14 ケブモルカ大森林1~それぞれの決意
アイミュラーの西に位置する隣国ベルモーシュカ。
五百年前の大戦で敗戦し、国力がそぎおとされたアイミュラー皇国。
クーデターが起こり、アイミュラーは割れ、新たな国ができた。
その1つがベルモーシュカ。
隣国と言ってはいるが、少数民族が複数集まっている自治領みたいなものだ。
主国はベルモーシュカの更に西。
ドラゴニアの友好国。軍事大国フェブラント。
世界的には、ベルモーシュカはフェブラントの自治領だ。
だがベルモーシュカ側は、自治領ではなくあくまで一つの独立国と謳っている。
国土のおよそ4割をケブモルカ大森林が覆う、森の国。
で、小国だ。
森の国という特性上、炎のイフリートに攻めこまれたらひとたまりもないだろう。
私達は今、そのベルモーシュカとの国境に向かっている。
正当な手続きを経ての入国場所は、国境上に約2ヶ所。
だが、もちろん私達はそこから入るわけにはいかない。
つまりは……
「密入国……か」
「仕方ないぞー、俺たちは今やお尋ね者。素直に行っても捕まるだけだぞ」
皇帝陛下の命に背いて脱出した私達は、今や立派な犯罪者。
私の監禁場所に兵が押し掛けてきたのは、ローゼリアとバドが監禁場所から脱走したから。
私の監禁場所を別の場所に移動しようとしての、兵の押しかけらしい。
本来なら、ローゼリア達と私の脱出は同時刻に行うはずだった。
が、手違いにより、ローゼリア達がいち早く脱出してしまった。
「それは、お兄様のせいですわ」
「まー、ローゼリア。殿下も調整やら何やらで走り回って疲労困憊だったわけだし」
要するに、殿下のミスらしい。
「少しは見直してましたのに、こんな重大なミスをするなんて! どれだけボケボケなんですの!」
青筋たてて怒りをあらわにするローゼリア。
ご自慢の巨大クロワッサンも、ローゼリアの怒りを受けてグニグニとうねっている。
「そういえばローゼリア。普段はクロワッサンはやめたんじゃなかったのか?」
「あれは、いざという時の気合いをいれた戦闘服と言ったでしょう? ドラゴニアとの戦争をくい止めるという緊急時。こんな時に気合いをいれないで、いついれると言うのです」
まあ、うん。
だが、隠密行動には向かないのでは。
「大丈夫ですわ。このたてロールは自分では出来ませんの。旅の途中で巻きがとれてストレートに戻っていきますわ」
「そ、そうなのか。いや、一番聞きたいのはそこではなくて」
私がドラゴニアに入国したら、ローゼリアの父が……
「それこそ、大丈夫ですわ」
歩みを止め、ローゼリアがこちらを振り返る。
「今のお父様はお父様ではありません。お母様が亡くなってから、お父様は変わってしまいましたわ。あんなに優しいお父様でしたのに……」
ローゼリアの母上が亡くなったのは、約14年前。
私達が4歳の時だ。
確か、ご病気だったような。
葬儀の時の事はよく覚えている。
皇帝陛下は当時皇太子だった。
皇太子妃が亡くなった事により国葬になり、国をあげての葬儀が行われた。
ローゼリアは、皇女が人前で涙を見せてはならないと必至で涙をこらえていた。
葬儀が終わり埋葬された後、ローゼリアは皇太子妃の墓の横で一人声をこらえながら泣いていた。
彼女の涙を見たのは、その時が最初で最後だ。
「親を止めるのは子の役目です。お父様がこれ以上醜態をさらし、後の世に愚帝と記されない為にも」
ローゼリアの覚悟と決意。
クリストファー殿下にもそれがあった。
「バドは? 皇帝陛下に逆らって反逆者になってしまうんだぞ?」
バドは私達と違い、まだ逃げられる位置にいる。
バドには大切な家族もいるのだ。
巻き込んでしまっては……
「俺も行くぞ? 家族達は殿下が避難させてくれたし、カミュとローゼリアだけで行かせるのは心配だからな。カミュは俺が運んでやらなきゃのたれ死にしそうだしなー」
失敬な!足首の怪我が治れば、自分で歩くわ!
私は自力で竜王山山頂への登山も果たした男!
怪我が治りさえすれば、ドラゴニアへ行く事など、へでもないわ!
「なら、決まりですわね。皆で行きましょう」
「そーだぞ。1人より2人、2人より3人だぞ」
「そうだな。皆で行こう……」
3人で進むという決意を新たに、国境を目指す。
私はまたバドに運ばれながら考えていた。
ローゼリアも殿下も、親が間違っているなら子である自分が止めると言っていた。
それが、子としての務めだと。
私は、そのような事、考えた事があったか?
父上が間違っていたら、私が止める……
私……が。
ザクザクと、雪を踏みしめながら進む。
大分、森が深くなってきた。
冬は雪に足跡が残るから、逃走者には大分不利だ。
追い付かれなければいいのだが……
「それはケブモルカ大森林の中にいる限り、大丈夫ですわ。アイミュラー軍がこの森の中を進軍する事はありません」
「何故だ?」
「ケブモルカ大森林は、多種多様な召喚獣の住みかです。そこそこの腕の召喚師ならともかく、魔力のない一般兵は体力を吸い付くされて終わりです」
「つまり追い付いてくるのは、少数の召喚師の精鋭か、召喚師に命じられた召喚獣だけだぞー」
そう言いながら、バドが何かを召喚獣で相殺する。
バドが召喚したのは、土属性のホビット。
ホビットは、石礫と弓矢で何かを撃退した。
「召喚師の名無し、かしら。これくらいだったら心配いりませんわ。先を急ぎましょう」
私はバドの召喚で驚愕していた。
数ヵ月前まで、バドは力任せの召喚だった。
扉を開くのがなめらかに行かず、自分の体力にまかせた力ずくの召喚。
だったのに、今の召喚は……
いくらバドの得意な土属性とはいえ、いつの間にあんな流れるような見事な召喚を。
「すごいではないか、バド!」
「カミュに褒められるなら、俺もうまくなったんだなー」
顔をほころばせ喜んでいる。
「成長したのはバドだけではありませんわ。カミュが竜王山に行ってる間に、私達も精一杯修行していましたのよ」
「何も言わずに旅に出た、カミュへの怒りをにじませながらなー」
「……いつまでも引っ張らなくてもいいではないか」
私とて、反省したのだ。
「だから、今度はちゃんと頼るんだぞー。ローゼリアも俺も、ちゃんとカミュを守れるからな」
「バド……」
この二人のことだ。
当然、何も言わなかった私への怒りもあるが、それ以上に気づけなかった自分を責めたのだろう。
気づけなかった自分への怒りで、格段に成長を遂げた。
「ですから、大抵の召喚師は敵ではありません。むしろ、ここに住む少数民族の方が厄介ですわ」
だが、私達は積極的に彼らと交戦はしない。
彼らも、私達を害してなんの得があるのだ?
「彼ら自身というより、彼らの――」
「バド!」
キラリと光った金属、ヒュオンと聞こえた風切音。
私は、慌ててバドを押し倒した。
「カミュ! バド!」
ローゼリアがこちらにかけよりながら、召喚獣で辺りを警戒する。
すぐ側の木には、一本の弓矢が刺さっていた。
避けなかったら、バドの腕に突き刺さっていただろう。
「カミュ、ありがとなー」
「それは運んでもらっているこちらのセリフだ」
だが……
「ローゼリア。ケルピーは若干の回復が使えるのだから、ケルピーで治してくれても良いのではないか?」
そうすれば、私は自分で歩けてバドの負担も減ると思うのだが。
「駄目ですわ」
「何故なのだ!?」
一息で断られたぞ。
「それは、今の弓矢が答えですわ」
バドがよっこらしょ、と体についた雪を落としながら立ち上がる。
「今の、魔力の反応も人の反応もありませんでしたでしょ? これは罠ですわ」
「罠?」
何で、こんな森の中に罠なんかあるのだ?
「これが少数民族が厄介と言った理由です。ケブモルカ大森林には、召喚獣以外にも多数の動物が生息しています。ケブモルカ大森林に住む彼らは、動物を獲得する為に狩猟用の罠を仕掛けているのです。今、発動したのもそれですわ」
なるほど。
彼ら自身ではなく、彼らが仕掛けている狩猟用の罠が厄介ということか。
彼らの生活の糧を得る為の手段だ。
しょうがないとはいえ、進む速度は遅くなるな。
罠に注視しなくてはいけない。
「木の根に躓いて足首を痛めるほど運動音痴なカミュは、罠を発動させて危ない目にあうのがオチですわ」
なぬ?
「バドに運ばれていれば、躓いて罠にかかる事もありません」
「いやいや、今私は気づいてバドを助けたではないか」
「まぐれです」
きっぱりと即答しおった。
「とにかく、バドに運ばれていてくださいな。そちらの方が、私達も安心ですから」
「そうだぞー、カミュ。毒罠もあるからなー、危ないぞー」
「毒!?」
「そこら辺の紐とか糸とか触っちゃダメですわよ」
怖い……狩猟罠怖い。
私は、バドに運ばれる事を渋々了承した。
罠に注意しながら進むと、速度が遅くなる事もそうだが、疲労感半端ない。
いや、運ばれてるだけでも、気疲れとかで結構体力を消耗するのだ。
「ローゼリア、ペガサスを召喚して一気に越えていくのは無理なのか?」
そうすればこんな苦労をしなくてすむし、一気に片がつく。
「無理ですわね。まず、よほど屈強なペガサスじゃないとバドが乗れませんわ」
「あぁ……」
バドは重い。
でかいうえに重い。
そして今は荷物も背負っている。
「ペガサスがつぶれる……か」
そう言われれば、カルトもバドは重いから嫌だと断っていたなを
「カルトパジアの魔力が回復すれば、カミュだけを乗せてもらう事はいいかもしれませんが、ペガサスに乗って一気にドラゴニアへ。というわけには行きません。ペガサスは、飛翔速度では名無し1ですが、ずっとその速度を保てませんし、何より目立ちすぎます」
「そして1番の問題は――」
「国境に結界壁があることだなー」
そうだ、忘れてた。
基本、飛翔できる召喚獣に乗っての出入国は禁止されている。
それを防ぐ為にも張られているのが、結界壁だ。
ようするに、国境にそびえ立つでかい壁。
それはとてつもない強固な壁で、名無し何百体、何千体の攻撃に耐えると言われている。
「バハムートなら打ち破れるのかもしれませんが、今の私達は地道に歩いて密入国しなくては」
バハムートなら打ち破れるのかもしれない。
その内容に、私の胸はズキリと痛む。
「ん? カルトが回復すれば私を乗っけてもらえるなら、ローゼリアやバドに魔力を与えてもらえばいいのではないか?」
「可能ですが、カルトパジアが承諾しないでしょう。契約を解除しているとはいえ、カルトパジアにとっての主はカミュなのですから」
そういうものなのか。
「そういうものですわ」





