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1 エリートからの転落



 この世界は、召喚獣で溢れている。


 人と召喚獣は友好関係を保ち、契約と誓約によって、人は召喚獣の力を借りてきた。


 召喚獣の力を引き出す事のできる召喚師は重宝し、国によって保護され育成されてきた。


 この世界は、召喚師と召喚獣が発展させてきたのだ。




 私、カミュ=バルモルト♂(18)は、エリートだ。


 世界の中央に位置し、どこの国よりも豊かで、どこの国よりも召喚師教育や保護が充実している国。

 アイミュラー皇国の名家、バルモルト家に生まれた。


 バルモルト家は国に仕える宮廷召喚師を多数輩出した名家で、政事や軍事にも深く関わっている。


 名家の出というだけではなく、才能にも恵まれ、その才能におごることなく、努力と修練も重ねてきた。

 その結果、召喚師を養成する学園では常に首席。

 史上最年少の筆頭宮廷召喚師も夢ではないと言われてきた。


 そう、言われてきたのだ。


 名家に生まれ、才能に恵まれ、容姿に恵まれ、エリート街道を突き進んできた。

 宮廷召喚師になり、いずれは筆頭になり、このままエリート街道を突き進むつもりだった。


 それなのに……!!!


「聞いているのか、こら! いつまで惰眠を貪っている! 起きろ! 起きるのだ! このクソ(けもの)!!」


 私は自分の影を勢いよく踏みつけながら、わめき散らす。


「ハアハア。時間がないと言うのに……!」


 部屋の中だから良いが、外でやったら確実に怪しい男だ。

 即刻警備隊に捕まるだろう。

 冷静でエリートな私だ。もちろん、普段ならこんな事はしない。

 だが、冷静でエリートな私をこんな行動に走らせてしまう原因が、私の影の中にいるのだ。


 私は今屋内にいる。

 そして昼間だ。

 太陽はまだ、燦々と輝いている。


 なのに、私の足元には影がくっきりと浮き出ている。

 それは何故なのか。

 その理由は、10日ほど前に遡る……




 この世界に召喚獣は多数存在する。

 だが、その召喚獣にも種類があるのだ。


 ざっくり言えば、世界中に何体も存在する名無し召喚獣。

 ケルピーやホビット等がこれにあたる。

 そして、世界にただ1体しか存在しない名あり召喚獣。

 シヴァやイフリート等がこれにあたる。


 私は、名あり召喚獣と専属契約を結ぶために、旅をしていたのだ。


 専属契約とは、いくつかある契約の中の一つ。

 ざっくり言うと、互いが互いにしか力を貸さない。という独占契約だ。

 召喚師は専属契約を結んだ召喚獣の力しか使わないし、召喚獣は専属契約を結んだ召喚師にしか力を貸さない。

 専属契約を結ぶと、互いが互いに縛られるので、専属契約は基本名ありとしか結ばない。

 力が弱い名無しと結んでも、利が少ないからだ。


 そして、専属契約を結んだ召喚師と召喚獣は、基本常に側にいる。

 離れたところにいればいるだけ、呼び出す時に消費する魔力が増大するからだ。

 だが、それは建前で、他にも理由があるのではと言われている。


 名ありの召喚獣は契約を中々結ばない。

 契約したら召喚獣にもメリットがあるが、名ありほど力のある召喚獣はそのメリットもそこまで重要なものではないらしい。


 召喚獣側のメリットは、ずばりを言うと人間の魔力だ。

 相性がいい召喚師の魔力は、召喚獣にとっては甘露水のようにとても美味なものらしい。

 名ありが専属契約を結ぶ理由。

 一説には、専属契約を結ぶほど気に入った召喚師の側から離れるのが嫌だから。とも言われている。


 専属契約を結んだ召喚獣は、大体は力のある魔石や宝石、武器なんかに住み着く。

 何に住み着くかは、召喚獣の好みで決まる。

 何を思ったか枕が気に入り、召喚獣が住み着いた枕をいつも持ち歩いていたという召喚師の話もある。


 専属の他には、優先契約がある。

 名無しと結ばれるのは、大体これだ。

 街中で働いている召喚獣も多々いるが、大抵はこの契約で働いている。

 常に側にいなくても良く、何体とでも結べるのが、優先契約の良いところだろう。



 まあ、とにかく、私はその名ありと専属契約を結ぼうとした。


 私が目指したのは、召喚獣の中でも最強と名高い竜王バハムート。

 召喚師と召喚獣の歴史が始まってから、バハムートが専属契約を結んだという話は、1件しかない。


 これは他の名ありと比べても、かなり少ない数だった。

 あのリヴァイアサンでさえ、3件はあったのだから。


 バハムートと専属契約を結べれば、最年少筆頭宮廷召喚師は確実だ。

 何より、最強という響きがいい。

 エリートで優雅で冷静な私に、とても相応しい召喚獣だ。


 だから、私は旅に出たのだ。

 国を越え、野を越え、森を越え、荒野を越え、私はバハムートが住むと言われる竜王山に辿り着いた。


 竜王山はまさにドラゴンの巣であった。

 大小様々なドラゴンがすみつき、とても濃い魔力が渦巻いていた。

 常人であれば、濃すぎる魔力にあてられ倒れていただろう。

 私も倒れはしなかったが、とても大変だった。

 濃すぎる魔力に胸焼けし、吐き気が込み上げた。


 私は4日かけて、竜王バハムートが住むという山頂に辿り着いたのだ。



 そして、そこから私の記憶は失われている。


 気づいた時には、私は竜王山から一番近い麓の村……(とは言っても人間の足で3日くらい離れた場所だが)の宿屋のベッドで寝ていた。

 契約に失敗したのかと一瞬落ち込んだが、すぐに違和感に気がついた。


 私の中の魔力が極端に減っていたのだ。

 それこそ、凡人レベルまでに。

 しかも、私が身に付けていた魔石や宝石が全て力を失い砕け散っていた。

 これは後で父親に怒られた。

 貴重で高価な魔石も含まれていたからだ。


 そして、肉体も極度に疲労していた。

 私がベッドから立ち上がる事ができたのは、それから3日後の事だった。


 その頃には、更なる異常に気がついた。

 いくら寝て食べても、一向に魔力が回復しないのだ。

 魔力は休息を取れば回復する。

 しかし、3日休んでいたというのに、私の魔力は凡人レベルから1mmも回復していなかった。

 そして、部屋の中にいるというのに、くっきりと私の影が見えているのだ。


 自分の身に何が起こったか解らなかったが、異常だという事だけは解った。

 急いで皇国に戻って検査をしようと、私は帰国の途についた。



 その道すがら、私は色々異様な体験をした。

 座っているだけで、急に魔力がガクッとなくなる。

 頭の中でむにゃむにゃというような声が聞こえる。

 時々、周囲の人間にも聞こえている。

 むにゃむにゃだけではなく、グガーというような寝息も聞こえる。

 影は薄れる事もなく、常時見えていた。


 私はどうなってしまったのか。

 自身に起こる現象に、恐怖で震えた。


 そして、やっと自宅に辿り着いたと思った瞬間、『ふぁぁぁー、よく寝た』という、呑気な声が聞こえてきたのだ。


 周囲を見回しても何も見えない。


『あー、寝過ぎたわー。体バッキバキだわー』


 !!?!!?!!?

 声は、私の頭の中で響いていた。


『あー、どんくらいの時間たったんだ? 少しは修復できてるかなー』


 バリボリと髪の毛をかくような音も聞こえる。


『あー、もしもーし。もしもーし。聞こえてるかー?』


 その声は、私に話しかけてきたのか?


 男。そう、男の声だ。

 高いような低いような。

 幼いような老練のような、不思議な声。


 だが、何故か察する事ができる。

 この声の持ち主は男だと。


 しゃべり方は軽く、いたって軽薄だが。


『おっかしーなー。久しぶりすぎて、パスの繋げ方間違ったか? えっとー』


 ゴソゴソと何かをいじくるような音も聞こえる。

 同時に、ゴンゴンと何かを叩く音も。


『うぉ! 間違ってたわ! 常時マイクONになってたわ。うわー、これ俺の寝言とか寝息とか聞こえてたんじゃねーの!? うっわ!最悪ー!』


「……」


『えーと、ここをこうして、こっちは切り離して……こっちと繋げて……』


 しばらく、何かをゴソゴソといじる音と何かを作業してるような音が続く。


『いよっし! これでOK。さて、いくか。えー、テステス、テステス。聞こえるか? こちらバハムート。こちらバハムート』


 聞こえてきた単語に耳を疑う。


「バハムートだと!?」


『なんだ、聞こえてるんじゃねーか。聞こえてるんなら、返事してくれよな』


「その前にどういう事だ! お主はバハムートなのか!?」


 無視して疑問を投げ掛ければ、ムッとした声が返ってくる。


『お前は、自分が契約した召喚獣も覚えてないのか?』


「覚えていない! 私の記憶は山頂に辿り着いたところで途絶えている!」


『あ~、修復時の作業で吹っ飛んだか? 覚えているのも面倒だし平伏されるのも面倒だし、まあいいや』


 おい、何だ。今の物騒な単語は。

 修復時の作業?何を修復した、おい。


『……まあ、いい。記憶がなくなってても影響少ないだろ。そのうち、思い出すかもしれないしな』


 よくねーんだよ。

 説明しろや、おい。


『詳しい事は省くが、俺……じゃなかった。我は偉大なる召喚獣、竜王バハムート。お前の……じゃない。お主の専属召喚獣だ』


 専属召喚獣だと?

 契約した時の記憶もなければ、魔力も乏しくなっているが、契約できたのなら小さき事。


 ハハハハハハ!

 流石は私!

 流石はエリート!


「よく解らないが、契約できたのだな。よろしく頼む、バハムート。私はカミュ。カミュ=バルモルトだ」


 頭の中では、既に筆頭宮廷召喚師になった時の挨拶や、開かれる祝宴でのスピーチ等を考えていた。


 これで、バルモルト家に相応しい者として胸をはれる。

 エリート街道を爆進し、バルモルト家とアイミュラー皇国は更に繁栄すると、期待に胸をはやらせていた。


 だが、私がルンルンだったのは、この時までだった。

 私は既に、エリートでもなんでもなくなっていたのだ。


 自室に戻り、バハムートに質問を繰り返した私は、絶望に叩き落とされる事になったのだ。



 まず、バハムートは私の影の中に住み着いていた。

 記憶を失っている私には理由は解らないが、私が持っていた魔石や宝石が全て砕け散っていた為、住み着く場所がなかったらしい。


 そして影の中に住み着いたバハムートは、私の魔力を利用し、影の中を自分の居心地がいいように作り替えているらしい。

 時々、魔力がガクッと下がるのはこのせいだ。


 常時凡人レベルまでに魔力が落ち込んでいるのは、力のある魔石や宝石でも何でもなく、貧弱な人間の身体に召喚獣が住み着くのは負担が大きすぎる。

 肉体を守る為に、私の魔力は常にフル稼働しているらしい。


 これは、まだ小さな事だ。

 凡人レベルまで落ち込んでも、時々魔力がガクッと下がったとしても、バハムートが力を貸してくれるのなら問題ない。


 だが、あのクソドラゴンは……!!


『あー、こんなもんで説明は終わりか? じゃ、俺は寝るから。後、契約は結んだが、俺は基本外に出る気ないから。お前の影の中で悠々自適に暮らすから。』


「は?」


『いやー、動くのも働くのも疲れるじゃん? 俺、動かないで日々寝て暮らしたいんだよね。山では他の竜達に世話してもらってたけどさ、崇め奉られるのも疲れるんだよ。で、いい寄生先がないかなー? って探してたところに、丁度お前が来たわけ』


「なに?」


『いやー、タイミング良かったわー。じゃ、俺また寝るから。オヤスミー』


「ちょっと待て!!」


 ブツッと音声を切ったような音が聞こえ、何の声も音もしなくなる。

 私は、くっきり浮き出た影を見つめ、一人呆然としていた。


「何なんだ、今のは」



 こうして、私のバハムートに寄生される生活は幕をあけたのだった。



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