26 強引転職。剣士アシュリー=ジネヴィラ
「え? フェブラントの国境をこえる為にアイミュラー軍の後ろを?」
「そうですわ。アシュリー、貴女なら軍の侵攻経路を知っていますでしょう?」
ポンコツ三等術師 アシュリー=ジネヴィラ21歳を同行者に加え、私達はアイミュラー軍の殿を目指す。
腐っても軍の一員のアシュリーなら、経路を知っているだろうと、地図を広げ詰問中。
経路が解れば、無駄な接触も防げるし、この先も先回りしやすいしで良いことづくめだ。
これでこそ、アシュリーを仲間にしたかいがあるというもの。
なのだが……
もじもじとうつむき、視線をあわそうとしない。
もしかして、こいつ……
「あ、あの。アシュリー? もしかして、経路を知らないなんて事……」
「知りません! ごめんなさい!!」
勢いよく地面に平伏し、何度も頭を下げるアシュリー。
「何故仮にも軍に所属している者が、自隊の経路を知らぬのだ!」
「大ざっぱには教えられたんだけど、前の人についていけばいいんでしょ? って思ってて! そうしたらその後、一人反逆者を追撃しろって言われて! ヤッバー、経路知らない。どーしよーって思ってたら、もう皆出発しちゃってー!!」
「召喚だけではなく、頭もポンコツなのかお主は!! 何のためにお主をつれていくと思っているのだ!」
「美少女枠追加の為」
「いらんわ! ローゼリアの方が美しい!」
涙目になっていたくせに、自分を賛美する時だけ泣きやみおって。
21歳で少女とは、なんともあつかましい。
生命力と体力は凄まじいものがあるが、腕力は全然なく、バドが持っている荷物の3分の1も持つ事ができなかった。
経路も知らない。
同行者にしたかいが全くもってないぞ。
「……壁をぶち抜いたアイミュラー軍の後ろをついていくという方法は、見直した方がいいかもしれませんわね」
ローゼリアが深刻そうに呟く。
経路が解らないのは、前と変わらない。
だが、今の我々にはドジを頻発するポンコツ三等術師がついている。
「カミュよりドジな相手って初めて見たぞー」
バド、そこは訂正してもらおう。私はドジではない。
そして、あのダメダメ女兵士と一緒にするな。
私達に同行して約30分。
このアシュリーは色々しでかしてくれた。
無理矢理抱っこしようとしてベルを怒らせ、石に躓いてカルトの尾を思いっきり引っ張ってカルトを怒らせた。
怒った2体の集中攻撃をくらってズタボロになったアシュリーは、またもやべそをかいていた。
怒った2体はアシュリーをズタボロにした後、魔力回復の為に帰っていった。
ズタボロになったアシュリーは、ローゼリアの優先召喚獣。
ユニコーンのロディルマリアにまたもや回復してもらい、その際アシュリーが好みではなかったらしいロディルマリアに鼻で笑われ、更に涙を濡らした。
出発しようと荷物を持った瞬間、背嚢の底が破れ荷物をぶちまけた。
破れた背嚢をバドが修理する間、気を取り直す為に地図を出して経路を聞いたが知らなかった。
今、ここである。
「だがローゼリア。それ以外の方法が私達では思いつかん。危険だが、それしかないのではないか?」
「あのぅ……」
「なんだ?」
こめつきばったよろしく平伏していたアシュリーが、恐る恐る顔をあげながら進言する。
「クリストファー殿下が味方なら、そっちに頼んで陽動なりなんなりしてもらうのは?」
ポンコツなアシュリーの口から出てきたそのまともな提案に、私は正直驚いた。
陽動という言葉を知っていたのだな。
「それも、候補にいれたんだけどなー」
エリンが嫌なモノが見ていると言い、母上がアリーチェには気を付けろ。と言っていた事を考慮に入れたのだ。
アリーチェ婦人がその嫌なモノかどうかは解らない。
だが、念には念を入れて用心しようという事になった。
エリンはバハムートのそばなら大丈夫だと言っていた。
逆を言えば、バハムートのそばから離れれば離れるほど、見られる危険性が増すという事だろう。
殿下もアリーチェ婦人も同じ皇都にいる。
馬や手紙では時間がかかりすぎる。
召喚獣で伝言を頼むには、見られる危険性が増す。
私ならともかく、ローゼリアとバドでは、魔力を最小限に押さえつつ隠密性を高める事は無理に等しい。
「なので、お兄様に頼む事は諦めましたのよ」
アリーチェ婦人だけではない。
皇帝陛下や父上にもバレてはいけないのだから。
私達が皇帝陛下の崩御を狙っているという事は、知られてはなならない。
知ったら、皇帝陛下はすぐさまクリストファー殿下の命を奪うであろう。
皇帝陛下を弑する事ができたとしても、殿下が亡くなってしまったら、それは私達の負けだ。
クリストファー殿下には、無事に帝位についてもらわなくてはならない。
……ローゼリアには、父と兄を失った後の皇帝という地位は重すぎる。
ローゼリアは、それが自身の役目ならと皇帝の任を全うするだろう。
自分自身の事などかえりみず。
傷だらけになるのが目に見えている。
ローゼリアが良くとも、私はそんなローゼリアは見たくはない。
皆が沈み考えている時、アシュリーの後ろに牙を光らせる獣が見えた。
「っ! アシュリー、後ろ!」
ローゼリアとバドも気づき、陣を起動するが間に合わない!
今まさに獣の牙がアシュリーの首に食らいつこうとしている。
シュン。
「……なに?」
耳慣れない音が聞こえたと思った瞬間、獣の首と胴体は切り離され、ドサリと音をたて地面に落下した。
アシュリーは無事だ。
先ほどと何も変わらず、ウンウンと唸りながら悩んでいる。
「……アシュリー?」
「え? なに? どうしたの?」
怪訝なローゼリアに声をかけられ、また何かやってしまったのかと慌てている。
「いえ、この獣は貴女が?」
指差す先には、血まみれで息絶えている獣。
「え? ああ、うん。邪魔だから斬ったけど。……え? もしかして駄目だった!? 私またやっちゃった!?」
「いえ、大丈夫ですのよ」
「良かったー」
胸を撫で下ろすアシュリーを横目に、私達は目を見合わせて驚く。
召喚より剣に天賦の才があるとは思っていたが、ここまでとは思わなかった。
ドジでポンコツ三等術師のイメージが強かったので、剣の腕もここまでとは思っていなかったのだ。
召喚よりは多少マシな程度だとばかり……
「一等剣士と同程度の腕じゃないのかー?」
「ええ。前に見た御前試合の剣士と、遜色ない腕前ですわ」
ここまでの腕があるなら、アイミュラー軍の後ろをついていかなくとも、国境を越えられるのではないか?
召喚師は基本自身への攻撃に弱い。
対召喚師戦闘の基本は、いかに召喚獣を掻い潜り、術師へ攻撃を与えるか。
まあ、できる召喚師ほど召喚速度も早いし召喚獣をかいくぐれるほどの隙もないのだが。
だが、アシュリーのように純粋な剣士であれほどの速度があるなら話は別だ。
召喚師は魔力の接近には敏感だが、それ以外はザルな者が多い。
離れたところで騒動を起こし、警備を手薄にしたところでアシュリーを投入。
数人程度であれば、アシュリーの剣技とローゼリアとバドの召喚獣で突破できるのでは。
勝たなくていい。通り抜けられればいいのだ。
これは、いける……?
私は、自身の考えを皆に伝えた。
「いいと思いますが、肝心の陽動役は誰が?」
「カルトとベルに頼もうと思っている。契約者がいないからあまり長くは無理だが」
一時的にローゼリアとバドと契約してもらうのも手だが、きっと2体ともそれは拒否するであろう。
「……2体だけでは少ないなー。俺とローゼリアも遠隔で召喚するにしても、国境を突破する時の為に余力は残しておきたいし。俺とローゼリアでは、そこまでの魔力量が足りないな」
術者と離れた場所で行動させる場合、その魔力消費量は格段に多くなりコントロールも難しくなる。
「ふ、この美女召喚師。アシュリーの真の実力を発揮する時が――」
アシュリーの戯言と「無視しないでよー!」という文句の声は、3人とも華麗に無視した。
「陽動はラミアにも頼もうと思う」
ラミア 個体名デラニエスタ。通称デラニー。
私が優先契約を結んでいた最後の1体だ。
3体の中で最も攻撃力が高く、最も怒りやすい。
私も何度怒られた事か。
「……力を貸してくれるかしら」
デラニーも、ベル同様かなり過激な性格をしている。
だが、一番可能性があるのはデラニーしかいない。
できればもう少しそっとしておきたかったが、これ以上後回しにすると、とてつもなく面倒な事になりそうな気がする。
召喚を拒否されたとしても、喚ぼうとはしたという事実を作っておかなくては。
「ローゼリアかバド、どちらかデラニーを召喚してみてくれぬか?」
「それは構いませんけれど」
ローゼリアが陣を起動し、デラニーの召喚を試みるが……
「駄目ですわ。応えてくれません」
「なら、次は俺が――……駄目だなー」
デラニーの知り合いである二人でも駄目か……
これはとてつもなく怒っているか、何かがデラニーの身に起こっているかだが。
……うむ、怒っている可能性の方が高いな。
「二人が無理なら、私も召喚を!」
「時間の無駄な事はせんでいい」
「ヒドイ!!」
デラニーが無理なら、どうするか。
カルトとベルだけでは荷が重い。
理想を言えば、アイミュラー軍が壁をぶち破りてんやわんやになっている時。
1ヵ所だけではなく何ヵ所かで陽動を起こすのが一番良いのだが。
贅沢は言ってられぬか……いつ、アイミュラー軍がぶち破るかも解らぬのだ。
戦力は少ないが、頑張ってもらうしかない。
「カルト、ベル。すまないが、頼むぞ」
『バヒバヒ』
『ゲコー!』
私の呼びかけで、向こうの世界から顔を出し決意表明の返事をする2体。
ここにデラニーがいない事に一抹の不安と寂しさを抱きつつ、作戦の細部をつめていった。
曇天の空。
太陽も何も厚い雲に覆われた薄暗い夕刻の頃、私達は動き出した。
フェブラント国境突破作戦、開始だ。