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16 ケブモルカ大森林3~セクハラ召喚獣ユニコーン

 


 柔らかな何かに包まれて、寝ている夢を見た。

 かすかに耳に届く歌声、あれは子守唄なのだろうか。

 とても安心して、ずっと聞いていたくなる歌声だった。


 柔らかくて、いい匂いがして、温かくて。

 その場所では、嫌なものや怖いものは何一つない。

 世界で一番安心できる場所だと、私は認識している。


 動きたくなくて、ずっと、このまま――


 ツンツンツンツン。


 …………


 ツンツンツンツン。


 なんなのだ! 私の安らかな眠りを邪魔するのはどこのどいつだ!


 ツンツンツンツン。


 ぬぉ?むぉ!?

 何かが私の身体中をつっつき、舐めまわしている。

 ぶぉっ!臭い!!

 何か、ネッチョリしたものがいる!



「だぁぁぁ!!」


 慌てて飛び起きれば……


「何をしているのだ、お主ら」


 私の周囲を取り囲むユニコーン達。

 突っつき舐め回していたのは、お主らか。

 顔まで、ユニコーンのよだれでヌッチョリしている。


 臭い、本格的に私は臭くなってきている。


「私は旅の序盤で、どれだけ臭くなればいいのだ。このままでは旅の終わりではボロ雑巾だ。ん? どうしたのだ?」


 ユニコーン達が私の匂いをすんすんと嗅ぎ、眉間に皺を寄せながら遠ざかる。

 しかも、『ブヒヒヒ』と馬鹿にするような鳴き声つき。


「お主らまで、私を臭いと言うつもりか! 大体、臭くなった原因はお主らが私を舐め回すからであろう! 私は足を捻った怪我人なのだ! ユニコーンなら、怪我を治してくれたっていいであろう!」


 ユニコーン達が顔を見合わせながら、『ブルルル』『ブヒヒヒ』と何かを会話している。

 そして頷きあい、ジリジリと私の方に寄ってくる。


「待て、お主ら何をする気だ。待て、話せばわかる。話せば――」


『ブルルルー!』『ブヒヒヒヒーン!』


「ぎゃー!!!」


 てっきり、噛まれまくるのかと思ったらこいつら……


「何故、私の服を脱がす!? 私はイロモノヒロインでも何でもない! こらそこ! 私のパンツを噛むな!」


 もみくちゃにされながら、ユニコーンが器用に私のマントや服を奪い取っていく。

 下半身は何とか死守した私は、パンツ一丁でユニコーンに運ばれる。

 目の前には泉。


「……おい、待てお主ら。暖かいとはいえ、まさか私を冷たい泉に放り込むというのか!? 怪我人のこの私を!?」


『ブヒヒヒヒ』と面白そうに歯を見せながら笑うユニコーン達。

 この性悪召喚獣が!!

 同じ馬型とはいえ、カルトとは大違いだ!


「だぁー!」


 ポーイッとまるでゴミを捨てるかのように泉に投げ入れられ、大きな水しぶきがあがる。


「ぶぁっ! 冷たっ! 私は泳げないのだ! ……って、冷たくない?」


 むしろ生ぬるい。そして、普通に足がつく。

 何だか、捻った足首に違和感を感じる。

 水の中という事を差し引いても、痛くない?


 ザブザブと水をかき分けて地面に戻る。

 恐る恐る足をついてみても、やはり痛くない。

 いつの間に。


「……なにしてるの?」


 少女の声が聞こえた瞬間、『ブヒヒヒ』と面白がっていたユニコーン達が姿勢正しく整列し、彼女の為に道をあけた。


「……水浴び?」


「違う。そこのユニコーン達に放り込まれたのだ」


『ピーピピー』と口笛を吹き、一斉に目をそらすユニコーン達。

 そんなユニコーン達に、エリンは「……め」と、軽く叱責する。


「……今、お風呂沸かしてるからゆっくり入ればいい」


 おお、それは有り難い。

 この臭くなった頭を洗いたくてしょうがなかったのだ。

 そうだ、怪我の事を彼女に聞いてみよう。


「……ん、そこの泉には治癒効果がある。軽い怪我だったら、すぐ治る」


 やはりそうか。

 という事は、ユニコーン達は私の怪我を治す為にやってくれたのだな。

 服を脱がしたのは、濡らさないようにする配慮だったのか。

 罵倒して申し訳ない、ちゃんと謝罪と謝礼をしなくては。


「……でも、治癒効果があるのは泉だけじゃない。捻ったくらいなら、泉に入らなくても、草むらにいるだけで治る」


 ……なに?

 私は大分草むらに寝っころがっていたぞ。

 気がつかなかったが、その時にはすでに私の怪我は治っていた?

 なら、泉に放り込まれた理由はなんなのだ。


 ユニコーン達に視線を動かすと、『ブヒヒヒ』『ブヒヒヒ』と笑っている。

 その顔はまさに、『プー、騙されてやんのw』


「このクソユニコーンが!!」


 私が怒りを爆発させると、ユニコーン達は蜘蛛の子を散らしたように逃げていった。


「全く、人を小馬鹿にしおって」


「……ごめん、ね」


「む、エリンが謝る必要はない。エリンは何も悪くないのだからな」


「……ユニコーンは、私の友達で家族だから。だから、謝る」


「そういうものなのか?」


「……ん」


 今、エリンと二人きり。

 エリンはバハムートと会話ができる。

 これはチャンスだ!エリンに、バハムートが何故私と会話をしてくれないか、力を貸してくれないかを聞けばいいのだ!


「エリン、頼みがある! バハムートに、何故私と会話してくれないかを聞いてくれ!」


「……ん」


 エリンはしゃがみこみ、私の影に手をあてる。

 しばらく黙っていたかと思ったら、


「……教えられない」


「なぜだ!?」


「バハムート様に止められた」


 ……何故。

 ギリッと奥歯を噛み締める。


「……バハムートはそれほどまでに、私が嫌いか? 私が聖女エルマではないから」


 鼻の奥が、ツンと痛くなる。また、私は堕ちていく。

 そんは冷たくなった私の指先を、エリンが優しく握りしめる。


「……違う。バハムート様は、カミュを嫌ってない。嫌ってたら、わざわざ契約したりしない」


「……ならば何故」


「……詳しくは言えない。でも、これだけは確実。バハムート様は、カミュの敵じゃない」


 敵じゃない。

 裏を返せば、味方でもないという事ではないのか。それは。


「……ちがう、事情がある。バハムート様は、今もずっとカミュを助けてる。バハムート様が今表に出てきたら、カミュはつぶされちゃう」


 つぶされる?今もずっと助けてる?

 あの、引きこもり宣言をしたバハムートが?

 会話をしないのも、力を貸さないのも全部私の為だと?


「エリン、それはどういう――」


「……これ以上言えない。バハムート様に話しすぎだって怒られた。ごめん」


 シュンと肩をおとすエリンに、私は慌てて声をかける。


「謝る必要はない。大丈夫だ、色々教えてくれてありがとう」


「……ん」


 少し笑顔になったエリンに、私はほっとする。

 子どもが泣いたり悲しい思いをするのは、断じていけない。

 子どもは、笑いながら幸せに楽しく過ごすものだ。


 私達は二人そろって草むらに腰をおろす。


「カミュ達は、ドラゴニアに向かうの?」


「何故知って……ああ、ローゼリアに聞いたのか」


「……ん」


「そうなのだが、中々に難しくてな」


 挫けている暇などないのに、自分に足りないものが多すぎて。


「でも、少しは進んでる。カミュ達はもうベルモーシュカ国内に入ってる」


「……なに?」


(ここ)は、ベルモーシュカにある。カミュ達はもう国境を越えてる。一つ、クリアしてる」


 もう、ベルモーシュカ?

 思ってもいなかった事実を突きつけられて、ポカンとしてしまう。

 ポンポンと地面を掌で感じる。

 ここはもう、ベルモーシュカ。これはベルモーシュカの土。


「……何だか、すごいな」


「……ん、すごい」


 少し笑ってしまう。

 苦労して目指していたものを、知らない間に越えていた。

 ドラゴニアへの到達も、こんな風にいつの間にか終わっているものなのかもしれない。


「……旅するなら、ユニコーンと契約しておいたらいい」


 エリンのその言葉に、確かに。と頷く。

 ユニコーンの回復力は名無し随一だ。

 これからの道中、大ケガをしないとは限らない。

 先ほどのバドの毒だって、ユニコーンがいなかったら危なかった。


 だが、ユニコーンの契約条件は特殊だ。

 私達3人では、ローゼリアにしかその資格がない。

 だが、ローゼリアが承知するかどうか……


「ここだったらユニコーンとの対面式だから、他のところでやるより契約しやすい。それに、ここのユニコーンはわたしと繋がってる。ユニコーンを通して会話ができる」


「それは便利だな。よし、是非ローゼリアに契約してもらおう」


 ローゼリアは(さと)い。

 ユニコーンとの契約の必要性は理解してくれるだろう。


「よし、善は急げだ。私は早速、ローゼリアに契約をすすめてくる」


「……わたしは、お風呂の仕上げをしてくる」


 ローゼリアの元へ向かおうと思ったが、そう言えば私はパンツ一丁だった。

 危ない危ない。またローゼリアに怒られるところだった。

 ちゃんと衣服を身につけ……いざ!!


 コンコンとノックをしつつ、室内のローゼリアに声をかける。


「この先の事を少し考えたのだが、ローゼリアはユニコーンと契約したらどうだ? って、ぐほぁ!!」


 頬に凄まじい衝撃がはしり、私は後ろに吹っ飛んだ。


「何をするのだ、ローゼリア!?」


「何をする? それはこちらのセリフですわ!! 人が悩んでいる時にデリカシーも何もなく、ユニコーンとの契約をいとも簡単にすすめてくるだなんて!」


 ヤバイ、本気で怒っている。

 凄まじい怒りの波で、ご自慢の巨大クロワッサンもうねうねと波打ち、若干へたっていたのに出来立てクロワッサンだ。

 巨大クロワッサンは、怒りでセットし直されるのか。

 大発見だ。


「カミュ、貴方もユニコーンの特異性と契約条件を知っているでしょう!?」


 当たり前だ。勉強したからな。

 名無し随一の回復力を誇る、白馬ユニコーン。

 その角は霊薬エリキシールの素になるとも言われ、粉末は万病に効く万能薬になる。

 角は高値で取引され、乱獲されることも多々ある。


 が、大体の国でユニコーンは保護の対象となっており、ユニコーンの角を切り取ったり売買したりしたら、刑罰の対象となる。

 一番多いのが、終身刑だったか。


 そんなユニコーンは、契約者に条件がつけられる。

 それが、()()()()()()である事。

 端的に言えば、若く美しい処女。


 この時点でとんでもない条件だが、個体ごとにさらに細かい条件がある。

 要するに、女の好みがうるさい。

 そしていざ契約できたとしても、若く美しい処女じゃなくなれば契約は解除される。

 つまり、ユニコーンと契約していれば若く美しい()()というお墨付き。

 だが、それは諸刃の剣だ。


 契約解除をすれば、若くなくなった。美しくなくなった。処女じゃなくなった。と、世間にバレる。

 契約していたら処女だという事がバレる。


 つまりユニコーンは、歩くセクハラ召喚獣だった。


 処女じゃなくなって契約解除をされれば、まだマシだ。

 契約している女性にとって一番堪えるのが、若い処女なのにユニコーンから契約解除をされる事。


 それはつまり、()()()()()と、ユニコーンから烙印を押されたという事だからだ。


 ユニコーンと契約をする適齢期は、10~20代前半と言われている。

 が、実際は18~20歳で召喚師から契約解除をするのが大多数だ。

 ユニコーンから解除を申し出てくる前に、と。


 このようなセクハラ召喚獣の為、名無し随一の回復力を誇っても、契約したり呼び出される事はいたって(まれ)

 ある意味、とても希少な召喚獣だった。


 その回復力から軍や医療現場ではとても重宝され、契約者は破格の給金で雇われる。

 ので、一時のお金稼ぎの為に。と割りきって契約する召喚師もいるにはいる。


 ローゼリアは既に18歳。

 ユニコーンとの契約をするには、微妙な年頃だ。

 契約に失敗すれば、ユニコーンから若くない美しくないと判断されたという事なのだ。

 それは、美しさをアイミュラーの宝石とまで謳われた、皇女ローゼリアには耐え難い屈辱だろう。


 だが、


「それでも、ユニコーンとの契約は必要だ」


「うっ……」


 目に見えてローゼリアが怯む。

 ローゼリアとて、ユニコーンの必要性を解ってはいるのだろう。

 それを実行できるかどうかは別として。


「頼む、ローゼリア。全てが終わったら、直ぐに契約解除をしてくれて構わない。旅の安全の為にも、私とバドの為にも」


「うぐぐ……」


 揺れている、よし。もう一押しだ。


「ローゼリアが契約出来ぬわけがない。あのアイミュラーの至宝、ローゼリア=シャルドゥ=アイミュラーが」


「……カミュは、私が契約できると思っていますの?」


 何を言っているんだ?


「思っているからこそ頼んでいる。私は、無理だと思った事は頼まない。ユニコーンの契約条件は美しく若い女だ。それは、ローゼリアの事であろう?」


「カミュ……貴方って人は。……解りました、ユニコーンとの契約に挑戦しますわ」


 おお、何がローゼリアの琴線に触れたかは解らぬが、その気になったのならめでたい事だ。


「カミュ、貴方は私を美しいと思ってくれていましたのね」


「当たり前であろう。私の近くにいる女性で一番美しいのがローゼリアだ。そこそこ若くて処女だったのも助かった。そうじゃなければ、いくら美しくてもユニコーンに弾かれる」


 ブチッと、何かがキレる音がした。


「貴方って人は、本当に、上げた株を即落としてくれる人ですわね! 少しは見直して嬉しがってた私が馬鹿みたいですわ!」


「何故、怒るのだ!? 私は褒めたではないか!」


「褒めても、一言も二言も余計でしたら、意味がありませんのよ!!」



 あの後、エリンが風呂の準備が出来たと呼びに来て、一応私達二人の口喧嘩は一応収束した。

 私も臭くなった頭を早く洗いたかったのだが、「レディーファーストですわ」と、ローゼリアが先に入った。

 レディーファーストであれば、仕方がない。


 二人とも入浴し、ローゼリアの巨大クロワッサンも水によって少々萎びている。

 私はない方が好みだから、早くストレートに戻って欲しいのだが、クロワッサンは中々に頑固だ。


 寝ているバドが少し心配だったが、「ぶごっ!」と盛大ないびきが聞こえ、心配するだけ損だと思い、放っておくことにした。


 ローゼリアは草むらに立ち、マントやフードを脱ぎ簡素なローブ姿になっている。

 指輪や腕輪、首飾りなどの装飾品を身につけ、手にはペリドットをはめこんだ愛用の短杖。


 目を瞑り精神を集中させれば、ローゼリアの周囲に円形の光の柱が立ち上る。


 契約が、始まる。



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