俺たちは世界で一番の兄妹だ
優菜の部屋の前にいる。
ノックをしようと思ってから、かれこれ十分経とうとしている。
優菜の顔を見るのが恐い。優菜に気持ちを伝えるのが恐い。
そんな感情が俺を踏み止まらせていた。
でも、気持ちを伝えなければ先には進むことが出来ない。
結果がどうであれ俺は山吹に気持ちを伝えたい。好きだと言いたい。
これも自分勝手な気持ちなのは分かっている。それでも...
俺はノックをしていた。
「どうぞ~。」
と中から間の抜けた声がする。
「は、入るぞ。」
俺は一言付け加えてから扉をゆっくりと開ける。
「やっぱり、お兄ちゃんか。遅いっ!」
どうやら俺が部屋の前で悩んでいたことに気が付いていたようだ。
「なぜ、わかった?」
勉強していた手を止めて、こちらを振り向く。
「そりゃ、あんなにずっと立たれいると人の気配ぐらい感じるよ。」
どうやら俺がずっと立っていたこともバレていたようだ。
「そ、それは悪いことをしたな。」
それにしても何でこいつはちゃんと話せるのかが分からない。
俺は顔を見て話すことなどできないのに。それどころか会うのでさえ躊躇していたというのに。
「それで何の用なの?私、勉強中だよ??」
ごもっともだ。優菜は受験生。こんなことに時間を費やしている暇はないだろう。
「この前の話の続きをしに来た。」
そう言うと優菜は少し身構えた。
「そっか、それで答えは?」
急かしてくる。
「あ、ああ。」
こんな感じでさらっと言ってしまって良いものだろうか。もっとムードとかを気にするべきなのではないだろうか。そんなことが頭を過ぎる。
「早くしてよ。お兄ちゃん。」
どうやら優菜はそんなこと興味も関係もないようだ。
なら、俺は言うしかない。逃げないと決めた。自分のために。
「俺は、お前の気持ちには応えられない。」
泣いたり、怒ったりして感情を露わにするのかと思っていたが、そんなことはなかった。
正直言って意外だった。優菜は感情豊かな方だと思っていたからだ。
「そっか。やっぱり、そうだよね。」
静かに言う。
「最初から分かっていたの。お兄ちゃんに振られることくらい。」
な、と俺は声を出しそうになった。だが、それを必死に抑える。
「びっくりした?」
「そりゃな!」
誰のせいでこんなに悩んだと思っているんだよ、とは言えない。
俺には言う資格がない。
「えへへ、ごめんね?」
と舌を出して謝る。
そして椅子から降り俺の前までくる。
「試験の前にどうしても言っておきたかったんだ。それじゃないと勉強に手が付かなくて...。
お兄ちゃんが山吹さんのことを好きな事は前から知っていた。
それでも告白したの。...自分勝手な理由で。
...結果的に、お兄ちゃんを困らせてしまうことになってしまった。
...本当にごめんなさい。
...おこがましいと思うけど、私とこれからも仲良くしてくれませんか?
...兄弟として。」
...兄弟として、か。
その言葉を言うのにどれだけの勇気と覚悟が必要だったのか、俺には分からない。
それが生半可な勇気と覚悟ではないことを優菜の身体が物語っていた。
ぎゅっと強く握られた拳。全身が震えていた。そして噛み切れそうなほど唇を噛んでいる。
目には薄っすらと涙が滲んでいる。
「優菜...。俺はお前にたくさん謝らなければいけない。」
深呼吸する。
「...お前の気持ちに応えてあげられなくて、ごめん。
...お前から逃げようとして、ごめん。
...お前をいっぱい傷付けて、泣かせて、ごめん。」
俺は涙をこらえる。
優菜は既に泣いていた。
「俺はお前の唯一の兄妹だ。だから、一生一緒にいる。嫌いになったり絶対にしない。」
だめだった。次々と涙が溢れだす。
「...俺は、優菜が好きだ。兄妹として...世界一好きだ。」
俺に出来ることはこれぐらいだ。
優菜を慰めたりすることは俺には出来ない。彼女の心の穴を埋めてくれるのは俺じゃない誰かだ。
その人物は優菜が心から好きだと言える者にしかできない。
なら、俺に出来ることは優菜に新たな道を進んでくれるように背中を押すことだ。
「俺たちは兄妹だ...たとえ、血がつながっていなくても兄妹だ。だから...」
この先の言葉を言うのはやめた。
いま、このタイミングで言う言葉じゃない。俺はそう思った。
徐々に落ち着きを取り戻していた。
だが、優菜はまだ号泣している。...今日くらいは許してくれ。
俺はそっと優菜を抱き寄せた。
強く、強く、抱きしめてくる。俺もそれに応える。
「優菜。お前は自分勝手な理由で告白したって言っていたよな。」
頷く。
「俺も自分勝手な理由でお前に告白したんだ。それでいま、お前を泣かせてる。」
頭をそっと撫でてやる。
「だから...お互い様だ。」
優菜が顔を上げて上目遣いでこちらを見てくる。
号泣したせいで目が赤く腫れている。鼻水も大変なことになっている。
「お兄ちゃん...山吹さんに気持ち伝えるの...?」
震えた声で聞いてくる。
「ああ、伝えるよ。」
そう言うと微笑む優菜。
「そっかっ!私、応援するねっ!」
無理していることはすぐに分かった。
お前は新しい道を進め。俺が一番近くで応援してやる。
だから、俺のことも一番近いところで応援していてくれ。
お互いにこれから始まる新しい人生を頑張ろうな。
そんな臭い台詞なんて言えない。でも、この気持ちは伝えたい。
だから俺は...
「...え?」
―優菜のおでこにキスをした。
―これが最初で最後のキス。
―そして、こんな近くに俺はいるという証だ。
「...お返し。」
そういって背伸びした優菜が俺の頬にキスをした。
「ファーストキスはあげないよっ!」
と少し悪い顔して笑った。