First magic ファーストコンタクト 3
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次の日の学校は苦痛で、影野君になんと言って話を切り出そうか良いアイディアが浮かばない。一晩中悩んでも答えが出なかったのだから、無駄な悪あがきだったようで、当たり前なのだが、影野君を目の前にすると緊張して何も言えなくなってしまう。
証拠もないのにストレートに〝おまえ腕時計盗んだろ〟などと感情的になって口に出すのは浅はかだし、影野君が盗むわけがないという信頼もある。メガネをかけ、いつも本を読んでいる印象が強く、真面目な奴で成績も優秀。学校の図書室には時代遅れの古い本しかないのだが、卒業するまでに全部読破すると豪語していた。
腕時計が無くなった日、僕が頼んで家に来てもらいノートを見せてもらった。なぜなら影野君のノートは先生が黒板に書いたものを丸写しするだけでなく、ちゃんと補足のト書きまで記している万能ノート。その代わりに僕はお父さんがコレクションしているマンガを見せてあげている。影野家ではマンガは禁止されているらしく、僕の家で読むしかないのだ。勉強ばかりではなく、抜くときには抜いて気持ちをリラックスさせ、精神的なバランスを考えている影野君を僕は見習いたいと思う。そんな彼が盗みをするわけがない。しかし、人は見かけによらず、盗み癖のある奴はいる。悩みの種が発芽して脳天から出てきそうだ。
何もできずに無情にも時間は流れ、いつの間にかお昼休みを知らせるチャイムが鳴った。影野君はいつもお母さんの手作り弁当を持ってきて、僕も作ってくれたときは隣で一緒に食べる。今日はお金を渡されて学食か売店のパンですませてと言われた。
「なんだ、今日は弁当じゃないのか」影野君は残念がる。
「寝坊して作るのが間に合わなかったらしいよ」
お母さんが弁当を作り忘れたことを伝えて僕は苦笑い。本日初めての会話だった。
パンを買ってすぐに教室に戻ってもよかったが、散在する雲を外で見詰めながらクリームパンをかじる。外付け階段の三階と二階の間が僕の秘密のくつろぎスペース。螺旋階段で最上段にある屋上への扉は古めかしい南京錠がかかって立入禁止。錆だらけなので座れず、誰も寄り付かないところがいい。隣で影野君と一緒に食べなかったことが、良かったのか悪かったのか。
「やはりここか」
影野君の声に反応して振り向くと、僕は腰を抜かすほどびっくりする。なんと彼の後ろに五味さんが立っていた。
「彼女が教室に来ておまえを探しているようだから、おそらくここだと思って連れてきてやったぞ」
普段は恩を着せるようなことは言わない影野君が困惑気味だ。興味があって五味さんに付いて来たというよりも、やや強引にここまで付き添われた感じがする。
「こんなところで一人で食べているなんて、ボッチなのね」
五味さんからいきなり厳しい言葉が飛んでくる。まぁ、これで怪しい関係だとは思われないだろう。
「こいつは休み時間にここで黄昏るのが好きなのだよ。それじゃ俺はこれで失礼する」
変な気を使って離れていこうとする影野君は、僕の思惑とは裏腹に完璧に勘違いしてしまったみたいだ。
「私がこれから言うことを、あなたにも聞いてもらうわ」
五味さんが影野君を引き止めた。これはまずい。予想外の展開で、五味さんが〝あなた、彼の家で腕時計盗んだでしょう〟とか、直接的な表現で事態を最悪な状況にする危険がある。
「今日は学校に登校したんですね」
五味さんの独壇場にならないよう、冷や汗をかきながら言う。
「緊急事態だからしょうがなく来てあげたのよ」
「あ、ありがとうございます」
「二人は付き合ってるのか?」
「違う!」
「違う!」
影野君の質問に僕と五味さんは声を揃えて拒否反応を示す。
「私はさっき、あなたの下の名前を知ったばかりよ」
五味さんに睨まれた。不満らしい。確かに苗字しか言ってなかった。ということは必死になって僕のことを探してくれたことになる。感謝すべきかもしれない。
「黒須三蛇……変な名前ね」
「よく言われますけど、なにか?」
ゴミ屋敷に住む五味さんには言われたくはない。
「ふふ……昨日は終始言葉遣いは丁寧だったけれど、化けの皮が剥がれたわね」
五味さんは鼻で笑いながら言う。異世界?からの帰り、狭いコインロッカーに押し込められ、また緑色の水の中を泳がされ、ずぶ濡れになったまま現実世界へ戻れたが、さすがに気分は良くなく 〝クリーニング代くらい出してほしいですね〟と言うと五味さんは〝あなたはカニの皮を被った偽善者ね〟などと意味不明な嫌味で断られた。
「無駄話はこれくらいにして、君に質問があります」
五味さんが影野君に視線を送る。
「ちょっと……」改まった口調に危機を察知して止めに入る。
「あなた異世界を見たいとは思はない?」
五味さんが遠回しな質問をした。意外に空気が読めるのかもしれず、とりあえずはひと安心。
「異世界?」
ただし質問させられた方の影野君の頭には、クエスチョンマークがくるくる回転しているように見える。
「そう異世界よ」
「この人、本気で言っているのか?」
影野君は心配そうな顔をして僕の耳に小声で尋ねてきた。
「それが……まんざら嘘でもないんだ」
「ほ、本気で言ってるのか?」
影野君は僕の答えに一歩退いて完全に引く。
「私は魔法が使えるの」
ここで五味さんが余計なことをしてくれた。カニフォーク……いや、蟹甲殻類大腿部歩脚身取出器具を取り出して片足を軸にして回ったのだ。
「おまえこの人に洗脳されたんじゃ……」
「されてない!」
「信用できないのなら、放課後に私の家で見せてあげるわ」
怪しい笑顔全開でしたり顔を見せてくる五味さん。
「魔法を使えるなら、今ここで見せてくれ」
正論でもあるし、無茶ぶりでもある影野君の質問。二人の間には見えない火花が散っている。
「いつでもどこでも制限のない魔法が使えるなら、私はとっくの昔に世界中のカニを喰らっているわ」
「この人は何を言っているのだ?」また囁いてくる困惑顔の影野君。
「見ればわかるよ」
含みを持たせる言い方が功を奏したのか、影野君は五味さんの家に行くことを渋々ではあるが了承してくれた。




