20 男の友情は殴りあいと抱っこで育まれるものだったのか……!
【人間の世界オーリプタニアと召喚獣の世界エンドローズ。
太古の昔、この2つの世界は1つだったという。
人間と召喚獣は互いに共存し暮らしていた。
そんな時1つの闇が生まれた。
闇は人間も召喚獣も世界も、全てを飲み込もうとした。
人間と召喚獣は力を合わせ、何とか闇を撃退し封じ込める事に成功した。
この時の戦いと封印によって、世界は2つに別たれた】
《竜王神教創生神話 序章より》
「……」
「……」
「……」
私達は、3人ともずっと無言で歩を進めている。
何を言葉にしていいのかわからず、失ったものの重さと大きさが私達を縛り付けている。
歩き始めて1時間ほどだが、まだ遠くにケブモルカ大森林が燃える煙が見える。
炎が消えるのを待って、エリンを探したかった。
だがそれは時間が許さない。
イフリートが放った炎は、対象全てを燃えつくすまで消えない。
無理矢理消す為には名ありの力が必要だが、私達が用意できるはずがなかった。
悲嘆にくれ、消せない炎を前に動けずにいる私とローゼリアを、バドが叱咤した。
「二人とも、ここで炎が消えるのを待っている時間はない。今すぐに出発しよう」
冷静なバドの声に、私とローゼリアの怒りは向いた。
私はキッとバドを睨み付ける。
「この炎と煙は遠くからでも確認できる。今すぐに離れなきゃいけない。アイミュラー軍やユニコーンの護り手の一族と敵対するわけにはいかない。護り手の一族は誰が森を燃やしたか知らない。俺達が誤解される可能性もある」
それは確かにそうだが、すぐに割りきれるものでもない。
ルーシェの事、エリンの事、ユニコーン達の事。
全てがグルグルと頭の中でこんがらがった私は、バドに理不尽に八つ当たりをしてしまった。
「バドはいつも正しい。だが……だが、正しい事だからと言って、それが人を動かすとは限らない! バドは人の心が解らないのか!」
「カミュ! 言い過ぎですわ!」
ローゼリアに言われずとも、発した瞬間激しく後悔した。
いつもニコニコしているバドの顔が、今にも泣き出してしまいそうなくらいに歪んだから。
私とバドを重苦しい空気が包み込む。
「……とりあえず進みましょう。ルーシェが南の空に飛んでいったという事は、アイミュラー軍はそちらにいる可能性が高いですね。気は進みませんが、北の湿地を目指しましょう」
ローゼリアの言葉で、のろのろと進み始めた。
バドを先頭に、ローゼリア、私の順だ。
バドの大きな背中が私とローゼリアの歩幅を気遣いながら、ゆっくりと進む。
その背中に何か声をかけなくてはならないのに、臆病な私の口は動いてはくれない。
友を罵倒する時にはスラスラと動いたのに。
本当に、自分自身が嫌になる。
雪はすでにやみ、地面の上にわずかに積もった雪が私達の足跡を残す。
私はうつむき加減に、バドとローゼリアの足跡を見ながら歩いた。
それから歩き続け、太陽が中天にかかる頃に昼食を取る為の休憩に入った。
そこいらにある切り株に腰をおろす。
ベルモーシュカの民族はほとんどが自給自足だ。
ベルモーシュカ内では買い物で物資を補給する事はできない。
保存食で乗り切るか、現地で調達するかだ。
保存食は何かあった時の為にとっておきたい。なので、今回の食事は現地調達だ。
バドが獲物を狩り、バドが捌き、バドが火を起こした。
……いや、私とローゼリアだってやろうとしたのだ。
だが、生の解体を見て私が貧血をおこし、ローゼリアは私の介抱に。
その間にバドは手早く全てを終了させていた。
私が目を覚ました時には、香ばしい匂いをさせるウサギ肉が出来上がっていたのだ。
塩が振られただけのウサギ肉だったが、中々に美味であった。
食べ終わった後の骨と皮の後始末をし、少しのお茶を飲む。
……ここだ。ここで謝罪をせねばいつするのだ。
謝罪を後回しにしてはいかんのだ!
「バド!!」
思ったより大きな声が出てしまい、バドとローゼリアを驚かせてしまった。
「いきなりどうしたんですの?」
「いや、あの……私はバドに謝罪せねばならないのだ」
「謝罪ー?」
何かあったっけ?と言うかのように、バドが首をひねる。
「バドを責める事を言ってしまった。何故冷静でいられるのだとか、バドは人の心が解らないとか……」
「あー……」
「本当に、申し訳なかった。バドを責めて文句を言って。私は、何も出来ていないのに」
旅の全てをバドに頼りきりだ。
荷物も、食事も。
怪我をした私を運んでいたせいで、バドは毒を受け瀕死にまでなった。
なのに、私は……最低ではないか。
「すまない、バド……」
私は頭を下げた。
「……カミュー、顔あげてくれ」
ゆっくり、顔をあげてバドを見るといつもの安心する笑顔がそこにはあった。
「怒ってないから大丈夫だぞー。むしろ、俺はちょーっと嬉しかった」
嬉しい?何故だ?
「ずーーっと我慢し続けて能面だったカミュが、自分の感情を出すようになったんだからなー。前までのカミュなら怒ったりはしなかった。むしろ、エリンと会話したり心配なんてしなかった」
そうだったか?そう言われても、自分の事はよく解らない。
「カミュが、他人を見るようになってくれて嬉しいんだぞー」
「……」
……バドの言葉に、胸が暖かくなる。
どうしてバドは、こうも人を柔らかにするのか。
私も、こうならなければいけない。変わらなければいけない。
……いやいや、そうではない!
私はバドに謝罪をしているのに、慰められて励まされてどうするのだ!
「バド、私を殴るのだ!」
「「!?」」
「書物に書いてあった! 男同士の喧嘩は、殴りあいをもって決着がつくのだと!」
「どこでそんな本を……」
何故かバドが頭を抱えている。
書物は皇宮に軟禁されている時に読んだのだ。
『拳一つでわかりあえる、男同士の友情(絆)の深め方!』というタイトルで、勉強になったものだ。
うむ、読んでいて良かった。
こうしてバドとの仲直りに使えるのだから。
「カミュ。貴方がバドに殴られたら、仲直りどころではありませんわ。大ケガをするのがオチです」
「……確かに」
うかつであった!私とバドの体格差を考慮し忘れるとは!
いや、だが!
「即座にロディルマリアで治療をしてもらえば……!」
「そんな事で魔力を消費したくありませんわ! これから湿地帯に入りますのに!」
私とローゼリアがギャーギャーやっていると、頭を抱えていたバドが身体を揺らす。
「ま、待つのだ。バド! まだローゼリアを説得していない!」
「その必要はないぞー」
「……なに?」
「俺とカミュは殴りあいをしなくても、すでに友情が深まってるぞー。俺とカミュは、抱っこをした仲だから!」
腕を組み、ドヤ顔で主張するバド。
ローゼリアが顎が外れそうなくらいポカンとしているが放っておこう。
今の私には、バドの主張の方が重要だ。
「何と、男同士の友情は抱っこでも育まれるのか!?」
「そうだぞー。怪我をした友達を抱っこで運ぶ。これが友情じゃなくて何だって言うんだー?」
確かに。しかし、友情とはなんと難しいものなのだ。
書物にはそのような事、書いていなかったというのに。
「くっ、友情とはなんと奥が深いものなのだ! 抱っこで育まれるならその事も書いてくれないと解らないではないか!」
「大丈夫だぞー、カミュ。これから覚えればいいだけだぞー」
「なるほど。机上での勉強より実戦訓練という事だな。ならば私は全力で挑もう! 男同士の友情というものに!」
「それでこそカミュだぞー」
パチパチと拍手をするバド。
ローゼリアは目をそらしつつため息をついていた。
「二人の友情劇は終わりまして? なら、私もしておかねばならない大切な話がありますの。エリンが言っていた事で」
「「……」」
私とバドは顔を見合わせ頷き、切り株に座り直した。
「聞こう」
エリンが言っていた事なら、聞かねばならない。
「エリンは、嫌なモノが時々こっちを見てると言っていましたの。ケブモルカ大森林なら、大樹の結界が守ってくれると。外でもバハムート様の側なら大丈夫、と。二人とも、この嫌なモノに心当たりはありまして?」
嫌なモノ……
「うーん、俺は特にないなー。カミュはどうだ?」
何故かは解らない。だが、私はそれを聞いた時、母上から言われた言葉を思い出した。
『アリーチェには気を付けなさい。あの女は毒婦です』
「違うかもしれぬが――」
「アリーチェ? ルーシェさんの母親の?」
「うむ。逃げる時、母上にそう言われたのだ」
だが、頭に疑問符が浮かぶのだ。
私は、アリーチェ婦人と直接対面した事はない。幼き頃、遠目に見た事があるだけだ。
その時の婦人は、優しげで穏やかな女性で、毒婦という言葉が似合うような人ではなかった。
何より、彼女はルーシェの母親なのだ。
「……甘いですわね、カミュ」
ローゼリアが厳しい声を出す。
「私も、そのアリーチェ婦人と直接会った事はございません。ですが、優しくて穏やかなだけの女性が、愛人になり子どもを産み、正妻の子を押し退けて、自分の子を公爵家当主にすえようとはしませんわ」
「だ、だが。ルーシェをバルモルト家当主にしようとしているのは父上だ。それに、高位貴族が愛人を囲うのは珍しい事ではない」
「ええ、愛人を囲うのは珍しい事ではありませんわね」
「ほ、ほら!」
「ですが、愛人の子を当主にするとなれば話は別です。愛人もその子どももあくまでも裏にいるもの。だから容認されているのです。正妻と嫡子の座を奪うような真似は禁じられています」
「だ……が、バルモルト家は最も優れた召喚師が当主になるとの決まりが……」
何故、私はルーシェとアリーチェ婦人を庇うような真似を……
「それも、正妻が産んだ子が前提条件です。庶子が当主になるには正妻に子がいない事が条件になります」
……だから、父上は母上と離縁しようとしていたのか。
母上が正妻の座にいては、ルーシェを当主にできない。
だから母上と離縁し、私を殺し、アリーチェ婦人を正妻の座に据えようとしている。
「カミュ。貴方があそこまで苦労し追い詰められた一因は、確実にアリーチェ婦人にもあるのです。なのに、何故アリーチェ婦人を庇うような真似をするのです?」
ローゼリアにそう言われても、私自身が解らない。
幼き頃に見たアリーチェ婦人は、優しく微笑む方だった。
バルモルト家を継ぐのはお前だ、とルーシェに言う父上を止めて……
「本当に? 本当に止めていましたの?」
「……止め……て」
『気が早すぎませんか? アル。カミュ様がどれだけ成長するか解りませんよ?』
『あいつか……大丈夫だろう。9歳になったというのに、召喚成功の片鱗さえ見せぬでき損ないだ。本当にバルモルトの血をひいているのかというの疑問さえある。バルモルト家で召喚に手こずったものはいなかったからな。母親の血が悪いのだろ』
『アル、言い過ぎですよ』
止めて……いな……い?
「カミュ。アリーチェ婦人の全てを疑う必要はありません。ですが、盲信はしてはいけませんわ。アリーチェ婦人は、決して穏やかで優しいだけの人ではないのですから」
アリーチェ婦人と私は何も関係がない。
婦人がどういう人間であろうと、私には何の関係も……
なのに、何故私はこんなにも傷ついているのだろう。
何故、ローゼリアの言葉を違うと否定したいのだろう。
アリーチェ婦人は優しく、穏やかで、決して自身の子をヒステリックに罵倒しない人で、優しい母親で……
……本当に?本当に、私はアリーチェ婦人の優しく穏やかな姿以外を見ていない?
「っぐう!」
急に頭が痛みだし、私は思わず膝をつく。
「カミュ!? どうしましたの!?」
ガンガンと痛む頭をおさえ、堪えようと強く目をつむると、所々にもやがかかったような情景が浮かんでくる。
断片的な情報。
黒、赤、刃、炎。何かが焦げる臭い、甘ったるい花のような匂い。そして、誰かの高笑い。この声……は……
私は、どこかで聞いた事が?
「ぐっ、あぁぁぁ!」
頭が割れるように痛みだし、目の奥がチカチカと光る。
うるさい、いたい、うるさい、イタイ!!!
身体の奥底から響くような痛みと衝撃に耐えている時、ふと肩に何か温かいものが触れた。
「カミュ」
「バ……ド?」
触れたのは、バドの大きい手。
「大丈夫だ、ゆーっくり息をするんだぞー」
この痛みの中、できる……か!
絶え絶えしい荒い呼吸しかできていないと言うのに。
「大丈夫、できるぞー。ゆーーーーっくり」
そう言いながら私の肩に手を置き、背中をゆっくりとさすりだす。
無茶ぶりをしてきたバドに苛立っていた私だったが、バドが触れている所がとても温かく、そこから楽になっていくような感じがした。
少しずつ、ゆっくりと息をする。
「そう、上手だぞー」
バドに導かれるまま深呼吸を繰り返し、2~3分たつ頃には頭の痛みもすっかりおさまっていた。
「おー、よかったなーカミュ。楽になったろ?」
「ああ、確かに。だが、何故深呼吸をしたくらいで……」
痛みで気絶した事もあったというのに。
「ん~それはー……俺とカミュの友情パワーだな!!」
んなわけあるか!と突っ込もうとも思ったのだが、脱走しカルトの背に乗っている時も、カルトに怒られたらすぐにやんだような気がする。
うむ、という事は私の頭痛には友情パワーが特効薬という事なのだな。
「助かった。ありがとう、バド。そして頭痛がする時はまた友情パワーをお願いしたい」
「お安いごようだぞー」
私とバド、二人の友情が深まった記念すべき時だというのに、ローゼリア呆れた顔でこちらを見ていた。
「カミュ、体調は本当にもう大丈夫ですの?」
「うむ。頭痛もしないし、何ともないな」
「それなら良いのですが……カミュ、くれぐれもアリーチェ婦人の、事は信用しきらないように」
「……うむ」
ズキン、と胸が痛んだ。
「もう、すぐそこがベルモーシュカ最大の湿地帯です。順調にいけば、夜になる前にはぬけられますわ」
30mほど先に、木材で作られた通路がある。
グジュグジュの湿地帯を抜けるのに、誰かが作ったのだろう。
「そういえばローゼリア。ここの湿地帯を通るのを避けたがっていたようだが、何故なんだ?」
「……それは、歩きながら説明しますわ。あまりいい話でもありませんから」
ローゼリアの妙に歯切れの悪い口調に私は首をかしげる。
何でもきっぱりと言い切るような、強気性格なローゼリアが口ごもるとは。
なにか、隠された事情でもあるのだろうか。
授業でも書物でも、ここは湿地帯という事しか書かれていない。
「カミュー、ちょっといいかー?」
考えを巡らせていた私を、バドがひき止める。
「む、どうしたのだ? バド」
「ちょっと頼みがあってなー」
バドが私に頼み事?
珍しい。というか、初めてのような気がする。
「他ならぬバドの頼みだ。何でも聞こう」
私は初めてバドに頼られた事が嬉しく、胸をはり大風呂敷を広げる。
「ありがとなー。……俺が迷ったり立ち止まったりして動けなくなったら、ケツを蹴っ飛ばしてほしいんだ」
「バドが迷う事なんてあるのか?」
「そりゃーあるぞー。色々、色々悩んで迷ってる」
「ふむ。解った。バドが迷った時には、私が思いっきり蹴飛ばそう」
「ありがとなー、カミュ」
何故、この時に気がつけなかったのか。
馬鹿な私はいつも失ってから気づくのだ。
アリーチェ婦人の事も、少し思いいたった事がある。
どうして、アリーチェ婦人の事を優しく穏やかな人だと思いたいのかと。
今思えば私は、彼女に理想の母親を見ていたのだろう。
寒いときに抱き締めてくれる腕。穏やかな笑顔。優しく降り注ぐ言の葉。
傷つきすさんでいたあの時の自分は、ルーシェに優しく微笑みかけるアリーチェ婦人が、自分の母親ならいいのにと思ったのだ。
優しく穏やかな女性じゃなければ、幼子な自分が壊れてしまう。
そう思い、無意識に見ない振りをしたのだろう。
ルーシェへの嫉妬も、半分は優しい母親を持っている事への妬みだったのだろうと思う。
それほど、自分は愛情を求めていたのだろう。
死を厭わず、監禁場所から私を逃がしてくれた母上。
痛みに苦しむ私に温もりをくれたバド。
馬鹿な私のそばにいてくれたカルト。
いつも私を叱り、励ましてくれるローゼリア。
それに、エリン。
少し、見えてきたような気がしてきた。





