第30話 企みと不審と仲間と
「さて、カマス君。赤いドラゴンファイターの情報は出回っているかい?」
「いや、俺も酒場をはしごしたが、目ぼしい情報はなかった」
火山と温泉の街のとある酒場で、五色魔導士のエイミィと獣戦士のカマスが話している。
炎の魔神の封印を解いて二日、街は比較的落ち着いていた。つまり、炎の魔神の出現は、大きな影響を与えなかったということだ。魔物の発生が当たり前なこの世界では、今回のように死者が出なかったような騒ぎは、騒ぎの内に入らないのだ。
「やれやれ、それじゃああの白騎士ちゃんが邪龍くんを倒したかどうかもわからないってことかな?」
「……それはさすがに倒したんじゃないか? あの赤いドラゴンファイターは鎧がやけに脆い。白騎士ベースの魔化人なら余裕で倒していると思うが?」
「うーん……どうかなー?」
カマスの意見に、エイミィは首をかしげる。
「まあいいや。どっちにしろ、この街では大赤字だったなあ……人もあんまり集められなかったし……」
「10人も拉致できれば上等だろ」
「白騎士ちゃんみたいな腕の立つ素体が欲しかったんだよー」
今回、エイミィが火山の洞窟内で密かに拉致した人々は、すでに裏社会の業者たちによって、馬車でカインドック王国の東にある工業都市に送られている。
「とりあえず、カマスくんも赤いドラゴンファイターには警戒しといてね」
「……あいよ」
返事をしながら、「ああ、もう戻れないところまで来てしまったんだな」とカマスは思った。
「ゲイル、やはりジャスティンたちが……」
「ええ……間違いないっス」
男湯と女湯を隔てる壁を挟んで、聖騎士のレオナルド王子と電光石火のゲイルが秘密の会話をする。温泉には今、レオナルド王子とゲイルの2人しかいない。
「具体的な方法は?」
「御禁制の睡眠効果を催す植物と、呪いの首輪、それと精神科の医療魔法を使っているようですが、専門的過ぎて詳細は……証拠も掴めていないっス」
「そうか……」
アリスの異変については、レオナルド王子も感づいていた。さすがに、今まで相棒だったハヤトを殺したボルトと急に仲が良くなったりするのはおかしい。だが、ゲイルの『隠密』の能力を使っても、企みは察知できたが決定的な証拠はつかめなかった。
それでも、その異変にボルト、ジャスティン、ティナが関係していることは間違いない。
「レオナルド様、どういたしますか?」
「しょうがないな。引き続き調査を続けてくれ。そういえばエイミィたちの方はどうだ?」
「何か動き回っていたようですが、特に大きな動きは探知できなかったっス」
「うまく逃げ回ったか、赤いドラゴンファイターに邪魔でもされたかな……?」
2つの企みが、影でうごめく中、ゲイルを目と耳の代わりにして、レオナルド王子はそれらを静観していた。いざという時、自分の利益に誘導できるように……
「ゴーシュさん……やっぱりおかしいですね……」
「スナイト殿も気付きましたか」
重装戦車のゴーシュの部屋で、氷狙撃手のスナイトは自分の感じた違和感を口にする。
「アリス殿がボルトさんと急に仲良くなったり、他の皆さんが挙動不審だったり……どうなっているんですか、このパーティ? もう自分、何が何だか……」
「……私にもわかりません。しかし、何か嫌な予感がします」
「僕たちには何ができるんでしょうか?」
「…………」
スナイトの問いに、ゴーシュは押し黙る。
ついにこの2人も、違和感に気づき始めた。しかしまだ、その対処法を見つけられずにいた。
「……ここは?」
「おはよう。目は覚めた? 安心して、仮面は外していないわよ」
ナナシノ・ゴンベエは見知らぬ部屋のベッドの上で目を覚ました。冒険者向けの安い民宿だろうか。
目の前にいる少女は、魔化人にされていた冒険者の少女だ。
「助けてくれたのか? 感謝する」
「それはこっちのセリフよ。私を助けてくれたんでしょ?」
「……まあ、一応」
少女はスープをゴンベエに持ってきてくれた。ゴンベエはスープを飲みながら、彼女が魔化人にされて暴走しており、自分が彼女を元の姿に戻したことを話した。
そして少女は、自分がたまたま洞窟内の魔物退治のクエストを受けていたこと。その途中で炎の魔神の封印を解いた仮面の男女を見かけ、彼らと戦い、敗北したこと。女に変な薬のような物を飲まされ、その後の記憶がないことを話した。
「……きっとそれが魔物化薬だったんだろうな」
「話を総合すると、そうなるわね……何者だったのかしら?」
2人は首をかしげるが、わからない。情報がなさすぎる。
「とにかく、助かった」
「待って。あなた、どこに行くの?」
「勇者パーティーを追いかける」
「勇者パーティーを? どうして?」
「…………いろいろあってな」
ゴンベエは少女の追及をかわそうとするが、少女はゴンベエを追いかける。
「ちょっと待って、私も一緒に行くわ」
「……何でついてくる?」
「魔化人を人に戻せるなんて能力、ただの冒険者が使えるわけないじゃない。ちょっと興味が出てきたから、ついて行ってあげる。それに勇者パーティーには私もいろいろ思うところがあるし」
少女は笑いながらゴンベエについていくと言う。
ゴンベエは立ち止まり、考える。
「……わかった。ついて来るのも、別に行動するのも好きにすると良い」
「ふふ、ありがとう。私はリリナ。これでも元教会所属の白騎士なの。あなたは?」
「……ナナシノ・ゴンベエ。ゴンベエでいい」
「偽名ね。まあいいわ、いつか本当の名前と仮面の下の顔を見せてちょうだい」
こうして、ゴンベエに旅の仲間が加わった。