Third magic 夏休みの悲劇 6
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トモヤがクズ野郎だったとはいえ、あれだけベタホレだったのに、どうりで元彼に見切りをつけるのが速いと思った。もちろん新しい彼氏が影野君とは、斜め上から頭に矢を打ち込まれた衝撃で、馴れ初めを聞きたい衝動が疼くが、僕が尋ねたことで二人の関係がギクシャクしてしまう可能性もあるわけで、さっき見た光景は墓場まで持っていくことになりそうだ。
いや、ちょっと待てよ……僕が偽ってクリガニを渡していたことがバレて天山さんから揺すられていたのをチャラにできないかな?無理だな……『勝手にどうぞ。五味さんに話せば?』と簡単に処理されてしまいそうで僕の価値を下げるだけだ。
「どうしたの?落ち着きないわね」
挙動不審だったらしく、五味さんに注意される。
五味さんに話してしまうとせっかくの会議が脱線してしまう。どうしても視線が影野君と天山さんを交互に見てしまい、二人の間に五味さんがいるのだが、なにかを感じ取ったのか僕の視線を追って左右を見る。
「集中していないわけじゃないです」
うっかり口を滑らせそうになりそうで、なにもないことをアピールするために真顔で嘘をつく。僕から話すことではないし、二人が話したくなければそれでいい。
「とりあえず会議を始めてもらおうか」
影野君から有り難い助け舟が出される。彼からしてみれば天山さんとのことは触れられたくないのは確かなようで、助け舟というより照れ隠しのために防御しただけかもしれない。
「早くしなさいよ、議長」天山さんからも救いの手という名の逃げ道が用意される。
「誰が議長やねん」妙な空気感を排除する方法として大阪弁で突っ込んだわけだが、三人はキョトンとした顔をして、さらに妙な雰囲気となった。二人の関係は忘れて、いまはそれよりも重大な局面なのだから、そっちを優先しないといけない。
場所は五味家の裏庭。会議を開くには適切な場所かは微妙。
「今回の事件のラスボスがわかったんだ」と言うとピリッと空気が変わった。
「学校が始まって憂鬱だったのに朗報ね」
五味さんが感情なく反応したので、あまり信用されていない気がする。制服姿ではあるが、今日学校に来ていたかは不明。学校から五味家に来る道中で天山さんに聞くチャンスはあったが、余所余所しく、話しかけようと視線を向けると影野君の陰に隠れて甲斐甲斐しく装い、五味家に着いた途端に普段どおりに戻った。
──女って怖い。
それ以外の感想がない。
「時間が迫っているから本題に入るけど、ラスボスは二人いて……」
僕が二名の犯人の名前を言うと意外そうな顔をしたのは天山さんだけで、五味さんと影野君にそれほど驚きはない。
「ここに誘き寄せるまではいいが、そのあとのプランはあるのか?」
影野君らしい指摘が飛んでくる。
「なにもしない」
「えっ?」目を丸くする天山さん。
「罰を与えたりしない」
「あなたらしい決断ね」五味さんが目を閉じながら言う。
「ラスボスなのに放置するのか?」
影野君が不満混じりに聞いてくる。
「トモヤのときのようにはいかない」
「なぜ?」天山さんは僕の真意を急かす。
「『忘れ物窓口』にいるトモヤは現実世界では行方不明になっている。正しいことをしているつもりでも、罪を重ねるのは僕達だ」
正論をぶつけた結果、静かになる三人。トモヤのことはニュースにはなっていない。一人暮らしと聞いてはいるが、両親や親戚がそろそろ異変に気づく頃だ。
「トモヤは十九歳で法的に未成年だけど一応は社会人。けれど、ラスボスの一人は高校生だから騒ぎが大きくなるのは確実」
正論をゴリ押ししながら、僕は被害者である五味さんの表情を盗み取る。
「わかったわ。腹八分目がちょうどいいわよね」
五味さんが言う腹八分目がどんな意味なのかまったくわからないが、いつもと変わらない様子に見えるけれど、一方的な僕の意見を聞き入れるとは思えず、なにを仕出かすかわからないので要注意だ。
「二匹のラスボスの血筋が繋がっているのがわかれば証拠にならないか?」
影野君からグッドなアイデイアが飛び出す。
「そんなことどうやってわかるの?」
五味さんは影野君が情報処理部での裏の顔を知らないので、疑問を抱くのは当然かもしれない。
「彼はネットの世界を操るのが得意なんだ」
余計な情報を省いた僕のフォローは自分でも完璧に近かったと思う。
「ふ~ん、そうなの」五味さんは納得していない表情で納得したような返事をする。
「これからパソコンをいじって調べてくる」影野君は五味さんに考える隙を与えないように早口で言う。「スマホで知らせる」
「天山さんもサポートを頼みます」
一緒に行きたくてソワソワしている感じがしたので、促してやると、天山さんはすぐに追いかけていく。
「私と二人きりになりたかったの?」
五味さんから全然うれしそうじゃない言い方で聞かれた。あっちを二人きりにさせてあげたかっただけなのに、勘違いをされてしまったらしい。
「はいはい、そうですよ」うんざりしたように言ってやる。
「なに、その言い方!」
怒ってしまった五味さんを慰めるのが面倒くさい。
「痴話げんかですか?」
裏庭の出入口のドア付近に見覚えのある男子が、うちの学校の制服を着て立っていた。夏休みにバスケットボールを探しにきた彼だ。
「登場が早すぎないかな」僕は笑顔で言ってみる。彼からしてみると人数が減ったのを狙って堂々と入ってきたのだろう。
「お客さんはいないんですね。やっぱり罠か」
ネットの書き込みを見てきたのだろうが、僕は最初からわかってますよ、みたいなニュンスを感じて白々しく聞こえた。
「勝手に家に入らないでもらえるかしら」
五味さんが冷たく窘める。
「別にいいじゃないですか。もうすぐこの家は僕のものになるんだから」
開き直りの最上級互換というか、ものすごい自信にあふれた表情と口調だった。
「正確には君のお母さんのモノになるんだろ」
僕が視線を向けると、その男子生徒はびっくりした顔をする。
「僕のことを知ってるんですか?」
「知ってるよ。君は匠オシャンティーの息子さんだろ」
「どうやって知ったか興味ありますね」
男子生徒は興味なさそうに言う。
「教えてほしい?」意地悪っぽい目をして尋ねてみる。
「はい」
「どこから話そうかな」
「早くしなさいよ」急かしてきたのは五味さんで、どっちの味方なのかわからない。
「順序ってもんがあってですね……」睨みたい気持ちをぐっと堪えながら話すことにする。「五味家を設計した匠オシャンティーが『夢の家へリフォームGOGO』の番組の中で、息子には才能があって遊びで設計図を書かせている、と自慢していたよ」
わざわざTV局の動画配信サイトでアカウントを登録して、見逃し放送で『夢の家へリフォームGOGO』の過去の放送を見まくった努力は誰も知らない。
「それがどうかした?」
声の響に怒りが滲み出ていた。彼としてみればTVで自分のことを勝手に喋られたことは、あまり好ましくないのだろう。
「落書きの嫌がらせの首謀者は君で、この家を手に入れるのが目的かな」
「放送で名前は出していなかったと思いますが、どうして僕が匠オシャンティーの息子なんですかね」
「前回来たとき、君は玄関で靴を脱いで持ったまま裏庭に来たよね。それはこの建物の構造を把握していたってことさ」
「五味家がTVで紹介されたとき、裏庭が映ったから見た人なら誰でも知っているよ」
「このゴミ屋敷に入るとき、最初は皆土足なんだよね。そして、今日も靴を脱いでいる」
「たまたまです」男子生徒は地面に靴を落として履く。
「この家に愛情が感じられる」
「そんな大げさな」男子生徒が口の筋肉を動かして白い歯を見せたが、目は笑っていなかった。
「ひょっとしてこの家は、君が設計したんじゃないのかなと僕は思っている」
ほぼ確信しているので優越感を隠すことなく語尾のあとに鼻で笑ってやったが、男子生徒は否定する材料を頭の中で検索中なのか、無表情だ。
そのとき、タイミングよくスマホが震え、着信相手の名を画面で見ると影野君からだった。
『ラスボスの名前は一年二組の匠タクミ。おまえが睨んだとおり、間違いなく匠オシャンティーの息子だ。これから証拠になる写真付のモノを探してみる』
「ありがとう」さすがに仕事が早い。
『そっちは大丈夫か?』
「匠タクミという我が校の下級生なら、目の前にいるよ」
『本当に大丈夫か?』
「上級生が下級生をいじめている最中だよ。そっちは頼むね」
影野君が心配している様子なので、余裕ある振りをして通話を切る。
「僕の名前までわかったんですか。すごいですね」
「匠タクミだって、数学の二乗みたいな名前ね……ハハハ……ハハハ……ハハハ」
空気をわざと読んでいない節がある五味さんは高笑いを繰り返す。僕もそうだけど、あんたの名前も人のことを言えないような気もするが、事態を混乱させる名人なのは間違いない。
「さすが妹さんを殺した人は頭がいっちゃてますね」
匠君も負けず劣らず精神攻撃をしかけてくる。
「あんたをカニのようにバラバラにして食すわよ」
ハサミと蟹甲殻類大腿部歩脚身取出器具をかざしながら決め台詞を発した五味さんではあるが、匠君は平然としていた。
「彼女は本気なんですか?」匠君が僕に尋ねてきたが苦笑いするしかない。
「ここから無傷で逃げられると思わないでね」
五味さんは相当お怒りの様子である。
「落書きをチンピラに依頼しただけで大袈裟ですね」
拍子抜けするほど、あっさり匠君が犯罪を告白してしまう。
「あんたの罪は地球より重いわ」
腹八分目とはなんだったのか、かなり根に持っているようでカニみたいなサイドステップを踏んで刺すタイミングを狙っている。
「やめてください」僕は手足をしっかり広げてディフェンス。
「退けなさい……シュッ、シュッ、シュッ……」
五味さんは僕の脇の下から腕を伸ばして匠君を刺す真似をして、遊んでいるのか本気なのかよくわからなくなってきた。
──本当に面倒くさい人だな。
「落ち着いてください。影野君が確実な証拠を掴むまで……」
証拠という言葉を自分で口にして閃いた。
──ちゃんとした証拠が五味家にあったじゃないか!
しかし、時すでに遅く、夏服のため半袖で肌が剥き出しの僕の右腕に赤い線が走る。十八日振り二度目。甲子園出場校のようなプロフィールが浮かぶ。僕の考えは少し甘かったようだ。痛みこそないが、理不尽な殺意に耐えながら見た匠君はサバイバルナイフを微笑しながら握っていた。天山家の玄関先でトモヤが落としていった代物で、五味さんがカニの脚を切るのに便利かもしれないと言い、自分のモノにしてしまい、キッチンの棚に仕舞ってあったのだ。
「さきほどやっと見つけられました」
匠君からの報告で、サバイバルナイフの真の持ち主は彼だということがわかった。トモヤに面と向かって渡したか、送り物として間接的に渡したかまではわからない。
「トモヤに落書きさせていたのは、忍び込んで取り返そうとしたからなのか?」
尋ねながら、さり気なく右腕を確認した。傷口は浅く、縦に糸を引くように薄っすら血が滲んでいる。この程度ですんだのは初回の経験が生きて、神回避ができたのかもしれない。
「ゴミだらけでなかなか見つけられませんでしたが、キッチンを調べたらやっと見つかりました」
「わからないのは、なぜとトモヤを利用して天山さんを襲う真似をしたんだ?」
トモヤに刺されてからだいぶ時間は経ったけれど、いまさらながら違和感がある。トモヤがSNSで書き込んでいたストーカー行為を警察に知らせるなどと脅して協力させていた可能性はある。
「僕が設計した家をゴミ屋敷にした人を苦しめるひとつの手段です。掃除はしているようですが、ゴミ屋敷を元の姿にするには、掃除じゃなく、清掃しないといけません。友達が集まってもそれができないということは、皆さん同罪です」
匠君が傲慢な目つきで僕を見た。まるで、そんなこともわからないの?と言いたげた。
「ずいぶんまわりくどい方法を使うんだな」
「人数的には圧倒的に不利ですから」
そのとき、風圧が頬を撫でた。匠君が前触れなく無駄のない動きで間合いを詰め、クイックモーションでサバイバルナイフを突き出して僕を刺そうとしたのだ。間一髪で避けれたのは、自分の意思ではなく、五味さんの助けがあったから。僕の手を掴み、彼女は自分の踵を軸に回転して体を入れ替えた。まるでドリブルしながら動くサッカーボールを軸に回転してフェイントをする元フランス代表ジダンのマルセイユ・ルーレットを彷彿とさせる動きだ。
匠君と向き合った五味さんはハサミを振ったが、匠君が軽快にバックステップして避けた。
「あなたのせいで一瞬遅れてしまったじゃないの!」
叱られたのはどうやら僕で、邪魔だったらしい。
「ご、ごめん」迫力に押されて謝ってしまう。
「その仲の良さは引き裂かないといけないですね」
匠君はサバイバルナイフを大振りして、刃についている僕の血を払う。さっき右腕をやられた血もついているが、どちらもかすり傷程度なので、たいした量でもなく、ドラマやアニメみたいにきれいに取れるわけでもないのに、無意味な仕種だ。
──誰かにそっくりだな。
「君は重大な勘違いをしているぞ」
ここは強く否定しておかなければいけない。五味さんとのことも、五味さんのようなパフォーマンスのことも。
「ゴミ屋敷に住んでいる人が探し物屋をして、報酬として受け取っているカニを食べまくって、夏休みは友達と毎日のように過ごして、僕がはじめて設計した家は世間で酷評され、ゴミ屋敷に……ゴミ屋敷にされた」
匠君がなんとか言葉を繋げながら、恨み節を吐露した。
「五味家を設計したことをもっと褒めてあげればいいのかな」
彼の仕出かした蛮行を考えれば、同情なんてできず、設計したことをアピールしたかったようにさえ感じる。
「えらいえらい」五味さんは蔑んだ眼で称えた。
「僕は五味家の要望どおり設計しただけなのに……」
匠君は怒りを押し殺すように言う。
「不満なんてないし、だからこそ私はここで一人になっても住み続けているのよ。逆に感謝してほしいくらいよ」
「あなたがゴミ屋敷にして住んでいることで、僕の将来に傷がつく」
「誰も君が設計したなんて思ってないだろ?」
僕が矛盾点をついて尋ねた。
「お母さんは知ってる!」匠君のひと言で母と子の異常な関係が浮き彫りとなる。
もちろん母親の匠オシャンティーが知らないわけがなく、設計を手伝って褒めちぎっている姿が想像できる。
「あんたは甘やかされているわ」
五味さんかが静かな口調で指摘した。
「どこがですか?」匠君が不快そうに顔をしかめる。
「息子だからって資格を持ってないのに、設計させるなんて尋常じゃないわ」
異常と尋常の微妙な違いはあるけれど、僕と五味さんの匠家のイメージは一致しているようだ。
「僕には設計士としての才能があるから仕方のないことです」
う~ん、これは五味さんより面倒な性格な奴だな。単純な逆恨みなわけで、五味家に集まる僕らを嫉み、この家自体には愛情があって執着していることはわかった。
シャキン、シャキンとハサミを閉じたり開けたりする五味さんと、腰を落としてサバイバルナイフを構える匠君。こいつら本気で殺り合うつもりかよ。
「そのカニの身を取るやつの殺傷能力は皆無で、持っている意味あるのかな」
匠君は両手にカニを食べる器具にすぎない五味さんの武器を馬鹿にした。
「これは蟹甲殻類大腿部歩脚身取出器具というのよ」
知識を早口で自慢するのはいつものことで、ハサミと蟹甲殻類大腿部歩脚身取出器具を擦って火花を散らす。その傍若無人な振る舞いが逆に羨ましくもある。
「これはブレードの背に 鋸刃、ハンドル後部にマグネシウムファイヤースタータが仕込んであって火を起こせます」
匠君も負けず劣らず武器自慢を述べながら、グリップの底からボールペンくらいのスタータを取り出すとそれを刃で擦り、火花を出してニヤッと笑う。その行為は必殺技のネタバレをしているようなもの。
「私の妹のことをネットで晒したり、手紙に書いて私のクラスにばら撒いたりした罪は、死に値するわよ」
どうやら五味さんは一般的な女子高生並みにスマホは持っているようで、情報も得ていたらしい。
「知らなかったァー」
腹が立つほどのわざとらしい棒読みで、さらに罪を認めた匠君は潔いともいえる。
もう二人を止められないと思ったら、そこでおしまいだ。かなりお怒りの様子で挑発にのってしまった五味さんから殺意のオーラが放たれ、一方の匠君は受け身の体勢で、なぜか殺意が失せている。
「バスケットのディフェンスで、どこまで逃げ切れるかしら」
五味さんの分析は正しいかもしれない。夏休みにバスケットボールを探しにきて、さっきのバックステップもバスケットの技術を応用したものだとすると、合点がいく。
「もう相手にするのはやめよう」
子供のケンカなのか、憎しみや恨みや嫉妬が混在した殺し合いがはじまろうとしているのか、見物したい欲求もあるが、制止させるのがこの中で唯一の常識人としての役目だろう。
「うるさい!」忠告を秒殺され、また怒られてしまった。
五味さんはカニ歩きステップで僕をショルダータックルで吹っ飛ばし、交互にハサミと蟹甲殻類大腿部歩脚身取出器具を水平に突き出す。が、匠君は涼しい顔で適切な距離を確保しつつ避けていく。
彼の論理からすると、刺す気満々な五味さんが恨みを買っているわけで、逃げるだけに終始している行動が外から見ていると真逆の反応に映る。
五味さんが両手の武器を振りながら一歩的に押し込む展開で、徐々にプールがある方向へ移動していく。というより匠君が誘導しているように感じる。苛立ちからなのか力強く右足を踏み込み、ハサミを突き出す五味さん。それを待っていたかのように匠君が膝を折って屈んで交わすと、五味さんの右足を掴む。五味さんは体勢を崩し、匠君が頭突きを鳩尾に喰らわす。顔を歪ませる五味さん。僕には彼の真の目的がやっとわかった気がした。せっかく奪い返したサバイバルナイフを使わない理由が。
痛みに耐えかねて覆いかぶさる五味さんを匠君は避けず、そのまま水面がアメーバー状態のプールに自ら望んで巻き添えとなって落ちていく。
黙って見ているわけにはいかない。なぜなら『忘れ物窓口』にはトモヤもいる。そして五味さんの口からはっきり「助けて!」と切なげな声がして、ほぼ無意識な状態でプールに飛び込む。
──間に合わない!
視界と衛生面が最悪でも目を開けて五味さんを探す。ブクブクと泡が顔に当たってくる。近くにいる気がして手を伸ばすと指先が何かに触れた。五味さんの足だ!と願いにも似た直感が働く。全速力で泳ぎを加速させたが、掴めそうなのにツルンと滑ってしまう。諦めちゃいけない。匠君が五味さんを引っ張って泳いでいるのだから必ず追いつけるはず。優位な立場を想像する。ここからは気力の勝負。良いイメージのまま、腕と足でしっかり水を捉え、スピードをアップさせた。五味さんの足が僕の顔面にもろにヒットする。痛いのにこんなにうれしいことはない。腕を巻きつけるようにして五味さんの足をしっかり掴み、離れないことに成功した。




