第17話 そして、彼は悪魔に魂を売った
「……ドラゴンファイト!」
赤いドラゴンファイターが拳を構える。
それを合図にするかのように、1人の傭兵が赤いドラゴンファイターに斬りかかった。
「ドラゴンアームカッター!」
赤いドラゴンファイターは右腕からはやした長く鋭い刃で、傭兵の剣を真っ二つに折る。ドラゴンファイターが使わなかった武器だ。
「ドラゴンチョップ!」
さらに間髪入れずに傭兵の首にチョップを叩き込んで気絶させる。
獣戦士のカマスが、アリスとの決闘の際に『ドラゴンファイターの技』として受けた技と同じ技だ。
こいつは処刑されたイシダハヤトなのか?
いや、しかし、鎧の色は赤いし、それにドラゴンファイターが使わなかった技を使っている……
「……関係ねえ! 俺の邪魔をする邪龍なら、ぶっ殺すまでだ!」
仮面をつけた傭兵たちが次々と気絶させられていく中、ついにカマスも飛び出す。気配を殺して剣を大きく振りかぶり、獣戦士の能力で強く、素早く、赤いドラゴンファイターの背中を斬りつける。
「ぐわっ!」
鎧は簡単に切り裂かれ、その下の肉をも深く切り裂いた。赤いドラゴンファイターの背中から真っ赤な血が噴水のように噴き出す。普通の人間なら重傷だ。
(なんだ、全然弱いじゃないか)
情報にあった黒いドラゴンファイターよりもかなり弱い。恐らくこいつは黒いドラゴンファイターの姿を模した偽物だろう。
カマスがそう判断し、油断したその時だった。
「……ドラゴンキック!」
「ぐはっ!」
一瞬の隙を突かれたカマスは重傷を負った赤いドラゴンファイターに蹴り飛ばされ、闘技場の壁に強く叩きつけられて気を失ってしまった。
「……参ったね、カマス君でもダメかい」
状況は不利と悟った五色魔導士のエイミィは、隠し持っていた煙玉をドラゴンファイターに向けて投げつけた。攻撃と判断した赤いドラゴンファイターは、煙玉を右腕のドラゴンカッターで切り裂いた。
「なにっ!」
切り裂かれた煙玉から、赤いドラゴンファイターの視界を遮るように大量の黒い煙が噴き出す。エイミィはさらに風の魔法を使い、煙を赤いドラゴンファイターの周囲にまとわせる。
「さて、今のうちに撤収だね」
エイミィは闘技場の中央に下りると、気を失ったカマスに弱い雷魔法を浴びせた。
「うわっ!」
「起きたね、カマス君。撤退だよ」
「撤退? あの邪龍もどきはどうするんだ?」
「暴走させた魔化人たちに始末してもらうよ……残念だけどこの闘技場は終わりだ。今から証拠隠滅のためにこの闘技場は魔方陣を使って崩れ落ちる」
「崩れ落ちる!? そ、そんなことしたら地上が……!」
「大規模な地盤沈下は魔王軍の残党の仕業にでもしてもらうさ。さあ、逃げるよ!」
大規模な、ともすれば大勢の死傷者を出すかもしれないことに動揺するカマス。一方エイミィはとにかく保身のために、そんなことは気にせずとにかく逃げようとしている。
「ちょっと待て! さすがにそれは……」
「じゃあ、このまま犯罪者として捕まるかい? 恐らく死罪は避けられないよ?」
「う……」
カマスは思い悩む。カマスには勇者アリスの暗殺未遂の前科もある。その上この違法闘技場に関わっていたとなれば、エイミィの言う通り死罪は避けられまい。でも、このまま逃げれば多くの人が犠牲になる。
自己の保身と正義を天秤にかける。
「…………わかった、ここは撤退しよう」
獣戦士のカマスは、悪魔に魂を売った。
しくじり8 自分の保身のために、街に大きな被害が出ることを容認した