18 ケブモルカ大森林5~ローゼリアの魅力はデコルテである
私は今、夢を見ているのだろう。
これは、ルーシェが学院に入学してきた時の記憶。
真新しいローブに身を包んだルーシェが、私に笑顔で話しかけてくる。
「義兄さん、カミュ義兄さんですよね。良かった、やっと会えた。ずっとお会いしたかったんです」
何故、そのように笑顔で話しかけてくるのか、私にはわからなかった。
私とルーシェの関係性を知らないのか、それとも知ってて話しかけてきているのか。
どちらだとしても、私にとっては不快でしかなかった。
父上に愛されている子ども、父上から万全の期待を寄せられている子ども。
私の地位と未来を脅かす異母弟。
親しげに会話をする方がどうにかしているだろう。
私は笑顔も見せなかったし、終始雑に対応していた。
それでも、ルーシェは笑顔だった。
「僕は一人っ子ですから、ずっと兄弟がほしかったんです。召喚の話もしてみたいし、義兄さんはとても優秀だとお聞きしました」
両親から会うのを止められていたらしく、こうして会う事が出来てとても嬉しいのだと。
ルーシェの一言一言が、私の神経を逆撫でする。
私は異母兄弟などほしくはなかった。
自分より早く召喚が出来たルーシェに優秀などと言われても、嫌味としか思えなかった。
とどめは、ルーシェの手に握られているラピスラズリの長杖だった。
「その杖は……」
「あ、これですか? 入学祝に父上から頂いたんです」
その杖は、父上が若い頃からずっと使っていた愛用の杖だ。
入学祝にルーシェにそれをプレゼントしたという事実が、私を打ちのめした。
私には入学祝の言葉も、贈り物も、何もなかった。
私は、自分の杖に目をやる。
それは、自身で購入した杖。宝石はラピスラズリ。
父上の杖を真似てみたものだった。
虚しくなり、いたたまれなくなり。
帰宅後、私は自身の杖を叩き折った。
◆◆◆◆◆◆
「……」
目をあけると、見慣れぬ景色。草と土の匂いが鼻に届く。
そうだ、ローゼリアの契約が終了した後、少しでもと横になっていたのだった。
流石に、婚前の淑女と一つ屋根の下で寝るのは申し訳なさすぎるから、私とバドは小屋の側に敷布をしいて寝ていたのだ。
すぐ横には、ブラックスピネルをはめた愛用の長杖。
ラピスラズリの杖を叩き折った後購入したものだ。
「何故今さら、あんな夢を……」
ルーシェが近くにいるのだろうか?
アイミュラー軍も、国境を越えた?
「おー、カミュ起きたかー」
「バド」
もしゃもしゃと口を動かしながら、荷物の整理をしている。
「ローゼリアもさっき起きた。準備ができたら出発するぞー。ベルモーシュカ国内を抜けて、隣国フェブラントに向かおう」
ドラゴニアの友好国、大国フェブラント。
ドラゴニアは宗教国家で、軍事力というものはほぼない。
そんなドラゴニアの壁となるのが、軍事大国フェブラントだ。
フェブラントの国境は高い壁が立ちふさがっており、密入国は容易ではない。
フェブラントが、一番の難所になるであろう。
「気合いを入れなくては」
もう、木の根に躓いて、バドに運ばれるという失態はおかさない。
バドと同じく、エリンが用意してくれたパンをかじりながら準備していく。
が、小屋の前にしゃがみこんで落ち込むローゼリアを見つけた。
横にいるバドに尋ねる。
「ローゼリアはどうしてしまったのだ?」
「結局ユニコーンに美しさを認められなかったから、落ち込んでるんだぞー」
なるほど。女性としては、キツいものがあるのか。
ならば、ここは私の出番だ。
ローゼリアの美しさを褒め称えてこよう。
「ローゼリア」
「……カミュ、何ですの?」
疲れきったような精気のない顔。寝る前より更にしなびたクロワッサン。
そこまで堪えていたのか。すまない、ローゼリア。
ユニコーンとの契約を薦めた身として、全力で彼女の美しさを褒め称えよう!
「ローゼリア、そなたは美しい」
「な、なななな何ですの!? いきなり!」
「バドから、ユニコーンに貶されて落ち込んでいると聞いたからな。ローゼリアの美しさを知っている私が励まそうと思ったのだ」
「バド! 貴方また余計な事を!」
真っ赤になり、汗をかきながら慌てているローゼリア。
うむ、少しは元気が出てきたな。
「ローゼリアの魅力は慎ましやかな胸や臀部ではない。ローゼリアの最大の魅力は、染み一つない透き通った肌と、デコルテだ!」
デコルテ。それは首から胸元の事を言う。
「鎖骨がくっきりと浮かび、細い首はローゼリアの華奢さを際立たせ、髪をアップにした時のうなじは色気を感じさせる。また、爪先や足先、指なんかも白魚のようでとても美しい。正直、ローゼリアが素足であのユニコーンを踏んだ時は、このクソユニコーンが! と私も思ったほどだ」
「も、もういい。もういいですわ」
それはいかん!まだ、ローゼリアの美しさを語り尽くしていない。
「そしてローゼリアは勘違いしているかもしれんが、胸は大きければいいというものではない!」
「そうなんですの!?」
すごい前のめりになってきてビックリしたが、ローゼリアが興味があるなら語らなければいけない。
私の性癖……もとい、ローゼリアの最大の魅力を!!
「うむ、いいか。ローゼリア。胸から腰、腰から臀部のラインのバランスが重要なのだ。太すぎても細すぎてもいけない。ローゼリアはとても綺麗で抱き心地が良さそうだが、全体的にもう少し肉があった方がいいと私は思う。」
「でも、太ったらメイドに怒られてしまいますわ。社交の場ではコルセットをつけなくてはいけませんもの……」
コルセット。
極度にウエストを締め上げる、私の敵。
あれはいけない。
無理矢理に締め付けた細すぎるウエストなど、私の美意識に反する。
私は、ローゼリアにそっと優しい言葉を投げかける。
「ローゼリア、気にしなくて良い。私も一緒にメイドに謝罪しよう。だから、もう少し食べるのだ」
「カミュ……解りましたわ! それがカミュの好みなら、メイドに怒られてももう少し食べますわ!」
拳を握りしめ意気込むローゼリア。
その意気だ、と二人手を合わせいい具合に話がまとまりかけていたその時。
ローゼリアの腕輪が光を発し、ユニコーンが姿をあらわす。
ローゼリアが契約した個体だ。
「ロディ、今は貴方を呼んでいませんわ。さがりなさい」
「ロディ?」
これが、そのユニコーンの個体名なのか。
「ええ、ロディルマリアが個体名ですわ」
ロディと呼ばれたユニコーンは、私に向かって得意気な顔をしながら、『バヒバヒ』と歯を見せている。
私は直感で察した。喧嘩を売られている。
ローゼリアの事に関しての喧嘩だと。
ローゼリアに関しての事なら、逃げるわけにはいかない。
このカミュ=バルモルト。逃げも隠れもせず受けてたとう!
大体、隷属契約で必要もないのに、ローゼリアの装飾品に住み着くなど気に入らなかったのだ。
この機会に、どちらが上かを思い知らせてくれるわ!
私は腕組をしながら、ロディルマリアの正面に立つ。
「ふん。ロディルマリアだったか。私に何の用だ」
『ブルルル、ブルァ、バヒヒヒーン』
「何? 私がローゼリアの魅力をこれっぽっちも理解していないだと?」
『ブル、バヒバヒバヒーン』
「ローゼリアの魅力は、鞭を放つ時の獲物を狙う猛禽類の瞳だと? はっ」
何を言うかと思えば、そのような事。
「知っているに決まっているであろう! 私が何度ローゼリアの鞭を受けてきたと思っている! 昨日今日の付き合いのお前では、考えられないくらいの回数だ!」
『バヒィ!?』
「カミュー、おーいカミュー」
「何なのだ、バド! 男同士の戦いの邪魔をするでない」
「いや、エリンの通訳なしで何で会話できてるんだー?」
「『……』」
私とロディルマリアは黙り混む。
冷静に考えたらそうなのたが。
「雰囲気だ!」
『バヒイッ!』
私とロディルマリアは揃って胸をはった。
「揃って恥ずかしい事を叫んでいないで、ロディは早くお戻りなさい!」
『バヒッ!』
ブンブンと首を振って拒否するロディルマリア。
もちろんだ、まだ勝負の決着はついていない。
「私の言う事が聞けませんの?」
地の底を這うような、冷たいローゼリアの声に、ロディルマリアは慌てて腕輪の中に戻っていった。
その空気に、慌てて私は背を伸ばす。
次は私か?私はまたもややり過ぎてしまったのか?
いや、そうだとしても何ら恥じる事はない。
私は堂々とローゼリアを褒め称えた。
後半は私の趣味の暴露になっていたような気もするが、些細な事だ。
胸を張るのだ、カミュ=バルモルト。
ローゼリアは美しい。それは事実なのだから。
カサリ、と草を踏んでローゼリアがこちらに近づいてくる。
ローゼリアがうつむいている為、その表情をうかがい知る事はできない。
これは、謝罪か。謝罪をするべきなのか……!?
「カミュ」
「やりすぎました、ごめんなさい」
腰を直角に曲げて謝罪をする。
胸を張る?キレた狼の前で胸を張っても噛み殺されるだけだ。
私は潔く、堂々と頭を下げよう!
「はあ、怒っていませんわ」
上からローゼリアの優しい声がふってきたので、私はゆっくりと頭を上げる。
「確かに、やりすぎだとは思いましたけど、私の為にしてくれたことですもの。ありがとう、カミュ」
ローゼリアの微笑み。
ああ、やはり私はローゼリアに笑っていてほしい。
鞭を振るう女王様でも、巨大クロワッサンでもいい。
ローゼリアが笑っていられるなら。
しばし、ローゼリアとの間に柔らかな空気が流れる。
そんな私達を、バドとエリンが若干呆れつつ見守っていた。
「……なに、あれ」
「一種のプレイだなー。あれが二人のコミュニケーションなんだ」
「……へぇ」





