第九話:ギルド出張所~科学者の弱点~
太陽が西の空に傾きかけてはいるがまだ明るい時間に、俺たちを乗せた荷車は川沿いのハンターギルド出張所にたどり着いていた。
出張所は先を尖らせ太い木を斜めに交差させた二メートルほどの高さのバリケードの中にあり、一部は川に面している。バリケードには平原側と王国側に幅五メートルほどの簡易的な門が設けられていた。
門には見張りのハンターが二人立っていたが、俺たちが近づいてきたときは大層な騒ぎになった。見張りの叫び声と鳴らされたドラの音に、多数のハンターたちが槍を持って門に詰めかけてくる。しかし、荷車から叫ぶエーリッツェとエリーネがいたことで騒ぎはすぐに収束したのだった。
俺としては「助かった」というより、「儲けもの」というのが正直な感想だ。騒ぎが起きたことで多数のハンターにハティのことが知れ渡り、そのハティを従えている俺にも箔が付くというものだ。
ただし、騒ぎは収まったが問題もあった。さすがにハティを出張所の敷地内に入れるのは止めてくれというのが、出張所所長ザッハドリッツェの言い分である。
しかし、それは用意周到な俺にとって想定内の事だった。こんなこともあろうかと、町や村にいるときのハティの処遇は考えてある。
もともとの住処である平原の南に魔法で転送、すなわち送還ばいい。ハティに用があるときは召喚魔法で呼び出す。騎獣として従えることにさえ成功すれば、召喚しても襲われることは無いし、街中に入るときは送還すればいいのだ。
どうしても召喚魔法が使ってみたかったこともあって、黒狼を騎獣にしようと決めていた時から考えていた事だった。ハティの召喚と送還に関しては既に何回も行って訓練してある。だからハティが驚いたり怖がったりすることはない。
ハティの首を思い切り撫でて荷車を引いてくれたことに報いると、その背を軽く二回たたいて平原の南へと送還したのだった。
ここで転移や転送、召喚などの転移系魔法について少しだけ説明しておこう。もともと転移系魔法は、目的地が明確に分かっていないと成功しない。
たとえば転送魔法は、送り込む物を送りつける場所に次元の壁をすり抜けてショートカットする魔法だ。だから送り出す座標、送り込む対象、送り込む座標の三つを明確にイメージしなければならない。
この世界でも転移系魔法は使用されている。しかし、一般的にその使い方はあらかじめ専用の転移先と転移元のスペースを決めて一方通行で行われているのだ。
そうしないと転移事故が起こる可能性が出てくる。転移系魔法を使える高魔力保持者は、自分の部屋に専用のスペースを持っている場合が多いらしい。
送り出す場所や送り込む物に関しては目の前にあるので簡単にイメージできるが、送り込む場所に関しては、当然見えないのでイメージしにくい。
そこで俺は、偵察に放った小型探査機を自分の眼として使うことにした。送り込む場所の上空にあらかじめ小型探査機を待機させておけば、送還魔法は簡単に成立するのだ。召喚する時もしかり、小型探査機で常に召喚対象を追尾していれば、何時でもどこに居ても簡単に場所が特定できる。
ハンターたちは送還魔法の存在を知っているらしく、俺がハティを送還しても驚かれることは無かった。むしろ、高魔力保持者であるとその場にいた者に認めさせる結果になったのである。
ハティを騎獣として従えることで衆目の関心を集めることに成功した俺は、荷車に積んでいた荷、すなわち獲物としてしとめた黒竜を見せることでハンターたちの度肝を抜くことに成功する。
ついさっきまでハティによって引かれていた大型の荷車。そこにかぶせられた大きな麻布を引きはがした。その時の反応は沈黙だった。
エーリッツェとエリーネ以外全ての人間が目を剥いており、何名かは大きく顎を落としていた。例外なくその場に固まって驚愕していたハンターたちは、次に俺が発した言葉によって覚醒し、やがてどよめきが広がって行く。このままでは埒が明かないと見た目偉そうな奴に問いかける。
「この獲物を換金したいんだが、ここで買い取ってもらえるのか?」
「…………」
しかしその男は、目の前で起こっていることを素直に受け入れることができなかったようだ。俺の問いかけに何も答えなかった。
「所長、ザッハドリッツェ所長! マーサさんがお困りです」
これは後から本人に聞いたことだが、ハンターギルド出張所の所長であるザッハドリッツェは、長年トップレベルのハンターとして活躍し、数多くの修羅場をくぐりながらも数多の獲物をしとめ、また、しとめられた獲物を見てきた。
そんな彼でも、目の前の荷車に横たわっている魔獣が獲物としてしとめられた姿を見るのは初めてのことだったらしい。
平原で黒竜に遭遇したことなら幾度かの経験があるそうだ。その内何回かは仲間の犠牲によって窮地を凌いで逃げ延びてきたらしい。
またあるときは、遠目で襲われているハンターを目撃したこともあると言っていた。黒竜とはそういった危険極まりない魔獣で、はるか昔に黒竜を倒した英雄がいたことは確かに伝説として残っているそうだ。
しかし、それはあくまでも語り継がれた伝説で「有りえない」というのがザッハドリッツェの主張だった。
それはさておき、エーリッツェの介抱をしながらも固まっているザッハドリッツェと困惑している俺を見かねていたエリーネが助け舟を出してくれたのが今の状況だ。
「すっ、すまなかったな。あまりのことに我を忘れておったわ。若いの。もう一度話してくれんか。ワシはこの出張所を預かるザッハドリッツェだ」
このとき俺は、ハンターたちを驚かせることに成功した喜びを噛みしめていた。だからザッハドリッツェの申し出に気分よく問い直す。
「この獲物を換金したいんだが、ここで買い取ってもらえるのか?」
その答えはやけにあっさりしたものだった。
「いいぞい。買い取ってやろう。ただし、振込みになるがの。出張所に大金は置いてないからな」
「そうか、それは有り難い。ところで、俺はハンターギルドには未登録なんだがそれでも大丈夫か?」
「気にせんでもえぇえぇ。今からでも加入できるし、加入せんでも買い取りはしておるよ。ただし、加入してくれたほうが高く買い取れるがの」
「それは有り難い。今すぐ加入するから手続きをしてくれ」
ザッハドリッツェの申し出に俺は嬉々として乗っていた。そして同時に、体は引き締まっているがどう見ても齢六十を超えていそうなザッハドリッツェが、最前線であろう出張所の所長の任についているのかも理解した。
このとき、俺はザッハドリッツェの戦闘能力値を密かに計測していたのだ。そして、その緑色の数値は千二百を超えていたのである。
俺が以前計測していた最前線で活躍するハンターの平均戦闘能力値は五百程度だった。 それを考えると、ザッハドリッツェの示す数値は驚異的である。あまりにも見た目の年齢とかけ離れていた。
しかし、それはもともと彼の魔力が高かったからだろう。ギルド事務所へと若いハンターに案内されながら俺はそんなことを考えていた。
◇◇◇
昌憲が事務所へと案内されていったあとに、黒竜が載る荷車と共に残されたエーリッツェとエリーネから、ザッハドリッツェに仲間六人の死と、俺に助けられた経緯が説明された。その場に残ったハンター達に悲しみが広がっていく。
しかし、ハンターを生業としている者たちにとって、死は身近に付き纏う日常だそうだ。彼らは最果ての森へ行くことの危険性と、遠征隊が死を覚悟して遠征していたことを知っているのだ。
黒竜に襲われるという不運にみまわれてなお四名が生き残り、あまつさえ貴重な薬草や食材を持ち帰ったことを称えていた。
「皆聞いてくれ、悲しい別れもあったが新しい出会いもあった。惜しくも命を散らすことになった英雄たち、そして新たに現れた英雄と生き延び、帰ってきた英雄たちを称えようではないか。宴だ!」
◇◇◇
偶然だったとはいえ、黒竜を倒して四名の命を救った俺の功績を称えようと宴が開かれるそうだ。
大陸の南方に覇を唱える大国、アルガスト王国人の国民性は、ありていに言えば豪胆。 いちいち他人の出生など気にしないし、功を示せばその栄誉を盛大に称える。こうして、俺はハンターたちに倒竜の英雄として迎え入れられたのだった。
事務所でハンターギルドに仮登録した俺は、有無も言わさず宴へと連れ出されてしまう。
仮登録をしている間に陽はとうに暮れ、夜空には小さい二つの月が輝いていた。その間に、死亡した六名追悼の儀式が広場で厳かに執り行われたらしい。
そして儀式の後、宴はハンターらしく豪快なたき火を囲んで既にはじまっていた。俺は空けられていたザッハドリッツェの隣へ案内されると盛大な歓迎を受けることになる。
「倒竜の英雄、マーサ様のお出ましだぁ! 皆の者ぉ、杯を掲げよ。黒竜討伐の栄誉を称え、奮戦の末惜しくも散りし英霊達を送ろうぞ」
ザッハドリッツェの音頭によって、盛大に燃え盛るたき火の炎を車座に囲んだハンターたちが盃を掲げた。そしてアルガスト王国ハンターたちの掛け声が一斉にあがる。
「乾杯!!」
杯を掲げたハンターたちが一息にそれを飲み干した。俺に向けられた盛大な拍手と怒号のような荒々しい歓声が、パチパチと燃え盛る焚火の音をかき消していった。
焚火の炎に照らし出された俺は、右手で頭をかく仕草で照れ隠しをしていたが、収まらない拍手と歓声に両手を上げてしばらく応えると、ザッハドリッツェに肩を叩かれて腰を下ろす。
ザッハドリッツェに勧められて俺の杯に透明な酒を注がれるが、当然日本でいえばまだ未成年の俺が酒を飲んだことは無かった。恐る恐るその匂いを嗅いだ俺は、どぎついアルコール臭に思わず顔を背ける。
「なんだ、酒はダメなのか?」
残念そうに聞いてくるザッハドリッツェに、俺は見栄を張って「そんなことは無い」と一息に飲み干そうかとも考えたが。両親ともにビールの一杯で顔を赤くしていたことを思いだして思いとどまった。
ヤヴァい、ヤバい事になったぞ。この匂い、色から考えるにどうみても蒸留酒だ。飲んだら確実に酔いつぶれる自信がある。ああ、匂いをかいでいるだけでクラクラしてきた。英雄たるものが酒に呑まれるなどあってはならない。考えろ、考えるんだ。このピンチを華麗にやり過ごす手段を……。
そんな感じで焦りながらも、しかし超高速フル回転で脳内問答を繰り返した結果の演説が以下である。
「ふっ、俺は酒を飲まない。確かに酒を飲めば辛いことを一時的に忘れ、楽しい時は気分を高揚させてくれる。だがしかし! 俺はそんなものに頼るような弱い人間ではないのだ。辛かろうとそれを正面から受け止め、楽しい時は素で楽しさを受け入れる。俺は簡単に酒に逃げるようなことは決してしない。それが俺の信念だ!!」
拳を握りしめて力説する俺だったが、その言葉は当然本心から述べられたものではない。恐らく、いや確実に飲めないであろう酒を飲まずに済ませるために、即興で創作した屁理屈だった。
「つまらん奴だの」
しかしザッハドリッツェは、まるで俺が本当に酒が飲めないと見透かしたかのようにそうとだけ言って、持っていた杯をグイとあおり、そしてニヤリと笑いやがった。
「飲めんなら飲めんと素直に言ったらどうだ」
「いやいや、それは違うぞ。俺は飲めないのではないのであって、信念で飲まないだけなんだ」
「分かった分かった。ところで聞きたいんだがの。お前さん、アトロとかいう小娘を知っとるか? つい一陽ほど前にフラっと現れて、あっという間に去っていったんだがの。桃色の髪をした色の白い小柄な娘っ子で、これがもう可愛いのなんの。まぁ、それは置いとくとしてもだ。お前さんには劣るが、女の身で茶毛竜をしとめて持って来おった。その小娘、どうにも雰囲気がお前さんに似ておっての」
一陽とは、この世界での一か月に相当する区切りの期間で基本三十七日間であり、十陽で一年――三百七十二日――である。二つの小さな月が惑星の自転と同期しているこの世界では、月は常に一定の位置にあって動くことが無く、基準にはならない。だから暦は全て太陽基準であり、冬至が一陽一日になる。
与太話はさておき、俺の心境は、ついさっきまでの焦りに焦っていたものから、見破られた恥ずかしく悔しいものへと移り変わっていた。そしてザッハドリッツェからアトロの事を聞いたことで「グッジョブ」と彼女を賞賛するものへとさらに移り変わったのである。
アトロ自ら考え担った強い魔獣をしとめて目立つという仕事は、いわゆる「斥候」的なものだ。目立つことによって起こる不都合をあらかじめ察知し、対策をとるための材料にすることが目的だった。
アトロが事を起こしてから一陽弱、噂は大陸中に拡散していったが、捜索隊が組まれたり氏名手配されたりすることは無かったようだ。それは小型探査機による調査で既に分かっている。
捜索隊を組まれるでも指名手配されるでもなく、今日ザッハドリッツェの口からアトロの事を聞かれたという事は、調査してはいるが、怖がられて魔女狩り的な捜索は行われていないと俺は判断した。
それならばと、酒の件で辱められた気分を晴らすためにも、ザッハドリッツェを驚かせてやろうという心算が芽生えてくる。
「知っているも何もアトロは俺の家族だ」
この、アトロは俺の家族だ発言に、ザッハドリッツェはさぞ驚くことだろうと期待していた俺は、肩透かしを食らうことになる。当のザッハドリッツェの反応は、得心がいったと言わんばかりの納得顔だったからだ。
しかし、俺は予想外の反応を別の男から受けることになった。俺の発言を密かに聞いていた男。骨折でもしているのだろう、左腕を三角巾のような薄茶色の布で固定した、体格の良い男が俺の前に真剣な表情で歩み寄ってきたのだった。