Secondo magic 形あるモノ 2
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コイツは誰?みたいな視線を突き刺す天山さん。
関わりたくねぇ~という態度がありありとわかる影野君。
クラスメイトの影野君です……五味さんのお客様です……お互いのことを代わりに紹介したのに、まったく効果がなかった。無理やり仲良くさせようとしたわけでもないのに、余計なことをしたような空気になってしまった。
挨拶のあとは、天気と五味家までのルート選びくらいの話しのネタがなく、無言の妙な神経戦が続いたまま五味家に到着。
五味さんが居れば男女二人ずつとなって、雰囲気がよくなるかもしれないという安易な期待をこめて玄関のドアをノック。反応なし。レバーが違和感なく下がる。相変わらずカギをかけていなくて不用心だ。
「うわっ、想像以上ね」
天山さんが家の中を覗き込む。どうやらゴミ屋敷になっていることは知っていても、クラスメイトなのに遊んだりする関係ではないようだ。
「五味さ~ん」声をかけてみる。反応なし。そうか、返事がなければこのまま帰れるかもしれない。
「入りましょう」
天山さんがフローリングの床へ土足で侵入していく。
「勝手に入るのは……」
「ここまで来て帰れないわ……臭いわねぇ」
天山さんが鼻にしわを寄せて顔を曇らせる。潔癖症の人がする表情でそれでも中に入りたいということは、早急に解決してもらいたい事案があるのだろう。
所々コンビニのレジ袋に入ったゴミが散乱してはいるが、前回より獣道の幅が若干また広くなっている気がする。掃除したのではなく、僕が二度来て自然に広がっただけで、五味さんの引きこもり的な生活習慣に進歩があったわけじゃない。通路を左に二回曲がってリビングらしい部屋を目指したのだが、その途中で変な音が聞こえてきた。
パキッ……ガリッ、パチン……一定のリズムが刻まれているような、いないような、不快な金属音が混じっている感じがするような、しないような奇妙な音。Hの右下の部屋から聞こえてくる。
パキン!とやたら大きな音で三人の足が止まった。どうする?と目で合図を送ってくる影野君。強がりなのか目線を合わせず、腕組みをしてイライラしたような表情をしている天山さん。
Hの右下の部屋の入口は和室なのか突き当りに二枚の襖がある。どうやらそこの部屋から音が聞こえてくるのは間違いなく、最後尾の天山さんが顎を振り、指示を受けた影野君が僕に肘を当てるというバトンパスがなされて、しかたなく歩を進めた。廊下が薄暗いのも恐怖心を助長し、伸ばす手がちょっと震えてしまいそうになったが、後ろの二人に悟られるのが嫌で、思い切って襖を開ける。同時に磯臭さを嗅覚がキャッチした。思い出した。北海道の長万部というところから五味家にカニを送ったことを。
「ひやっ!」天山さんが短い悲鳴を上げた。
部屋の隅で黒い影の背中が見える。猫背である。飛んでくるカニの脚の殻が山積みになっていた。右手にハサミ、左手に蟹甲殻類大腿部歩脚身取出器具を巧みに使ってムシャムシャとカニを頬張っている五味さんは狂気じみている。
「カニを……食べているのか?」
影野君が目の前の光景を理解できないのか、再確認するために尋ねてきた。
「この前の報酬に送ったけどもう届いたみたいだね」
「もしかして俺達に気づいてないのか?」
「話しかけたら殺されそうだね」
猫背の五味さんがカニの殻をまき散らしながら出している〝邪魔するな!〟オーラは尋常ではなく、しばらく静観するしかなさそうだ。
「ふぅ~堪能したわ」
満足した五味さんが天に向かって仰いだのは五分後くらい。
「こ、こんにちわ」声をかけてみた。
「あら、何か用?」腹が立つほど軽く聞き返してくる。後ろにいたのは当然知っていたはずで、だからといって黙って家に入ってきた無礼もあり、文句は言えない。
「ずいぶんダイナミックな食事風景ね」
刺々しく天山さんが言う。
「憎っくきカニを成敗していたのよ。ところで、あなた誰?」
「ちょっとあんたねぇ~」
天山さんが殴りかかる勢いで怒りを言葉に込める。
「ほんとに誰だがわからないんだけど」
「クラスメイトの天山よ!」
「あ?!あぁ~」
曖昧な相槌を打つ五味さんは、たぶん探り探りで記憶を手繰っていると思われる。
「まぁいいわ。時々しか学校に来ない人に名前を憶えられても意味ないし」
これから失くしたモノを探してもらうのに、天山さんは開き直った。
「そうね、でも家まで来たってことは用があるんでしょ」
驚いたことに五味さんの方から会話を軌道修正する。
──あぁ、そうか。食べてカニが減ったから、新たに補充したいのか。
「探してもらいたいモノがあるの」
「でしょうね。だからここへ来たんでしょうね」
「最後まで話しを聞いてちょうだい」
ケンカしそうな雰囲気。お互い性格は似ているようで似ていない。似て非なるモノ。磁石のS極とS極が反発すように会話がギクシャク。似ている点があるとすれば髪を染めているところだけ。
「あら、ごめんなさい。どうぞ話しを続けてくださいませ」
五味さんが大人な対応をする。丁寧な言い回しはわざとらしく、報酬のカニがちらついているだけなんだなと確信する。
「私には好きな人がいるの」
僕も五味さんも影野君までも大胆な告白に、興味を示して表情を変えてしまう。
「その人はひとつ年上の十九歳でホストをしているわ。神様がこの世に降臨させた最高傑作のイケメン。でも、二週間前にフラれた。私もその時は納得して別れることにした。けれど、好きだって気持ちは消えない。どうしても消えない。彼のマンションの前で一晩中待った。彼は現れなかった。でも、好きだって気持ちは冷めない。お菓子を作ってドアノブにかけておいた。電話してもテキストチャットをしても返事はこない。でも、既読スルーはされてはいない。私は理解したわ。気持ちが十分に伝わっていないのよ。家の前で待ったって、お菓子を作ったって私の愛情は伝わらない。もっと高貴なモノをプレゼントしなきゃいけないって気づいたのよ」
天山さんは自分の胸を力強く叩く。
──それ、スポーツ選手が試合前に気合いを入れるポーズなんだけど。
熱く語ってくれたのだが、わかったことは天山さんがストーカーと認定されてもおかしくない行為をしていること。
「わかりました。あなたが失ったモノを探しに行きましょう」
五味さんが小刻みにうなずきながら言う。理解するのが早すぎて、僕はさっぱりわからないまま行動することになりそうだ。
「報酬はカニ」
「何匹?」
「あら、カニは一杯二杯と数えるのよ」
「し、知ってるわよ。間違っただけ」
「黒須君は白い発泡スチロールの箱で、長万部から毛ガニを五杯も直送してくれたわ」
「わかった同じモノを送ってあげる」
「国産の毛ガニはひと味違うわね」
五味さんは食べたばかりのカニの味が忘れられないのか、蟹甲殻類大腿部歩脚身取出器具とハサミに僅かについていたカニの身を舐めて飲みこむ。
ごめん、それは国産じゃなくロシア産。ごめん、毛ガニじゃなくクリガニという種類で毛ガニより安いんだ。ネットで両方売っていたのだが、僕のお小遣いと照らし合わせると迷いなくクリガニの方をクリックしてカゴに入れてしまった。おいしそうに食べ終えた五味さんに、とてもじゃないけど言えない秘密。
「水着はどうするのよ?」
天山さんが僕に尋ねてくる。素直に水着を持ってきたことに驚いた。たまたま水泳の授業があった可能性もあるが。
「もうすぐ必要になると思います」と言ってあげたのだが、疑いの目で見られてしまう。〝変態!!〟と言われるよりはよかった。
皆は通路を戻ってHの真ん中から外に出て、僕は小走りで玄関に靴を取りいく。五味さんは裏庭の出入口付近に靴を置きっ放しにしてある。影野君は前回の教訓を生かして靴下を汚したくないらしく土足のままで、天山さんも真っ白い靴下が汚れるのが嫌で土足のまま。やっぱりゴミ屋敷の中は土足でも構わないなと二人の行動に納得する。
僕が靴を持って戻ってくると、五味さんと天山さんはすでにスクール水着に。影野君もすでに学校の水泳の授業で着用する横に三本白の縦ラインが入った黒のサポーター姿になり、五味さんがビニール袋を二つ用意して「男用と女用に分けるわよ」と細かな気配りをみせ、僕を除いて皆は準備万端で、二人の女子に見られながら制服を脱ぐ。
あれ?影野君?そういえば、プールに入ることを猛烈に拒否していなかったか?その旨を問うと影野君は「女子が着替えていて、なんとなく目のやり場に困ってしまい、黙っているのも変なので服を脱いでしまった」らしく、水着はもしものために着用していたらしい。なるほど、影野君は空気を読んだのだね。
「男同士、女同士で手を繋いで潜りましょう。絶対に手を離さないでね。ちゃんとついてきなさいよ!」
五味さんに気合いを注入される。
「ちょっとプールってこの汚い水の中に飛び……きゃぁぁぁぁぁ~」
天山さんの悲鳴がこだました。草がぼうぼうと生えているので、飛び込む寸前まで水面を目視できていなかったのは幸いである。着替える前に見られていたら逃げていたかもしれない。
引き離されないようにすぐにあとを追う。慣れとは恐ろしい、と言いたいところだが、目は開けたくないし、けれどドロッとしている水質のせいで、さらに汚れてバイ菌が増徴しているのを想像してしまい、五味さんのように勢いよく飛び込むのは無理で、膝を曲げて女の子が縄跳びするようなかわいい跳躍力でプールに落下。
薄目で五味さん達の姿を探すと見当たらず、引き返してしまおうかと諦めていると、待ち構えていた五味さんに腕をがっしり掴まれて潜らされ、スライムみたいに粘弾性体のプールの水が次々と顔にヌルっとした打撃を受け、間もなくすると真四角の白い光が見えくる。
「俺達が来る必要ないよな」
コインロッカーから出てきたところで影野君が言う。
「そうだね」同意はしたが正直女子二人がケンカしそうでちょっと心配だった。それに天山さんが目を白黒させているのに五味さんが説明しようとしないので、僕が手短にこの世界のことをレクチャーするはめになる。
〝半人前〟を過剰に避けて歩く天山さん。触っても害はないと説明しても聞く耳を持たない。恐怖心が晴れるまでもう少し時間がかかりそうだ。とりあえず僕の役目は終了。
「失くしたモノを彼女に言いなさい」
『忘れ物窓口』の女の駅員さんに例のごとく短い会話を済ませてから、五味さんが呼び寄せると、天山さんは無言のままカウンターに行き、女の駅員さんと向き合う。
「私は……熱かった、あのときのハートを失くしたの」
コイツ何言ってんだ?と心の中で毒つく僕。ハートってペンダントの形のことなのか?
女の駅員さんは無表情を崩さず、軽く会釈して整然と並ぶ後ろの棚のところへ。いまの説明だけでわかるのか?という疑問がわき、しばらくすると戻ってきて半透明のモノをカウンターに置く。天山さんの後ろから三人で覗き込み、薄い長方形のモノが半透明の影なっているのが見えた。
「紙切れ?」
「手紙よね?」
「手紙だな」
三人で結論を出すと、それを聞いていた天山さんがカウンターからむしり取った。掴んだ手にあるのはピンク色のかわいらしい封筒に変化する。
「なにこれ?私が探し求めていたのは心臓よ!」
天山さんが激しく異を唱えても女の駅員さんは涼しい顔。
「さすがに心臓は無理だと思うわよ」
平然と慰める五味さんも怖いが、カウンターの上にある心臓がピクピク動く光景を想像してしまってこっちは損した気分にさせられる。
「畜生!」天山さんは女子高生とは思えない汚い言葉を吐いて悔しがる。
「なにがしたいんだ……」
独り言が口から出た途端、天山さんに睨まれた。
「私が元彼に恋した頃の心臓を取り戻したいのよ!」
怒ってはいるが、ちゃんと答えてくれるのは共感を得たいのだろうか。
「気持ちはわかるけど、心と心臓を同一に考えちゃ駄目よ」
五味さんからの親切で的確なフォローは言葉だけではなく、肩を抱いてあげて慰めるという怪しげな行為に発展すると、罠にかかったかのように天山さんはうなずきながら目に薄っすら涙をためる。
微笑ましい光景で女同士はすぐ仲良くなれるのかなと思っていたら、五味さんが隙をついて天山さんから素早く封筒を取り上げ「私はトモヤが大好き。ニートになってもかまわない。私が養ってあげる。というわけでヨ・ロ・シ・ク」盗み読むという鬼畜行為のあと「えっ?これラブレターなの?」と白々(しらじら)しい困惑の表情を浮かべる。
「恥ずかしい」両手で顔を覆って泣いてしまう天山さんが一瞬かわいく見えたが、落ち着きを取り戻してから手紙のことを語りはじめた。
言っちゃうんだ。説明してくれるんだ。と思いながら聞いてやると、なんてことはない元彼に渡すはずだったラブレターらしく、渡しそびれてしまったらしい。あとからスマホのアプリを使って同じ文をテキストチャットで送るほうが早いことに気づき、人生で最初の告白が成功してうかれていたせいもあって、手書きのラブレターは自分の部屋のどこかへ消えてしまったとのこと。
「付き合うきっかけになった手紙なの」
天山さんにとって熱い気持ちが込められた大事な手紙なのは間違いないだろうが、どうでもよく、自分に酔っているだけで、そんなことで他人を巻き込むなよ、と口から出そうになる前に言葉を飲み込む。
「もっと熱い文面の列挙を期待していのだが」
影野君が残念そうにメガネを中指で持ち上げた。興味あんのかよ!心の中で突っ込みたいが、疲労感を抱えて帰ることに。
「カニは送らないからね!」
捨て台詞を残し、天山さんは五味家をあとにした。