15 ケブモルカ大森林2~ユニコーンの護り手エリン
疲労が募っていく中、注意していてもゆるむ時はある。
それがそこそこのミスであれば御の字だが、時に致命的なミスとなり得る時もある。
今回は後者だった。
情けない事に、起こりうるミスは大抵私が起こすミスだ。
が、珍しい事に今回は私ではなくバドだ。
……まあ、私を運んでくれている為、私のせいで疲労が蓄積したとも言えるのだが。
夜半も過ぎ、さすがにそろそろ少し休憩しようという話になった。
そんな時に、バドは罠にかかってしまった。
小用を足そうと少し離れたところに移動しようとした。
普段のバドなら、絶対に気づく。
バドはああ見えて、勘がよく色々物事を考えている男だ。
木の間に張られた糸。
それを、切ってしまった。
ヒュオンという風切音の後に、バドのくぐもった悲鳴が聞こえ、私とローゼリアは急いで駆けつけた。
するとそこには、ふくらはぎを矢で射られたバドの姿があった。
「バド!」
顔は蒼く、指先がプルプルと震えて。
慌てて患部を見たら、よほどに強い毒なのか、どんどん赤紫に染まっていく。
「ローゼリア!」
「今やっていますわ!!」
バドの治療の為に、ローゼリアが水属性のケルピーを召喚する。
これで大丈夫だと、ひと安心した。
だが、
「ダメですわ! ケルピーでは足りません!」
「何だって!?」
赤紫がどんどん広がり、肌が冷たくなり、多量の汗をかき、荒くなった呼吸がどんどん静かになる。
「ダメだ、バド!! 逝ってはいかん!」
「カ……ミュ」
もうまともに見えていないのであろう視界で、私の手を握りしめるバド。
「今、別なのを召喚していますから! もう少しだけ!」
いつもは痛いほど力強く私を握りしめるその手が、今にも地に落ちてしまいそうなほどに、弱々しくて。
「ダメだ、バド!」
私の涙が零れ落ちる。
「バド!!」
グニグニグニグニ。
バドの手が落ちてしまいそうなその時、カサリと背後から音がした。
「……なにか、あったの?」
少女の声だった。
長いウサギのような耳がついたフードを被り、手には杖なのだろうか、長い太めの枝を握っている。
フードと前髪からのぞく、くりんと丸い蒼い瞳。
「仲間……が」
「……仲間?」
少女はバドをチラリと見、腕を振るう。
すると、淡い光とともにユニコーンが現れ、角をバドの患部へと押し当てる。
赤紫に染まっていた患部が、瞬く間に通常の肌に戻り、バドの頬にも赤みがともる。
「バド!? 良かった、本当に良かった……!」
「……来て」
「は? き、来てとは?」
少女はそれには答えず、ユニコーンの背にバドと荷物を乗せると振り返ることなく行ってしまう。
バドと荷物両方を乗せたユニコーンの口から、『ブルォウ!』という抗議の声があがったのを、私の耳はとらえていた。
そりゃ、重いわな。
心なしか、足取りもよたっている。
「あの少女は……」
「十中八九、ここの少数民族の少女でしょう。バドの体力も戻っていないし、休めるところが必要です。ついていくしかないようですね」
警戒の声をあらわに、ローゼリアが呟く。
「そんなに、心配しなくても良いのではないか?」
「何故ですの?」
「周囲の魔力が穏やかだ。ここら近辺の名無しは、彼女に敬意を払っている。それに――」
「それに?」
「彼女は、ユニコーンと契約している清らかな乙女だ。闇討ちや不意討ちなどは考えないであろう」
「…………」
「ローゼリア?」
何故だか、一気にローゼリアの機嫌が悪くなる。
「ふん!!」
「のおぁ!」
つま先を勢いよく踏まれ、巨大クロワッサンで両頬を叩かれるという悲劇にあった私は、勢いよく転がって木にぶつかり、その衝撃で落ちてきた雪に埋もれ雪だるまになってしまった。
顔は何とか出ているが、手と足は完全に埋もれている。
「何をするんだ、ローゼリア! ……え? ちょ、置いていかないで! 助けてー!!」
無慈悲にも振り返ることなく私を置いていったローゼリア。
誰も助けてくれることなく、私の助けを求める声をうるさく思った森の動物達が、眉間に皺を寄せながら掘り起こしてくれた。
そんなこんなでいっぱいいっぱいだった私は、影が動いていた事を見落としてしまっていた。
少女の後について、草木をかきわけたどり着いた場所。
ぽっかり開けた場所に大きな泉があり、その中央の小島にとても大きく立派な広葉樹がそびえ立っていた。
泉と木が淡く発光しており、そのおかげで、真夜中にも関わらず明かりは必要なかった。
泉の周囲は何故か暖かく、その場所にだけ雪がない。
真冬なのに広葉樹の葉が落葉していないのは、これが原因なのだろうか。
泉の周囲にも青々とした草が繁っており、そこには何十頭というユニコーンがいる。
「ここは……」
「すごい、初めて見ましたわ……」
「ローゼリア、ここは?」
隣で感嘆しているローゼリアに聞いてみる。
「ご覧の通り、ユニコーンの生息地ですわ。名無しの生息地は基本、世界中に存在しますが。中には例外も存在し、生息地が唯一である名無しもいます。その例外の1つがユニコーン。ここが、その唯一の生息地、ケブモルカ湖ですわ。結界がはられていて、案内人の許しなくてはたどり着く事はできないと言われていますの」
「じゃあ、あの少女が」
「案内人……のようですわね」
少女は、ユニコーンの背に乗せたバドと荷物を、湖のほとりにある小さな小屋に運び、ベッドに横たわらせていた。
ローゼリアと2人、少女の元に行く。
少女は、感情の灯らない瞳でこちらを見つめている。
傍らには、先ほどバドを助けてくれたユニコーン。
「先ほどはありがとうございました。私はローゼリア、こちらはカミュ。助けていただいたのがバドと申しますわ」
「……わたしはエリン。こっちはフォルマジーア」
か細く溶けてしまいそうな、高めの声。
「エリン、ですわね。ここには貴方だけなのですか? 大人の方々は?」
「……大人達は外にいるの。ここにいるのは、わたしだけ。わたしは、"ユニコーンの護り手"だから」
「ユニコーンの護り手?」
要するに、巫女のようなものらしい。
エリンの一族は、代々このユニコーンの生息地であるケブモルカ湖を守ってきたと。
召喚師要素のある大体10歳~20歳の少女が代々その役目を担ってきた。
エリンは現在13歳で、ユニコーンの護り手になって3年目だという。
護り手をやっている間は、ケブモルカ大森林から出る事はないらしい。
ユニコーンの生息地を荒らしてはならない。という事で、食料を届けに他の大人達が来るのは、2週間に1回くらいなんだとか。
「寂しくはないのか?」
「……フォルマジーア達がいるから」
「そうか」
「……それより」
エリンがしゃがみこみ、私の影に触れる。
「……バハムート様、お会いできて光栄です」
「わかるのか?」
「……当然」
今まで、初見でバハムートが影にいる事を解った召喚師はいなかった。
しかもエリンは何の情報もなしに理解してみせた。
他の召喚師とは格が違う。
それを理解した瞬間、不意に目の前の少女を恐ろしく感じてしまった。
「……え、はい。そんな光栄です」
「ん?」
影に向かって、エリンは声を発している。
……おーい、誰と話しているのだー?
「……誰って、バハムート様ですが」
「な!? お主、バハムートと会話ができるのか!?」
「……はい」
驚愕する私を、何言ってるんだこいつ、という訝しげな目でみるエリン。
バハムートと会話ができる。
それを理解した瞬間、私の目の前の少女への恐怖は霧散した。
代わりに沸き上がってきたのは、バハムートへ対する怒り。
このクソ召喚獣!さんざん、私の問いかけは無視したくせに、美少女に話しかけられたら返事をしおって!
やはり、ボン!キュ!ボン!なのか!?
……いや、エリンはお世辞にも、ボン!キュ!ボン!とは言えない。
やはり、女子か!
女子ならば……
「ローゼリア、ちょっとバハムートに話しかけてみてくれるか?」
「構いませんけども。バハムート様?」
「「「…………」」」
無音&無言。
「エリン、ローゼリアの問いかけにバハムートは答えたか?」
「……いえ、全く」
くっ!女子というだけではダメなのか!
ジロジロとエリンとローゼリアを見比べる。
ローゼリアの方が身長が高くて年齢もいってるというくらいか。
体型的にはさほど変わりはないな。
「なんだか、とてつもなく馬鹿にされているような気がしますわ」
やはり、実年齢か!
このロリコン召喚獣が!!
「エリン、私の影に近づいてはいけない!」
「……どうして?」
「エリンの問いかけにだけ答える理由がわかったのだ! それは年齢! ローゼリアもエリンも貧乳なのに、エリンにだけ答えるのはエリンが若いか――」
「エリン、馬鹿は放っておいて行きますわよ」
「……ん、お茶出す」
私に渾身のフルスイングビンタをかまし、エリンと連れだって小屋へと消えていくローゼリア。
「ローゼリア、エリン。私の分もお茶を……徹夜のお供に目覚めスッキリ、アイミュラー産の激シャキコーヒーを所望す……る」
草むらにガクリと倒れた私を、フォルマジーアが残念なものを見る目で見下ろしていた。





