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19 さようなら、ユニコーンの護り手

 


「よし、これで準備万端だな」


「もう少し早く出る予定だったんだけどなー。カミュとローゼリアがイチャコラしてるから」


「そのような事していませんわ!」


 使っていた荷物をまとめ、エリンが水と食料も補充してくれた。

 後、ベルモーシュカの地図も。


「……ケブモルカ大森林を出たら、西の方向にフェブラントとの国境はある。でも、真っ直ぐに行っちゃダメ。真っ直ぐに行ったら、ミリガルカ族の縄張り。北は湿地だから大きく南から迂回した方がいい」


 ミリガルカ族。

 私でも知っている、ベルモーシュカを代表する戦闘民族だ。

 フェブラントの自治に納得しておらず、ベルモーシュカの独立を勝ち取るべく、フェブラントに度々ゲリラ戦を仕掛けている。


「ミリガルカ族と事を構えるわけにはいきませんわ。多少遠回りでも迂回しなくては」


「でも、ローゼリアー。国境がここで、森がここ。湿地がこっちであれなんだから、南から迂回するとアイミュラー軍と鉢合わせになる可能性が高くないかー?」


 バドが指で地図を指差ししながら説明する。

 確かに。何万もの大軍でわざわざ沼地は通らないだろう。


「アイミュラー軍と鉢合わせするわけにはいかん。向こうにはルーシェとイフリートがいる。バハムートが引きこもっている今、対抗する手段はない」


 名無しを何体召喚しても、名ありのイフリートには敵わない。


「なら湿地かー?」


「……アイミュラーとミリガルカ族に比べれば、そちらの方がマシかもしれませんわね。ですが、あそこは……」


 ん?何かあるのか?


「とりあえず、出発してみてから決めてはどうだ? 空を飛べるハーピーなどを召喚して目視してみてもらってもいいだろうし。イフリートの魔力は強大だから、索敵も楽だろう」


「そうだなー。じゃあ、外に出て探ってからにするかー」


「決まりですわね、行きますわよ」


 地図を丸め、マントを羽織直し立ち上がる。

 私達は、側にいるエリンに感謝と別れの言葉を告げた。


「エリン、本当に助かった。そなたがいなければ、私達はここでバドを失ってしまっていた」


「ありがとなー、エリン」


「貴重な食料や水、おまけに地図まで。全てが終わったら、ちゃんとお礼に来ますわ」


「……気にしなくていい。バハムート様がいるからだから」


 いつも通りのエリン。

 だが、私はどこか違和感を感じた。

 手が、微かに震えている?


「エリン、どうかしたのか?」


「……え?」


「いや、様子がおかしかったから」


「……そんな事ない」


 そう言い、エリンはフードを深く被り表情を隠してしまう。


「……それより、ロディルマリア」


『バヒ?』


 エリンに呼ばれ、ロディルマリアが腕輪の宝石から出てくる。


「……元気で、ね。ちゃんとユニコーンの名に恥じないようにね」


『……バヒ』


 ロディルマリアも故郷と護り手であるエリンから離れる事に感傷でもあるのか、珍しく言葉をつまらせる。

 エリンは壊れ物にでも触るかのように、そっとロディルマリアの顔を抱き頬をつける。


 それはまるで永遠の別れのようで、私の胸を焦らせる。


 エリンが顔を離し、ロディルマリアは腕輪の中に戻っていく。

 それを見届けると、彼女は杖を手にゆっくりと立ち上がった。

 その傍らには、彼女のユニコーン、フォルマジーアがぴったりと寄り添っている。


「……お気をつけて。貴方達に、大樹とユニコーンの加護がありますように」




 エリンと別れ森を歩く。

 別れてから、ずっと胸の動悸がおさまらない。

 どこからかわく不安感。

 何故だ、どうしてこんなにも胸騒ぎがする。


 私はまた何かを間違ったのか?また、何かを見落としたのか?


「カミュー、考え事しながら歩いてたら危ないぞー」


「え? うわっ!」


 足元を見ておらず、また木の根に躓いて転ぶところであった。


「すまない、バド。ありがとう」


「どういたしましてー。カミュは不器用なんだから、ちゃんと前を見て歩かないとダメだぞー。よそ見をしてどっちつかずになったら、どっちも中途半端になっちゃうからなー」


 私の心の内を覗いているかのようなその言葉に、動揺する。


「まー、カミュが転んだらまた俺が抱っこしてやるけどなー。するか? 抱っこ。そうしたら、存分に考えられるぞー」


「いらんわ!!」


 でも、そうだな。私の性格上、2つも3つもいっぺんにやってしまうというのは無理なのだ。

 ただでさえ不器用なのだから。

 もうすぐそこが森の出口という状態だが……


「2人とも、すまないが少し引き返しても良いだろうか? どうもエリンが気になるのだ――」


 そう言った瞬間。

 刹那、一瞬で森は火の海と化した。


「これは!?」


 驚いた私とローゼリアを、バドがかつぎ上げ走り出す。


「2人とも口を押さえていろ! 一気に出る!!」


「わかりましたわ!」


「待ってくれ、バド! この森の中にはまだエリンが!!」


「無理だ!」


「バド!!」


 バドに担がれ、火の海と化し熱気に包まれたケブモルカ大森林から脱出する。

 段々と遠ざかる炎を、私は呆然と見送るしかなかった。


 何故、森がいきなり炎に包まれたのか。

 そんな私の疑問は、森から出た直後に解消される事になる。


「ルーシェ!?」


 ケブモルカ大森林上空に、イフリートに抱かれ宙に浮かぶルーシェの姿があったからだ。


「ルーシェ、お前は何をやっているのだ! 軍は? 何故そこにいる! これはお前がやったのか!?」


 私の必死の問いかけにも、ルーシェは応えない。

 どんよりと濁った目で、燃えていくケブモルカ大森林を見つめている。


「ルーシェ!!」


「義兄……さん?」


 一段と大きく張り上げた私の声に、ようやく振り返るルーシェ。

 なんだ、()()は。


「なんでここに義兄さんが……ああ、そうか。脱走したって報告が。皇女殿下とマルタン先輩も一緒で……でも、僕はなんでここに一人で……」


 姿形はまさしくルーシェだ。

 だが、違う。

 あのような濁った瞳で虚ろに何かをみつめるなどルーシェではない。

 あいつは、空気が読めなくて人の気持ちもお構いなしでズケズケとプライバシーに踏み込んでくる、恐ろしくデリカシーのない男だ。


 だが、召喚獣と召喚術への愛情は本物だった。

 学内で楽しそうに召喚術の談義をするルーシェを、愛しそうに召喚獣と交流するルーシェを見てきた。

 召喚獣の住みかを焼き尽くすなど、ルーシェができるわけがない。

 ……エリンの事もそうだ。


 ルーシェは優しい男だ。

 ドラゴニアに侵攻する事になって、囚われている私の元に来た時言っていた。



「……義兄さん。義兄さんが苦しむ必要はないんです。貴方に戦いや戦場は向いていない。僕に任せて、ここで待っていてください。決して、悪いようにはしませんから」



 あいつは、他人を気遣える人間だ。

 そんな奴が召喚獣で子どもに危害を加えるなど、絶対にしない!


「ルーシェ、お前に何があった! 軍から離れろ! 私とともに来るんだ!」


「義兄さん……でも僕は……僕は、なんでこんな事を? なんで、森を焼いているんだ? ああ、そうだ。そう言われたから。でもなんで」


「ルーシェ!!」


「ぐうっ、あぅ……! だめだ、これ以上は。……っイフリート、撤退だ!」


 ルーシェは、イフリートに支えられながら南の空へ消えてしまった。

 急に苦しみはじめて、一体何が起こったんだ。

 ……!そうだ、エリンを助けに行かなくては!


 急いで森に向かって走ろうとする私を、バドがその巨体で押し止める。


「ダメだぞー、カミュ」


「バド、どけてくれ!」


 だが、バドは悲しそうに首を横に振る。


「どうあっても、ここは通せない。あれはイフリートの炎だ。名無しでは消せない。カミュを死なせられない」


 横では、ローゼリアがしゃがみこみながら涙を流し、呆然と燃え落ちる森を見つめていた。

 水属性のケルピーで試した後なのだろう。


「エリンは、自力で脱出しているのを祈るしかない。俺達には何もできない」


「なぜ……何故、バドはそこまで冷静でいられるのだ!」


 今も、すぐそこでエリンが苦しんでいるかもしれない。

 助けを求めているかもしれない。

 それなのに……!


「……ローゼリアとカミュが冷静じゃないからな。俺まで冷静さを失えない。非情な事を言うと、俺達の目的は一人の少女を助ける事じゃなくて、カミュをドラゴニアまで連れていく事だ」


 そうだ。バドの言葉に我にかえる。

 私達には、いや、私には果たさねばならない使命がある。

 私がドラゴニアまで行かねば、もっと大勢の命が消える事になる。

 解ってはいるのだ。だが、それはとても重い。


 バドの命を助けてくれた少女。

 私たちに一時の安らぎを与えてくれた少女。

 なのに、結局何も返すことができずに終わってしまった。

 つい先ほどまで、ともに笑いともに話していたというのに。


 こうなっては、エリンが無事に脱出している事を祈るしかないのか。

 そう思っていたのに。


「エリン……エリン……」


「ローゼリア?」


 ローゼリアが、エリンの名前を泣きながら呼んでいる。


「どうしたのだ? ローゼリア」


「ロディ、が教えてくれましたの……エリンとの交信ができなくなったって……」


 そうだ、エリンは言っていた。

 ケブモルカ大森林のユニコーンと、ユニコーンの護り手であるエリンは繋がっていると。

 互いに会話ができると。

 それが、できなくなったという事は……


「まさか、エリンはもう……」


 バドが沈痛な面持ちで目を伏せ、ローゼリアは自らの口を押さえ、表情を隠すように後ろを向いた。


「エリン……嫌だ、エリーーーーーン!!!」


 私は、紅蓮の炎に包まれ、パチパチと音をたてる森に向かって絶叫した。



 雪が降り積もる。

 燃え落ちる森に、悲痛にくれる私たちに。

 南の空へ消えたルーシェに。


 降り積もる雪をものともせずに燃え盛る紅の炎。


 それを見て、私は決意した。

 ローゼリアは、父を止めると言っていた。

 親を止めるのは子の役目だと。

 それを初めに聞いた時は、正直わけが解らなかった。

 そのような事、考えた事もなかったから。


 でも、義弟の凶行を見た今なら、理解できるような気がする。

 弟を止めるのは、兄である私の役目だ。



 ルーシェ、お前は私が止める。



 天へと昇る煙を見ながら、私はそう誓ったのだ。



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