17 ケブモルカ大森林4~契約、個体名ロディルマリア
召喚獣には、人語を解するが発する事が出来ぬ種類もいる。
そのような者達と契約を結ぼうとする時に困難なのが、意思の疎通だ。
何を考え、何を求めているのか。
何が嫌で契約を断ろうとしているのか。
ユニコーンも、人語を解するが発することの出来ない個体だ。
だが、今回は対面式での契約の上、彼等の言葉を理解するエリンがいる。
難易度は低い、いける!!
ローゼリアの魔力につられ、1匹のユニコーンが近づいてくる。
頭をグイッと円形の魔力陣の中に突っ込み、そのまま身体も入れるかと思ったが、一転を凝視すると、『ブルルル……』と残念そうにため息をつき去っていった。
「……エリン、ちなみに今の者は何て言っていたのだ?」
「……」
エリンが言いにくそうに口ごもる。
「エリン、いいのよ。教えてちょうだい」
「……胸が貧相だって」
「「…………」」
ちらり、とローゼリアの胸元を見る。
……確かに、簡素なローブでも解るほどにローゼリアの胸はない。
いや、決してまな板ではない。微妙にはあるのだ、微妙には。巨乳や谷間にはほど遠いが。
私は、胸の小ささがローゼリアのコンプレックスの一つだと知っている。
社交界や舞踏会でドレスを着る度に、コルセットでウエストを締めつつ、メイドと共にあげて寄せて苦心しているのだとか。
そんなコンプレックスを指摘され、ため息とともに契約を断られたローゼリア。
今の彼女に話しかけるのも顔を見るのも恐ろしい。
「ふ……うふふふ、うふ」
笑い声、思ったよりマシだったか?
ローゼリアの顔を見ると……
「あははは、うふ、あははははは」
目が逝っている。
どこを見つめているのかと問いたいが、恐いから嫌だ。
「……ローゼリア、大丈夫?」
そんなローゼリアにエリンが声をかける。
エリン、度胸があるのだな。
さすがユニコーンの護り手だ。
その勇気に敬意を表しよう。
「ええ、もちろんですわ。ユニコーンとの契約で傷つく覚悟はしていたのです。思ったより、内角に深く抉りとられただけですわ。さあ、契約を続けましょう」
ローゼリアの顔は微笑み、声は穏やか。
だが、その静けさが恐ろしい。
ローゼリアはその後も挑戦し続けた。
だが、その度にため息をつかれ、首をふられ、無言で去られていく。
理由もまた、様々だった。
尻の形が嫌だ。たれ目じゃないと嫌だ。銀髪じゃないと嫌だ。ガリじゃないと嫌だ。ぽっちゃりじゃないと嫌だ。
実に様々な理由で、ユニコーンは契約を断っていく。
ただ断るだけならまだしも、ため息をついたり鼻で笑ったりしながらのおまけ付きで。
36頭目のユニコーンが、へたったクロワッサンを見ながら鼻で笑った時に、私はローゼリアにユニコーンとの契約をすすめた事を心底後悔した。
まさか、ここまでユニコーンの好みがうるさいとは思ってもいなかった。
どんどん無言&真顔になっていくローゼリア。
この空気がいたたまれない。
助けてくれ、バド。早く起きて。
微動だにしなかったローゼリアが、ゆらりと揺れる。
「ふ、ふふふふふふ……私、ここまでこけにされたのは初めてですわ。ええ、そして最後の経験にしたいものです」
幽鬼のような顔をしたローゼリアに、恐る恐る声をかける。
「ローゼリア、大丈夫か?」
ギギッと首がこちらに向き、思わず「ヒイッ!」と悲鳴をあげてしまう。
「大丈夫か? ええ、大丈夫に決まっていますわ。私は皇女なのです。この程度でくじけてはいられませんわ」
「そ、そうか……」
「ええ、ローゼリア=シャルドゥ=アイミュラーの名にかけて、見事に契約してみせましょう。その暁には、私をコケにしたユニコーン達に、私を崇め奉らせてやりますわ!!」
「は、はい」
ダメだ、余計な事をしたらこちらに飛び火する。
「エリン、もう少し離れていようか」
「……うん」
ローゼリアはその後も振られ続け、計64頭のユニコーンに断られてしまった。
「……エリン、まだユニコーンはいますの?」
「……後、1頭」
そう言い、離れたところにいる寝そべったユニコーンを指差す。
「……でも、あの子はあまりお勧めしな――」
エリンの言葉を聞く前に、ローゼリアはダッシュでかけて行った。
私達も慌ててローゼリアの後を追う。
「エリン、あまりおすすめしないとは、何か問題でもあるのか?」
「……問題というか……能力的には大丈夫なんだけど、あの子に好かれたら、面倒な事になる」
面倒な事?
とは言っても、残りはあのユニコーン1頭だけだ。
ローゼリアは何としても契約しようとするだろうな。
ローゼリアとユニコーンの元にたどり着いた時、一人と一匹は何が起きたのか、大乱闘の真っ最中だった。
まさかの出来事に、他のユニコーン達も遠巻きに見ている。
私も目を見開いて驚いた。まさか、あのローゼリアがと。
私にはキツいし乱暴者なローゼリアだが、普段は皇女らしい皇女。
どこに出しても恥ずかしくない深窓の姫君、貞淑な淑女だ。
決して、髪を振り乱しながらユニコーンと大乱闘を繰り広げるような人物ではない。
「この、駄馬!!」
『ブルルルブヒヒヒ!!』
……えー、これどうしろと?
「エリン、止められるか?」
「……無理」
うむ、そう言うと思った。
「助けてくれ、バド……」
一人この騒動の外にいられる友人を羨みつつ、助けの言葉を口にする。
止められるのは、ムッキムキな巨体を持つバドしかいない。
「呼んだかー? カミュー」
「…………」
上から振ってくるいつもののんきな声。
見上げてみれば、そこにはバドの笑顔。
「バド!? 目が覚めたのか!?」
まだ、夜明け近くまで目が覚めないはずでは。
エリンを見ると、彼女もビックリしている。
「んー、何があったかは解らないけど、俺の身体は絶好調だぞー?」
確かに。いつも通り筋肉ムキムキでローブもパツパツ。
蒼白だった顔も血色がいい。
「そうみたいだな、本当に無事で良かった」
「んー、カミュとローゼリアだけじゃ心配だからなー。エリン?っていうのか? 助けてくれてありがとなー」
「……気にしなくていい。助けたのは、バハムート様の気配を感じたから。そうじゃなかったら助けてない」
「それでも助けられたからなー。ありがとなー」
バドの大きな手が、エリンの頭をポンポンと撫でる。
エリンもバドの返答が意外だったのか、驚いたような顔をしつつも、頭を撫でられる事は気に入ったらしい。
珍しく顔がほころんでいる。
「バド。早速頼みがあるのだが。あれ、止めてくれないか?」
私の指差す方向には大乱闘中のローゼリア。
「……なんであんな事になっているかは解らないけど、行ってくるぞー」
バドはローブ1枚の身一つで、喧騒の中へと飛び込んでいく。
その大きな背中は、とても頼もしい。
「……危ない……」
エリンが止めようとするが、私は彼女に「心配いらない」と告げる。
「バドのあの筋肉と巨体は、伊達ではない」
「二人ともー、危ないからそのくらいにしておけー」
「何なんですの!? 女の戦いを邪魔しないでほしいですわ! って、バド!?」
ローゼリアは、バドが目覚めた驚きで乱闘を止めるが、ユニコーンの方はそれでは止まらない。
いななきとともに前足を振り上げ、バドに襲いかかる。
「……危ない!」
「大丈夫だ」
エリンの心配をよそに、バドはその前足をがっしりと掴み押し止める。
「危ないぞー」
『ブヒヒヒ!?』
まさか、ただの人間に止められると思っていなかったユニコーンは驚きの声をあげるが、プライドが傷ついたのか、そのまま押し潰そうとする。
が、それで負けるバドではない。
ユニコーンが自身の体重で押し潰そうとしても、バドはびくともしない。
この位、バドには朝飯前だろう。
ユニコーンは召喚獣とはいえ、腕力や筋力にに優れた個体ではない。
彼らはあくまで、回復専門の召喚獣だ。
突進してからの角攻撃ならともかく、前足を振り上げての攻撃など、バドには効かない。
「何があったのかは知らないけど、少しは落ち着いた方がいいぞー」
『ブルルルブヒー!』
「しょうがないなー。少しは頭を冷やしてくるんだぞー。よっこいしょー!」
かけ声とともに、バドがぶん投げてユニコーンが宙を舞う。
『ブルァ!?』
ユニコーンは大きく円を描きながら落ちていき、泉に盛大な水しぶきを跳ねたてた。
うむ、相変わらずバドの筋力はおかしいものがあるな。
昔は暴れ馬を静かにさせ、猛スピードで疾走する馬車をとめていたものだ。
うむ……よく怪我しないな。
「バド、貴方目が覚めたんですの!? もう少し時間がかかると思っていましたわ」
「んー、よく寝て絶好調だぞー」
「……普通はあり得ない。この人の体力がおかしい」
うむ、流石はバドだ。
バドの体力と筋力に感心していると、投げ飛ばされたユニコーンがザブザブと泉から上がってきた。
足取りもしっかりしており、怪我はないらしい。
「それでローゼリア、何故あんな大乱闘になっておったのだ?」
「うっ! えっと、それはその……」
『ブルルルルブルルルル、ブヒヒヒ』
「……契約を断ったら、右ストレートが飛んできたって」
「違うでしょう!? 事実を捏造しないでちょうだい!」
『ブヒヒヒヒヒヒ』
またもや、乱闘が始まってしまいそうだ。
「もしかして、カミュの事で何か言われたんじゃないのかー?」
「え?」
「……ん?」
「ギクッ」
バドの言葉で、事態は予想外の方向へ向かう。
何故、そこで私の名前が?
「ローゼリアがそこまで激昂するなんて、カミュの事以外にないだろー? そーだなー、たとえばー」
「バド、貴方は何を言う気ですか! 駄目です! 絶対に駄目ですわ!!」
ローゼリアがバドの口を塞ごうとするが、いかんせん身長差……
背伸びをしてもジャンプをしても、バドの口に届くことはない。
「ローゼリア、私が何なのだ? 私が原因で乱闘になったのならば謝罪をせねば」
「カミュが原因ではありません!」
『ブルルル、ブル、ブルァブルァブルァ』
「……はっはっはっ、なら俺が教えてあげよう――」
「……この、駄馬ユニコーンが! 貴方はいい加減にお黙りなさい!!」
『バヒーン!!』
腰から下げておいた鞭を取りだし、華麗な一閃。
目にも止まらぬ素早さで鞭がユニコーンに巻き付き、哀れ芋虫状態になってしまった。
ハーハーと、肩で息をしているローゼリア。
これで、最後の1頭との契約も失敗か。と、誰もが思っていた。
が、何故か芋虫状態のユニコーンがとろけるような瞳でローゼリアを見つめている。
それはとても熱っぽい。
「え、何? 何なんですの?」
まさかそんな瞳で見つめられるとは思ってもいなかったらしく、ローゼリアも困惑している。
それはそうであろう。
鞭で芋虫状態にした相手から、とろけるような瞳で見つめられる経験なんてしたくはない。
『ブル、ブルルル。ブルァ、ブルルルルルルルル』
「……貴女こそ私が待ち望んでいた女王様。どうか契約をお願いします」
「えぇ!?」
「契約だと?」
「女王様ー?」
三者三様の反応を返したところで、ユニコーンが芋虫状態でローゼリアににじりよってくる。
「ヒイッ!」
恐怖と不気味さから、ローゼリアは悲鳴をあげ私の後ろに隠れた。
私では盾にならんから、バドの方がいいと思うのだ。
『ブルルルル、ブルァ。バヒーン!』
「……どうかその美しいおみ足で、私を踏みつけてください。貴女に失礼な態度を取ってしまった愚かなこの私に、どうか罰を」
「絶対に、嫌ですわ!!」
『バヒーン!!』
「ヒイッ!!」
ユニコーンが芋虫状態で這いずりながら、逃げるローゼリアを追いかけ回す。
何としてでも、踏んでもらうつもりなのだろうか。
私は、そんな1人と1頭を見ながら、エリンに声をかける。
「好かれたら面倒な事になるというのは、こういう事か?」
「……ん。あの子は、理想の女王様を求めてた。それだけならいいんだけど、思い込みが激しくて虐げられるのも趣味だから。前の契約者は2時間で契約解除してた」
「そうか」
全く、変な個体に好かれてしまったものだ。
だが、
「それでもユニコーンはユニコーン。向こうから契約を申し出てくれたなら、それを断る理由はないな。バド、行くぞ」
「了解だぞー」
契約を成立させる為に、あのユニコーンに協力しに行かねば。
「いーやーでーすーのー! 離しなさい、二人とも!」
「ローゼリア、これも契約の為だぞー」
「私にそんな倒錯的な趣味はございません! 変態ユニコーンと契約なんてゴメンですわ!」
暴れるローゼリアをバドが後ろから羽交い締めにし、私は悪戦苦闘しながらローゼリアのブーツを脱がす。
最初、ブーツのままユニコーンを踏んでもらおうとしたのだが、ユニコーンから『素足でお願いします』という注文が入ったのだ。
全く、ブーツのままでいいではないか。
「よし、脱がせたぞ!」
私の声と同時に、バドとユニコーンが準備に入る。
バドはローゼリアを羽交い締めにしたまま持ち上げ、ユニコーンは素早く頭を潜り込ませた。
「いくぞー、ローゼリアー」
「行きません! ちょ、コラー!!」
ムギュ。
ローゼリアの素足が、ユニコーンの頭を踏みつける。
うむ、目をそらしたくなるくらいの、おぞましい光景だな。
恍惚そうなユニコーンの表情が特に。
いまだに芋虫状態のユニコーンが、ローゼリアに声をかける。
『ブルルル、バヒバヒ』
「……素晴らしい足だった。思わず嘗めまわしたいくらいに」
『ブルルル、ブルァブルァバヒーン!!』
「……私の忠節と愛情を受け取ってほしい。私の契約者」
ローゼリアも諦めたのか大人しくなり、バドも羽交い締めをやめ地面におろす。
ローゼリアは幽鬼のような顔をしながら、ユニコーンに巻き付いていた鞭をほどき、契約の為の円形の魔力陣を展開した。
ユニコーンが魔力陣の中に頭を突っ込み、ローゼリアが契約の詠唱をする。
ブツブツと唱えるローゼリア。
そんなローゼリアをまたもやとろんとした目でみつめるユニコーン。
……いくら契約だからと言って、少し距離が近くはないか?
ユニコーンとの契約はめでたい事なのに。
私は少し気にくわない。
光が一段と輝かしくなり、ユニコーンの前に個体名をあらわす文字が浮かび上がる。
ローゼリアの口が紡ぎ、光は消え、ユニコーンも姿を消していた。
「ローゼリア、契約は?」
「成功しましたわ。向こうからの希望で、隷属契約で結んでいます。彼はこの中にいますわ」
カランと鳴らしたのは、ローゼリアの腕輪。
隷属契約は、私とバハムートが結んでいる契約と同じ……
「ローゼリアは、隷属契約を知っていたのか?」
「つい先日、お兄様に教えてもらいましたわ」
ローゼリアとユニコーンが隷属契約で結んだ事に、一種の戸惑いを覚える。
何故、隷属契約なのか。
優先契約ではダメだったのかと。
「……それは、この子の性癖。ご主人様を欲しがってたから」
「……」
何か、嫌な答えを聞いた。
「契約もできましたし、夜明けがくるまで少し休みましょう。私、疲れましたわ」
そうだな。ローゼリアは契約で魔力を使ったし、少しでも休まなくてはいけない。
夜明けまでは、後2時間ほど。
少しでも休んでおかなくては。
私達は、エリンの小屋に移動した。





