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13 友との再会~臭い~抱っこ

 


 カルトの背にまたがり、真冬の夜空を飛翔する。

 魔力で保護してくれており、寒さは一切感じない。


 羽毛のように柔らかなたてがみに顔をうずめると、昔の思い出がよみがえってくる。

 私がカルトを初めて召喚したのは、11歳の時。

 今日のような真冬の夜の日だった。


 優先契約を申し出た幼子(おさなご)に、カルトは優しいまなざしで頷いてくれた。

 契約成立の記念だと、私を乗せ飛翔してくれたのだ。

 あの時の喜びと驚きは、今でも覚えている。


 カルトは、一番私のそばにいてくれた召喚獣だった。


 そんなカルトを、私は突き放してしまった。

 謝らなければいけない。

 だが、背に乗ったまま、顔を見ずに謝罪するなど卑怯だ。


 私は竜王山での別れの時、最後までカルトの目を見れなかった。

 なら再会は、ちゃんと目を見て始めるべきだろう。


 ズキリと、何故か頭が痛んだ。

 竜王山でのカルトとの別れ。

 本当に?

 カルトと最後に会ったのは……


「ぐぅっ!」


 ひときわ激しい頭痛が起こり、カルトのたてがみに突っ伏すようにうずくまる。

 ガンガンと頭が痛む中、見た事もない情景が頭の中を流れていく。


 どこかの岩場。散らばっている宝石の欠片。嘔吐物。

 そして、黒い竜。


 鮮明な映像ではなく、もやがかかったような不鮮明は映像だ。

 時折何かの音や声らしきものが聞こえる。



『…………属……契約……そこまで……何故……』



『……過剰……で……不……友…………』



 この声は……

 何か重要な事のような気がして、痛む頭で必死に思い出そうとする。

 探る度にズキズキと痛みが激しくなり、やはりこれは重要な事なのだと確信する。


 もう少し、もう少し……!


『ブルルァ!』


「っ!」


 現実のカルトのいななきで、映像も声も途切れてしまった。

 思い出そうとしても、全くもって流れてこない。


「カルト……」


 私は、責めるような不満気な声を出す。


『ブルルァ! ブルルァ!』


 だが、カルトに怒られてしまった。

 無理をするな、と言いたいのだろう。

 分刻みのスケジュールで勉強をしていた時も、よくカルトに怒られた。


「そうだな、カルト。今は無理をするべき時ではない」


 私が無理をするのは、アイミュラーとドラゴニアの戦争をくい止める時だ。


「私は、自分がしでかした事の責任をとらなくてはならない」


『ブルルルル……』


 そうではない、という呆れたような声音のカルト。

 うむ、気のせいだろう。


『ブルルルル』


「ん? 少しは寝ておけだと? ……そうだな。次いつ眠れるかという保証はなかったな。眠れる時に寝ておくべきだろう」


 私はカルトのたてがみに顔をうずめつつ、首筋に腕をまわして抱きつく。

 懐かしいカルトの匂い、暖かさ。

 カルトが側にいれば、私は安心して眠ることができる。


 おやすみの言葉を告げる前に、私は柔らかな眠りに包まれた。



 ◆◆◆◆◆◆



 カルト達と別れ、竜王山を登る。

 周囲にはここに住んでるのであろう召喚獣達の気配。

 ここの主、竜王バハムートの眷属なのだろう。

 こちらを襲う事はなく、一定の距離を保ちながらずっと私を見続けている。


 いっそ、私を襲ってくれれば楽に死ねるのに……


 いや、痛いのは嫌だな。

 死ぬために竜王山(ここ)に来たのに、痛いのが嫌とは、私はとんだ軟弱ものだ。

 ルーシェに負けるのも、当然なのかもしれないな。


「はあ、はあ」


 息を切らし、足をプルプル言わせながら登り続ける。

 濃密な魔力で悪酔いし、頭痛が起き始める。


「がはっ!」


 吐き気に耐えられず道ばたに嘔吐する。

 食欲なんてとっくになくなっていたから、胃液や水分のみが排出された。


 こんな辛い思いをしながら、何故私は登っているのか。

 もう周囲には誰もいないのだから、持っている短剣で自分の喉を突き刺せばいい。

 持っている宝石の魔力を逆流させ、爆発させればいい。

 そうすれば、死んで楽になれるのに。


 きつい思いをしながらも、足は止まらない。

 山頂を目指して、這いずりながらも進む。

 吐きながら、這いつくばりながら、それでも前へと進む。

 何度目かの夜を迎えた後、私は山頂へと到達した。



 ◆◆◆◆◆◆



 振動といななきで目が覚める。

 月の位置と暗さが変化していない事から、私が寝てからさほど時間がたっていないのだという事がわかる。


『ブルルル、ブヒヒン』


「降下するのか、わかった」


『ブル』


 急降下するカルトにがっしりとしがみつく。

 カルトが降り立ったのは、険しい森の一角だった。


 ドラゴニアへと向かうのだから、西に向かったはずだ。

 多分、隣国ベルモーシュカとの国境に隣接する大森林。

 ケブモルカ大森林だろうか。


「よっと」


 カルトから降り、辺りを見回しても誰もいない。

 ……え?ほぼ荷物も何もない私一人で、この大森林を踏破しろと?


 まあ、いい。

 踏破する前に……


 私は、こちらを見ているカルトと応対した。

 じーっとこちらを見続けているカルト。

 これは、怒っている。


 気分を害したとしても、カルトは素直にそれを表にだす性格ではない。

 ためてためてためて、一気に静かに爆発するタイプだ。


 他に優先契約をかわしていた、ヴォジャノーイやラミアはすぐに怒るが、熱しやすく冷めやすい性格だった。

 私とカルトが喧嘩をしたとしても、この2体が間に入ってくれていたのだ。


 つまり、なんというか……

 怒ったカルトと2人きりというのは、それこそ何年ぶりかで、とても居づらい。


 居づらくても、言いづらくても。

 悪いのは私なのだから、きちんと謝罪せねば。


「カルト……その、すまなかった。迷惑かけて、何も解っていなくて……私は、カルトに甘えっぱなしだった」


『……』


「あの…………ごめんなさい」


 幼子のように、シュンと項垂れながらカルトに謝罪する。

 もし、許してもらえなかったらという恐怖が、胸を去来する。


「カルト……ごめんなさい。ごめ……」


『ガブ』


「……ん?」


『ガブガブガブガブガブガブガブガブガブガブ』


「のおぉぉぉぁ!??」


 頭が!

 思いっきりカルトに頭を噛まれている!

 断じて、甘噛みなどではない!

 これは本気噛みだ!

 思いっきり力をいれてガブガブと噛んでいる!


「痛っ! ちょ、痛い! カルト、痛い! カルトォーー!」


『ガブガブガブガブガブガブガブガブガブガブガブガブ』




「ぜー、はー」


 私は5分も10分もカルトに噛まれ続けた。

 カルトの気がすんだのか、ようやく噛み地獄から解放された。

 カルトのヨダレで髪の毛がグッチョリと湿っている。

 そして、臭い。


『ブルルル』


「カルト」


 しゃがみこんでいる私の頬に、カルトが自分の頬を擦り付けてくる。


「許して……くれるのか?」


『ブルルル』


「そうか、ありがとう」


『ブルー』


 カルトが側にいてくれるのなら、私はもう寒くはない。


「バハムートと隷属契約を結んでいるから、カルトと改めて契約を結ぶ事は出来ないが。もし、カルトが良ければこれからも力を貸してほしい」


『ブル!』


 契約を結ばずとも、召喚獣は親しき者に力を貸してくれる。

 採算を度外視した何かが、召喚師と召喚獣の間にあるとは驚きだった。


 私はバハムートと隷属契約を結んでいるから、カルトに魔力を与える事はできない。

 カルトは、どこかで失った魔力を補充せねばならないから、ずっと私の側にはいられない。

 召喚獣がこちらの世界で現界するのは、それだけで魔力を消費するから。


 ……ユースと母上は、無事であろうか。


「一息ついたら、ヴォジャノーイとラミアにも謝らねばならないな。二人とも怒っているだろうな……」


『ブルブル』


「え? とてつもなく? ラミアは特に怒っていた?」


 二人の怒りを想像し、ブルリと震える。


「……よし。2人への謝罪はしばらく後にしよう」


 私は決して逃げたのではない。

 今、ドラゴニアへと向けて移動する最中、体力と時間を消耗してはならない。という、苦肉の策なのだ。


「とは言っても。私1人で移動するのはさすがに……」


 カルトは魔力を消耗しているから、直ぐにでも戻らなくてはならないし。


『ブルルル』


「え、心配いらない?」


 その時、ズドドドと雪煙をあげながら何かが突進してくる。

 雪煙から時折見える、わっさわっさと揺れる巨大な何か。

 あれは……


「巨大クロワッサン!?」


「カミュー!!」


「ローゼリ……アあぁぁーー!?」


 抱擁という名の突進。もとい体当たりを受けて、私は雪原の上を転がった。

 私の上にまたがり、マウントポジションをとる巨大クロワッサン。

 私の首もとを掴んで、力一杯ぶんぶんと振り回してくれている。


「心配しましたわカミュ! お兄様から聞いて無事だとは解っていましたけど、カミュはもやしですから」


「ぐ……ぐび……」


「え、ローゼリアも無事だったか? ですって? 私は何ともありませんわ。他者を心配するようになるなんて、カミュも成長しましたのね」


 言っとらんわ!

 早く私の首を離せ!


「んもー、カミュは照れ屋さんなんですから!」


「ローゼリアー。早く離さないとカミュが逝くぞ」


「あら?」


 バドに話しかけられローゼリアが正気にかえると、そこには首もとをつかまれ振り回され、呼吸困難に陥っている私の姿があった。


「あら嫌だ。私ったら」


 急にパッと手を離された事で、私は後頭部から雪原にダイブした。

 カルトのよだれで濡れた頭に雪がくっつき、私は雪まみれになってしまう。


「可愛い雪だるまが出現しましたわ」


「誰が雪だるまだ! 寒いではないか!」


「そのくらい、乾かしてあげますわ」


 ローゼリアが火属性の名無しジャック・オ・ランタンを召喚し、雪を溶かし、ついでによだれで濡れた私の髪を乾かす。

 が、


「臭いですわよ、カミュ」


「お主のせいであろう!」


 洗わずに乾かしたよだれまみれの髪は、何とも言えぬ生臭さを放っている。


『ブルブル』


 生臭さから逃げたのか、眉間に皺を寄せながらカルトが姿を消してしまった。


 カルト、お前と私は契約という枷をこえた友人ではなかったのか!?

 確かに、魔力の回復の為向こうに戻らなくてはならないだろう。

 だが、もう少しいてくれたっていいではないか!

 カルトのたてがみと温もりがなくなったから、寒いのだ!


「カミュー」


「何なのだ、バド!」


「無事に再会できて良かった。心配してたんだぞー」


「ぁ……」


 いつも通りのバドののんきな笑顔。

 こんな時でも、ピッチピチのローブ姿だ。

 さすがに、少し薄手のマントを羽織ってはいるが。


 真冬の夜。そんな薄着姿なのに、額にはうっすらと汗をかいている。

 いつも通りの暑苦しいバドで、思わず笑みがこぼれる。


「そうだな。バドも無事のようで何よりだ」


「カミュも元気そうだなー、臭いけど」


「そうですわね、臭いですけど」


「……」


 さすがの私でも、傷つくぞ。おい。

 これから、ドラゴニアに向けての強行軍が始まるのだ。

 シャワーなど浴びれない=どんどん臭くなっていく。

 なのに、初っぱなから臭くなるとは、どんな罰ゲームだ!!


「さて、キャッキャとじゃれている暇はありませんのよ。馬がないのが痛いですが、出発します。状況は道すがら説明いたしますわ」


「という事だ、カミュ行くぞー。と、その前によいしょー」


 軟禁された時につけられた、魔力封印の腕輪と首飾りをバドが力任せに外してくれた。

 さすがはバド。馬鹿力だ。

 並大抵の力では壊れないはずなのだが、バドにとっては朝飯前だったらしい。


「すまない、バド。助かった」


 つけられていても何ら不便はなかったとはいえ、気分がいいものでもない。


「気にする事ないぞー。よし、準備万端。行くぞー」


 バドが大きな荷物を背負っている。

 もしかして、私達3人分の荷物を背負っているのか?

 重さを感じさせず、誰よりも早くヒョイヒョイと歩いている。


「カミュも疲れたら、抱っこしてやるからなー。遠慮せず言うんだぞー」


「いらんわ!」


 汗っかきなムキムキバドに抱っこされて運ばれるなら、自分で歩くわ!

 私はそんなに軟弱者ではないし、妙な性癖も持っておらん。


 そう高らかに宣言した5分後。

 私は雪で隠れた木の根に盛大につまずいて、足首を痛め、バドに抱っこして運ばれるはめになったのだった。


「カミュは、小さくて軽くて持ちやすいなー」


「やかましいわ!!」



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