背伸びをしてみる
それから俺たちは無言のままレストランへ向かった。
いつも以上に緊張している。友達から恋人に。恋人と意識し始めるとこんなにも変わってしまうものだろうか。
通りすがりの可愛い女の子を気にしなくなった。山吹が一番かわいい。
いつも見る光景を山吹と一緒に見ると輝いて見える。幸せな気分になれる。
これが恋なのか。
ドキドキが止まらない。
気が付くと彼のことを目で追ってしまう。
彼の横顔を見るとニヤけてしまう。
その度に私の心が満たされる。私の好きという気持ちがより一層強くなって溢れてしまう。
ああ、私、恋しているんだ。
俺は恋というものを理解していなかった。
私は恋というものをよく分からなかった。
俺は、私は、付き合うことで恋とは何なのか知ることが出来た。
レストランでふと目が合った。そしてすぐに目を逸らす。
山吹は顔を赤くしている。いや、照明のせいなのかもしれない。
何か恥ずかしいことがあったのだろうか。
優くんのことを見ていると目があってしまう。
それが恥ずかしくてつ目を逸らしてしまう。
それに優くんのことをついつい考えてしまうと顔が赤くなってしまう。それがとてつもなく恥ずかしい。
そんなに見つめられると恥ずかしいよ...
それからは無言のままフルコースのディナーを堪能した。
レストランを出ると山吹が謝ってきた。
そんな山吹の姿を見て俺は背伸びをし過ぎてしまったなと感じた。
そこで俺は気が付くことが出来た。
俺たちは俺たちらしく進めばいい。いつもの俺たちのように初々しくぎこちなく、ゆっくりと歩んでいけばいい。
食事が運び出されてきても美味しいの一言もなく無言のまま食事が進んでいく。
これがマナーというものだろうか。
それとも...優くんが気を遣ってくれているのだろうか。
それにしても、こんな空気は嫌だ。そして、こんな空気を作りだしてしまったのは私が原因なんだ。
結局、私たちは無言のままレストランをあとにした。
「今日はごめんね。」
私は謝る。折角こんなに素晴らしいところに連れて来てくれたのに...私が不甲斐ないせいで優くんに迷惑をかけてしまった。
「俺の方こそ、ごめん。」
謝るべきなのは俺の方だ。
今日一日、山吹のことをエスコートすると決めておきながら、気の利いた言葉すらかけてやることが出来なかった。
記念すべき初デートを台無しにしてしまったのは俺の方だ。俺がこんなにも不甲斐ないせいで...
このまま終わるのは嫌だ。
優くんが謝ってきた。
優くんは何一つ悪くないと言うのに...優くんは優しすぎる。
だから私はその優しさに甘えてしまう。
初デートをこんな形で終わらせるのは嫌だ。
「こ、このあと何処か行こう。」
「ま、まだ時間ある?」
被ってしまった。
被ってしまう。
なんだかそれが面白くなって俺は笑う。
優くんも同じことを考えていたなんて...
私は優くんにつられて笑う。
笑う優くんを見て私は気が付く。ずっと恋人という言葉に縛られていた。
恋人になったから変わらなければならない、そういうことじゃない。
優くんのことが好きだから、優くんと一緒にいる時間が大切だから、優くんの大切な人になりたい、もっと一緒に居たい。だから私たちは恋人になった。
だから、だから、付き合う前の二人のままでいいんだ。無理に背伸びをする必要がないんだ。
笑う山吹を見て俺は思った。
俺は笑った山吹が好きだ。山吹と一緒にいると幸せになれる。もっと山吹と一緒に居たい、だから俺は告白した。
俺は恋人という言葉に踊らされていた。恋人だから、これをしなければならない、こんな所へ連れていかなければならない。決してそういう訳じゃない。
付き合う前の俺たちで十分なんだ。
気が付くと、俺は、私は、お互いを抱きしめていた。
-優菜の部屋
最近、なんだか面白くない。
私は山吹さんと勝負をして見事に撃沈した。山吹さんは私の好きだった優斗と付き合うことになった。
私はお兄ちゃんが好きな妹。そう言い聞かせていたけど、実際心の中では満足していない。
私にとってお兄ちゃんは優斗であり、優斗はお兄ちゃんであるのだから。
だから、お祭りの日といい、今日といい、お兄ちゃんの顔を見るのが嫌で家を飛び出した。
結局、私はお兄ちゃんのことを諦められずにいた。
出来ることならだれか私のことを攫ってほしい。そして、お兄ちゃんのことを忘れさせてほしい。
「だれか、私の心を奪ってくれないな...。」
-次の日
今日も私は予備校へ向かう。
いつしか予備校が私にとっての居場所になっていた。
ここに来ればお兄ちゃんのことを忘れることが出来た。
昨日はどうだったんだろうと気になっていた。お兄ちゃんが帰ってきたのは九時ごろらしかった。そのころ私は寝ていた。朝起きるとお兄ちゃんは寝ていた。丸一日近く話していない。
心ここにあらずといった感じで歩いていると誰かにぶつかってしまった。
私は慌てて顔を上げて謝る。
「すみません!」
すると爽やかな笑顔のイケメンが立っていた。
「大丈夫だよ。君の方こそ大丈夫かい?」
その雰囲気に見惚れていて反応が遅れてしまった。
「あ、は、はい!大丈夫です!」
声が上ずってしまう。恥ずかしくて死にたいくらいだった。
「そっか、それなら良かった。じゃ、またね。」
そう言うとそのイケメンは自習室へ向かって行く。その後ろ姿をじっと見ているとあることに気が付いた。
「あの制服...」
そのイケメンが来ていた制服はお兄ちゃんの通う学校のものだった。
「へ、へー...」
心の中で微かに感じるものがあったが、その時の私は気が付くことが出来なかった。