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12 軟禁4~脱出、逃走

 


『そう言えば、君の軟禁場所が変わったのは何でだ?』


『え? 嘔吐? 掃除に失敗した?』


『ぶはっ! それで急遽部屋が変わったのか。それはいいな、君は色々と持っている』



 何がだろうか。前の部屋と今の部屋に、何か違いがあるのだろうか?

 強いて言えば、こちらの方が少し豪華というくらいだ。

 後は……城の正面側ではなく、裏側に位置している。


 大人しく待機しておけと言われ、2日。

 私が軟禁されてから7日。

 何も変わりはない。


 隷属契約の事や、契約した時の事を思い出そうとしているくらいだ。

 あれから殿下が訪ねてくる事もない。

 影の中のバハムートからも、何の返事もない。



 夜が明けきらぬ彼誰時。

 ノックの音で眠りを妨げられた私は、イライラしながら扉を開けた。

 さっさと応対してまた寝直そうと思った。

 だが、扉の外にいる者を見た瞬間、私の眠気は吹っ飛んだ。


「ルーシェ……?」


 扉の外にいたのは、紛れもない私の異母弟(おとうと)ルーシェだった。

 宮廷召喚師の制服の上に厚手のマントを羽織っている。

 その様相はまさに、遠方への旅装ではないのか?


「こんな時間帯に申し訳ありません、義兄(にい)さん」


「ルーシェ、お前まさか……」


「はい。ドラゴニアへ向かう軍に編制されました。宮廷召喚師として、戦争へ向かいます」


 鈍器で頭を思いっきり殴られたような衝撃。

 ついに、ドラゴニアへの進軍が始まる。その衝撃も大きい。

 だが、それ以上に。


「まだ14歳のお前が、戦場に向かうのか……!?」


「僕とイフリートが主戦力になります。引っ込んでいるわけにはいきません」


 それは解る。強大な力を持つイフリートと専属契約を結んでいるんだ。後方に下がらせておくわけない。

 皇帝陛下は容赦はせず、一気に焼き付くすつもりだ。

 確かに、私はルーシェが気にくわない。

 嫉妬と劣等感に(さいな)まれる。

 だが、傷つき死んでほしいわけではない!


「……義兄さん。義兄さんが苦しむ必要はないんです。貴方に戦いや戦場は向いていない。僕に任せて、ここで待っていてください。決して、悪いようにはしませんから」


「待て、ルーシェ……!」


 ルーシェは答えずに、まだ明けきらぬ暗い廊下に消えていった。



 その数時間後。

 ドラゴニアとの戦争に向けて、軍が出発した。

 兵士を送り出すファンファーレや街の人の歓声が、離れた私の軟禁部屋まで聞こえた。

 焦燥感にかられる。殿下はまだなのか。間に合わなくなる。

 まだ14歳のルーシェまで向かうとは思ってもいなかった。


 他国ではどうか解らないが、アイミュラーでは14歳はまだ子どもだ。

 研究所に所属することは許可されているが、軍に所属したり戦場に立つ事は法律で禁止されている。

 どんな屁理屈をこねているかは解らないが、こんな堂々と違法な事をするとは。

 皇帝陛下も父上も、何を考えているんだ。

 自分達の目的の為ならば、法治国家という概念さえ覆すとは。


 トップならば、守らなくてはならない事があるはずだ。


 えぇーい!ムシャクシャする!


 それから、昼になっても、夕方になっても、殿下から何の行動もない。

 アイミュラーとドラゴニアは、国をいくつかはさみそれなりの距離はある。

 軍は人数がいる為、進軍速度も遅いだろう。

 だが、追い付けなくなるではないか!


 途中での糧食を確保するために、略奪も行うだろう。

 いや、イフリートが専属契約でいると解れば、こちらに降伏し寝返るか?


 夕飯を食べ終わった後、またもやノックされた。

 遂に殿下が!?と期待したが、訪問客の姿を見、私は凍りついた。

 赤茶色の髪をまとめ、お気に入りだという緑系の簡素なドレスに身を包んだ婦人。

 そこにいるのは、まさしく私の実母。

 シア=バルモルト、その人だった。


 何故、今頃この人が?

 私に文句を言いに来たとしか、考えられない。

 情けなく緊張し、指先が冷え、震える。

 カツリ、とヒールと衣擦れの音をさせながら、1歩私に近づく。

 ビクリ、と震える私を見て、そこで近づくのを止めた。


「?」


 いつもと、違う?

 いつもなら、こちらの体調や都合などお構いなしに文句をまくし立てるというのに。

 そういえば、どことなく雰囲気が柔らかい。

 眉間の皺も今日は……


「怯え、警戒しなくても何もしません。今日は頼まれてきたのですよ」


「頼まれ……て」


 父上がそんな事するわけがない。

 という事は。


「ク……!」


 名前を口にしようとし、慌てて閉じる。


「ええ、口にしてはなりません」


 ……少し、痩せた?

 疲れているようで、目にも隈がある。


「あまり、時間がありません」


 母上が小脇に抱えた厚手のマントの隙間から、何かが勢いよく飛び出してくる。


『ふわぁー! 狭かった!』


「ユース!?」


 それは、掌サイズの小さな妖精。

 父上の優先召喚獣の1体、フェアリーのユースだった。


「何故ユースまで?」


『話は後!』


「さあ、これを羽織るのです。後、これも。多少の路銀にはなるでしょう」


 母上が小脇に抱えた厚手のマントを私に羽織らせ、手にいくつかの装飾品を握らせる。


「後、護身用にこれも持っていきなさい」


 短剣?

 柄のところの刻印、これは母上の実家のものでは。


「魔力が込められた蒼玉の短剣です。今は召喚が使えないのです。運動音痴とはいえ持っておきなさい。何かの役にはたつでしょう」


 ガンガンガン!と、乱暴に扉を叩く音がする。

 それに加え、ガチャガチャという、金属同士がぶつかる音。


『シア、来たわよ!』


「さすがに早いですね」


 母上は手早く、本棚の本を出したり戻したりを繰り返す。

 それが鍵になっていたのか、本棚が動き裏に階段が出てきた。

 ここに軟禁されてから本にはお世話になっていたが、全くもって気がつかなかった。


「さあ、行きなさい」


「行けと言われても……!」


 状況が目まぐるしく変わり、私の思考能力はパンク寸前だ。


「話している時間はないのです。道すがらユースに事情をお聞きなさい。頼みましたよ、ユース」


『任せて、シア』


 ユースに、ぐいぐいと階段に向かって押される。


「ま、待て! 母上はどうするのですか!?」


「階段を塞がねばなりません。大丈夫、殺されはしないでしょう」


 あの皇帝陛下と父上が、そんな慈悲をかけるわけがない!

 皇帝陛下は実の娘を殺せと言い、父上は母上と離縁するとまで言ったのだ。


「カミュ、私は駄目な母親でしたね。罪滅ぼし……というわけでもありませんが、最後くらいはちゃんと務めを果たさなくては。子を守るのは、親の役目です」


 母……上?

 あの母上が、そんな優しい言葉。


「っ!!」


 優しい、温かい思い出などないはずだ。

 それなのに、一気に頭の中に思い浮かんでくる。


「カミュの髪は、私と同じ色ですね」「カミュ、お魚が食べられるようになったの?」「カミュさん、ちゃんと寝ているのですか?」


 教育が始まる前の、母上の優しい笑顔。

 私が根をつめるようになってからの、心配の言葉。


「どうして、私はあんなに苛立っていたのでしょう。憑き物が落ちたように清々しい気分なのです。カミュさん、あの女。アリーチェには気を付けなさい」


 アリーチェ。

 ルーシェの母親で、父上の愛人。


「ルーシェさんは良い子のようですが、あの女は毒婦です」


 母上が膝をおり、私の影に優しく触れる。


「……バハムート殿、息子をよろしくお願いします」


 ザスッ!と、扉に剣が突き立てられる。

 強行突破するつもりだ。


「お行きなさい!」


 暗い通路に押し込められ、母上が本棚を動かし入り口を閉じる。


「母上! 母上!?」


 閉じられた入り口。

 壁を叩いても、向こうの音は何も聞こえない。


『カミュ坊! 走りなさい!』


「母上を置いては行けぬ!」


 ピシャリ、と小さな手で頬をはたかれる。


『シアが何のために残ったと思ってるの! あんたは、ここから脱出してドラゴニアへ向かわなきゃ行けないの! あんたが捕まったら、一巻の終わりなのよ!』


 ……そうだ、やらなければいけない事がある。


『シアは大丈夫よ! クリストファー殿下が庇ってくださる!』


 皇帝陛下を暗殺し、クリストファー殿下が皇位に就けば父上は失脚する。

 母上の今後を思うならば、私は走らねばならない。


「すまなかった、行くぞユース!」


『もちろんよ!』


 真っ暗な通路で、ユースの仄かな輝きを頼りに懸命に足を動かす。

 階段をかけおり、曲がり角をまがり、通路を直進する。


 自分の体力のなさが恨めしい。

 すぐに、息があがってしまう。


『走れなくても止まらない! 早歩きよ!』


「わか……てる」


 聞いておかねばならない事がある。


「ユース、ユースは何故力を貸してくれるのだ? 父上とは随分長い付き合いで、優先契約まで結んでいる仲だというのに」


『……長い付き合いだからよ。アルは変わっちゃったわ。今のアルは、私が認めたアルじゃない。だから、元に戻るまで、とことん邪魔してやるわ』


 怒りと悲しみが混じりつつも、決意を感じさせる声音。

 ユースは、小さな身体にこんな強さを秘めている。



『えっと、これね!』


 突き当たりにたどり着き、ユースが隠されたボタンを押すと、ズズと音をたてながら岩が動き、出口がつくられた。


 とっぷりと陽がくれているが、月が出ている為、明かりは十分だ。

 周囲を見回し位置を確認すると、皇宮の裏手にある皇族や貴族の墓地の一角だった。


『皇族や貴族が逃げ延びる時用の隠し通路よ。カミュ坊が最初に軟禁されていた部屋にはなかったんだけど、あの部屋にはちょうどあったのよね』


 ああ。だから殿下は、私が色々持っていると仰ったのか。

 役にたったのなら、私も苦労して掃除をした甲斐があったというものだ。


「ユース、ここから私はどうすれば……」


『大丈夫よ! 付き添いがいるから』


 付き添い?ローゼリアやバドだろうか?


 すると、何もない雪原の空気が揺らぎ、そこから1頭の白馬が現れる。

 あの白馬……いや、()()()()は……


「カルト……」


 私が優先契約をかわしていた召喚獣の1頭。

 ペガサスのカルトパジアだった。


 竜王山で優先契約の解除をしたのが最後だ。

 最後までカルトの目を見ることがどうしてもできず、何も教えず。

 支え続けてくれたカルトと、苦い別れをかわした。


 それなのに、何故この場にカルトが……

 契約を交わしていないのだから、私を助ける理由は何もないというのに。


「なのに、どうして……あだっ!」


 ユースに、勢いよくスパーン!と頭をはたかれる。


「痛いではないか、ユース! 何をするのだ!」


『長年付き添った召喚獣の気持ちも何もわからないニブチンだから、あんたはいつまでたってもカミュ坊なのよ! 私達召喚獣が契約主に寄り添いつき従う理由が、甘露の魔力だけだと思ってんの!?』


 え、他に何が?


『契約主自身を気に入ってるからに決まってんでしょ! 助けたい! 側にいたい! 召喚獣だって、契約主や人間に好意を抱くことだってあるの! 友人だ、って家族だって思うの!』


 友人……

 その単語が、やけに胸に響く。

 私とカルトは友人だった……のか?


 契約をしているからではない。

 私自身を、カルトは見ていてくれた?


 心が温かくなり、勇気付けられ、うつ向いていた顔をあげカルトを見つめる。

 その瞳は、まっすぐに私を見ていた。


『さあ、早くカルトに乗って! 追っ手が来るわよ!』


「いや! そう言われてもどこに行けばいいのだ!?」


『カルトが知ってる! カミュ坊は、ただしがみついてればいいの!』


「ぶおっ!」


 ユースが巻き起こしたつむじ風で、無理矢理カルトの上に運ばれる。


『シアは私も加勢に向かうから安心しなさい! あんたはあんたのやるべき事を!』


「ありがとう、ユース。母上の事は頼んだ!」


『任せなさい! 次に会う時まで成長してるのよ! カミュ坊じゃなくなるくらいにね!』


 ユースのかけ声を皮切りに、カルトが大空へと向かって飛翔する。


『飛行速度でペガサスに敵う名無しはいない! 行きなさい!』


 急上昇するカルト。

 ユースが見えなくなり、月が近くなる。

 夜空に輝く、糸のように細い三日月。


 そのか細い光が、私とカルトの道行きを淡く照らしていた。



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