10 軟禁2~意外な訪問者
軟禁されてから3日。
私は何不自由なく暮らしている。
食事も飲み物も提供され、シャワーも毎日浴びられる。
シーツや枕カバーも毎日交換してくれる。
読みたい本や欲しいものがあれば、調達してきてくれる。
私は『素人でもこれで完璧! 掃除のテクニック100選☆』を熟読していた。
お酢と重曹は素晴らしい。
ルーシェが当主になり、追放されたら私も一般庶民だ。
掃除の仕方とテクニックは身につけておかねばならない。
何、ゆっくりくつろぎすぎだと?
私とて、ずっとくつろいでいたわけではない。
最初はローゼリアやバドの居場所や安否、ドラゴニアとの戦争の進展具合を何とか聞き出そうとした。
だが、必要な物は差し入れてくれるが、その手の情報は一切教えてくれない。
むしろ、会話してくれない。
面会すら禁止されているのか、誰も私に会いに来ない。
……いや、禁止されていなかったとしても、私に面会を申し込む知人友人など、ローゼリアとバド以外にはいないのだが。
修行と勉強に全力を注いでいた私は、友人をつくろうとしなかった。
ようするにボッチだ。
ルーシェは、よくクラスメイト達と学院で仲良く話しているのを見かけたな。
友人の数でも負けている……
面会や情報収集が無理ならばと、脱出も試みてみた。
が、扉の外には必ず複数の兵士が見張っている。
召喚もできず、武芸の心得がない私ではフルボッコにされるのがオチだ。
窓。
鉄格子などははまっていないが、近くに高い木などない上に、何階建てですか?と聞きたくなるほどにバカ高い。
雨どいをつたって隣の部屋に?
私にできるわけがなかろう。
転落死するのがオチだ。
バハムートとの対話も試みた。
だが、どれだけ罵倒しても褒め称えても、猫なで声で懇願しても、うんともすんとも言わない。
この部屋には魔力封印の術式がかけられているから、そのせいなのだろうか。
私となんらコミュニケーションを取れていないとはいえ、バハムートは警戒し対処しなくてはいけない存在だ。
やらないよりはましだろう。という事で、一応やってみたらしい。
私も、魔力封印の腕輪と首飾りをつけられている。
術者がとくか、力任せに壊すしかない。
が、私にそんな腕力があるわけない。
壊せたとしても、バハムートと専属契約をし他の召喚獣を呼び出せないのだから壊しても無意味だな。
考えてはみたが、眉間に皺をよせただけで、あの濃密な魔力だ。
どんな優秀な術者が、魔力封印の術式をしたとしても、到底バハムートの魔力を封じられるとは思わない。
やはり……
「私が、単純に無視されているというだけだろう」
ムカつく。
それは、かなりムカつく。
腹いせに、影を踵でグリグリ踏んでおいた。
ゲシゲシと蹴りつけながら、考える。
皇帝陛下や父上、ローゼリアが言っていたバハムートの契約解除の事だ。
優先契約や専属契約は奴隷契約ではない。
良き隣人、対等な立場での契約だ。
どちらかが契約を解除したいと思えば、相手側が拒否しても契約解除は可能なのだ。
これが、バハムートと結んでいる契約は専属契約ではない。と私が確信した条項だ。
まだ誰にも伝えていないが、私は幾度となく契約を解除しようとした。
だが、失敗する筈のない契約解除は何度も失敗している。
この事をローゼリアとバドに伝えようとした瞬間、兵士が押し入り、私達は捕縛されてしまった。
全く、何というタイミングで押し入ってくるのか。
私一人では解らないが、外からの情報を得る事のできる2人であれば、私が知らない契約方法を知っていたかもしれぬというのに。
前までは半信半疑だったが、優先と専属以外に契約方法があると、私は確信している。
ローゼリアは、この国は不都合な事実は隠す嘘にまみれた国だと言っていた。
ならば、あえて他の契約方法を隠していても不思議ではない。
自力で出る事はできない。
だからこそ、どんな契約かを知りたいというのに。
そうすれば、少しは突破口が見えるかもしれない。
ドラゴニアに遠征するのならば、糧食の準備やらなんやらでもう少しは時間がかかるはず。
出発する時は、軟禁されていても解る大規模な出陣式になるだろう。
まだ歓声も何も聞こえてはこない。
まだ、まだ大丈夫なはずだ……
軟禁されて5日。
私はとても焦っていた。
誰も面会に来ないし、ローゼリアやバドの情報も手に入らない。
このままではドラゴニアとの戦争が始まってしまう。
元々、皇帝陛下が戦争の準備をしていたとはいえ、きっかけを作ったのは私だ。
私のせいで争いが始まり、多くの犠牲者が出てしまう。
これを自分のせいではない、と思える私ではない。
子どもが嘆き悲しんではいけないのだ。
親の愛に包まれ、笑顔でいなくてはならない。
バハムートの力さえあれば……!
こんな軟禁場所簡単に抜け出して、ドラゴニアへと向かえるのに。
「ど! う! し! て! 私に力を貸してくれぬのだ! 自分の住んだ地が、聖女エルマの故郷が戦禍にまみれても、お前は平気なのか!? エルマの血縁者もいるのではないのか!?」
聖女エルマが結婚して子孫を残したという記述はない。
だが、兄弟姉妹がいる可能性もある。
私は影を、握りこぶしで力一杯叩きまくる。
だが、バハムートは何も答えない。
いつもこうだ。
焦りと悲壮感から、どんどん感情が引っ張られる。
そうして、私は思い付いてしまった。
「私が死んだら、契約はどうなる……?」
通常の契約であれば、どちらかが死亡した場合、自動的に契約は解除される。
バハムートとの間に交わされた契約が何かは解らない。
だが、契約者が死ねば契約を続ける事はできない。
バハムートが住み着いているのは、私の影なのだ。
私が死ねば、魔力は供給されない。
引きこもりもできなくなる。
そうすれば、バハムートも元の住みかに帰るのでは?
そうすれば、アイミュラーはドラゴニアに侵攻できなくなるのでは?
いや、ダメだ。
私が死んで侵攻できなくなっては、ローゼリアとバドが……
しかし、契約者である私が死ななくては、もっと大勢の人が……
それでも……それでも……
ずっと私を心配し、気にかけてくれた。
あの二人は私の心の支えだった。
あの二人がいなければ、私はもっと早くに潰れていた。
そんな二人を……見捨てられるわけがない。
ポタポタと涙がこぼれる。
泣くまいと、決めたのに……
あの頃のように、自分の無力感に打ちひしがれる。
私は変わった。変われたと思った。
何もできぬ、無力な子どもではないと。
だが、今の私はどうだ。
契約した召喚獣とも会話ができず、良くしてくれた友人達を救う事もできず、何の罪もない者達を戦禍に巻き込んでしまう。
「無力どころか、いい厄介者ではないか……」
グニョグニョグニョ。
「………………ん?」
今、影が動いたような……
ツンツン、ツンツン。
指でつついてみるが……
「動かない……気のせいなのか?」
いや、気のせいなどではなかった。
目にたまった涙を拭い、もう一度バハムートとの対話に挑戦しようとする。
が……
コンコンと扉がノックされる。
だあぁぁぁ!何なのだ!
まだ昼の11時だ!食事には早すぎるぞ!
「面会だ」
……何?この私に面会?
人のやる気に満ちた挑戦を邪魔してくれおって!
とイラついていたが、前言撤回だ。
初めての面会人。
何か、情報が手に入るかもしれない。
私は訪問者を招き入れた。
「失礼するよ」
………………意外すぎる訪問者だった。
訪問者は、クリストファー=フラン=アイミュラー 20歳。
ローゼリアの実兄で、アイミュラーの第1皇子。
第1皇位継承者の、次期皇帝陛下だ。
召喚師の勉強をすっぽかし、「私は研究者の方が好みだ」と、半ば強引に14歳の頃から他国に留学していた。
いつの間に帰国していたのか。
「つい数日前にね。ずっと勉強研究していたかったけど、皇位を継ぐ勉強があるからそうもいかない」
肩をすくめる次期皇帝。
何故、今この方が私を訪ねてくるのだ?
クリストファー様が留学する前は、晩餐会やらなんやらで会った時は挨拶などで言葉を交わした事はある。
だが、それだけだ。
困惑しつつ、警戒する。
この方は、私にとって敵なのか、味方なのか……
関わりがなかったから、どういう人物なのかが今一よく解らない。
いや、待て!
この方は、ずっと他国に研究の為に留学していたのだ。
それならば、優先専属以外の契約方法を知っている可能性が高い。
敵だとしても、私は既に手も足も出ない状況に追い込まれている。
これ以上、悪くなりようもない。…………と思う。
「とりあえず立ち話もなんですから、奥にどうぞ」
気遣いをしつつ距離をとる。
その際、扉の外にいる兵士に飲み物を頼む事も忘れない。
一応、この部屋にも茶器はある。
湯はないが。
まあ、あったとしても私では割るのがオチだ。
父上の請求金額が増えるのはどうでもいいが、メイドの仕事を増やしたら申し訳ない。
一度やらかしてしまっている私は、慎重なのだ。
メイドがお茶を出して去るまで、二人とも無言。
事情を知らぬ者の前で、話はできない。
だが、とても居づらい……
向こうは気にしてないようで、至って普通の顔で紅茶を飲んでいる。
メイドが退出した瞬間、カチャリと茶器を置き、「さて」と言葉を発する。
至って普通の行動だ。
なのに、なぜだか私はビクリと身体を震わせる。
気圧される。
和やかな表情、穏やかな声音、優雅で気品ある態度。
相手を威圧するような事は、一切していない。
それでなお、溢れるこの威圧感。
これが、上に立つ者が持つ威光なのだろうか。
「まずは、この国の皇子として、君を不当に拘束した事を謝罪する。誠に申し訳ない」
……は?
「皇帝陛下がした事は、法治国家のトップとして決してしてはいけない事だ。皇子として、知らなかった。ではすまされない。誠に申し訳ない」
次期皇帝陛下が、私に謝罪を……?
あの、傲慢不遜な皇帝陛下の息子が……?
私は混乱する。
何を言われるか身構えていたのに、謝罪?
味方なのだろうか。
少しだけ、警戒心をとく。
「だが、申し訳ない事に、私の力では君をここから出す事はできない」
だろうな。
「その代わり、ローゼリアと君の友人のマルタン君の安全は、私が保証する」
ローゼリアとバドの安全が保証されるのはありがたい。
一つ、懸念事項が減った。
「そして、ここからが本題だ」
っ!
空気がかわる。
今までの穏やかな表情から、引き締めた顔に。
捕食されるような危機感を覚える。
「君はバハムートと専属契約をしているらしいね。その契約を、今すぐに解除してほしい」





