愉快な仲間たち
それから、数日が過ぎた。
相変わらず俺に友達ができていない。
いや、作ろうとしていなかった。
だが、あいつは違った。入学式当日に友達になってと頼んできた奴だ。クラスの中心と思しきグループに所属していた。
俺には友達には見えないが。まるで…
『金魚の糞。ってか?』
そう廊下からクラスの様子を伺っていた俺に話しかけてきたのは中学時代を共に過ごした俺の数少ない友達の一人だった。
「よ、久しぶりだな。」
『相変わらず、ぼっちだな。』そう言って、ニヤリと笑う。
「うるせ。」
やれやれと言った表情だ。
『そんな調子だと友達ができんぞ。』
こいつはいつもそう。こうやって俺にお節介を焼いてくる。
「できないんじゃない。作ろうとしていないだけだ。それに…」
大きなため息をつく。
「いらねぇんだ。友達なんて…」
『お前の気持ちもわからなくもないがな、そうは言っていられないんだぞ?」
頭を掻きながら言う。
「来週には宿泊研修なんだぞ。』
宿泊研修。学校行事。クラス全員。集団行動。
俺が最も嫌いなものだ。
「なおさらいらねぇ」
腕を組みながら俺を見下ろす。
あーあ、またこいつの長い説教が始まるよ。
『あのな…』
『賢治~!購買行こうぜ!』
そう遠くから賢治の友達と思しき人影が迫ってくる。
『おう。』
その人影に元気よく返事をする。
『悪いな。ま、お前も頑張れよ。二度とあんなことは起こらない。だから…』
そう言って俺の肩を叩く。
そして賢治は俺の前から消え去っていった。
「お前も相変わらずだな。」
賢治は中学時代、クラスの人気者だった。
優しくて周りに気を配れる奴だった。
そんな奴を知ったきっかけは宿泊研修だった。
中学時代から友達を作ろうとしなかった俺は、班作りのときに一人取り残されていた。
他の奴らは俺の方を見向きもしなかったが、賢治だけは違った。
あいつは俺を自分たちの班に招き入れてくれた。
それからは話す機会が増えたが深く関わることはなかった。
だが、俺のある告白をきっかけに奴とは中学時代を共にすごすことになったのだ。
「宿泊研修か。」
昼休みの終わりを告げる鐘が鳴り、みんな慌ただしく各自の席へ戻る。
みんなが着席したと同時にガラガラと教室の扉を開いて担任が入ってきた。
「えーと、これからホームルームを始めます。内容は来週に行われる宿泊研修についてです。」
宿泊研修という単語にクラスが反応する。
「静かに。えーと、その宿泊研修で共に行動する班をこれから決めてもらいます。」
ひそひそと、あちらこちらから声が聞こえる。
「えーと、基本的には自分たちで決めてもらいますが、決まらない場合は出席番号順にしようかなと思っています。それで…」
担任が説明を終える前に立ち上がるクラスの連中ども。
仲がいい奴らが集まり、もう既にグループがいくつも出来ていた。
友達野郎も昼休みのときに一緒にいた女子グループの中に混ざっていた。
「あ、えーと、言い忘れていましたが一班五人です。」
そこ肝心なところだろ。
クラス全員で四十人。つまり八班できるわけか。
でも、男子二十二人、女子十八人。混合の班が出来るが良いのか?
「先生、余りが出るっす。」
そんな俺の疑問を口にしてくれた。
「あ、えーと、そのことですが言い忘れていましたね。」
まじか。
「男子二人、女子三人の班を一つ作ってください。」
ひゅーひゅーと茶化す男子の中心グループ。
「えーと、いま決めている班は学外研修を一緒に行う班で、部屋の班はまた別に決めてもらいます。」
先程まで茶化していた奴らから悲鳴が漏れる。
いや、当たり前だろ。
部屋まで一緒だったら学校問題だわ。いや、それどころか日本の社会問題になり兼ねない。
あーあ、現代社会こえー。
「わかったっす。」
わかったっす、ってもはや敬語でもないだろ。
そんなツッコミを入れているうちにほとんどの奴らが班を結成していた。
このままだと目立っちまう。それだけは避けなければ。
周りを良く見渡すと一班だけ四人しか集まっていない班があった。
意を決してそこへ向かう。
足取りが重い。みんの視線を感じる。
いや、実際には見向きもされていないんだろうが。
やっとの思いで辿り着く。
奴らを見ると、まるで俺たちの領域に踏み込むなと言わんばかりの視線を送ってくる。
ごくり。
「あ、あの、一人足りないよな?」
俺から目を離さずに答える。
「そうだが?」
で、でか。
百キロは軽々と超えていそうな巨体が前に出てくる。
「んで、なにようだ。」
こんどはひょろ長いのが出てきた。
「い、いや、足りないからよ。」
「だから、なんだっていってるべ?」
べ?
うわー今度は明らかにイキり野郎が出てきた。
それに便乗してちびが出てきた。
「…」
え、何も言わないんかい。
ってか、なんだこいつ。何も特徴のない奴だ。
「そ、れ、で?」
四人全員で来る。いや、実際は三人か。
「それでだな。」
その次の言葉を言おうとした瞬間だった。
「えーと、無事に班が出来たようですね。えーと、では班の中で代表を決めてください。」
は、はは。勝手に決まっちまったぜ。
ナイスタイミング。担任。
「決まってないが、良いだろ。仕方あるまい。」
と、ひょろなが君が。
「おお、そうだな。」
と、おでぶちゃんが。
「班長は、部外者のお前がやれ。」
とイキりが。
「…」
と無口君が。
そんな感じで反論する間も与えられずに決められてしまった。
「えーと、では決まった班長から前に来て、この用紙に班員名を記入してください。」
班員名とか知らないんだが。
決まったであろう班長達が前に出ては記入していく。
「あ、あの、俺、お前たちの名前とか全く知らないんだけど。」
その瞬間、四人が一斉に顔を見合わせた。
「そりゃ、そうだ。では自己紹介をするか。俺は鏡屋 琴音だ。」
とおでぶちゃんが。
カガミヤコトネ?って
なんだよ、そのギャップ。
「カガミヤコトネな。」
「俺は、菅 雄大だ。」
とひょろなが君が。
いや、もうお前ら二人の名前を入れ替えちまえよ。
「あ、ああ、よろしく。」
「俺はな、関 龍央だ。」
お前は見た目通りだな。
「よろしく。」
「…」
え、自己紹介もしない感じ?
「声が小さいぞ。」
え、今まで話してたのか。
「……伊東 叶です。」
辛うじて聞き取れた。
「俺は、楓馬 優斗。その、よろしく。」
なんとかこいつらの名前を知ることが出来た。
それからは諸注意事項などの説明がされ、その日のホームルームは終わった。
自己紹介はしたものの積極的に話すことはなかった。
むしろ、何故か避けられていた。
そしていつも通り何もなく帰路につく。
「ああ、今日はいろんな事があったな。」