First magic ファーストコンタクト 1
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六月の札幌は桜の木からピンク色の花びらはすっかり落ちて、緑色の葉にすり替わり、夏の息吹を感じさせる季節になった。他の地域では梅雨入りで天候が思わしくないようで、ゲリラ豪雨の被害や、雨が続いて農作物に影響が出ているだとか、寒さと雪で苦労していた北の大地が優越感に浸れる季節である。
学生達にとってクラスに馴染んでくる頃であるが、僕はなかなか友達ができない。無視されているわけでもないし、コミュ症でもなく、身長、体重は平均で、一年前に高校に合格した直後の親からは「がんばったね」と当たり障りのない喜びを言われ、平均的な偏差値の地元の高校に入学。目と目がやや離れていて魚っぽいとは言われるが、ブサイクだと馬鹿にされたことはない。
友達が少ないだけの平凡な高校二年生で、名前は黒須三蛇。名字と名前をひっくり返せば、サンタクロス……サンタクロース。着る物や食べることに困らず、大きくなければ小さくもない一軒家に住み、両親共に優しく、ときには厳しく躾てもらって不満はないけれど、小学校低学年までは名前で馬鹿にされることがしばしばあり、我慢ならずに文句を言ったことがあり、どうしてこんな名前をつけたのか問いただすと父親は〝蛇〟という漢字が〝た〟と読めることを証明したかったなどと意味不明な説明に終始した。怒り心頭ではあるが、これまで多大な恩を受けているわけで、それを仇で返してはいけない。ただし、将来子供ができたらDQNネームをつけることはやめようと心に誓っている。〟
現在進行形の友達は学年で成績トップクラスの影野君一人。無理に増やす必要はないし、影野君だけで不満なわけではないが、自分には他人を寄せ付けない負のオーラがあるのではないかと思ってしまう。社会人になれば友達は減っても増えることはなく、学生時代の友達は大切なんだとTVで力説している漫才コンビを見た。ネタなのか本気なのかはわからないが、そのコンビの漫才を見て気づいたことがある。
僕はボケられるほど天然じゃないし、突っ込みがたらなかったのだ。
なんでいままで気づかなかったのだろう。見た目は平凡なので自分がボケたところで面白くないだろうなと思っていた。気恥ずかしさがあるので、友達と会話するとき、これまで受け身になりすぎて、話が途切れることがあった。これからは絶妙なタイミングで突っ込みを入れる努力をしてみよう。
世の中にはもっと深刻な悩みで学校に行くことが苦痛な生徒はいるはずで、平凡な幸せを堪能すべきで贅沢はいけない。けれど、平凡な人間がずっと平凡な生活を送れるとは限らないようで、僕にも最大級の不幸が舞い降りてしまった。家族や身近な人には相談しにくい事案で、頼れる人物はできるだけ赤の他人がいいと思っていたところへ、学校のとある人物の名前が浮かんだ。
うちの学校には超がつくほどの有名人がいる。名前は五味さんで僕はまだ直接会ったことがない。彼女が有名になったのは去年の夏。
『夢の家へリフォームGOGO』という北海道のローカル番組に出たのがきっかけ。問題を抱えた家をリフォームするというメジャーな番組をキー局が真似して、週末のバラエティー枠で流れていた。匠オシャンティーという芸名(匠という名字は本名らしい)で紫縁の丸々としたサングラスをかけ、チャイナ服のスリットから太い大根足を露出し、嫌味なくらいでかい宝石をちりばめた指輪をプロレスラーの凶器みたいにはめた中年のおばさんの建築デザイナーがアドバイザーとして毎回出演している。
甘党な依頼者のときには外壁を板チョコのように仕上げ、フィギュアを大量に所有しているアニオタの家は天井や床や廊下や階段にまで棚を作ってケースの家と名付けたり、鉄オタの狭小住宅には夜行列車の長椅子で折り畳み式のベッドのリサイクル品を備えたり、無茶苦茶にリフォームするのが視聴者に受けている。
五味さんは四人家族。両親と当時高校二年生だった五味さんには中学生の妹がいる。五味さんは目が大きくハーフかなと思うほど肩まであるストレートの金髪が輝き、笑うと小さな糸切り歯が唇の端からちょこんとはみ出るカワイイ系。両親と妹も整った顔立ちで、しかも家をTV番組でリフォームしてもらえるなんて恵まれた家族だと誰もが思った。
おじいちゃんの代から引き継いだ五味家は老朽化が激しく、四十坪の敷地は雑草が荒れ放題で、その土地を五味さんのお父さんが〝庭の手入れが面倒なので、建蔽率ギリギリ大きくして敷地いっぱいを使った開放的な平屋にしてほしい〟とお願いした。母親は 〝近所の家より輝く家を〟と言い、妹は プールのあるお家に住みたい〟と無邪気なことを言い、高校生の五味さんは 〝新築ならなんでもいい〟と遠慮がちにTVマイクに答えていた。
そして、四ヵ月後に出来上がったのはなんと全面ガラス張りの家。割れにくい強化ガラスのパネルをプラモデルのパーツみたいに挟み込んで組み立てた代物で、外から中が丸見えで、カーテンで隠すことはできるが、お風呂もトイレも隙間から見られないこともない。ライトアップされて輝いて見えるので夜はきれいではある。上から見ると英語のH型になっている平屋で要望どおり設計されてはいたが、熱伝導率が半端なく、夏は蒸し風呂状態で、冬は冷凍庫になり、雨の日は水槽の魚の気持ちが味わえるかもしれない。さすがにエアコンはあるだろうから生活するには問題ないだろうが、電気代は半端ない額になるだろう。どんな契約がされたのかわからないが、家が完成した直後のTV画面に映る五味家の人々の笑顔は引きつっていた。スタッフが帰ったあとで、不満がもらしていたことだろう。
その後の五味家は悲惨なもので、学校で『ガラスハウス見に行った?』が合言葉になり、ネットに住所が晒されると、郊外からも見学という名の野次馬が来るようになり、プライバシーは皆無で、高校生の五味さんを残して家族は出ていったらしい。なぜ彼女だけ残ったのか不明だが、裕福そうではあるのでバラバラに暮らしても経済的に問題なく、転校して友達と離れたくないとか、一人暮らしに興味があったとかで、わがままがとおったのかもしれない。
僕はそのTV番組を見るまで、五味さんの存在は知らなかった。けれど、一年経過して高校三年生になった五味さんに奇妙な噂が流れている。失くしたモノを見つけてくれるらしく、かなり迅速に対処してくれるらしい。お金に困っているようには見えなかったのだが、ガラスハウスを維持するのは意外に経費がかさみ、裏でバイト的なことをしているのだろうか?
僕は五味さんに頼るしかない状況が成立したので、休み時間に訪ねなければいけなかった。
五味さんがいるはずの三年一組に行き、ちょうど教室から出てきた先輩の女子に彼女を呼んでもらおうとしたのだが、タイミング悪く休みで、TVの一件以来時々しか学校に来ていないらしい。いきなり梯子を外された。僕にはどうしても探してもらわないといけないモノがある。それには彼女の力が必要不可欠。直接彼女の家に押しかけるしかない。
放課後、彼女の家に直行した。学校から徒歩で二十分。ネットで晒された住所を頼りに向かうと、すぐに見つけられた。ガラスハウスは住宅街の一角にあり、周りの画一化された一軒家に比べると異質であり、TVで見たときとは、ほど遠い姿になっていた。外から中は見えず、カーテンではなく、白い発泡スチロールの箱やダンボール箱のゴミの山で中が見えないように中から鉄壁にガードされている。電気を点けないと昼間でも家の中は真っ暗だろう。
玄関のドアから少し離れた手前に飛び石が連ね、アンカーボルトで固定された鋳物使用のアンティークなメールボックスがあり『GOMI』と記してある。かまぼこ型で開閉口からハガキやダイレクトメールがあふれ、もうお腹一杯だよと言わんばかりに吐き出している。玄関のドアはすっきりとしたデザインで凸凹がなく、紙切れ一枚差し込む隙間もなく、銀色輝くステンレス製で冷たい感じがする。ドアの横にドアホンがあるのだが、壊れて中身の配線がはみ出ているので呼び出す方法が原始的なものに限られてしまう。
玄関のドアを叩いてみた。
防音効果があるらしく中に響いている感じがしない。諦めるわけにもいかず、ドアレバーを下げると動いた。ドアは外開きなので簡単に開いたが、幸運はそこまで。すいませ~ん、と声を出そうと思ったそのとき、ゴミの山が倒れてきた。半透明のゴミ袋やダンボール箱が僕の体に次々体当たりしてくる。紙屑など中身が出てきて、それほど重量はなく、ケガなどしないが、生ゴミの強烈な酸っぱさが鼻と喉を攻撃してきて、思わず鼻をつまむ。
ゴミの雪崩現象が終息すると、玄関のエントランスから廊下の奥までゴミで埋め尽くされている惨状が明らかになった。潔癖症の人が見たら失神するかもしれない。白い発泡スチロールの箱やダンボール箱は結果的に外から見えないようになっているだけで、家の中はゴミだらけ。見た目がおしゃれだったガラスハウスがゴミ屋敷に変貌していたことになる。
埃もひどく「ゴホゴホ……」と咳き込んでいると遠くの方からガザガザ音がした。その音は徐々に大きくなってゴミの山を隆起させながら動く。学校で友達に背後から〝わっ!〟と大声を出されたり、お祭りのお化け屋敷で天井から作り物の生首が落ちてきても悲鳴を上げたりしたことはなかったが、さすがに「ひっ!」と口からもらしてしまう。
「ぷはぁ~」まるで競泳の世界記録を達成したかのような満足した表情で、TV放送された一年前と変わらない制服姿の五味さんが顔を出した。そして、僕を一瞥した五味さんは「あなたカニみたいな顔しているわね」と初対面なのに失礼極まりない言葉を送ってくる。
僕は目と目がやや離れているので魚顔と揶揄されることはあっても、カニに表現されたのは生まれて初めてだった。