返信の仕方
「お兄ちゃん。お兄ちゃん。」
微かにそう聞こえる。
「お兄ちゃん。お兄ちゃん。」
俺の腹あたりで何かがうごめく。
「お兄ちゃん。お兄ちゃん。」
その声が耳元で聞こえる。
目を覚ますと。
「お兄ちゃん。お兄ちゃん。朝だよ。起きて。」
パジャマの前をはだけさせて、そう言う雌犬。
「ったく、お前は何してんだ。」
「こんな格好して起こしたら、お兄ちゃんなら興奮しちゃうかなって。」
な訳がない。
同級生にならあり得るが。
何があろうと自分の妹に興奮することなんて絶対にない。
あるとしたらそれは俗にいうシスコンくらいだろう。
「んなわけあるか。妹に興奮する兄なんてどう考えてもやばいだろ。」
そう言うと頬を膨らませる。
「もう、お兄ちゃんの馬鹿!」
ドキッとした。前言撤回である。
なんだ今の破壊力。
となるわけない。
「はいはい。」
と軽くあしらう。
「ご飯できてるよ。お兄ちゃん。」
と笑顔で言う。
こいつの切り替えの速さにはいつも驚かさせられる。
「わかったよ。」
そう返事すると妹は部屋から出ていこうとする。
扉を開けて出ようとしたとき、振り返って
「あ、言い忘れてた。おはよう、お兄ちゃん。」
と微笑んだ。
くっ。今のはさすがの俺でも…
なんて冗談はさておき、俺は着替え、朝食を済まして学校へ向かった。
普通に学校へ行き、授業を受けた。
いつもはすぐ家に帰るのだが今日からは違う。
なぜなら班長会議があるからだ。
放課後、指定された教室へ向かった。
予定時間よりも早く来たつもりだったが既にたくさんの班長が集まっていた。
次からはもっと早めに来よう。
十分くらい待っただろうか。
一分くらい前にガラガラと扉が開いた。
あの友達野郎が入ってきた。
なぜか彼女は汗だくで息が上がっていた。
それから進行らしき人が全てやってくれた。
そのお陰で俺らがすることは何一つなかった。
楽。
今後の話を一通りされ、それだけで今日の班長会議は幕を閉じた。
終わり各自が帰り始めた。
俺もこの流れに乗って帰ろうとしたとき誰かに呼び止められた。
「あ、あの!」
その声だけで察しはついた。
返事はせずに振り返る。
「私のこと覚えていますか?」
忘れるわけないだろう。
入学式当日に友達になってくださいってお願いしてくる奴を。
人生で初めての経験だったから鮮明に記憶に起こっているわ。
「ああ。」
正直、この女とは関わりたくない。
あーゆー集団を形成している女は嫌いだ。
関わるとろくなことがない。
「よかったです!あなたも班長なんですね。」
見ればわかるだろ。
「あーそーですよー」
「ですよね!」
え、なに、おちょくってんの?
「わたし、嬉しいです!」
え、なにが。
「話せる人がいて。さっき教室に入ったとき知らない人しかいなくて。」
友達野郎は胸あたりに手を置いて言う。
え、なにそれ。
私、寂しいよアピールかなにかですか?
「そっか。」
めんどくさいですけど。早く帰りたいんですけど。
「あ、あの、もし良かったら一緒に帰りませんか?」
思わず吹き出しそうになった。
本当は断りたいが、夜道に女子生徒を一人で歩かせるのもあれか。
友達野郎になにかあったら寝覚めが悪くなるしな。
「別にいいよ。」
そして俺たちは一緒に学校を後にした。
帰り道ではお互いに一言も話さずに終わった。
意外なことに友達野郎の家が近くにあった。
家に帰るなり玄関で妹が仁王立ちしていた。
ああ、帰ってもめんどくさいのがいるんだった。
「お兄ちゃん。」
その口調はまるで怒っているようだった。
「え、怒ってんの?」
大きく頷く。
「そうだよ。怒っているんだよ。」
いや、さっぱりわからん。
「そっか。」
この適当な返事が妹の逆鱗に触れてしまった。
「ねね、あの女の人だれ。」
いやー直球できますか。
ってか、それのことだったのか。
「いや、ただ班長で同じになって一緒に帰ってきただけ。それに俺に友達ができないのに彼女なんてできるわけないだろ。」
あっっていう顔をした。
少しだけ声も出ていた。
「あーあ、そっか。なるほどね。だよね。お兄ちゃんに出来るわけないもんね!」
妙に納得しいているのが無性に腹立つ。
間違ってはいないが。
「お兄ちゃんは私のものだもんね。ね、お兄ちゃん?」
なぜ同意を求めるのだろうか。
絶対にイエスなどと言うはずがないのに。
いや、もしかしたら妹にとっての線引きなのかもしれない。
あえて何かは言わないが。
「はいはい、そうですね。」
そう適当に流して自分の部屋に行く。
部屋に入りベッドに横になる。
携帯をひらく。
すると一件のメールが受信されていた。
【初めまして。楓馬くんのメールであっているかな?
お返事待っています。 山吹白より】
と書かれているメールだった。
身内以外からもらうメールは何年ぶりだろうか。
待っていた気持ちがどこかにあったんだろう。
メールを見てにやける顔が液晶に写っていた。
「きも。」
思わず自分でもツッコミを入れてしまうくらい気持ち悪い顔だった。
なぜ友達野郎からメールが届いたかというと…
さきほどの帰り道にて。
別れ際に
『あ、あの、メールアドレス教えてくれませんか?』
と聞かれた。
最初は断ったのだが、
『顔を見て話すのは私達には早いと思いました。だから、その…』
意を決したような顔で、
『メールでならお互いに話せると思うんです。私、あなたと仲良くなりたいです。』
そう言われてしまった。
近所だったので周りの目が気になり仕方なく交換したのであった。
「それにしてもなんで俺にこだわるんだ。」
どれくらい経っただろうか。
あれからメールの返信をできずにいた。
先程にも言ったが俺は身内以外メールのやり取りをしていなかった。
身内とのメールなんて基本、業務連絡みたいなものなので【うん。】で十分だ。
だが同級生相手にそれは素っ気無さすぎる。
かと言ってかっこつけてしまうと、こいつはネットではイキるタイプかと思われてしまう。
そんな感じで悩んでいたらかなりの時間が経ってしまった。
それからも俺は朝になるまで悩み続けた。
そして返信できずに学校へ登校することとなったのである。