彼は立ち上がる。
鳥の囀りで目を覚ました。
久しぶりに気持ちの良い目覚めだ。
あいつがいないだけで、ここまで影響するとは。
他の奴らはまだ寝ていた。
昨晩はいったい何時まで語っていたんだ。
時計を見る。
まだ起床時間ではなかった。
「まだいいか。」
俺はまだ寝かせておくことにした。
起床時間前に起こしたら何を言われるかわからないから。
めんどくさいのは勘弁。
こうして一人で起きているのも少々退屈だ。
「顔でも洗うか。」
俺はなるべく音を立てずに洗面所へと向かった。
廊下は不気味なくらい静かだ。
自分の足音が響く。
コツコツ。コツコツと。
おかしい。
若干だが足音にずれが生じていた。
おそらく俺の他に誰かが歩いている。
先生の可能性も考慮した結果、柱の裏に隠れることにした。
コツコツ。コツコツ。
足音が徐々に近づいてきた。
息をのむ。
そして姿が見えた。
先生ではなく生徒だった。
あいつは。
間違いない。
山吹だった。
トイレか何かなんだろう。
横顔しか見えなかったが泣いているように見えた気がした。
気のせいか。
どれくらいだろうか。
俺は彼女がトイレから出てくるのを待った。
すると扉が開き彼女が出てきた。
「あ。」
と驚く山吹。
「おはよう。」
と一応挨拶してみた。
「お、おはようございます。」
と少し動揺していた。
俺が普通に挨拶したことに動揺していたのか。
それとも俺がここにいたことに動揺したのか。
「なしたんだ。」
とストレートに聞いてみた。
すると彼女がびくっとしたのがわかった。
自分でも驚きだった。
俺がこんなにストレートに聞くなんて。
「な、なんでもないです。」
聞かれたくないような、そんな感じだ。
ま、泣いていたののかもわからんし。
俺の見間違いだって言われたらそれまでだし。
もし本当にトイレだけなら失礼だし。
俺はそれ以上聞くのを避けた。
「そっか。」
そう言って俺は本来の目的であった顔を洗いに洗面所へ向かった。
部屋に戻ると無口くんが起きていた。
「おはよう。」
と静かな声で挨拶してきた。
「おはよう。」
と返す。
「どこに行ってたの?」
と聞かれた。
「トイレ。」
と答える。
それから起床時間になり無口くんがみんなを起こした。
その光景はさながら地獄絵図だった。
無口くんを蹴る、殴る、罵倒する。
どんだけ寝起き悪いんだよ。
俺は関わりたくなかったので傍観を決めていた。
みんなが起き朝食を済ませた。
そして本格的に二日目が始まった。
二日目は一日目と違ってめんどくさい内容だった。
二つの班でお互いの趣味を紹介するといったものだ。
このイベントがのちに最悪の事態を招くなど誰も知らない。
これを考えた教員はクビにするべきだ。
プライバシーの保護もあったもんじゃない。
そんな否定的な俺と正反対の奴らがいた。
そう四人組だ。
なぜか彼らは燃えていた。布教がどうだの言っていた。
ペアの班はくじでランダムに選ばれる。
ペア決めのため班長たちが呼ばれる。
クラス内でやるので一応顔見知りとやるわけだ。
そこだけは救いと言ったところだろう。
じゃんけんで引く順を決めた。
そしてなぜか俺が独り勝ちしてしまい一番に引くことになった。
一番だから何も考えずに引ける。
すっと箱から割りばしを抜く。
そこには四番と書いてあった。
そして他の奴らが順に引いていく。
全員が引き終わった。
一人ずつ番号を公表していく。
「四番」
そう言ったのは山吹だった。
よりによってあの班かと俺は落胆の表情を隠しきれなかった。
俺と山吹を中心に各班員が集まる。
明らかに温度差があった。
布教に燃える俺たちの班員に対して、お前らの趣味なんて興味ねぇんだよ、キモオタがといった表情の女子達。
みんな本当にすまない。とそっと心の中で謝った。
まずは自己紹介から始めることにした。
言い忘れたが進行は山吹である。
俺たちの班員の自己紹介は省く。
女子の自己紹介をしよう。
theギャルの金崎 京子。
普通に綺麗な橋本 さやか。
絶対に性格悪い雰囲気の須藤 桃花。
チビの山田 有栖。
以上。
女子も女子で個性の強そうな奴らだ。
自己紹介も終え、発表の順番を決めようとなったが、須藤が
「そこは男子からじゃない?」
と言い出した。
男女差別反対。
「おう、いいぜ!」
とデブが賛同しやがった。
その結果、男子が先に発表することとなった。
トップバッターはデブ。
彼は二次元の良さを主張した発表内容だった。
俺は幾度となく練習で聞かされていたため内容は把握していた。
彼が発表している間、じょしのほうを見ることが出来なかった。
熱弁するデブ。
やはり女子の反応が気になり横目で見る。
すると戦慄が走った。
なんとデブのことを睨みつけていた。
それに気が付いていないのか熱弁するデブ。
やばい。早く終われと願うのみだった。
デブの声が止まった。やっと終わったらしい。
すると男子陣しか拍手をしていなかった。
もうやめよう。そう声をかけそうになる。
だが、今度はひょろ長が熱弁する。
女子たちはさきほどと同じく睨みつける。
そしてイキりの番が回ってくる。
もはやここまでくると真面目に聞いているのは男子陣と山吹とアリスくらいだった。
他の女子はヒソヒソと何か話し始めていた。
それでも続ける。
こういうところがオタクのダメなところなんだよとツッコミを入れたい衝動に駆られていた。
イきりがすっきりした表情で発表を終えた。
次は無口くんか。無口くんなら。
すると無口くんは透かさず発表を始めた。
そうだった。
彼は空気を読めないんだった。
「僕は、二次元の女の子と三次元の女の子の違いを発表します。」
と彼が言った瞬間のことだった。
「はぁ~?また?」
「二次元とかどうでもいいんだけど。」
「それ以外の話できないわけ?」
と金崎、橋本、須藤が立て続きに口を挟んできた。
まさかの状況に固まる一同。
透かさず山吹が無口くんのフォローに入った。
「まぁまぁ、面白そうだし聞こうよ。」
と。
すると金崎が
「は?山吹の分際でうちらに指図してんじゃねーよ。」
と怒鳴りつけた。
怒鳴られた山吹は肩をすくめて小さくなっていた。
結果的に山吹のフォローが彼女に火を点けることとなった。
「さっきから黙って聞いていればさ、二次元の話ばっか。
まじきもいんだけど。
聞かされてるこっちの身ににもなれって。
ほんと、キモイ。
二次元のものを見てみろ?好きになれ?買ってみろ?
冗談じゃない。お前らと同じものを共有するとか無理。
キモオタはキモオタだけで語り合ってくれない?
うちらは別に興味とかないしさ。」
無口くんを代表して何も言えずにいた四人組に言いたい放題の金崎。
それを見て笑う橋本、須藤。
傍観を決めているアリス。
そして今にも泣きだしそうな山吹。
金崎の言い分には理解できる。
だが一つだけ許せないことがあった。
それは、
「あーあ。」
一斉に視線が集まる。
「黙って聞いていれば、とことん屑だな。」
「なんだ、てめえ。」
ごもっともなことを言う金崎。
「人の話は真面目に聞かないわ、人の趣味を馬鹿にするわ、終いには友達までを怒鳴りつけるか。」
なんだよ、と寄って掛かってくる。
「お前の言い分はごもっともだ。
俺もこいつらの話を聞いても何一つ共感できなし、共感もしたくない。
なんせ俺はオタクじゃないからな。
だからお前の気持ちはわかる。
だが、人の趣味を馬鹿にすること良くないな。
お前は馬鹿にしたせいで一気に悪者扱いだ。
本当に馬鹿だな。黙って聞き流していればいいものを。
それにあいつらは受け入れろとは言っていない。
話を聞いていたらわかるだろ。
あいつらは、見てくれ、買ってくれ、やってみてくれ、と言っていたか?
一度も言っていなかった。話を聞いていなかったらわからないよな。
あいつらは認識されるだけで満足なんだ。認識されることこそが目的なんだ。
話を聞いていなかったから誤解を招いた。
ほら、またお前が悪者扱いされる。
あいつらみたいな二次元ラブのキモオタが生まれるのは、お前らみたいな三次元の屑がいるのが原因のひ とつでもあるんだよ。」
バシンと乾いた音が響いた。
すると左頬が急に熱を帯び始めた。
俺は理解した。
ぶたれたんだと。
でも誰に?
それはアリスだった。
傍観を決めていたはずなのに、どうして。
「あなたの言い分は正しい。
でも、最後の一分は余計よ。最後の一分であなたは悪者扱いされるわ。
墓穴を掘ったわね。」
そう言い残して金崎を連れていく。
それを追って橋本、須藤も去っていた。
どうしたらいいのかわからず呆然とする四人組と山吹。
「行け。」
俺は山吹に叫ぶ。
その声で我に返ったようだ。
「ごめんなさい。」
と一礼をして彼女らのあとを追いかけた。
残された男子陣。
周りからの視線が突き刺さった。
それからはどうなったかはあまり覚えていない。
自室に戻ってからも誰一人口を開かなかった。
何一つ音のしない部屋。
空気がとても悪い。
今にも抜けだして一人になりたい気分だった。
そんな空気を壊したのが無口くんの一言だった。
「僕たちのために立ち上がってくれて嬉しかった。本当にありがとう。」
その一言で俺は泣きそうになった。
いや、救われた気がした。
「なんだよ、無口じゃないのかよ。」
と突っ込んだ。
するとみんなが笑う。
本当によ、かっこよかったべ、やればできるじゃねーか、と。
俺たちは気が済むまで笑い続けた。
俺は気付いた。
この四人組の空気が好きなんだと。
こうやって笑い合うことが好きなんだと。
叶や雄大、龍央たちが集まることに決めた理由が俺にもわかった気がする。
だからこそあのとき無性に腹が立ったのかもしれない。
彼らを一つにしたものを馬鹿にされたから。
彼らの友情を否定されたように感じたから、きっと最後に。
でも立ち上がらなければ俺はきっと後悔をしていたと思う。
立ち上がったことで、こうして笑い合うことが出来ている。
だから俺は間違っていたなんて思わない。
間違ったことを言ったなんて思わない。
「お前らなら。」
信じても良いかもしれないと俺は思い始めた。
こいつらは間違いなく本物だ。
今なら確信持って言える。
-そうして宿泊研修を終えた。