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19.5 sideエリン

 


 産まれた時から、フォルマジーアはわたしの側にいた。

 契約もなにもしていないのに、何故かわたしはフォルマジーアが言っていることがわかった。


 産まれた時からユニコーンに選ばれたわたしは、ユニコーンを至上とする一族にとっては、まさに生神様だったらしい。

 わたしは産まれた時から、ユニコーンの護り手になることが決まっていた。



 ユニコーンの護り手。

 それは、一族がずっと昔から担ってきた大切な役目。

 神様に命じられた、バハムート様に命じられた。森の大樹に命じられた。色々な説がある。

 でも、昔すぎて誰もわからない。


 誰もができるわけじゃない。

 それに選ばれるのは名誉なこと。

 フォルマジーアがいてくれたから、わたしはユニコーンの護り手になることは嫌じゃなかった。


 わたしがもっとずっと小さいときに、フォルマジーアにしがみつきながら泣いたことがある。

 わたしを可愛がってくれていた、村のお婆が亡くなったとき。

 初めて身近な人を亡くして、怖くて怖くて泣いた。


 フォルマジーアはそんなわたしを慰めながら、優しくさとした。


『エリン、泣く事はない。お前が死ぬ時は私が必ず側にいる』


「嘘つき」って呟いて、わたしはまた泣いた。

 ユニコーンは、清らかな乙女にしかその力を貸さない。


 ユニコーンの護り手の役目が終わったら、わたしも結婚して子どもを産む。

 死ぬ時は、しわくちゃなおばあちゃん。

 フォルマジーアは、いつか必ずわたしのそばからいなくなる。


『お前がユニコーンの護り手の任を終えた後も、結婚した後も、子を産んだ後もその先も、私はお前の側にいる。いつどこにいようとも、お前が最期を迎える時、私はお前と共にいよう』


「……ほんと?」


『ああ、約束だ』


 そう言いながら、フォルマジーアはわたしの頬に流れる涙を舐めた。


 フォルマジーアがいるなら大丈夫。

 フォルマジーアがそばにいてくれれば、わたしはなにも怖くない。

 わたしは、フォルマジーアのたてがみに顔をうずめながら、眠りについた。


 フォルマジーアはその後、自分のたてがみをわたしにくれた。

 これをわたしが身に付けていれば、契約していなくてもフォルマジーアはすぐにわたしのところに駆けつけることができるんだって。

 ユニコーンの護り手は大樹と契約し、森に住む全ての動物とユニコーンを守る。

 だから、フォルマジーアと契約することはできない。

 ユニコーンの護り手をやめた後は、ユニコーンと契約する資格を失ってしまう。


 フォルマジーアはわたしとの約束を守る為に、わざわざたてがみをくれた。

 わたしの大事な大事な宝物。

 わたしはなくさないように小指にしっかりと巻き付けて、とれないように魔力で固定した。


 左の小指を彩る、フォルマジーアの銀のたてがみ。

 それを見るたびに、わたしは嬉しくなった。



 10歳になって、わたしは先代の引退とともにユニコーンの護り手になった。

 困ることは……ちょっとあった。

 他のユニコーン達は、フォルマジーアと違ってとても悪戯好きだった。

 ユニコーンの護り手であるわたしに、直接なにかすることはないけれど、森を訪れた人。ユニコーンを呼び出して契約に挑む人達をからかって遊んでる。


 わたしにとって、ユニコーンと言えばフォルマジーアだったからこれはすごくビックリした。

 フォルマジーアは悪戯することはなくて、とても物静かだったから。


 先代から引きつぐ時に、「ユニコーンに夢をもっちゃダメ」って言われた意味はこれだった。

 一族の中では、ユニコーンは気高く誇り高い生き物。って言われていたから。

 でも、わたしは残念な気持ちにはならなかった。


 たしかに、ユニコーン達は一言で言えば性悪だった。

 だけど、彼らは自分達の力を理解している。

 強力な癒しの力を乱用するものじゃないと。

 からかって馬鹿にしつつ、その瞳の奥では見定めている。

 ユニコーンは決して、セクハラで性悪な生き物というだけではない。

 それは、ユニコーンの護り手であるわたしが一番わかってる。



 森の動物やユニコーンと暮らしはじめて3年目の冬。

 なにか、いつもと違う空気を感じた。

 ユニコーン達も大樹もその空気を感じ、少なからず動揺した。


「……これ、は?」


『バハムートだな。竜王バハムートが契約者を得て、竜王山を出た』


「……え?」


 竜王バハムート。それは、召喚獣達の頂点に立つ偉大な方。

 その羽ばたきは天を震わせ、その爪は山をも砕き、その炎は星をも焼き尽くすと言われている。

 ずっとずっと眠っていたバハムート様が、契約者を得た。

 それは、とても大変なこと。


「……なにが起こったの?」


『詳しくは解らない。だが、嫌なものが出てきている。この世界にあってはならない歪なモノだ』


 歪なモノ。それが、バハムート様が竜王山を下りた理由?


『解らないが、しばらくは要警戒だ』


「……ん」


 よくわからないけれど、今までの平穏な暮らしが過ぎ去るのは感じた。

 ここが、歴史の転換点。

 わたしは、ユニコーンの護り手として見定めなきゃいけない。

 自分自身がやるべきことを。

 誰を守るのか、誰が敵なのか。


 森を失っても、大樹を失っても。

 わたしがいなくなろうとも。


 怖くて、ギュッと自分を抱きしめる。

 そんなわたしに、フォルマジーアは寄り添ってくれる。


『大丈夫だ。エリンには私達がついている』


「……ん」


 森がいる。動物達がいる。ユニコーン達がいる。大樹がいる。フォルマジーアがいる。

 ん、大丈夫。心配することはなにもない。

 フォルマジーアがそばにいるなら、わたしはなにも怖くない。

 きっと、自分が死ぬその時も。


 バハムート様が新たな契約者を得、竜王山から出たその時から、少しずつ少しずつ何かが歪んでいく。

 少しずつ少しずつ、何か嫌なモノの力が増していく。

 嫌なモノはアイミュラー皇国の方角。

 アイミュラー皇国が、少しずつ少しずつ嫌なモノに汚染されていく。


 ある冬の夜。

 早めに休もうかと思っていたわたしは、すごい速さでバハムート様が近づいてくるのを感じた。


 ()()()がついに来たのだとわかった。

 全てが動き始める。

 歴史の転換点、わたしの役目、わたしの為すべきこと。



 あのバハムート様の契約者なのだから、どれほどすごい人なのかとみがまえていたけど、拍子抜けしてしまった。

 たしかに、魔力量はすさまじいものがある。

 でも、それだけだった。


 最初は、変でおバカなことを言ってるのはなにかを欺く演技なんだと思った。

 すぐに違うってわかったけど。


 契約者のカミュって人は、ユニコーンにからかわれて遊ばれて。

 本気で戸惑って怒って、泣く人だった。

 わたしとは真逆の人。いつのまにか、すっと心の中に入り込む。

 うん、嫌な人じゃない。


 バハムート様に挨拶できたことは感激。

 その時に色々教えてもらった。

 カミュと契約した理由も、ずっと影の中にいる理由も。

 あの、嫌なモノがなにかも。


 教えてもらって、契約者であるカミュと接して。

 わたしは、自分の為すべきことを決めた。

 少しでも足止めを、少しでも手傷を、少しでも時間を。

 そして、崩れいく世界を押し留める楔に。


『……』


 わたしの決意を悟ったのか、フォルマジーアがこちらを見つめてくる。

 わたしは大丈夫ってつぶやきながら、フォルマジーアのほほを撫でた。



 カミュ達がユニコーンとの契約を成功させてゆっくりと休んでいる時、わたしは最期の仕度をしていた。

 まさか、あんな問題児な子と契約するなんて思っていなかった。

 でも、これも大樹の思し召しなのかもしれない。

 ローゼリアには少し気の毒なことになったけど。


 普段のあの子達なら、ローゼリアは2頭目で契約できただろう。

 でも、嫌なモノのせいであの子達はおちつかなかった。

 後、なんとなくわたしの決意を悟ったのだと思う。

 最終的には向こうの世界に戻るけど、それでもなるべく最後までわたしのそばに。って。

 ロディルマリアは全然気づいてないみたいだけど。


 バハムート様達がここに来てから、チリチリチリチリと嫌なモノの視線を感じる。

 大樹の結界で見ることはできないけど、それでも視線を感じるのは不快だった。


 ――女――

 これは女の視線だ。ねっとりとまとわりつく、執念深い蛇みたいな女。

 バハムート様から聞いた女の境遇に同情はしよう。

 でも、それだけ。

 バランスと世界を乱す理由になんてならない。



 わたしは、大樹に手のひらをつけ、女に向かって声をだす。


 ――なにしに来た。


 女の頭の中に直接声をとばす。

 向こうも結界をはっているみたいだけど、この大樹があって、向こうが本調子じゃない今、わたしの方が優勢。

 頭を押さえる女の姿が見える。


 ――森に小兵(こひょう)を送るだけではあきたらず、バハムート様とその契約者を覗き見る毒婦の羽持ちめ。よく聞け、今代のユニコーンの護り手はバハムート様と契約者につく。


 これだけじゃ、あおるのには足りないかな?

 それじゃあ、あの女の一番の急所をつこう。


 ――どちらにもなれない、でき損ないのまがい物風情が、バハムート様の御身を害するなど恥を知れ!!


 憎々し気に歪んだ唇と眉間のしわ。わたしの挑発は成功したのだろう。

 これで、関心はわたしに移ったはず。

 あとは、カミュ達が出発するのを待つだけ。



 目を覚ましたカミュ達が準備を終えて出発しようとしてる時、


「エリン、どうかしたのか?」


 そうカミュに話しかけられて、思わずビックリしてしまう。

 態度に出してたつもりはなかったのに。

 やっぱり、大切な役目にちょっと緊張してるのかな。

 わたしはフードを目深にかぶりなおす。


 それにしても、この契約者は意外とするどい。

 気にすることなんてないのに。

 強大な力を持つバハムート様の契約者は、わき道を気にしちゃいけない。

 やるべき事は大道を正すこと。

 わたしは、その大道を舗装し小石を取り除く掃除人。

 世界の使用人のことなんて、気にしちゃだめ。


 わたしは、一緒についていくロディルマリアを抱き締める。

 これが最期のお別れ。

 ケブモルカ大森林ユニコーンの代表として、バハムート様達のお役にたつように。

 さすがのロディルマリアも察したようで、目をふせながら返事をする。いい子。



 カミュ達を送り出して、ここからが本番。

 わたしは、ユニコーンの護り手の証である大樹の杖を握りしめる。

 ユニコーン達とのお別れはすませた。

 しぶる子達もいたけど、フォルマジーアに頼んで全員を向こうの世界に送り返してもらっている。


 カミュ達に騒動の余波がいかないように、ばれないように結界をはる。

 準備万端。わたしは魔力を使い、大樹の上空へと飛んだ。

 そこには、宙に浮かぶ一人の召喚士とイフリート。

 わたしと、あんまり年齢が変わらなさそうな少年だった。


 目はうつろで、正気を保てていなさそう。

 洗脳か操作、傀儡にされているのだろう。

 イフリートと専属を結べるほどの実力者がここまで操られるなんて、よほど近しい人?


 わたしは、イフリートと契約者を見据える。

 イフリートは炎の召喚獣。森と大樹を力とするわたしの天敵。

 それでも、ひけない。


 目の前の敵に向かって声をはりあげる。


「紅蓮の炎を宿す者よ、わたしはユニコーンの護り手エリン! 大道を守護する役目をもった御身(おんみ)が、なにゆえ竜王を害するのか!」


 イフリートも、様をつけるべき尊き御方。

 だけど、バハムート様の敵につくなら呼びすてでいい。

 そのイフリートが、契約者を支えながらゆらりと揺らめく。


 返答はなし。答えるまでもないことなのだろう。

 名ありのイフリートにとって、わたしは羽虫も同然。

 だけど、羽虫にも意地はある。


「ならば、御身を害そう! この身この命、このケブモルカの大樹はバハムート様の御為に!!」



 ◆◆◆◆◆◆



 イフリートの炎で大樹と森が焼け、纏う魔力が少なくなったわたしの身体を、間髪入れずに女の一撃が刺しつらぬいた。

 血を吐き、ゆっくりと落下していくわたしを見て、契約者の少年は絶叫してた。

 名前も知らない人だけど、カミュにどことなく似ていたから。少し心配。


 大樹周辺は結界の影響か、まだ炎の勢いが弱い。

 それでも、とても暑くてとっても息苦しい。

 ドサリ、と地面に倒れこむ。

 血がぬけていってるのか、熱いのにすごく寒い。


 フォルマジーアは、ちゃんとユニコーン達を避難させてくれたかな。

 そのまま、フォルマジーアもちゃんと逃げて……

 この熱気だったら、わたしのそばにいたらフォルマジーアも死んでしまう。


 フォルマジーアがいないから怖いはずなのに、思ったより大丈夫な自分にビックリする。

 ユニコーンの護り手としての役目を、少しは果たせたからかな。

 でも、なぜだか涙がこぼれてしまう。


 そんな涙を、誰かがペロリとなめとった。

 かすむ目で見上げてみれば――


「……フォルマジーア」


 銀のたてがみを持つ白馬、わたしの愛しいユニコーン。


「……なん……で?」


 戻ってきたの?


『遅くなってすまない。他の個体はちゃんと避難をさせてきた』


 違う……


『約束通り、最期までエリンのそばに……』


 わたしは、ここで死ななくちゃダメだから、フォルマジーアはわたしの傷を治せない。

 ここにいたらフォルマジーアまで死んじゃうから、だから、フォルマジーアも逃げなくちゃダメなのに……


 わたしは、何てひどいんだろう。

 今ここに一人じゃないことが、涙が出るほど嬉しくて心強い……


 次から次へと流れ出る涙を、フォルマジーアがぬぐってくれる。

 わたしに少しでも炎が届かないようにと、自分の身体を盾にしてくれている。


「……マ、ジーア……わたし、ちゃんとできてた?」


 ちゃんとユニコーンの護り手をやれてた?

 ちゃんと、フォルマジーアの信頼と愛情を受け止められてた?


『心配しなくていい。エリンは最高の護り手だった』


「……よかっ……た」


 かすみ震える手で、フォルマジーアに触れる。


「……わた……が死んだら、フォ……ジーア……もちゃんと逃げて……ね」


『ああ、解った。約束しよう』


「……ありが……と」


 ずっとそばにいて、わたしを勇気づけてくれてありがとう。

 もう、フォルマジーアは見えないけれど、彼のぬくもりは感じられる。

 フォルマジーアがそばにいるのなら、わたしは、何も怖くない。



 ◆◆◆◆◆◆



『……エリン』


 愛しい幼子の命は今潰えた。

 私の魂を掴んで離さなかった、愛しい人間。

 謝る必要などない。最期まで離れたくなかったのは私の方なのだから。


 謝罪するのは私の方だ。

 自分が死んだら置いて逃げてくれという、君の最期の願いを叶えないのだから。

 そのような願い、聞けるはずもない。


 世界の楔の任、その細い肩に背負うにはあまりにも重かろう。

 私もともに柱になろう。


 最期までともに。死してもともに。

 エリン、私の愛しい幼子――



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