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後日談その二:王子と王女たち(上)


 ロイエンタール帝国が滅亡して十五年の歳月が流れていた。

 ファンタジア魔導王国の人口は五百万を超え、国の中央に位置する巨大湖の周囲にはいくつもの都市が形成されている。


「父上、今日こそは連れて行ってください。僕ももう十五になりました」


 ファンタジア魔導王国国王である昌憲の息子、健は、満十五歳になったばかりの休養日、昌憲に直訴していた。

 成長した健は、身長こそ父親の昌憲より頭一つ低いが、母親、リリルリーリ譲りの整った顔立ちに、昌憲と同じ黒髪をもつ少年である。


「そういえば、そんな約束をしていたか……」


 四十路が見える年齢になった昌憲だったが、見た目はまだ三十代前半だった。

 そして、冒険優先の生活をいまだに続けていたのである。

 直訴され、息子との約束を思い出した昌憲は、どうしたものかと考え込む。

 今現在昌憲が通い詰めている場所。

 そこは、この惑星のほぼ真裏に位置する群島だった。

 目的はとある鉱石である。


 息子の健は、年齢こそまだ十五だが、アトロやクロト、それにラキの英才教育の甲斐あって、同年代では飛びぬけた強さを誇っている。

 戦闘能力値に換算すれば、既に二千五百を超えており、エリートである近衛騎士をも上回るほどだ。

 しかし、魔獣との実戦経験は無いし、危険な魔獣が多く生息している群島に連れて行くには心もとない。

 IALAを護衛に付ければ怪我することはないだろうが、リリルリーリは良い顔をしないだろう。

 どうしようか……。


「お兄さま、健お兄さま。こんな所にいらしたのですか。今日はわたくしたちに、お兄様の学園を案内してくださるとおっしゃっていたではありませんこと? それに、ご学友を紹介してくださるとも」

「そうですわよ。フィーネ姉さまの仰る通りです。それに、お父さまがお困りではありませんか?」

「うっ……」


 二人の少女に後ろからそう話しかけられた健は、気まずそうな表情でモジモジしている。

 最初に声をかけてきた少女は、昌憲と第二王妃シルフィーネとの間に生まれた長女、ミルフィーネ十二歳である。

 そして、ミルフィーネに同調した少女は、リリルリーリの第二子ルーリであり、同じく十二歳だ。

 ブロンドのミルフィーネが淡い栗色の髪をしたルーリより十日ほどお姉さんであり、いつも一緒にいて非常に仲がいい。


「「健お兄さま!」」


 見事にハモったミルフィーネとルーリの催促に、健は肩を落としていた。

 二人の妹に従うしかなくなってしまったからである。


「まあ、あれだ。健、頑張れよ」


 そう言って昌憲は三人の前から逃げ出してしまった。

 そして、柔らかい朝陽が注ぐテラスには、その様子を微笑ましく見ているリリルリーリと、シルフィーネの姿があった。


 健と二人の妹がマサヤ印の超高級馬車に揺られて到着した場所。

 それは、健が通うファンタジア王立魔導学園の正門だった。

 王都の外れに位置するファンタジア王立魔導学園は、中等部と高等部併設の魔導学園であり、健は中等部の三年生である。

 ファンタジア王立魔導学園は全寮制であり、普段は健も寮で生活しているが、休日には実家である王城に帰るようにしている。


「まあ、これがお兄さまの通われる魔導学園ですのね。見て見てルーリ」

「わぁ」


 少し気が強いミルフィーネと、おしとやかなルーリ。


「王宮じゃなかったのか?」


 校舎を見て騒いでいる妹二人に和んでいた健は、後ろからふいに掛けられたその声に振り返った。


「ああ、アールガッソか、今日は妹たちにせがまれて学園の案内だよ」

「二年ぶりかな。ミルフィーちゃんとルーリちゃん、ずいぶん大人っぽくなったな」

「今日もそうなんだけど、おかげで色々と面倒事が増えたよ」

「まぁまぁ、可愛い妹たちに囲まれて両手に花じゃないか」


 名前からある程度出身の想像がつくと思うが、アールガッソはアルガスト王国第一王子の長男にあたり、マーガッソの甥だ。

 次の次のアルガスト王国国王候補であり、健とは身分的に同格である。


「あら、たしか、アールガッソさまですよね?」

「まあ、お久しぶりですアールガッソさま」

「こんにちは、ミルフィーネちゃん、ルーリちゃん。ずいぶん大きくなったね」

「ちゃん付けはもう止めていただけませんか、アールガッソさま」

「そうですわよ、わたくしたちはもう大人なんですから」

「はいはい、おませなレディさん」


 ミルフィーネとルーリは、プクッと頬を膨らませ、上目づかいで抗議の視線をアールガッソに送っていた。


「あら、アールガッソお兄様、ケン様。そのお二人は?」

「ああエフィーナ。紹介しよう。ケンの妹でミルフィーネ第一王女とルーリ第二王女。お二人とも十二歳だったかな」

「まあ、可愛らしい。はじめまして、わたしはアルガストのエフィーナよ」

「はじめまして、ミルフィーネです。エフィーナ王女さま」

「はじめまして、わたくしはルーリです」


 エフィーナはアールガッソの一つ年下の妹である。


「ちょうどよかったわ。お兄様、今日はおりいってお願いをしにきましたの。ケン様も聞いていただけますか」

「あらたまってどうしたんだ? エフィーナ」

「じつは、クリスティアナのことで――」


 エフィーナのお願い。

 それは、彼女の親友クリスティアナのことについてだった。

 クリスティアナは、北方のシリアンティムル帝国の第二皇女であり、魔導学園中等部二年に在籍している。


 エフィーナによると、事の発端は三陽ほど前に行われた、ファンタジア魔導王国主催の王族懇親パーティーでの一幕だったそうだ。

 健やミルフィーネ、ルーリ、それにアールガッソやエフィーナもそのパーティーには出席していたのだが、会場の隅で起こったその出来事には気付いていなかった。


 そして、その出来事とは、パーティーに出席していたシルベスト王国の第一王子であるマーベリスト王子が、クリスティアナに対して言った一言に端を発していた。


『クリスティアナ皇女、ボクと結婚してください』


 要するにマーベリスト王子が、クリスティアナにプロポーズしたわけである。

 別に思い人がいたクリスティアナは、当然すぐに返事はせず、その場はお茶を濁したそうなのだが、その後もしつこく言い寄ってくるマーベリストについ言ってしまったそうである。


『私より弱い男に興味は無い。どうしても私と結婚したければ今度の学園武闘祭で優勝してからにしろ』


 と。


 クリスティアナはファンタジア王立魔導学園でも有名な武闘派であり、身体強化魔法を得意としている。

 しかし、マーベリストも武闘派の少ないシルベスト王国にしては珍しく、剣技の腕は確かであり、剣技部門の優勝候補に名を連ねていたのだ。

 クリスティアナは中等部二年、マーベリストは中等部三年であるが、武闘祭に学年と男女の区切りは無く、高等部、中等部の区切りがあるだけである。


 ちなみにであるが、健は一年時二年時共に中等部魔法部門に出場して優勝を遂げている。

 そして、去年の中等部槍剣技部門の優勝者は当時の三年生の女生徒であった。


 アールガッソと健がエフィーナにされた願い事とは、アールガッソと健が武闘祭の槍剣技部門に出場し、マーベリストの優勝を阻止してほしいということだったのである。

 なぜ急にこんなことを頼んできたのかといえば、それはクリスティアナが剣術の練習中に負った怪我が原因だということだった。

 体の成長もあるが、ここ最近急激に剣技の腕を上げていたクリスティアナには、武闘祭の中等部槍剣技部門で優勝するだけの自信があったらしい。

 が、武闘祭は七日後であり、クリスティアナの出場は叶わない。


「マーベリストか、俺は槍剣技科だから槍剣技部門に出る予定だが、果たしてヤツに勝てるかといえば……」

「どうしたアールガッソ、自信がないのか?」


 そう聞いた健の真意は、煽るようなものではない。

 それは不思議そうにしている表情からも読み取れた。

 そして、当然のごとく魔法部門に出場することを考えていた健は、槍剣技で誰が強いのかということにあまり興味を抱いてはいなかった。

 それは健の周り、すなわち昌憲やアトロやクロト、元ロイエンタール帝国第三将のアルセーニなどバケモノ級の槍術や剣術の達人たちを見てきたことによって、自分には剣術の才能がないからと、学園では魔法中心に鍛えてきたことに原因があった。

 現に、健は中等部の魔法科に所属している。


 しかし、そのことが健の剣術がダメだということには繋がっていない。

 前述のように、健本人は自分に剣術の才能があるとは思っていない。

 繰り返すが、その理由は剣術を教えられてきた先生たち、すなわち昌憲やアトロやクロト、アルセーニたちが強すぎるからである。

 そんな彼らや彼女らに鍛え上げられた健の剣術は、実のところファンタジア魔導王国近衛騎士にも負けないほどの腕前なのである。


「ケン様がおっしゃるとおりです。お兄様はそんな弱気な人ではないはずです」

「そう言われてもなぁ……」


 アールガッソが言うとおり、マーベリストは槍剣技科の席次一位である。

 アールガッソは席次三位に甘んじていた。


「よしっ、お前が槍剣技部門に出場して優勝しろ。そうすれば全てが丸く収まる」


 アールガッソは、健の剣術に関する真の実力を、叔父のマーガッソから、それはもう嫌というほど聞かされていた。

 だから知っているのだ。

 健が剣術に関して、マーベリストなどより遥かに強いことを。


「俺がか?」

「ああ、お前なら確実に優勝できる」

「俺の専門は魔法だぞ」

「知っているよ。それでもだ。なっ、頼りにしてるぞ」

「うーん、考えておくよ」


 確信に満ちた表情で、健が優勝できると豪語するアールガッソ。

 対して健は半信半疑である。


「むずかしいお話はおしまいですか?」


 会話に置き去りにされていたミルフィーネが、少し拗ねたように自分の存在をアピールした。

 対して、ルーリは期待感一杯の表情で健を見つめている。

 ミルフィーネは魔法が得意で気が強めなのだが、戦うということに積極的ではなく、武闘大会に興味は無い。

 対して、普段おしとやかにしているルーリは、剣技を得意としており、健の実力を承知していた。


「ゴメンゴメン」


 妹たちを置き去りにしていたことを思い出した健は、そう言って学園の案内をはじめたのである。

 アールガッソとエフィーナも、その後ろに続いていた。

 休日ということだけあって、学園内部に学生は少なかった。

 図書室で本を読む生徒がちらほらと、他何名か生徒が、練武場で武闘大会に向けた訓練をしているくらいだ。

 それでもミルフィーネとルーリは、来年から通うことになる学園の雰囲気を満喫したようだった。


 午後、妹たちと王城に帰着した健は、アールガッソに言われたことを自室で考えていた。

 それはもちろん武闘大会のことである。

 健はもともと、学園の武闘大会のことなどさして重要に考えてはいなかった。

 というよりは、学園生活自体にあまり魅力を感じていなかった。

 学園に入学してはじめて、友達と共に過ごす時間が楽しいことだと認識したほどである。


 どうして健がそう考えていたか?

 それは言うまでも無く健が育った環境にあった。

 何不自由なく生活し、最新の玩具を与えられた。

 それも、現代日本の知識を持つ昌憲が作った玩具だ。

 健はその玩具に夢中になった。


 魔法や武術に関してもバケモノ級の達人たちに、順調に仕込まれている。

 同年代の友達と遊んだことはあまりないが、周りの大人たちに常に構ってもらっていた。

 構ってもらっていたと言っても、決して甘やかされていたわけではないが。

 そんな満ち足りた環境で育った健は、学園生活にあまり興味を持てなかった。

 ましてや、同年代の学生たちと武術や魔法で競い合うことに、何の魅力も感じていなかったのである。


 何度も言うが、武術や魔法に関しては達人たちから嫌というほど叩き込まれている。


 そんな健を最も引きつけて止まなかったもの。

 それは昌憲が得意げに語る冒険譚だった。

 しかも、その語り口は昌憲独特のもので、健の価値観を大きく捻じ曲げてしまうほどに影響力が大きかった。

 その結果、健は重篤な病魔に侵されることになる。

 中二病という病に。

 十五になったばかりの健は、今まさに中二病真っ盛りなのだ。


「出てみようかな」


 去年まで二年間、健は魔法部門に出場していた。

 今年もそのつもりだったが、アールガッソに頼られたことが、実は嬉しくてたまらなかったりしているのだ。

 何不自由のない環境で育った健は、学園に入学するまで人に頼られることの嬉しさを知らなかった。

 そんな健は、人に頼まれるとなかなか断れないという、ある意味扱いやすい性格をしているのである。

 もちろん、どんなことを頼まれてもホイホイ請け負うようなお人よしではないし、善悪には人以上にこだわる性格だが。


「健様、今日は何をなさいますか?」

「今日は剣術をお願いするよ。アリス」


 健にアリスと呼ばれたメイド。

 その正体はクロトやラキの妹分のIALAである。

 アリスは、昌憲が健の護衛兼教育係にと、特別な調整と改造を施した個体だ。

 忙しい昌憲やアトロやクロト、ラキやアルセーニの代理として、健の魔法や武術の指導をもこなしている。


「珍しいですね。いつものように恰好良い魔法を拝見したかったのですが」

「アールガッソに頼まれたんだ。だから、こんどの武闘大会には槍剣技部門に出る」

「お優しいのですね。健様は」


 こうして、槍剣技部門に出場することにした健は、七日後に迫った武闘大会に向けて訓練をはじめたのである。

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