Secondo magic 形あるモノ 3
3
天山さんの一件以来、五味さんからの催促がウザイ。
「カニが冷凍室からなくなりそうなのよ。依頼はきてない?」
学校に登校してくることは健全ではあるが、わざわざ休み時間に僕の教室まで訪ねてきて、自宅のカニの蓄えを心配されるのは不健全だと思う。
「なんとか依頼人を探してみますから、もう来ないでください」
僕としてはかなり強烈に突き放す言い方をした。クラスメイトの視線が気になるし、五味さんがキレないとわかっているからだ。彼女はカニのためならなんでもする女だ。
「お願いよ」チャイムが鳴った去り際に、捨てられた子猫のような顔をする五味さんはいたたまれない。元気がないのはさすがにこちらとしても困るし、自分に責任があるみたいな気がしてくる。
「面倒だからカニ送ってやれよ。少しなら援助してあげてもいいぞ」
影野君から有り難いお言葉をいただく。
「彼女を甘えさせては駄目だ」
「そういう問題なのか」
「飢え死にするなら問題だが、ちゃんとご飯は普通に食べられているんだから」
「そうなのか?」
「両親から毎月お小遣いで十五万円もらっているらしい」
「本当か?そんなこといつ聞いたんだ?」
「前回の天山さんのときの帰りのときに」
「ほぉ~」
「なんとなく話の流れで聞いただけだよ」
嘘ではない。カニばかり食べているのかと聞いたら、光熱費などは両親が引き落としで払ってくれている以外に月々自由にできるお金が十五万円らしく、節約しなくても毛ガニは買えるはずである。しかしながらゴミ屋敷の姿から想像すると、お金の使い方はいい加減なのだろう。
「年上が好みなのか?」影野君が真面目な顔をして尋ねてくる。
「どちらかといえば、年下のほうが好み」
無理やり結び付けられるのは抵抗感があるので、瞬発的に反論した。
「ロリコンだったか」
「もうロリコンでもなんでもいいよ」
破れかぶれで答えたわけだが、かえって五味さんを意識しているんじゃないかと、自分自身を疑ってしまう。
影野君は茶化す加減を心得ているのでまだいいが、他の生徒に広まると黒板に派手なイラスト付きで書かれてしまうかもしれず、いまの二人の会話も聞かれていないか心配になる。さすがに今日はもう不幸は舞い込んでこないだろうと高を括っていると、次の休み時間になんと天山さんがやって来た。
「黒須と影野、呼んでるよ」
クラスメイトの女子が指を差した先に天山さんがいて笑みを浮かべている。
「行くのか?」と影野君。
「しょうがないよ。あることないこと大声で叫ばれる可能性もあるし」
ラブレターを読まれるという辱めを受けたのだから、なにをしでかすかわからない。あることないこと吹聴されるのはさすがにまずく、影野君も危険を察知してくれたようで、席から立ち上がってくれた。
「ねぇ、これ見て!いや見なさいよ」
天山さんは得意気にスマホの画面を見せびらかしてくる。そこには登校中の天山さん、下校中の天山さん、自宅に入ろうとする天山さん、私服で買い物をしている天山さんなど、ありとあらゆる所に出没する天山さんの画像が指をスクロールするごとに流れた。
「なんだ、これ?」影野君は訝し気に眉を寄せる。
「これは彼がSNSで投稿している私の画像集よ」
彼女が見せてきたのは実名登録でないとアカウントが作れないSNSで、ブログなどを書き込める。元彼の生活を毎日チェックしながら、にやけていたのかともうと、背筋が寒くなってくるわけだが、よく見ると違和感があった。どれも天山さんを正面から撮った写真じゃないのだ。
「これって隠し撮り?」
「そうよ。彼って恥ずかしがり屋さんだから」
天山さんは照れながら答える。
「よりが戻ったということ?」
「ま、まぁね。今日久し振りに会えるみたい」
「みたい?」断言していないので引っかかった。
「これを見て」天山さんはスマホの画面をタップして新たな画面を見せる。『彼女に突撃しまぁ~す』という点滅する文字の下に大きな赤い数字でカウントダウンが表示されていた。「あと三時間四十六分二十一秒で会えるわけよ」
「おめでとう」影野君は抑揚ない口調で、お祝いの言葉をかける。
「これって一方的に隠し撮りの画像を投稿したり、自分のSNSで強迫したり、しているんじゃ……」
元彼のSNSを見ていると一方通行のような気がするのだが、別れたのに、お互いストーカーになるって、どんだけ意思疎通が下手なんだよと思う。これもネットに依存した弊害なのかもしれない。
「ないわ。でも彼は恥ずかしがり屋さんだから」
「そうなんだ」
なんでも恥ずかしがり屋さんで片づけるのは周りが見えていない証拠だ。
「これで気分が三分の一晴れたわ」
「三分の一?」
「これから五味さんにも見せて、自慢して、残りの三分の二を解消するの」
スマホを持っている手を振って去っていく天山さんは幸せそうで、カウントダウンの時間が確実に減っていくのが見えた。
「三分の一ということは、俺達二人より五味さんのほうが罪深いようだな」
影野君が呑気な分析をする。
「僕らは彼女が嫌がることはなにもしていないからね」
「彼女達は常識人ではないな」
「天山さんの元彼のほうが重度なストーカーの可能性があるよね?」
「そうだな」
「さすがに危険だと思うけど」
「かもしれないな」
「あのカウントダウンが気になるよ」
「考え過ぎだ。何も起こらないさ」
影野君はそう言ったけど、胸騒ぎがしてくる。
「今日の放課後時間は空いてる?」
「塾がある」
「そうなんだ」
「やめとけ。そこまでする義理はないだろ?本人が幸せなら邪魔する必要はないし、深入りするのは危険だ」
影野君は正論しか言わない。
「そ、そうだね」
自分の席に戻ったけれど、悩みの種は消えず、モヤモヤしたものが残る。
余計なことはすべきじゃないと頭は理解している。そういえば今日うれしいことがひとつだけあり、席替えをして影野君の真後ろの席になったことを忘れていた。彼の背中を見ていると、心の声が聞こえてくる気がする。どう考えてもあのカウントダウンはかなり危険なニオイがする。影野君は危険度が高いから、僕を止めるためにあんな言い方をしたのではないだろうか?
僕に純粋な正義感なんてない。口に出したことと、心の中で思っていることが真逆なことになる場合もある。天使と悪魔が混在しているのだ。でも、天山さんに何か起こったりしたら、僕は一生後悔してしまうのではないだろうか?そんな重荷を背負うくらいなら、少しでも正義の味方っぽい真似ができれば納得はできる。もちろんそれは自己満足だ。
気づかれずに見張るだけなら問題ない。けれど、天山さんの家や行動パターンもわからないし……いや、いる。一人いるじゃないか。頼りになるか邪魔になるかわからない危なっかしい人物が……いる。