー。失敗したら捕まって、フェブラントの牢獄行きだなー」
「それは嫌だー!」
地団駄を踏むアシュリーを無視し、計画を始めようとカルトとベルに声かけをしようとした瞬間。
時を見計らっていたかのような絶妙なタイミングで、遠くで何かが爆発するような大きな音がした。
「「「「……!」」」」
全員が口を閉じ、全身を緊張させる。
関所が一気に騒がしくなる。
「あれは、アイミュラー軍がぶち破った音だろうか」
「そうでもそうじゃなくても、慌ただしくなってきた。これは好機ですわ」
そうだな、迷ってなどいられない。
私は合図を送り、カルトとベルは爆音を響かせながら巨大な水柱を発生させた。
更に関所は慌ただしくなり、数人の兵が馬で駆け出していく。
カルトとベルは契約者がいない為、魔力の供給がない。
契約者がいる召喚獣との長時間の戦いは不利。
なので、危なくなったら無理はせずに退却しろと言ってある。
そう長くは引き付けていられない。
兵士は思ったより出ていかなかったがしょうがない。
駆け出そうとした時、予期せぬ方角に火柱が上がる。
イフリートかと思ったが違う。
イフリートの魔力ではないし、アイミュラー軍がいる方角ではない。
「あれは……?」
カルトとベルがいるのは、私達から見て12時の方角。
だが、10時、1時、2時と全く別の方角に召喚獣の気配を感じる。
火柱、竜巻、雷。
それに対処警戒する為に、更に兵士が関所から駆け出していく。
敵か味方かも解らない。
解るのは、今こそ関所を突破するべき時だと言う事!
「何がなんだか解らぬが、行くぞ!」
私達は揃って関所に向かって駆け出した。
フェブラントの国境壁は、その構造上、高所に弓兵を配置できず見張りの兵も高所にいない。
見張りも何もかも、召喚師と召喚獣が担っている。
魔力を極限まで下げ、ギリギリまで発見される事なく近づく。
だが、それでもいつかは気づかれてしまう。
その時は、ローゼリアとバドに迎撃を頼むしかない。
襲いくる火、水、風。
敵方の召喚獣が攻撃を繰り出してくる。
「っ! このくらいならなんとか!」
「扉が!」
関所の重い扉が、音をたてながら閉じられていく。
この速度では間に合わぬ!
「アシュリー! 扉を斬れるか!?」
「無茶な事をー! 失敗しても恨まないでよー!」
文句を言いながらも腰の刀を抜き、一閃。
閉じられていた扉を斬り開いた。
「流石だ、アシュリー! このまま抜けるぞ!」
外に出たら、夜の闇に紛れて逃げ切れる。
もう少しだ!
「危ない!」
「ぬぉ!」
アシュリーが私に体当たりをかまし、私はもんどりうって床を転げ回る。
抗議の声をあげようとアシュリーを見ると、私を背後に庇いながらどこぞの男兵士と対峙していた。
白銀の鎧、輝かしい剣に、氷の女王シヴァを象った盾。
なびくマントは深き碧。
この装束は、もしや……
「最悪ですわ……何故陸軍部隊の隊長がこのようなところに……!」
やはりか!
ローゼリアの嘆きの声で把握する。
この兵士は陸軍部隊『猛き風の守護』のトップ。
しかし、立ち居振舞いは兵士というより騎士だな。
シュッとした長身の体躯に、サラサラな金髪に緑の瞳。
目鼻立ちも整っており、切れ長の瞳は誰かを思い出させる。
社交場に出たら、令嬢からご婦人にまでキャーキャー言われるような出で立ちだ。
見た目的にはかなり若い。
20代半ばから後半といったところだろうか。
軍事大国フェブラントの陸軍のトップに立つには、異例の若さではないのだろうか。
「フェブラントの軍人として、一応名乗りをあげておこう」
構えをとかずに、形の良い唇がゆっくりと紡ぐ。
少し低めのテノール声。
「フェブラント陸軍部隊『猛き風の守護』の隊長を務めている、クレイグ=ウェルトウィックという。貴殿達はアイミュラー軍やイフリートの契約者……ではないな。イフリートの気配がしない」
フェブラントは、すでにアイミュラーにイフリートがいる事を掴んでいるのか。
それもそうか。
ケブモルカ大森林はイフリートが焼き払ったし、先ほど壁をぶち破った時も、イフリートの気配を感じた。
「貴殿達は……」
何かを言いかけたクレイグだったが、バドが放った召喚獣の攻撃で口は閉ざされる。
視界外からの不意討ちであったのに、盾で完璧に防がれた。
「答える気はない、という事か。なら捕らえてでも話を聞こう!」
「っくぅ!」
一足飛びにアシュリーとの間合いをつめるクレイグ。
クレイグの重たい一撃をアシュリーは何とかこらえ受け止めている。
「アシュリー!」
「そちらを気にしている余裕はありませんわ!」
クレイグだけではない。
周りの兵士も私達を捕らえようと包囲を狭めてくる。
私を背後に庇うように、ローゼリアとバドが周りの兵士と対峙する。
「大丈夫だぞー。カミュは俺達が守る」
違う、そうではない!どうして私はいつも何もできぬのだ!
「来ますわ!」
ローゼリアの声を皮切りに、召喚獣同士の打ち合いが始まる。
アシュリーの方からも剣劇が聞こえ、私は一人何もできずに杖を握りしめていた。
「異国の剣か、中々やる!」
「捕まって牢獄送りは、ノー! セン! キュー!」
ギリギリとつばぜり合いをする中、クレイグが陣を起動する。
あの男、召喚も使えるのか!?
「アシュリー、離れろ!」
「っぐ、あぁ!」
クレイグが召喚したドライアードの一撃が、アシュリーの腹部にめり込む。
クレイグはその隙を逃さず、体勢を崩したアシュリーに追撃を重ね完璧に彼女を制圧してしまった。
ローゼリアとバドの方もじり貧だ。
何とか防御を重ねているが、決定的な一撃を加えられる攻撃力がない。
少しずつ削られていっている。
そんな時、相殺しきれなかった風弾がローゼリアに迫る。
「ローゼリア!!」
考える間もなく、身体が動いた。
「カミュー!!」
風は全身を切り刻み、私は血を吐きながら床に倒れ込む。
「ああ、そんな私を庇って……ロディ!」
ローゼリアがユニコーンを召喚し、私の傷を癒そうとする。
切り刻まれ、血を吐く私の瞳は何を見ているのか。
視界に入る曇天。
鼻につくむせかえるような血の臭い、何かを焼く音、焦げの臭い。手を濡らす血。
私は、前にもこうやって誰かを庇った?誰を?どうして?バハムート……を?
「あ……ぅぁ……あああぁぁぁぁー!!!」
叫び声をあげ、自分自身をかき抱く。
痛いのは頭ではない。
全身。全身を何かに焼かれているようで、私から何かが出てくるようで。
「黒い光の柱……?」
ローゼリアの呟きも、どことなく他人事で。
黒い光の柱。それは、私から出ているのか?
「駄目だぞ、カミュ! まだ早い! まだ駄目だ! まだ思い出しちゃいけない!」
慌てるバドの声だけが、やけにはっきり聞こえた。





