俺と友達になろう
あの時もこんな感じだった。
手紙だけを残して消えた。
俺に何も言わずにただ一人で…
それは違うか。
俺は逃げたんだ。あの時も今も。
俺の一言でみんなが動き出した。
金崎一人だけを残して。
委員長は先生に伝えるため職員室へ。
四人組は学校周辺を探している。
橋本、須藤は女子トイレを中心に校内を探しているはずだ。
俺は校内を探すふりをしていた。
別には探す気がなかったわけではない。
もうすでに何処にいるのかは分かっていた。
だけど彼女に会うのが怖かった。
だから皆んなと同じように探すふりをしていた。
三階の空き教室の前を通った時のことだった。
後ろから声をかけられた。
『どうしたんだ。』
その声を聞いた瞬間、懐かしい気持ちに包まれていった。
「賢治」
俺は名前を呼んだ。
彼は表情を変えずに話す。
『もうやめよう』
やめよう…?
何をやめるんだ。
いきなりの発言に困惑する俺を見ても一切表情を変えることがない。
そして彼は続ける。
『現実から目をそらすことだ』
現実から目をそらす…?
もう訳が分からない。
どうしようもない苛立ちが湧き上がってくる。
俺はその苛立ちを彼にぶつけるように叫んだ。
「お、お前は、何を言ってるんだ!」
それを聞いた彼は少し悲しそうな顔をした気がした。
そんな俺を見ても彼は表情を変えない。
まるで人形のようだ。
落ち着いた声で言う。
『俺は死んだんだ』
それを聞いた瞬間、俺の中で何かが弾けるような気がした。
それはまるで卵の殻が割れ、中身が一気に飛び出してくる感覚だ。
様々な感情、記憶といったものが一気に脳を駆け巡る。
色々なことがフラッシュバックする。
『混乱しているだろう。それはもそうだ。俺が死んだという事実をお前は無理やりねじ伏せた。そして俺が生きていると錯覚していたんだ。』
動悸がはやい。呼吸も同時に乱れ始める。
俺は現実という壁に押しつぶされそうになっていた。
賢治が死んだという現実。
じゃ、今まで俺は誰と話をしていた…
いま目の前で話しているのは…
『お前は俺と話していると思っているが、周りから見たらただ独り言を呟いているだけに見えるだろう』
そうか。
そうだったのか。
だからお前は気がつくと消えていたのか。
俺はお前の死を受け入れられずに賢治の幻影を作り出していたのか。
そして自分の心が折れそうになるときに助けを乞うようにお前と話していたのか。
なんだ。
俺はただ賢治という存在に逃げていただけなのか。
『やっと気が付いたようだな。お前は確かに逃げた。でも、俺はお前を一瞬たりとも憎んだことはなかった。むしろその逆だ。
お前には感謝している。
…俺の初めての友達になってくれたのだから。』
そう言って微笑む。
彼の目には涙が浮かんでいた。
賢治はこう言った、俺は初めての友達だと。
賢治にはたくさんの友達がいたはずだ。
その疑問に答えてくれるようにこう付け足した。
『俺は周りにいい顔をしていただけなんだ。
ただ嫌われたくない、その一心で。
だから本当に友達と呼べるべき存在がいなかった。
毎日、毎日、毎日、毎日、ストレスが溜まる日々だった。時には嘔吐さえすることがあった。
でも、お前がそんな日々から俺を解放してくれた。
初めて本音で語り合うことができる人ができた。
初めて本物の友達ができた。
あのとき俺はどれだけお前に救われたことか。
お前が居なければ、もっと早くに飛んでいたかもしれない。
だからお前には感謝している。
お前は何も悪くない。
悪いのは俺なんだ。俺は逃げた。一人で。お前に何も言わずに。
そして俺の行動がお前を結果的に苦しめてしまった。
だから謝るべきなのは俺だ。
本当にすまない。
そして……
ありがとう。』
視界がぼやける。
いつのまにか俺は泣いていた。
身体が軽い。
今まで背負っていた重いものがなくなった。
俺は彼の死は自分の責任だと背負いこんでいた。
そしてそれは永遠に許される事がない罪。
だから俺は…
「ありがとう。」
俺はただその一言だけ伝えた。
その言葉に沢山の想いを込めた。
長い台詞は要らない。
これだけで伝わる。
だって、俺たちは【本物の友達】だから。
『行け。彼女はお前を待っている。』
そう言って俺の肩を掴む。
これ以上、彼に泣き顔を見せるわけにはいかないと思い俺は後ろを振り向く。
すると、彼が
『俺とはお別れだ。楽しかったよ。さようなら』
と言いながら俺の背中を強く押した。
俺は、さようなら、と小さくこぼした。
後ろを振り返りたい衝動に駆られながら俺は走り出した。
彼女がいる場所へ。
階段を登る。もう少しで扉が見えるはず。
大した段数がないのだが無性に長く感じた。
まるで終わりがない螺旋階段のようだ。
そんな感覚に囚われながら登っていくと扉の前に辿り着いた。
俺はゆっくりと扉を開いた。
錆びているせいか、ぎぎ、と音をたてる。
開けた瞬間、ひとりの女の子が屋上の縁に立っていた。
ゆっくりと女の子がこちらを振り返る。
やはり山吹だった。
俺はゆっくりと一歩ずつ確実に歩んでいく。
そして彼女と間が3メートルくらいのところで止まった。あまり近づき過ぎたら飛び降りてしまうかもしれない。
ま、おそらくそれはあり得ないが。
それなら彼女はもっと早くに飛び降りているはずだ。
皆んなに見つかる前に。
だが、それはしなかった。
それはなぜか、それは誰かを待っていたからだ。
俺は確信していた。
俺には経験があるから。
俺は彼女から声をかけてくるまで待つことにした。
そんなことをする必要がなかった。
止まった俺を見て彼女が声をかけてきたから。
「やっぱり来てくれたんですね。楓馬くん。」
やはり俺の思っていた通りだった。
「そんなところで何をしているんだ。山吹。」
俺は白々しく聞く。
「自殺しようと思うんです。」
「なら、すれば良いじゃないか。」
「結構、冷めたことを言うんですね。」
「もともとだろ。」
そういうと彼女は、そうでしたね、と笑った。
「なぜ、飛び降りないんだ?」
そう聞きながら俺は一歩近づく。
「飛び降りて欲しいんですか?」
「そういう訳じゃない。」
そう言いながら俺はまた一歩近づく。
「私、飛び降りられなかったんです。」
「なぜ?」
また一歩近づく。
2メートルあたりか。
もうすこし。
もう一歩近づいたところで止まる。
俺が止まったことを見て彼女が口を開く。
「楓馬くんの答えをまだ聞いていないからです。」
答え、ね。
入学式当日の出来事だ。
俺は彼女に、友達にならないか、と聞かれた。
そのとき俺は何も答えずに立ち去った。
「まだそんなことを気にしていたのか。」
彼女は少し悲しそうに
「私にとっては大事なことなんです。」
と言った。
「それはなぜだ。」
そんなことは聞くまでもない。
わかりきっていたことだ。
だが彼女の口から言うことに意味がある。
「最初はただ興味があっただけだったんです。
でも、楓馬くんを次第に見ていると私と似ているなと思ったんです。だから…」
「本物になれる…と思った。」
俺は間髪入れずに言った。
えっ、と彼女が驚いた表情を見せた瞬間、俺は動いた。
彼女の腕を強く掴み引き寄せた。3秒くらいの出来事だ。
俺はこのために近づいていた。このために彼女に言わせた。全てはこのためだけの行動だった。
引き寄せられた彼女は最初は戸惑っていた。
そして離れるどころか抱きついてきた。
「わたし、わたし、友達が欲しかったんです。」
彼女が泣いている。
俺は黙って彼女を抱く。
「私は昔から一人でした。寂しかった。
だから誰かと一緒にいたい。誰か一緒にいてほしい。
最初は友達が良かったんです。
でも、次第に友達が出来なくなってきたんです。
だから次第に誰でも良くなったんです。
私と彼女たちの関係が可笑しいことなんて最初からわかっていました。
でも私にとってはそれで良かったんです。
誰かと一緒に居られる。誰かに必要とされる。
だからこのまま続いても良いやと思っていました。」
そう言って彼女は俺を見上げる。
彼女の目は真っ赤に充血していた。
「でも、変わってしまったんです。楓馬くんが私を変えてしまったんです。
宿泊研修以降、楓馬くんは変わった。それを見て、このままではダメだ。私も変わらなきゃと思ったんです。
だから彼女たちとの関係を少しでも変えようと行動を起こし始めました。
でも結果的にそれが間違いだったんです。
彼女にとって私は都合の良い存在。それ以上、それ以下でもありませんでした。
今まで従順だった者がいきなり断りだすとどう思いますか?」
そう俺に問いかけてきた。
俺はそれに答える。
「なんだこいつ、と思う。それに腹が立つ。」
彼女は頷いた。
「そうです。それから彼女たち、主に京子の態度が急変したんです。」
そうか。そう言うことだったのか。
でも1つだけ疑問があった。
俺はその疑問を彼女にぶつけた。
「俺が引き金になった理由はなんだ。」
彼女は俺の胸に顔を埋めたまま答えた。
「それは私のせいなんです。」
山吹のせい?
「私が楓馬くんに甘えていたからです。
楓馬くんと私は似ていた。私と同じ存在がいる。
彼女たちと上手くいかなくても楓馬くんがいる。」
「でも、俺が変わった。」
「はい。今の楓馬くんもかなり違います。」
俺は何も答えられない。
「私は昔から人を観察して生きてきました。」
なるほど。
「だから人の些細な心境の変化を感じ取ってしまうんです。」
「俺はたしかに変わった。前の俺ならお前を助けになんか来なかった。探すことすらしなかった。
でも、あいつらが変えてくれた。だから…」
そう言うと彼女は俺から離れた。
彼女は自分の涙を拭う。
そして俺をまっすぐに見つめる。
「だから…?」
彼女は次の言葉を待っている。
彼女が数ヶ月待ち続けた言葉。
俺は一呼吸おく。
彼女をまっすぐに見つめる。
そしてはっきりと言う。
「俺と友達になろう。」
彼女は笑った。
そして大きな声で言う。
「よろしくおねがいします、楓馬くん!」
俺は忘れない。
彼女の満面の笑みを。
まるで天使が微笑んでいるようだった。
俺は嬉しかった。とても。
彼女を救うことができた。
俺自身も救われた。
俺も笑顔で
「よろしくな、山吹。」
と答えた。
今回も読んで頂きありがとうございました。
今回でようやくスタート地点です。
これからもどうぞ宜しくお願いします。




