リンゴ
バックの中で今私は運ばれている。
売られた時からヤな感じがするが何かできるわけではない。
手も足もないからだ。一緒に買われたキウイもおとなしく口をつぐんでいる。
暗い所にいるといやな妄想ばかりが出てくる。これからどうなるのか、何をされるのか。
切られ、熱され、こんがりと焼かれるのか。それとも摩り下ろされて、原形をとどめないようなものになってしまうのか。ああ、不安だ。出来れば観賞用になりたい。
そんなことを考えていると頭の方を捕まれて外の世界出される。見えてくる光が希望のように私の目に入ってくる。
置かれた。
白いテーブルか何かの上だ。周りを見ると冷蔵庫、テーブル、ミキサー、食器棚。ここはキッチンのようだ。
ちなみに私が置かれているのもテーブルでなくまな板のようだ。そんなことを考えていると声をかけられる。
「おい、そこの赤いの」
「誰だよ君は」
「俺?俺はバナナさ」
「ああ、初めましてバナナさん。私はリンゴよろしく」
黄色くて長く少し汚れているそれはかなり陽気に話しかけてきた。陽気なバナナ、南国の果物としては性格で合っているのかもしれない。
「お前は何でここに来たんだ?」
「知らないよ、買ってきた人間に聞いてくれ。そういう君は何で買われてきたのか分かるのかい?」
「観賞用さ」
「羨ましいね。ここに来たばかりだからこれからどうなるのか心配で、心配で」
「へー、ところでさ。何でお前赤いの?怒ってんの?」
「は? いや、怒ってはいなよ。生まれつきさ生まれつき」
「緑や黄色の奴もいるじゃん」
「いやいるけど、怒ってるから赤いとはならないだろ。他の色も怒ったら赤くなるわけじゃないと思うし」
「そういえば、なんかお前トマトみたいだな。ハハハハハ」
「話がころころ変わるな」
「前ここに来たトマトにもそんなこと言われたぜ、ハハハハハ」
「何がそんなに面白いのか分からないけど少し黙ってくれないか。これからの事を考えたいんだ」
「これからの事?」
「そうさ、これからの事。あ、でも観賞用のきみがここにいるなら大変な事には事にはならないか」
「大変な事って?」
「そうだな。例えば切られて熱されてアップルパイになるのとか、すり潰されて煮られてジャムにされるとか」
「美味そう。ジュースになってもいいじゃん。そこにミキサーあるし」
「やめてくれ、考えるだけでめまいがする。だけど、ここにいる限り安全だ。観賞用の君がいるんだからね」
「ハハハハハ。ところで君にいい知らせと悪い知らせがあるんだけどどっちから聞きたい?」
「ん?じゃ、いい知らせから」
「たぶん、さっきお前の言った調理はされない」
ん?どういう意味だ。バナナの言っている意味が分からない。
「で、悪い知らせの方なんだけど。俺はバナナはバナナなんだがフルーツじぁない」
「バナナは野菜ですってこと?」
「正確には葉だけどな。俺は…プラスチックだ」
「………」
「食品サンプルのバナナってことだよ」
バナナの言った言葉を理解するのにはかなりの時間を要した。ってことはつまり観賞用のために買われてきたわけではなく私は食用だというのか。さっきまでの安心感は消え、絶望した。
「嫌だー、死にたくない」
「ハハハハハ、トマトもそんなこと言ってたぜ。あいつは最高だったぜミキサーにかけられて味付けされてケチャップになったからな。今もそこの冷蔵庫になかで静かに使われるのを待ってるぜ、だが俺は食品サンプル。永遠に食べられる事はない、さぁお前の最後を見せてみろ」
コツコツとここに誰かが近づいてくる音がする。あれは死を運ぶ音だ、もうすぐ私は殺されるんだ。
「嫌だー、助けて。誰か助けてくれ」
「いいねいいね、これだからここからの景色は最高なんだ。今から人間にどんな事されるのか見ものだな。バラバラにされるか、焼かれるか、煮られるか。たまらねー」
人間がこっちに来る。ダメだ。おしまいだ。俺は死ぬんだ。私は怖くなりぎゅっと目と強く閉じた。
「あれ?」
だが、持ち上げられたのはバナナの方だった。
「これ汚くなってきたから新しいの買ってきたのよね。色合いとかも黒ずんでリアルじゃないし」
バナナが持ち上げられる。そして、人間はゴミ箱と書かれた白い箱に近づいていく。
「おい、リンゴ。これは夢だよな」
「夢は夜見るもんだ、今は朝だ。投稿時間を見てみろ」
「嫌だー、俺は黒ずんだバナナじゃない。もっとフレッシュな色してるだろ」
「朝だぞ。きわどい発言をするんじゃない」
それがバナナの最後の言葉になった。かわいそうに、少しだけそう思う。
バナナを捨てた人間が戻ってくる。俺も覚悟を決めよう。まだ調理されるわけでもなし。
もしかしたら、バナナの代わりに観賞用になれるかもしれない。
私も頭を掴まれてどこかの運ばれるようだ。人間が歩く、歩く。キッチンから出た。
勝った。頭の中に勝利という言葉が出てくる、私は勝ったのだ。キッチンを出たということはこれからアトリエか何かに行って私を置きスケッチをしてくれるのだろう。
これが私がこれこそが私が望んだ結果だ。
さぁ、どこへでも持って行くがいい。私のフレッシュな姿を思う存分描くがいい。
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事の顛末から話すと私は観賞用ではなかった、丸かじりだ、フレッシュな丸かじり。
今は芯だけのスマートな存在になった。意識があるという事はもしかすると私の脳みそは真ん中にあるのかもしれない。
「また会ったな兄弟、痩せた?ハハハハハ」
バナナが話しかけてくる。これから無くなるまでこいつの声を聞かないといけないのか。






