元に戻りたい。
足取りが重たい。
足枷でも付けているような感じだ。
徒歩10分圏内のところにあるはずなのに、もう既に一時間も歩いているようだ。
それにしても風が冷たい。暖かい恰好をしているにも関わらず、体の芯は冷え切っている。
これも山吹の大事な話というやつのせいなんだろうか。
重たい足を駆使して、何とか公園まで辿り着くことが出来た。
公園の真ん中に外灯で照らされたベンチがある。そこに一人の女の子が座っているのが遠目からでも分かる。
それが山吹であるということも間違いない。
彼女の姿を見た途端、帰りたい、この場から立ち去りたい、今ならまだ間に合うといった感情が一斉に湧き出してきた。
それでもこの場から逃げなかったのは、俺が山吹のことを真剣に考えているといった心の表れではないだろうか。
-俺は山吹のことが好きだ。
だから、その気持ちを真っ直ぐにぶつけよう。
そう決心して向かう。
足音で気が付いたのか、それとも気配で気が付いたのか、山吹が顔を上げる。
両手にはカイロが握られていた。
「こんばんわ、優斗くん。」
「ああ。」
山吹の顔を見るのが恐くて俯いたまま返事をした。
声が震える。それは寒さのせいなのか、それとも...
「急に呼び出してごめんね。隣、いいよ。」
そう言うと山吹が少しずれ、一人分のスペースを開けてくれる。
俺は無言のまま隣に座る。
何か返事しなければいけないのは分かっているが、上手く声が出ない。
隣に視線をやると山吹が小刻みに震えていた。
今すぐ抱きしめたいところだが、今の俺にそんな資格があるのだろうか。今から別れを切り出す相手にそんなことをされたら気持ち悪いだろう。
俺は必死に両手を自分の太ももに押し付ける。
それから数分間、お互いに無言だった。
「私ね...」
急に山吹が切り出すものだから、心臓が口から出そうになった。
「いま、物凄く幸せなんだ。」
両手に握られたカイロを弄りながら言う。
「...だからこそ、辛い。」
俺は今すぐにでも逃げ出したいと思った。
それが叶わないのであれば、両耳を切り落として何も聞こえなくしようと思った。
目の前の視界が近くなったり遠くなったりしている。
微妙に平衡感覚も失われている。身体が揺れている気がする。
身体のあちこちで異常を訴えている。このまま倒れこめばどれほど楽か。
でも、結果は変わらない。逃げても逃げても変わらない。
なら...
「...山吹っ!聞いてくれっ!!」
震える唇を必死に噛む。口の中に鉄の味が広がる。
「えっ?」
山吹は困惑しているようだった。
今はそんなことを気にしている余裕はない。
自分の気持ちをこの勢いでぶつけるんだ。
「俺は山吹が好きだ。この世で一番好きだ。...愛しているんだ。」
大きく息を吸い込む。
「だからっ!...だから、別れたくない...」
みっともないことは分かっている。
男が泣きながら別れたくないと言うなんて恥だ。こんな姿、誰かに見せられたようなものじゃない。
でも、恥でもダサくても何でもいい。山吹の隣を歩けるのであれば...
「お、落ち着いて...優斗くん。」
俺の両肩に手を置く。
微かに伝わる熱のお陰で少し興奮気味だったのが元に戻っていく。
「ま、まずはありがとう。優斗くんから愛しているなんて言葉を聞けて...私、その、すごく嬉しかった!」
満面の笑みだ。
「それとね、私が優斗くんと別れるなんて...あり得ないから。」
最期の言葉を力強く言った気がした。
俺の耳が都合よく捉えただけなのかもしれないが。
「...私も大好き。愛しているよ。」
そう言うと抱き付いてくる。
行き場を失った両手をどうして良いか分からなかった。
このまま抱きしめても良いのだろうか。
山吹が小刻みに震えているのに気が付いた俺は強く彼女を抱きしめていた。
それから一分ほど暑い抱擁を交わした俺たちは本件に戻ることにした。
「私が優斗くんに話したかったことは京子たちのことだよ。」
完璧に俺の勘違いだった。
耳の先まで真っ赤になっているだろう。とても恥ずかしい。
穴があったら今すぐ入りたい。いや、誰か埋めてくれ。
「それは悪かった。」
「あり得ないからねっ!」
念を押された。
「それで金崎のこととは?」
「うん。最近、一人でいるし、学校を休みがちなのは気付いているよね?」
「まぁ、そりゃな。クラスメイトだし。」
「その原因は...私じゃないかなって思っているの。」
俺は一瞬、言葉に詰まった。
それは紛れもなく事実だからだ。
だが、そんなことを言える訳ない。
「...それは違うだろ。」
目で何故?と訴えかけてくる。
「...もともと仲が良いとは言えなかったんだろう。」
「...そんなこと、ない...はず。」
歯切りが悪い。
思い当たる節でもあるのだろう。
「...それで、山吹はどうしたいんだ?」
「...元に戻りたい、と思ってるの。」
イジメられてもなお元に戻りたいか。
その瞬間、有栖から聞いた話がフラッシュバックした。
知っておかなければいけない理由...
そうか、そういうことだったのか。
有栖からあの話を聞いているのと聞いていないのでは丸っきり答えが変わっていただろう。
聞いていない俺であれば間違いなくここで反対していた。
でも、事情を知っている俺であれば山吹の主張も理解することが出来る。
それに...金崎にも多少の同情はできる。
心の中で有栖に感謝をした。
-ありがとう。有栖。
「...いいんじゃないか?」
「えっ?」
驚いた表情を見せた。
「ってきり、反対されると思ってた。」
ああ、その通りだ。
有栖がいなければな...
「そんなことない。好きなようにやればいいさ。」
「その、優斗くん、協力してくれる...?」
「ああ。」
また抱き付いてくる。
今度は戸惑うことなく強く強く抱きしめた。




