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後日談その一:ある門番の回想


 ファンタジア王国、その王城の正門脇に二人の男が立っていた。

 その向って右側の男、彼の役職は近衛騎士。

 今日は門番として同僚の若い近衛騎士とともに正門の守衛についている。

 元ロイエンタール帝国の准将だったその男の名はサンティーニ。

 近衛騎士となって十年、ファンタジアの国民となって十五年、もうすぐ四十になるベテランである。

 大陸では最も治安のよいファンタジア王国王都、それも王城の正門前で事件など起こるはずもない。

 退屈でヒマな門衛という役回りについていたサンティーニは、この国に来た頃のことを思い出していた。


 …………


俺は准将の位に上がって、思い上がっていたのかもしれない。

皇帝がマーサ様に倒され、俺は職を失った。

皇帝を崇拝していたわけではないが、そのときはマーサ様を恨めしく思ったものだ。


しかし、クロト様に直接声を掛けられ、ファンタジア王国軍に誘われたときには、本心から救われた思いがした。

そう、砂漠で遭難しているときに、オアシスを見つけたようなものだ。

しかし……。


 クロト様に誘われてファンタジア王国軍に入隊した俺は、そのなかで順調に昇進していった。

 もともと、ロイエンタール帝国で将軍職に次ぐ地位である准将の位にいたこともあって、己の武力にはかなりの自信を持っていたのだ。

 功績を上げれば近衛騎士隊への昇格もあると、クロト様から言われて王国軍に入隊した経緯もあって、俺は骨身を砕いて軍務にまい進していった。

 しかし、階級が上がるにつれ、上官や同僚たちの武力に圧倒されることになった。

 それでも、俺は精進を続け、ついには念願の近衛騎士隊への入隊を果たしたのである。


 近衛騎士隊に入隊した当時は、努力を続ければいつかは昇進できると考えていた。

 しかし、その考えが甘いということは、騎士隊の訓練に参加してすぐに思い知ることになった。

 近衛騎士隊は、隊長を筆頭に、副隊長、分隊長、小隊長、班長、そして一番下の近衛騎士と位が別れている。

 ロイエンタール帝国には、三人のとびぬけた強さを持つ将がいたが、准将以下には大きな差がなく、頑張った俺は若くして准将の地位を得ていた。

 武術と教養を頑張れば、上に上がれると考えることができた。

 その考え方はファンタジア王国軍でも確かに通じた。

 しかし、ファンタジア王国一のエリート部隊、近衛騎士隊ではその考えが通用しないことを身に染みて実感したのである。


 近衛騎士隊の騎士たちは、ロイエンタール帝国の三人の将には遥かに及ばないが、准将レベルと比べれば、どう足掻いても勝負にならない強さをもっていたのだ。

 よくよく話を聞いてみれば、彼ら騎士たちも騎士隊発足当初はそうでもなかったらしい。

 しかし、効率的な訓練と魔獣や、他国での反乱平定などの豊富な実戦を積むうちに、今の強さを獲得したのだ。

 近衛騎士隊が他国の反乱を平定に出かけるというのも、おかしな話だとは思ったが、新興国であるファンタジア王国の名声と発言力を得るため、積極的にそういうことに出張っていたらしい。

 その甲斐あってか最近は反乱もなくなり、他国への出撃は無くなっているが、魔獣相手の実戦や、過酷な訓練は継続されていた。

 そんな訓練や実戦を続けている古参の騎士たちには、俺がいくら努力しようと、埋めがたい差があって、その差が縮まることはなかったのだ。


 俺が打ちのめされたのはそれだけではなかった。

 近衛騎士隊には先に述べたような階級があるが、その階級は武力だけでは決まらないのである。

 よくよく考えてみれば当然のことであるが、武力が王国軍の兵士たちと比べて飛びぬけているのは、近衛騎士隊入隊の最低条件であり、その上で品格や教養がなければならない。

 さらに、統率力や作戦遂行能力、人望がないと役職には就けないのである。

 現に、近衛騎士隊長よりはるかに強い、分隊長や小隊長が何人かいるのだ。

 しかもその強さは、人外とまで言われたロイエンタール帝国の三人の将と比べてもそん色がないのである。


 クロト様もそうだったが、俺が配属された小隊の小隊長は、はたから見れば年若くて可愛い少女だった。

 まだ二十歳にもなっていないような、若い娘が小隊長をしていることにも驚いたが、イエラと呼ばれた彼女の強さは人外レベルであり、その智謀も俺では及びもつかないものをもっていたのだ。

 彼女と接してみて、俺はますますわからなくなった。

 これほどの実力を持ったイエラ小隊長でさえ、上の階級へは上がれないのだから。

 どう自分が努力したところで、今の地位から上は望めないのだと。

 最近では、近衛騎士隊に入隊できただけでも、自分には不相応な出世だったのだと、納得している。

 ファンタジア王国の近衛騎士隊といえば、若い女性の眼差しを集め、軍人ならば誰もが憧れる超エリート集団なのだから。


 それにしても……


 このファンタジア王国という国には、どうしてこれほど凄い人たちが集まっているのだ。

 マーサ国王をはじめ、その側近たちは全てが人外レベルの強さと、計り知れない智謀を持っている。

 果ては、侍女やメイドの中にも人外レベルが何人もいて、はたしてこの城には近衛が必要なのか?

 と、思えるほどに人材が揃っているのだ。


 話は戻るが、俺が近衛騎士隊に入隊し、最初に受けた衝撃は強烈だった。


 はじめての対人戦闘訓練で、イエラ小隊長と手合せした俺は、それはもうコテンパンに打ちのめされたのだ。

 俺にとってこの経験は、今となってはいい思い出だが、当時は本当に落ち込んだものだ。


 順調に出世街道を邁進し、ようやくつかんだ近衛騎士の座。

 その浮かれた気分を、一瞬でどん底まで叩き落としたのがイエラ小隊長だったのである。


 そして、その後も俺は自分の無力さを思い知ることになった。


 同期で入隊した新人とは互角に渡り合えたが、同じ階級の先輩騎士たちには誰にも勝つことができなかったのだ。

 もちろん彼ら先輩騎士たちもイエラ小隊長には敵わない。


 救いだったのは、俺が近衛騎士隊の中では弱いということを、どの先輩もまったく気にすることなく気さくに接してくれたことだった。

 これは、小隊長や副隊長などの上官も同じである。

 さすがに騎士隊長やクロト様は、規律や体裁の面もあって普段から厳しく俺たちに接しているが、副隊長以下はそうでもない。

 そして、近衛騎士隊に入隊して数年がたつと、俺にも後輩ができ、彼らは俺が経験したように、俺を含めた先輩たちにはまるで敵わなかったのだ。

 ようするに、俺も少しずつではあるが、強くなっていたのである。


 それでも、と、俺は思う。


 クロト様やイエラ小隊長、城に勤める侍女やメイド、マーサ国王やその息子のケン王子、国王側近のアトロ様やラキ様といった、人外たちが集うファンタジア王城がどれほど堅牢であり、常識外なのかと。


 近衛騎士隊は基本的に、マーサ国王一家の守りが使命である。

 よってこれら王族の面々が外出する時には、常につき従って警護しなければならない。

 俺も例外なく、国王一家の護衛として外出に同行することが多い。


 だから分かるのである。

 彼、彼女らの常識外の強さが。


 こんなことがあった。


 それは、まだ俺が近衛騎士隊に入隊したばかりで、イエラ小隊長に実力のなさを思い知らされた直後のことだ。


 マーサ国王一家が休養日にピクニックに行くことになった。

 護衛はイエラ小隊が任されることになり、イエラ小隊長と小隊二十名がその護衛についた。

 一家には十名の侍女と、ラキ様が同行していた。

 向かったのは王国北部の丘陵地帯であり、森も近く、温かい気候のファンタジアでも過ごしやすい地方である。

 ただし、それは魔獣にとっても同条件であり、この一帯は冒険者ギルドでAからBランクに相当する危険な魔獣の生息地でもあった。


 そんな危険地域にピクニックに行こうというのだ。

 こういうことを言ってしまうと不敬にあたるだろうが、俺たち護衛を担当する近衛騎士隊からすればはた迷惑なことである。


 マーサ国王一家がこういった遠出をする場合は、ファンタジア王国内に限るが、出没する魔獣の危険度を一切考慮しない。

 これは、近衛騎士隊に入隊した新人に、先輩騎士たちから最初に知らされることだが、国王一家と遠出する場合は、はじめから命を捨てる覚悟をもって同行しろ、と、念を押されるのである。

 近衛騎士になったからには、王族の盾になって命を捧げることは、はじめから覚悟しなければならないことだ。

 それは俺も十分理解しているつもりだ。

 しかし、ファンタジア王国に於いてはその覚悟の意味合いが違うのである。

 どう違うかといえば、命がけの護衛の頻度が、極端に多いということだ。


 マーサ国王一家はこういったピクニックや草原での狩り、森に入っての食材採取など危険な家族行事を、年に何回と言わず行っている。

 その度に同行し、警護の任にあたらなければならない俺たちにとっては、はっきり言って迷惑この上ない一家なのである。

 救いは、その危険度に応じた破格の手当てと、麗しい侍女軍団と行動を共にできることである。

 さらに、安全が確認できれば近衛であってもお茶のご相伴にあずかれることだ。


 それはさておき、この日のピクニックでは、昼過ぎに目的の場所に到着して、特性の高速馬車から国王一家が下車する前に戦闘状態に突入していた。

 相手はもちろん魔獣であり、しかもBランクの群れだ。

 魔獣の数は二十頭ほどであり、一頭一頭が俺たち平の近衛騎士よりも強いという絶望的条件である。

 しかし、そんな悪条件であってもイエラ小隊長に動揺は見られない。

 俺たち新人近衛十名に馬車の警護を命令するや否や、ベテラン十名を引き連れて魔獣の群れへと突入していったのだ。


 そんな時だった。

 俺は自分の耳を疑うことしかできなかった。


「よーし、お父さん頑張っちゃうぞー」


 馬車の中から聞こえてきたマーサ国王の声。

 馬車のドアが開き、マーサ国王が飛び出してきた。

 事態が呑み込めなかった俺は、魔獣の群れに向かって走りだしたマーサ国王を、ただ見ていることしかできなかった。

 本来ならば、体を張って御止めしなければならないところだ。


 マーサ国王の強さは、人づてだがもちろん知っている。

 だが、もし万が一、お怪我をなされたらその責任はだれが取るというのだ?

 御止めできなかった俺になるのか?

 冗談じゃない。

 俺はマーサ国王を追って走った。

 それはもう死に物狂いで走った。


 しかし、追いつくことすらできなかった。

 いや、追いつく追いつかない以前の話だった。

 なんなんだ? あの足の速さは。


 結局、イエラ小隊長たちが討ち漏らした魔獣を、俺が追いつく前に、マーサ国王は一匹残らず一振りで仕留めたからよかったようなものの、俺たち護衛のことをもっと考えてくれと、あのときは本気で思ったものだ。


 魔獣を全滅させた後にイエラ小隊長に言われたことだが、マーサ国王が出張ったとしても、御止めする必要はなかったらしい。

 それよりも、馬車に残られたリリルリーリ様やシルフィーネ様、そしてそのお子様たちの守りを離れたことのほうが問題だと言われたのだ。

 そのことを俺に知らせていなかったイエラ小隊長は、自分のミスだと言って俺の責任は問われなかった。


 それにしても、と俺は思う。

 マーサ国王のあの身体能力は何なんだ?

 足の速さといい、一振りで魔獣を真っ二つにする腕力と剣筋の速さといい。

 イエラ小隊長でも遥かに及ばない動きだった。

 あの人に護衛など必要あるのだろうか?


 俺は本気でそう思った。


 こんなこともあった。


 つい最近のことだが、ケン王子の剣術の訓練相手を仰せつかったときのことだ。

 ケン王子が、通われている学園の武闘大会に出場なされるそうだ。

 その調整役として、俺にお役が回ってきたのだが。

 ケン王子は十五になられたばかりで、魔法を専門としておられると聞いていた。

 なぜ剣術の訓練を? と疑問に思ったが、俺のような下っ端が御聞きしていいことではない。


 せいぜい派手に負けて差し上げるのが役目だと思い、木剣を持って城の訓練所向かおうとしたとき、イエラ小隊長に命令されたのである。


「ケン様にお怪我を負わせてしまっても御咎めはない。本気でお相手して差し上げろ。これはマーサ国王様からのご命令でもある。ただし、急所攻撃だけは控えろ。もしものことがあってはいかん」


 御咎めはないと言われても、はいそうですかというわけにはいかないだろう。

 本気で行けと言われている以上手は抜かないが、五分の力でも十分だろう。

 そう考えて、俺はケン様と向かい合った。


 しかし、俺の考えはまたしても甘かったようだ。

 五分の力なんてとんでもない。

 俺は全力でお相手をすることになった。

 というか、全力でお相手しても付いていくのがやっとだったのだ。


 ケン様がいくらマーサ国王の息子だといっても、まだ十五の子供である。

 近衛騎士隊でもベテランの域に入った俺が、本気を出せば相手にはならないだろう。

 そう思っていた。

 しかし、その考えは間違っていた。

 ケン様は俺より遥かにお強かった。

 全力でお相手してようやく調整役としてのお役目が果たせる。

 それほどお強かったのだ。


 御役目が終わり、ヘトヘトになって宿舎に戻った俺に、イエラ小隊長が報いの言葉をかけてくれたが、はっきり言って俺は打ちのめされた気分だった。


 この王国、というかこの城には、どうしてこれほど凄い人たちが集まっているのだろうか。


 …………


 事件など起こりようのない、ファンタジア王城正門での退屈で暇な門衛という役回り。

 それが近衛騎士サンティーニにとって、最も心休まる任務だった。

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