第10話 北へ
「ごめん、ハヤト。帰ってきたら、もっとちゃんとしたお墓を作ってあげるからね」
通常、処刑された罪人に墓は作られない。
アリスは、ハヤトの墓を王都の墓地の片隅に作った。近くにあった大きめの石と木の板を使っただけの簡単な墓だ。しかも墓の下には何もない。ハヤトの遺灰は、教会によって処分されてしまった。だからこの墓は、ハヤトがこの地で死んだというただの証でしかない。
だがそれでも、何もないよりはましだ。
「それじゃあ行ってくるね、ハヤト!」
アリスは墓地の外で待つ、『勇者の仲間たち』のもとに向かう。
アリスが用意した木の板には、『イシダハヤト・邪龍戦士ドラゴンファイター、異世界から来た英雄、ここに眠る』と記されていた。
「行ったか……」
噂通り、勇者パーティーは北の経済都市に向かうらしい。王都の北門で、勇者たちが乗った大きな馬車を見送りながら、フードを深めに被った男は呟いた。
「さて、俺も行くか……ん?」
男が馬車を追おうとした時、後ろから誰かに服を引っ張られた。振り返ると、そこには黒いワンピースを着た、10歳くらいの女の子がいた。
「どうしたの? 俺になんか用かい?」
「倒して」
「へ?」
「倒して」
「えーっと、ごめん、何を?」
「私を」
「はい?」
「私を、倒して」
そう言って、女の子の姿が幻のように掻き消える。
男は見間違いかと、瞬かせるが、やはりそこに女の子の姿はない。
「……疲れてるのかな、俺?」
勇者パーティーの次なる目的地は、北の経済都市だ。
「アリスちゃーん……機嫌直してよ~」
「来ないでください、ボルトさん」
「アリスちゃん、邪龍はあなたを騙していたのよ?」
「ハヤトはそんなことしません。絶対に」
馬車の中で、アリスは話しかけてきた雷鳴槍のボルトと聖術士のティナを冷たくあしらう。ボルトはハヤトを殺そうとし、ティナはハヤトの処刑を進めたのだから仕方ないといえば仕方ない。しかし、このパーティーの中心である勇者アリスが他の仲間たちを拒絶するような態度を取り続けていたため、馬車内の雰囲気は最悪だった。
「ああああっ! 辛気臭え! おい勇者、てめえのせいだぞ!」
「……僕は、ハヤトを殺したあなたたちのこと、信じていません。あくまで魔王軍を倒すために一緒に戦うだけです」
重い空気に耐えられずに激昂する獣戦士のカマスにも、アリスは冷たい表情で返す。
「だから会話も無視か? このわがまま娘が! あの邪龍は放っておけばこの俺様の活躍を横取りしようとしたんだぞ? 死んで当然だ!」
「それ、あなたの妄想ですよね? ハヤトのことが怖かったんですか?」
アリスの放った何気ない一言が、カマスの怒りに油を注いでしまった。カマスは顔を真っ赤にし、大声で怒鳴る。
「上等だ……おい、スナイト! 馬車を止めろ! 今から勇者と決闘する!」
「カマス殿、今は仲間内で争っている場合では……」
「黙れ、おっさん!」
重装戦車のゴーシュの諫言をカマスは大きな声で黙らせる。
「それにカマスさん、僕は受けるなんて一言も言っていませんが……」
「うるせえ! 良いから降りろ!」
「おい、カマス! アリスちゃんに乱暴なことするなよ!」
氷狙撃手のスナイトはカマスの大声に恐れをなして馬車を止めてしまった。カマスはボルトの言うことを無視して、アリスの手を乱暴に掴んで馬車から降りてしまった。
聖騎士のレオナルドは、大きなため息をつく。そんな中、カマスとアリスは互いに向かい合って、まさに1対1の決闘を始めようとしていた。
しくじり4 まさかの仲間割れ