22.5 sideユース2
あれから、どれくらいの時間がたったのか。
羽根を焼かれ、鉄製の鳥かごに放り込まれたユースは幾度目か解らない痛みにうめく。
友人は別部屋に閉じ込められ、無事であるかどうかすら解らない。
『シア……』
シアは任せろと啖呵をきったのに。
自分の無力さが情けなく、涙が出てくる。
特殊な法陣が敷かれ、向こうの世界に戻る事すらできず、自身を構成する魔力にすら事欠くありさま。
このままでは、数日のうちにユースは消え去ってしまうだろう。
『アル……』
契約を解除された、かつての己の召喚師を思う。
どうして、こんな事になってしまったのかと。
(アルは、あんな人じゃなかった)
何十年も前に契約した時、アルはまだ少年だった。
国と家の事を思い、だけど自由と世界にも憧れる。
板挟みになり悩みながらも、決して歩みを止めなかった。
投げ出さなかった。
だから、契約を結んだ。
シアの事だって、政略結婚とはいえ納得していた。
ユースは今でも覚えている。
結婚が決まったアルが、照れくさそうにシアに告げた言葉を。
「私は召喚術と当主になる為の勉強しかしてこなかった。だから、女性の機微には疎いこともある。貴女を怒らせ悲しませてしまう事もあるかもしれない。それでも、私は貴女を大切に思う。一緒にバルモルト家を支えてほしい」
そう言いながら差し出したアルの手を、シアは微笑みながら受け取った。
今では冷えきった夫婦になってしまったが、2人には確かにそんな時もあったのだ。
アリーチェ。
あの女が出てきてから、全てが狂いだした。
カツン、と乾いた靴音が響く。
ああ、それだけで解ってしまう。
『何しに来たの……アル』
痛みをこらえながら身体を起こし、アルを睨み付ける。
「契約を結びに来た」
今、この男は何を言ったのか。
ユースは自身の耳を疑った。
『何を言っているの? そっちから解除しておいて、私の羽根をあの女が燃やす時もただ見ていて! シアもカミュ坊も見捨てたあんたと契約!? 冗談じゃないわ!』
ユースは激昂した。どこまで自分は馬鹿にされているのかと。
それでも、アルは冷静だった。
「……そちらにとっても悪い話ではないはずだ。今にも魔力が枯渇して消えてしまいそうなのだろう? 私と契約したら、焼けた羽根も再生する」
『アル、あんた何を考えてるの?』
アリーチェに魅了され、操られているのだと思っていた。
けれど、この瞳は……
『シアや殿下は無事なんでしょうね……』
「それは安心してくれていい」
『……』
逡巡するが、確かにシアを助ける云々の前に、このままでは消えてしまう。
『……わかった』
ユースは受けるしかなかった。
選択肢を減らす為に、日にちを置いてから提案してきたのかと思うと、とてつもなく腹立たしかった。
受け入れ、前と同じ優先契約で結び直す。
すると、アルが流し込んだのか彼の考えがユースに入ってくる。
『……アル? あんた、何を……』
「……」
アルはそれには答えずに、ユースに背中を向けて去っていく。
『アル、待って!』
「出す事はできない。終わるまでそこにいろ。そうしたら、怪我もしない」
『アル! アル!!』
ガシャンと扉が閉められ、ユースは一人困惑する。
流れ込んできたアルの考え、思い。
アルはやっぱりアルだった。と嬉しさが込み上げる一方、昔のアルは二度と帰ってこないという事を思い知らされた絶望。
ユースは一人慟哭し、大切な契約者を変えた毒婦。
アリーチェへの憎しみを深くした。
『アリーチェ……! あいつだけは、お前だけは必ず殺してやる……!』
絶望、憎悪、嫉妬、殺意。ありとあらゆる負の感情が、ユースを染め上げて堕ちていく。
自分自身ではもう止められなかった。





