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23 決闘!ポンコツ召喚師

 


 ドラゴニアの壁。軍事国家フェブラント。


 多数の召喚師と兵士を有し、その圧倒的な力で文字通りドラゴニアの壁となり盾となるフェブラント。

 ドラゴニアの領土の周囲は、すっぽりとフェブラントが覆いつくしており、ドラゴニアに入国する為にはフェブラントを越えるしかない。


 唯一、北側だけは海に面しているが、フェブラントの海軍部隊『蒼き波の守護』が、二十四時間昼夜を問わずの警備をしている。

 国境は文字通りドラゴニアの壁。

 煉瓦で作られた巨大な壁が、全ての国境線に立っている。

 フェブラントに入国する為には、海軍部隊か巨大な国境の壁、どちらかを越えなくてはならない。

 入国してからも、陸軍部隊『猛き風の守護』が私達の行く手を阻む。


 だが、フェブラント一の難関は、そのどちらでもない。


「フェブラントの第1王女は、代々シヴァとの専属契約を結んでいますの」


 名あり召喚獣。氷の女王シヴァ。

 白き吐息は風となり、その蒼き御手は一切衆生を凍てつかせるという。


「どういった背景があるのかは解りません。ですが、五百年前の大戦から契約は成されていると聞きます」


「王女が生まれなかったらどうなるんだ?」


「この五百年、王女が生まれなかった事は1度もないそうです。結婚し、フェブラント王家から離れたら契約は解除され、次の王女へ移行されるそうです。なので、次の王女が生まれるまで結婚は許可されないのだとか」


「ふむ、なるほど。ちなみに、今の契約者は?」


「私は会った事はありませんが、イリアレーナという名前の可愛らしい方だと聞いていますわ。確か、16歳ですわね。現陛下の妹君である叔母上から受け継いだはずです」


 血筋での契約とはまた面妖な。

 しかし、フェブラントの第1王女に生まれれば、何の苦労もなく名ありとの専属契約ができるのか。

 ……うむ、嫉妬がむくむくと沸き上がってくるな。


「それで、結局どこから入るんだー?」


「……どうしましょうかしらね」


「「「……」」」


 私達はアブガルカ湿地帯を無事抜け、国境から3kmほど離れた小さな森に隠れている。

 カルトは魔力節約の為に、向こうの世界に帰った。

 これだけの距離をとっているというのに、国境の壁はうっすらと肉眼で確認できる。

 壁の上にある結界壁とあいまって、まさに大陸を縦断する壁だ。


 密入国する隙間も見つからず、知恵も思い浮かばず、私達はここで立ち往生していた。


「……そういえば、アイミュラー軍はどうやってこの壁を突破する気なんだろうか」


「向こうにはイフリートがいますから、それでぶち抜く気では?」


「なら、ぶち抜いた穴を後ろからそそくさと通るのはどうだ?」


「危険すぎますわ! イフリートに見つかったら戦闘になりますし、向こうには私達以上の召喚師もいっぱいいますのに!」


 流石に駄目か。

 ローゼリアは回復や補助を得意とする召喚師であるし、バドも攻撃よりは防御方面だ。

 攻撃を得意とする召喚師に囲まれたらひとたまりもない。

 かといって、国境の関所もフェブラントの腕利き召喚師が常駐している。

 海なんてもってのほかだ。

 私達に操船技術を持っているものはいないし、フェブラントは陸軍より海軍の方が精鋭だ。


「やっぱり、アイミュラー軍の後ろから通るしかないんじゃないかー?」


 同意だ。


「ぅ、うぐぐぐぐ」


 ローゼリアが葛藤している。

 諦めたのか、はあ。とため息をついて提案を受け入れる。


「それしか思い付きませんものね。離れてゆっくり、慎重にいきますわよ」


 アイミュラー軍が今どの辺りにいるのかは解らない。

 だが、壁をぶち破る音が聞こえてこないので、まだベルモーシュカ内にいるはずだ。

 私達はこっそりと森を抜け、アイミュラー軍がいるであろう南に向かって出発する。


「ちょーっと、待ったぁー!!」


 とてつもない邪魔者が来た。

 何、空気読まないで来ちゃってるんだよ。という風な感情を込めて振り返ると――

 さらにズタボロになっておるのだが、この短時間で何があった。

 泥と水にはまっただけではないのか?しかも、何か涙声。


「助けを求める人を見捨てた、慈悲の心もない反逆者め! このアシュリー=ジネヴィラが成敗してくれるわ!」


 涙声で鼻水をグスグスさせながら言われても、なんの迫力も説得力もないのだが。

 時おり、ぶえっくしょんとくしゃみまでしている。

 泥にはまって風邪をひいたのではないか?長旅に体調不良は禁物。

 私達に近づくな。

 じりじりと距離をとる。


「何で離れるの! 寂しいでしょ!」


 そこはせめて、「逃げるつもりか、反逆者ども!」ではないのだろうか。

 上司や先輩、同輩などはとてつもない苦労をしているのだろうな。

 ドラゴニア侵攻で追い払われるのも納得か。


「全然泥からでられないし、召喚しても召喚しても来てくれないし、そのうち夜になっちゃうし。なんか寄ってくるし。ご飯落とすし。寒いし臭いし。一人で寂しいし……」


 べそをかく、21歳の三等術師。

 エリート街道もサクセスストーリーも遠そうだ。

 このダメダメっぷりに呆れているのだが……少しだけ、見捨てるのも忍びない。


「……何だか、気の毒になってきましたわ」


 うむ。図体のでかい女兵士なのだが、何だか幼子のように見えてくる不思議。

 認めたくはないが、小さな頃の自分に重なってしまう。

 父上から見向きもされず、母上の期待に応えられず、一人寒さに震えながら膝を抱える昔の自分。


「……」


「カミュ?」


 私は泣くアシュリーに近づき、保存食のビスケットを渡してやる。


「食べるが良い」


「ふぇっ!?」


「毒など入っておらぬ。バド、服を乾かし温めてやってくれぬか」


「お安いごようだぞー」


「ふぇぇー!???」


 アシュリーは驚きながらも、ビスケットを食べる口は止まらない。

 アシュリーを助ける事に意味などない。

 追撃者に情けをかけるなど愚の骨頂。

 これで、アシュリーが追撃をやめるわけでもないし、

 私がした事に意味などない。

 これは、単なる私のわがままだ。

 飢えと寒さ、寂しさに震えるアシュリーに昔の自分を重ねてしまった。

 あの時誰かに差し出して欲しかった手。

 それを擬似的にやり、少しでも救われた気になりたいだけだ。


「すまぬな、バド。ローゼリア」


 貴重な保存食を敵に与え、召喚獣を呼び出した事で魔力を消費し、敵を回復してしまった。

 自分は戦えないと言うのに、二人の負担を増やしてしまう。


「謝る事ではありませんわ」


「そうだぞー。ポンコツ召喚師が回復したからってポンコツのままだぞー」


「ポンコツ言うな!」


 保存食を食べながらも、その耳はこちらに注意を向けていたらしい。

 せめて、食べてる間に行こう。


「え、ちょちょ、ちょっと待って!」


「何なのだ。もう食料はやらんぞ」


 食い意地のはった奴め。


「ちっがーう! 食料をくれた事、服を乾かしてくれた事は超感謝。だけど私は社会人。簡単に標的を逃がすわけにはいかないのです!」


 ならどうしろと言うのだ。


「端的に言って勝負を申し込みます! 私の優先契約召喚獣と勝負です! 後、私が召喚に成功するまで待っててくれると超嬉しい」


「私達には受けるメリットは何もありませんわね」


「うぐぉ!」


 バッサリと切り捨てられ、目に見えてへこむアシュリー。

 しかも、召喚に成功するまで待っててほしいとは……それでも軍属の召喚師なのか。

 情けないにもほどがあるぞ。


「まーまー。その勝負俺が受けるぞー」


「バド、良いのか?」


 まさか、バドが受けるとは思わなかった。


「ローゼリアはいざという時のユニコーンの為に、魔力をのこしておかないといけないしなー。それに、ポンコツ召喚師が優先契約を結んだ召喚獣が何か、ちょーっと気になるんだぞー」


 ……それは確かに。どれだけ寛容な召喚獣なのだろうか。


 アシュリーが咳払いをして仰々しいポーズを取り、時代錯誤な口上を述べる。


「ここで会ったが百年目! 私のエリート街道の礎になってもらいます! 具体的には大人しく捕まりなさい! そうしたらご飯の恩もあるし、私も減刑を嘆願します」


 誰が嘆願しようと減刑するような皇帝陛下ではないだろう。

 捕まればローゼリアとバドは処刑。

 私は一生幽閉の身だ。断じて捕まるわけにはいかない。


「いざ!」


 アシュリーが陣を起動し召喚を始め、バドも即座にホビットを召喚した。


「……」


「……」


「……」


 アシュリーはまだ召喚をしている。


「……」


「……」


「……」


 アシュリーは唸りながらまだ召喚をしている。


「……」


「……」


「……」


 アシュリーは脂汗を流しながら、まだ召喚をしている。

 バドは魔力の無駄なので、一度ホビットを向こうの世界に還したた。


「……」


「……」


「……」


 アシュリーはまだ――


「まだなのか!? 優先契約を結んでいるのだろう!? いくらなんでも遅すぎるぞ!」


 召喚し始めて何分たっているのだ!5分は確実にたっているぞ!?

 それでよく卒業して軍属になれたものだ!


「待ってよー! 後2分。いや、5分待って!」


 待てるか!

 3人でかたまり、ひそひそと囁きあう。


「アイミュラーの軍はどうなっているのだ? 何故このような術師が軍属になっている?」


現皇帝陛下(お父様)の代になってから、軍で採用する召喚師が増えていると言いましたでしょう? 数を確保する為に、昔なら試験に受からないような召喚師も合格しているそうなのです」


「だからと言って、あれはないぞー」


 未だに四苦八苦しているアシュリー。

 召喚が成功する素振りは全くもって見えない。


「はぁ、しょうがない。このままでは決闘が始まらぬし、私達も出発できぬからな」


 うむ、これはアシュリーの為ではない。私達の為である。

 私は、「なんでー」とまたもやべそをかいているアシュリーの元へ向かう。


「力を抜け」


「ふぇぇー!?」


「そのようにガチガチになっていては、召喚も何もあったものではない。変なポーズをとったり、無理に杖を構える必要はない。どんな体勢でもいい。自分が一番()()()いられる姿勢を探せ」


「こ、こんな感じかな」


 とった姿勢は重心を低くし、腰に下げていた剣を鞘から抜き取ろうとしている格好。

 ……この者は本当に召喚師なのか。

 どう見ても剣士の方が向いているような気がする。

 実際、剣を持つ体勢に変えたら、魔力も精神も格段に安定している。


「召喚に焦る必要などない。お主は召喚に成功した事があるだろう? 優先契約も結べているのだ。扉も見えている、鍵も持っている、開け方も知っている。なら、後は鍵を差して回すだけだ」


 優先契約を結んでいるのなら、その召喚獣と世界に繋がる鍵はすでに持っている。

 自身の魔力で構築する必要もない。

 先ほどまでのアシュリーは、鍵を鍵穴に入れようと焦って、何度も失敗していた。

 焦る必要などない。


「お主はすでに受け入れられている」


 契約を結べた。

 それは、受け入れられた証拠。

 誰かに必要とされた証拠。

 それを思えば、昔の私はなんと愚かで傲慢で、欲深い者だったのだろうか。

 ペガサスのカルト、ラミア、ヴォジャノーイと優先契約を結んでくれた召喚獣が3体もいたというのに。

 私は、誰にも必要とされていないと思ってしまった。

 あんなにも必要とされていたのに。

 竜王山へ向かうという私についてきてくれた。

 一方的に契約を解除すると告げた私なのに、心配だから山頂までついていくと訴えでてくれた。

 私は、とても愚かだ。


 だから、傷ついてはいけない。

 最初に手を離したのは私なのだから。

 その後、彼らが誰と契約しようと彼らの自由だ。


 そう、自由。

 私ではない、誰かと共にある彼らを見てこんなにも傷ついている。

 私は、やはり愚かで馬鹿な男だ。

 一方的に契約を解除しておきながら、自分以外の誰かと契約する事はないと、どこかでたかをくくっていたのだろう。


 だから、これは彼らを傷つけた愚かな私への罰なのだ。


 アシュリーが召喚した、彼女の優先契約召喚獣。

 それは、私がかつて優先契約を結んでいたヴォジャノーイだった。



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