22 アブガルカ湿地帯2~生きていく事を許してほしい
「大分離れたか?」
「そうですわね」
しばらくは、「馬鹿ー」「恨んででてやるー」「あ、嘘。助けてくださいー」など聞こえてきていたが、3人ともが華麗に無視した。
「しかし、私達を追うのに三等術師を使うなど、本気で捕まえる気がないのだろうか?」
「もしくは、お兄様が何か手をとってくれたのかもしれませんわね」
ああ、その可能性もあるのか。だが――
「ケブモルカ大森林の入り口で私達を襲った召喚獣は、そこそこの手練れであった。三等術師では無理なほどに」
「あの女兵士は囮で、他にも追撃がいるのかもなー。後、俺はあの魔力量の少ない女兵士が、何でケブモルカ大森林を無事に越えられたのかどうかも謎だぞー」
無事とは言いにくいぐらいのボロボロ具合であったが、まあそうだな。
「体力だけは凄まじいのかもしれませんわね」
そこで話を切り上げ、歩く事に専念する。
あの女兵士のせいで、少し時間がとられてしまった。
湿地帯で一夜を明かしたくはない。
「……?」
その時、私はまた何かの視線を感じた。
エリンが言っていた嫌なモノか?いや、だがバハムートのそばにいれば大丈夫だと言っていた。
ならば、幽霊……か?
いやいやいや!そんなわけはない!
私は頭を振って、わき出た疑念を追い出す。
「カミュー、どうしたー?」
「何でもない、今行く!」
忘れてしまえ、と私はまた頭を振り、前を行くバドとローゼリアを追いかけた。
それは、アブガルカ湿地帯をもうすぐ抜ける、という時だった。
少しずつ雪と風が強くなり、前を向くのも難しくなってきた。
雪ではぐれてはかなわんと、前を歩くバドを掴もうとしたその時、ゴゥッ!と一際強い風が吹き、辺り一面が白に染まった。
何も見えなくなった世界で、私は2人の名前を叫ぶ。
「ローゼリア! バド!!」
だが、2人の声は聞こえず、ゴゥゴゥという雪と風の音が響くだけ。
私は遭難した……のか?
その考えに思いいたり、一気に冷や汗が吹き出る。
ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!
私はバハムートと隷属契約を結んでいるから、他の召喚獣を喚び出せない。
召喚して暖をとる事も出来ぬし、むしろそもそも火種はバドが持っているのだ。
しかも私は、自身で火を起こした事がない。
……つんだ?イヤイヤイヤイヤ!
水筒と若干の保存食はは持っているのだ。
雪がやむまで待って、2人を探せば良い。
近くにいる事は確かなのだから。
「……?」
また視線?誰かが私を見ている?
「っ!?」
ふと感じた微かな違和感。
雪と風に混じる、微かな魔力の気配。
違う、これは自然現象の吹雪ではない!誰かの召喚獣が起こした人為的なもの。
極微少の魔力を使い、偽装しているとはいえ、これに気がつかぬとは私はなんと愚かな!
「ぐっ、ぅぁ。うぁぁぁぁぁ!!!」
気づいても何もできず、私は強い風に遊ばれる木の葉のように、情けなく空へと舞い上がった。
「ここは……」
うっすらと目をあけると、映るのは黒い空に瞬く星、細い三日月。
背中も腕も足も冷たい。
身体を動かそうとしたら全身に痛みがはしった。
私はどこまで飛ばされてしまったのか。
何とか顔を横に動かすと、アブガルカ湿地達にのみ生息するあの赤い花が目に入った。
ここは、アブガルカ湿地帯の中なのか。
もうすぐでぬける所だったのに、中まで戻されしまった。
……ここはアブガルカ湿地帯?時刻は既に夜。
マズイ!アイミュラー国民を引きずり込む亡霊の話を思いだし、何とか逃げようとする。
「ぁぐっ! ぐぅっああ!!」
どこかの骨が折れているのか、全身を打ち付けた事による打撲かむち打ちか。
私は、起き上がる事すらできなかった。
絶望的だ。真冬の夜、濡れた服やマントが肌にはりつき、容赦なく私の体温を奪っていく。
亡霊に引きずり込まれるより、凍死する方が早そうだ。
歯がガチガチと鳴り、指先が動かなくってくる。
寒いのは嫌いだ……いや、昔は凍死するほどの寒さでもなかったら、今よりはマシだったのか。
私が死ねば、バハムートの住みかは竜王山へと戻る。
ローゼリアとバドを危険に巻き込まなくとも、いとも簡単にアイミュラーとドラゴニアの衝突を回避する事ができる。
軟禁されている時も、私が死ねばいいのではと思った事があった。
あの時は、ローゼリアとバドも軟禁されていたから、私が死ねば二人にも死の危険があった。
だが、今は軟禁されていない。
クリストファー殿下の助けもある。
どこかの国に亡命すれば、2人は生きていられる。
私が今死ぬのを躊躇する理由は、なんなのだ……?
ローゼリアとバドが悲しむから?それもあるかもしれないが、全てではない。
あんなに死にたいと思い、竜王山に自殺しに行ったというのに。
何故、私は今こんなにも死にたくないと思っているのか。
死ぬのが怖いと思っているのか。解らないのだ……
「誰……だ?」
多くの何かに、取り囲まれている気配がする。
ここに出ると言われる、五百年前の兵士の亡霊達だろうか。
私を引きずり込みにきたのか。
……不思議だな。死ぬのは怖いのに、この者達は怖くない。
故郷を共にする者たちだからだろうか。
私はこの者達が死ぬ一因となった、バハムートの契約者なのに。
この者達は、私に恨みの感情を持っていない。
私に、何か用があるのか?
声を振り絞る。
「私に、用がある……のか?」
亡霊達は何も答えない。
「すま……ぬ。今の私は、散っていったお主達に何もできぬ。十字をきり、祈る事しか……」
ピチャリ、と何かが水面を踏む音がし、亡霊達の気配は霧散した。
この湿地帯に誰が?ローゼリア?バド?
それとも、あの女兵士か?目がかすんできて、よく見えない。
「お前は、何で生きている」
女の声だ。低く重苦しい。
「答えろ。他の生命を蹴落とし、何故お前が生きている。何故、お前らのせいで妹は死なねばならなかった……!」
首に鋭い何かがあてられる。何かの刃物みたいだ。
妹?誰だ?頭が働かない。
「解ら……ぬ」
目の前の女には気に入らない答えだったのか、力が入り、肉に刃が刺さる。
首筋を少量の血が伝う。
「解らぬが、今は死ねぬ。やらねばならない事がある。泣かせたくない人達がいるのだ」
そうだ。私が死んだらローゼリアやバドが悲しむ。
母上やユース、カルトも。
それだけではない。
私が死んだら、アイミュラーとドラゴニアの衝突は回避されるかもしれぬが、ルーシェが止まるという確証がどこにあるのだ。
イフリートと契約しているルーシェは、同じ名ありではないと止められない。
あいつを止めるのは、バハムートと契約しており、兄でもある私の役目だ。
今は会話をする事もできぬが、エリンはバハムートは私の敵ではないと言っていた。嫌ってもいないと。
なら、この先バハムートが私に力を貸してくれる可能性はある。
私が死んだら契約は解除されてしまう。
その後、バハムートが他の誰かと契約をしなかったら、ルーシェを止める者がいなくなってしまう。
私は死ねない。死んだらそこで終わってしまう。
何もできなくなってしまう。
私は、今度こそ逃げるわけにはいかないのだ。
私を助けてくれたカルトの為にも、バハムートの為にも。
楔になってくれたエリンの為にも。
……バハムートの……為?楔?私は、今何を?
いや、今はそれを気にする時ではない。
「お主の妹が、私のせいで死んだのなら、その報いは必ず受ける。全てが終わってから贖おう。だから、今は生きる事を許してほしい……」
「……」
「……」
重苦しい沈黙が続く。
「……」
何か小さなものが、私の首の上に置かれた。
「……その花は、アイミュラー兵士の血と涙の結晶だ。血を止め、補充する機能がある。後、これも」
私の身体のそばに召喚獣の気配。とても温かい。
「凍死されては困るからな。……正直、私はお前らが気にくわない。大道の為、世界の為。仕方がない事だと解っている。それが、ユニコーンの護り手の一番の役目だという事も解っている」
ユニコーンの護り手だと?
「だが、頭では解っていても感情が納得してくれない。何で……何で、後3年早く起こってくれなかったんだ。そうしたら、あの子じゃなくて私が……!」
強く歯を食い縛る音が聞こえてくる。自分ではどうにもならぬ感情。それが、彼女を縛りつけている。
「……いや、言っても仕方がない事だな。こればかりは誰にもどうしようもできない事だ。失礼した、契約者殿。バハムート殿」
膝まずく気配。
「今代のユニコーンの護り手は、バハムート殿につくと決め楔になった。なら、我等一族もそれに倣おう」
……気にくわないが。と吐き捨てるように言い、女は去っていった。
「待……」
もしや、お主はエリンの――
呼び止める事はできず、私の意識はそこで途切れた。
何かが、私の頬をなめている。
ベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロ。
……なめすぎではないだろうか。
『バルルル、バヒ』
この声は……
「カルト…………っまぶしい」
うっすらとあけた目に直撃する陽の光。
既に朝になっていたのか。
「来てくれたのか、すまないな」
『バルルル』
私の手のひらに頬を撫で付けるカルト。
「カルト、ここに誰かいなかったか?」
『バヒーン? ブルァブルァ』
「そうか、いなかったか……」
気のせいだったのか?……いや、私が凍死せずに生きているという事実が誰かがいたという事を物語っている。
だが、誰に助けられたのか、何を話したかの記憶がとても曖昧だ。
何か、大切な事だったような気がするのだが……
「っぐぅ!」
身体を起こそうとした瞬間、激痛がはしる。
そうであった、怪我をしていたのだ。
「カルト、すまぬがローゼリアとバドを探してきてくれぬか? 怪我をして動けぬのだ」
『バル、バルルルルル』
「何? その必要はない?」
「ミュー」「カーミュー」
遠くから聞こえてくるこの声は、
「ローゼリア? バド?」
「カミュ、やっと見つけましたわ! 無事で良かった!」
いつもの美麗な顔が、涙でグシャグシャになってしまっている。
バドもグシャグシャまではなっていないが、涙ぐんで目が赤い。
私は、また泣かせてしまったのか。
「っぐ!」
「カミュ、怪我を? 今治しますわ。ロディ」
『バヒーーン!』
ロディルマリアの角から淡い光が出、私を包み込む。
痛んでいた身体が温かくなり、楽になっていく。
「ありがとう、ローゼリア。ロディルマリア」
「カミュ!」
ゆっくりと身体を起こし、抱きついてきたローゼリアを受け止める。
「ローゼリアとバドは無事か?」
「無事だぞー。俺達は召喚が使えるからどうとでもなるぞー」
「そうですわ! カミュこそ、召喚が使えないのに1人で迷子になって! 魔力の気配も全然感じられなくてずっと探していたんですのよ!」
その表現はやめろ。
迷子ではない、私は行方不明になっていたのだ。
「夜が明けても全然見つからなくて、2人で半泣きになっていたところにカルトが来て、ここまで案内してくれたんだぞー」
「そうか、ありがとう。カルト」
『バヒバヒ』
「そういうカミュこそ、どうやって助かったんだー?」
……そう言われても。
「よく、覚えていないのだ。誰かに助けられたような気がするのだが……」
「あの女兵士ですの?」
「それは違う」
それだけは断言できるな。絶対に違う。
「誰かは解りませんが、今度会えたらお礼をしなくてはいけませんわね」
「そうだなー」
あの者とまた会う。
……何故かは解らないが、私の身体はブルリと震えた。
「では、急ぎましょう。湿地帯を抜けたら、フェブラントとの国境はすぐですわ」





