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3 バハムートの契約者~救国の聖女

 


 眠りから目覚めた私は、屋敷の書庫へと向かった。

 ここには、バルモルト家が代々集めてきた召喚師や召喚獣の本が多数おさめられている。

 子ども向けのおとぎ話から学術書まで、その種類は幅広い。


 本当は、国立図書館や城にある宮廷召喚師用の書庫に行こうかと思ったのだが、閉館時間まであと30分だったので諦めた。

 だが、何もしないよりはマシだ。

 何もしないで父上の知らせを待つなど、私にはできない。

 時間は有限なのだ。


 それに何より、私自身の事だ。

 私が調べないで誰が調べるのだ。


 私は、片っ端から本を開いていった。



 ページをめくる。めくる。めくる。


 途中、軽食や温かい飲み物、毛布を持ってきてもらった。

 季節はもう真冬。

 火の気が厳禁な書庫は、底冷えするほどに寒い。


 このくらいの寒さがなんだ。

 あの小屋の方が、よほど寒かった。

 私はかじかむ手に息をはきかけて温め、またページをめくっていった。

 月明かりが照らしてくれ、思ったより明るい事だけが救いだろう。


 調べている事は、バハムートの事と召喚師の身体に住み着いた召喚獣の事。

 おとぎ話でもなんでも、そこから連想するヒントやアイディアがないか探しているのだ。


 とりあえず、バハムートと唯一専属契約を結んだと歴史に記されている召喚師の事をメモっておく。

 まあ、メモらなくても授業で教わったから覚えているのだが。


 エルマ=ビーフィルズ ♀

 バハムートの棲みか、竜王山がある小国ミストレイル出身。

 500年ほど昔、竜王山を目当てに大国がミストレイルに侵攻。

 軍事力など無いに等しい小国ミストレイル。

 大国に呑み込まれるのは時間の問題だった。


 そんな時、エルマの前にバハムートが降り立った。


『気高きヒトよ……そなたの魂の輝きに我は魅入られた。そなたが望むのなら、一時(ひととき)の間、我が翼と牙はそなたのもの』


 そこからミストレイルの快進撃が始まった。

 王都まであと少しと迫っていた大国の軍は、バハムートの登場によって右往左往。

 大空を飛び回り、強力なブレスを吐き出すバハムート。

 大国にも召喚師と召喚獣はいたが、バハムートに敵うはずもなく、全員が撤退。


 大国はミストレイルに和睦を申し込み、ミストレイルはこの先ミストレイルに攻め込まないことを条件にそれを受けた。


 かくして、亡国の危機にあったミストレイルは、エルマとバハムートによって救われ、バハムートはミストレイルの無事を確かめると、竜王山に還っていった……

 その功績を称え、エルマは『救国の聖女』と呼ばれるようになった。

 そして、バハムートへの敬意として、国名をミストレイルから、ドラゴニアへと変更。

 国のシンボルやら何やらをバハムートに変更。


 救国の聖女エルマは、バハムートと契約を交わした唯一の召喚師として有名になり、あちこちでエルマとバハムートを題材にした作品が作られた。

 絵画や書物、舞台や音楽まで多種多様な。

 中には、エルマとバハムートは恋人同士だったというものまである。

 それが、本気で研究されたというから驚きだ。


 召喚師で、救国の聖女エルマとバハムートを知らない人間はいないだろう。

 授業でも習う事だ。

 私が通っている学園には、エルマとバハムートの銅像まであるし、絵画も飾られている。


 銅像も絵画も書物も舞台も、どれもがエルマはボンッキュッボンで、バインバインな絶世の美少女だったと書かれている。

 美少女じゃなくて美女で書かれている事もあるが、些末な差だ。


 知っていたが、私にはひきこもり宣言をしたバハムートが、聖女エルマには自ら力を貸したという事が、非常に気にくわない。


 何故だ!

 私と聖女の差は何だ!?

 気高き魂か!?魂の輝きか!?

 そんなもの、人間の私にわかるか!


 見た目……やはり、見た目か?

 聖女エルマはとても美しい人だったという。

 しかし!私だって見た目はいいはず!

 髪の毛だってサラサラだし、顔も整っていると言われる。

 筋肉……はないが、決してデブではない!


 身長……やはり身長なのか!?

 私の唯一のコンプレックス、男にしては低めのこの身長!?

 くっ!身長は仕方がないではないか!

 私だって鉄棒にずっとぶら下がってみたり、あまり好きでもない牛乳を飲みまくったり努力はしたのだ!

 後7cm!

 いや、せめて後2cmあれば!!四捨五入すれば170cm台になれるのだ!

 そうすれば、私は格好いいとキャーキャー言われ、断じて可愛いなどとは言われなかったはずだ!


 ハーハー……

 冷静な私が、少し感情的になってしまったようだ。

 今のは私ではない。

 本来の私は、冷静沈着なエリートなはずだ。

 ハーハー……

 深呼吸だ。深呼吸をしよう。

 スーハースーハー。


 どの歴史書や学術書を見ても、聖女エルマが特別に背が高かった等という記述はない。

 よって、身長は関係ない。

 関係ないのだ!


 だとしたら後は……性別か。

 バハムートの声は、男の声だった。

 くっ!やはり召喚獣でも、男は男という事か。

 やはり、ボンッキュッボンのバインバインか!

 流石にそれはどうしようもないぞ!

 私は男なのだ!


 ボンッキュッボンのバインバインなど、なれるわけがない!

 大体、大きければいいというものではない!

 胸から腰、腰から臀部のラインのバランスが重要なのだ!

 うむ、ガリガリでもふくよかすぎてもいかん。

 骨ばった身体、特にあれはいけない。

 抱き締めた時に、骨があたって痛いではないか。


 ……何だか、どんどん脱線しているような気がする。

 私と聖女エルマの違いを探しても、あまり意味がない……か?

 多分、私は違いを見つけて納得したいのだろう。

 バハムートが私に力を貸してくれない理由を。


 ()だから駄目ではなく、()()()()()ではないから駄目なのだと。


 私だから駄目なのであったら、悲しすぎるではないか……


 私は、また疑問点や解った事をまとめ始めた。




 次に私が目をとめたのが、聖女エルマが()()()()()()()()()()という事だ。


 聖女エルマがバハムート召喚以前に召喚師として活動したという記録はなく、バハムート召喚後もない。

 聖女エルマが召喚したのは、バハムートのみなのだ。


 まあ、それが『ロマンチックで素敵! 一途!』と、2人は恋人同士だったという考えに至った要因の1つなのだが。


 バハムートが自ら契約を申し出たほどの召喚師だ。

 契約を結ばずとも、名無しから力を借りる事は難しい事ではないだろう。

 実際に、ドラゴニア(旧ミストレイル)から『召喚師として活動してほしい』という要請もあったと記録が残っている。

 だが聖女エルマは、『私には無理です』と、一貫して断ったと。

 その理由は残されていない。


 その理由を、召喚したくなかったのではなく、()()()()()()のではないかという説がある。

 聖女エルマを馬鹿にするな!と、学会でも無視されている説だが。


 だが、聖女エルマが召喚師ではなかったら……


 召喚師でなくとも、召喚獣と契約を交わす事はできる。

 召喚獣の方から召喚師とコンタクトをとればいいのだ。


 召喚師になるには魔力が必要だ。

 魔力は誰もが持っているが、召喚師になるにはそれをコントロールする必要がある。

 それができるか否かが、召喚師とそうではない者達の違いだ。


 私もコントロールするのは、大分苦労した……


 召喚師は魔力をコントロールし、召喚獣が住んでいる向こうの世界の扉をあけ、交渉し、力を貸してもらう為の道を繋げ、報酬として魔力を召喚獣に与える。

 召喚獣の方から契約やコンタクトを申し出れば、魔力のコントロールが必須なこの一連の作業がいらない。


 バハムートから契約を申し出たとすれば、聖女エルマが他の召喚獣と契約を交わさなかったのも説明がつく。

 魔力のコントロールができず、契約しなかったのではなく、出来なかったのだと。


 そうすると、バハムートは召喚師ではない一般人に、()()契約を申し出た事になる。

 ……この説を認めない、世の召喚師達の気持ちが解る。

 プライドの問題なのだろう。

 幼き頃より必死に修練を重ね、やっとの思いで召喚師になったというのに。


 召喚師の憧れである竜王バハムートが認めた者は、召喚の苦労も何も知らぬ一般人であったとしたら……

 何の為の修練、何の為の苦労だったというのか。


 ……いかんいかん!

 また、気分が鬱々と落ち込んできた。

 私は勢いよく鼻をかみ、己の頬を叩いて気合いを入れ直した。


 さて。次は契約を交わした召喚獣が、召喚師の身体に住み着いた例だ。

 これは、どの本からも見つける事はできなかった。


 皇国の大臣で、バルモルト家当主の父が聞いた事がないなら、本当に前例がないのかもしれない。

 とりあえずこの件に関しては、書物を漁っても無意味かもしれない。

 やはり、召喚獣に聞くしか……

 父か友人に頼んで、名無しを召喚してもらおう。


 バハムートと専属契約を結んでいる私には、話を聞くだけだとしても、他の召喚獣は召喚できない。


 ……しかし、私とバハムートの間に結ばれているのは、本当に専属契約なのかどうか激しく疑問だ。

 もしや、知られていないだけで優先、専属以外の契約方法があるのではないか……


 私は考えを巡らせたが、出てきたあくびに打ち切られた。

 ポケットの中の懐中時計を確認すると……明け方の4時。

 ずいぶん長い間、書庫にいたようだ。

 身体もすっかり冷えきっている。


 続きは起きてからにしよう。


 出していた本を片付け、食器と毛布、ランプを持ち書庫をあとにする。

 あれだけ照らしてくれていた月明かりは、雲で陰ったのか消えていた。


 その月明かりさえない暗闇が、私の道行きのようだった。



 4時間ほど仮眠をとり、時刻は朝の8時。

 父上は昨夜、帰宅しなかったようだ。

 という事は、皇帝陛下との話し合いが終わらなかったのだろう。

 フェアリーのユースをお借りしたかったのだが、しょうがない。

 別の者に頼もう。


 軽い朝食をすませた私は、防寒の為モッコモコに着込んだ。

 寒いのは嫌いなのだ。

 嫌な事を思い出す。


 腹巻きや毛糸のパンツをダサい等と言ってられん。

 着込まないと、私は冬眠してしまう。


 モッコモコな私の姿を見た執事やメイドが、「着込みすぎではないですか?」「前見えてますか?」「むしろ歩けますか? それ。」等と声をかけてきた。

 失礼な!


 確かに着込みすぎて動きにくいし、鏡で自分の姿を見た時は不審人物だと思った。

 口元は完璧にネックウォーマーで覆ったからな。

 目と鼻と口元以外の顔を覆う帽子、通称泥棒マスクを被ろうとしたが、使用人達に全力で止められた。


「その帽子を被っていくのならば、馬車を出します!」


 それはダメだ。

 バルモルト家の馬車で移動したら目立ってしまうではないか。

 バハムートの件が何も解決していない今、私は学友達に会いたくない。

 私は泥棒マスクを諦め、屋敷を出発した。



 真冬の皇都は雪が積もっている。

 例年そこまで積もらないが、今年は雪が多い。

 子ども達も雪だるまや雪合戦におおはしゃぎで、そこらかしこに雪だるまがいる。


 家の玄関口に、小さめの雪だるまが3体並んでいる。

 家族であろうか。

 作成者であろう男児が、誇らしげに雪だるまを見つめている。

 近くにいる女性は、きっと母親だろう。

 寒さで真っ赤になった男児の頬を両手で包み込み、笑顔で何かを喋っている。


 ズキン、と胸が痛む音がした。



『うんしょ、うんしょ。よーしできたぞ。あとは、めとはなを……』


 雪が積もる事が珍しい皇都だったが、あの年は雪だるまがつくれるほどには積もっていた。

 幼い頃の私は、その雪で3体の雪だるまを作った。


 幼子(おさなご)の手によるものだ。

 あまり大きくもなく、形も歪であった。

 それでも私は一生懸命作ったのだ。

 私と、両親の雪だるまを。


 その頃、私は既に母上から折檻を受けていた。

 だが、子どもというのは悲しきものだ。

 それでも親の愛を求める。そんな親でも愛していたのだ。


『おかあさま、みてください! 雪だるまです! カミュがつくったのですよ。わたしと、おかあさまと、おとうさまなのです!』


 鼻も頬も真っ赤にし、喜びに溢れた声で母上を呼びにいった。


『雪だるまを作ったからなんだというの? 早く扉を閉めてちょうだい。寒いじゃない。あら、嫌だ。濡れた手で触らないでちょうだい。ドレスが汚れるじゃないの』


 幼い私は打ちひしがれ、うつむき、涙をこらえていた。


『お勉強は終わったの? 雪だるまなんて作って時間を無駄にしてないで、早く勉強をしてきなさい。全く、貴方が無能なせいで私まで馬鹿にされるじゃない。なんて嫌な子なの』


 私はそこで耐えきれずに自室へと戻り、声を押し殺して泣いた。

 泣き声をあげて泣いたら、うるさいとまた怒られる。と認識していた。

 子どもなりのプライドもあったのだろう。


 家庭教師に叱られながら勉強を終え、雪だるまを見に行ってみると跡形もなく壊されていた。

 景観が壊れバルモルト家の庭に相応しくない。と、あの人が命じて壊させたのだという。


 雪だるまの目にしていた赤い実がグシャグシャに潰れ、見えていた中身を、何故か鮮明に覚えている。



 嫌な記憶を追い出すように、私は頭を思いっきり振る。


「私はもう、寒くはない……」


 自分を奮い立たせる為に拳をギュッと握りしめた。

 目的地に向かってまた歩き出そうとすると……


「カーーーーーーミューーーーーーーーーー!!!!」


「!!!?」


 私は吹っ飛んだ。



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