第9話 ハヤトの遺書
「ハヤトは……いつも僕の隣で戦ってくれたんです」
重装戦車のゴーシュと氷狙撃手のスナイトに、伝説の勇者の装備をすべて外してベッドに腰かけたアリスはぽつぽつと話しだす。聖騎士のレオナルド王子にアリスの説得を依頼されたゴーシュとスナイトは、アリスの話を黙って聞いている。
「半年前、ライファ村から旅立った時、すごい不安だったんです。そんな時、迷いの森で、ハヤトと出会って……ハヤトは異世界から来たらしいんです。それでハヤトは、元の世界に帰りたくて、僕は仲間が欲しくて、それで一緒に旅をすることになって……」
アリスは昔を懐かしむような、どこか遠いところを見つめるような目をしている。
「僕はもちろん、ハヤトもお金持ってなくて、それで一緒に冒険者登録して、魔物退治のクエストして、遺跡で勇者の装備を集めて……大変だったけど、楽しかったんです。ずっとこんなふうに、2人で冒険して、お金に苦労して、寝るところに困って……それでも僕が勇者として認定されれば、仲間も増えて、国の支援で豪華な旅が……」
アリスの目に大粒の涙が浮かぶ。
「……そんなのいらなかった。勇者の認定なんていらない。豪華な旅なんていらない。ハヤトを殺すような仲間はもっといらない。僕は……ハヤトと一緒にいられるだけでよかった……2人でわいわいしているだけでよかった……!」
アリスはうつむき、嗚咽を漏らす。スナイトとゴーシュは背中をさするが、泣き止む様子はない。
どうしましょう、とスナイトはゴーシュに目を向ける。しかしゴーシュは、どうしようもできません、と首を横に振った。
「どうだった、ゴーシュ、スナイト?」
「ダメです、レオナルド様」
「アリス殿は、どこかで邪龍――ハヤト君に依存していたような節が見られます」
勇者の自室を出たゴーシュとスナイトはレオナルド王子に結果を報告する。
「やはりか……」
「あああっ! 面倒くさい! もう怒鳴りこんで強引に戦わせればいいだろ!」
「よせ、カマス。そんなことをしてもアリスを戦わせるのは無理だ」
「じゃあどうするってんだ、王子!」
「これを使う」
獣戦士のカマスの荒っぽい問いかけに、レオナルド王子は先ほど取り出した1通の手紙を掲げる。
「レオナルド様、これは……?」
「邪龍の書いた遺書だ。看守が受け取ったものらしい。中身を読んだが、アリスを励ます内容だった。これで立ち直ってくれるか、永遠に部屋の中に引きこもるか……賭けだな」
スナイトにそう言うと、レオナルド王子は勇者の自室の扉をノックした。
「はい……」
「レオナルドだ。邪龍の――ハヤトの書いた遺書を持ってきた」
「ハ、ハヤトの……手紙……?」
「入ってもいいか?」
「ど、どうぞ……」
部屋に入ったレオナルド王子は、アリスにハヤトの遺書を渡す。アリスは奪い取るようにレオナルド王子から遺書を受け取り、その中身に目を通す。
この世界の文字の書き取りに慣れていない、ハヤトらしい下手な字で、短い文章だった。
アリスへ
この手紙をお前が読んでいるころ、俺は死んでいるだろう。
しかし、俺が居なくても、どうか勇者として戦ってほしい。
これが俺の最後の願いだ。
お前と一緒に旅ができて楽しかった。
さようなら。
イシダハヤト・ドラゴンファイター
「ハヤト……ハヤト……!」
アリスは再び泣き崩れた。
しばらく大きな声で泣き続けた後、アリスはゆっくりと立ち上がった。
「レオナルド様、僕、戦います」
「おお、やっと立ち直ってくれたか」
「……あなたたちのことは信じていません。それでも、勇者として戦うことが、ハヤトの最期の願いなら……僕はハヤトのために、僕を信じてくれたハヤトのために戦います!」
そう宣言する勇者アリスの目に、もう悲しみも迷いもなかった。
レオナルド王子は満足げに頷く。
「今はそれでいい。共に戦おう、勇者アリス」
レオナルド王子はアリスに握手を求める。しかしアリスは、その手を握ることはなかった。