第六十九話(最終話):帝都宮殿襲撃後篇+第三幕エピローグ
キノコ野郎と俺に挑発されたエリンギーニは、怒りりに打ち震えているようだ。
「…………」
そんなエリンギーニの唇が小刻みに動いている。それと同時に、彼の正面に高密度の魔力反応が集まりはじめた。
「ようやく本気になりやがったか。来やがれキノコ野郎」
その挑発を機にエリンギーニが動いた。腰を屈めて両腕を突き出した彼のその先から、青白い閃光と共に俺に向かって稲妻が走る。
人間の胴体ほどもある極太の稲妻は、強烈な破裂音と共に俺の足元へと消えていった。辺りには轟音が鳴り響き、宮殿の柱や壁はびりびりと震えている。広間の中央から放射状に飛び散った飛礫と共に灰色の埃が舞い上がり、なにも見えなくなった。
「身の程知らずめが、これでは消し炭も残るまい」
モクモクと立ち込める床であった岩の発塵が、轟音の消失から間を開けて薄らいできた。同時に、エリンギーニの表情が驚愕に包まれる。
灰色の発塵が晴れ渡った後には、雷撃で出来たクレーターの中央に無傷で立ち誇る俺の姿を見たからだろう。
「あっ、有り得ぬ」
「ふっ、今のは効いたぜ。鼓膜が悲鳴を上げていやがる。が、良い攻撃だった。そして、今度は俺の番だ」
エリンギーニが放ったド派手な雷魔法に俺は満足していた。この世界には、電気について詳しく知る者はほとんどいない。すなわち、雷系の魔法を使える者はごく少数しかいないのだ。
雷系の魔法だけでもインパクトが大きいのに、これほど極大の稲妻を放ったエリンギーニと、それを受け切った俺に対する観衆の驚愕は推して知るべし。
エリンギーニが雷系の魔法を得意としていることは、西の大陸に住む者ならば知っていることであり、俺も知るところだった。
雷系の魔法は発光した瞬間に標的に到達しているので、避けることは不可能である。 これが西の大陸最強を誇っているエリンギーニの強みだった。
しかし、この俺が対策なしでエリンギーニに相対するはずはない。エリンギーニ戦のために新調した衣装の表地に導電性のいい金属ワイヤーを隙間なく編み込んでいた。さらに、裏地には絶縁性の高い生地を用い、体表面を魔法防御膜で覆って雷対策を施していたのである。
そして、ようやく攻撃する気になった俺は、左腰に提げていた刀を抜き放った。はた目には漆黒に見えるその刀は、刃長が百五十センチほどあり、妖しく黒い靄を纏っている。
その刀を構えた俺は呆然と立ち尽くすエリンギーニに向かって走りはじめた。それに気付いたエリンギーニも、腰の短剣を抜いて身構える。そして、ジャンプ一番エリンギーニに切りかかったが……。
「ぐおっ!」
エリンギーニに到達する一メートルほど手前で、突然後方に弾き飛ばされていた。
「まったく、噂通りの防御障壁だな。しかし、俺の手にかかればそんな障壁は無力に等しい。グァハハハハハハー」
ともすれば、ただの強がりにしか見えない台詞と下品な笑い声をあげた昌憲は、立ち上がって埃を払うと、再び走りはじめた。
「ぐおっ!」
再び同じように弾き飛ばされる。
何も無策でエリンギーニに切り掛かったわけではない。彼が常に身の回りに展開している物理防御障壁に弾き飛ばされるであろうことは理解していた。
エリンギーニの防御能力をよく知らない東の大陸の観衆に、エリンギーニが纏う物理防御障壁の強度を知らしめるための演出である。
対するエリンギーニは、短剣を構えて無言で身を固めている。
「クッ、俺の力を以ってしても打ち破れないとはな」
◇◇◇
わざとらしく悔しがって見せた昌憲だったが、この様子を管制室で見ていたアトロは、あからさまに呆れた様子で眉間を押さえていた。
「しょうがないお人ですの。もう十分に目立っているでしょうに」
このとき、かねてからマークしていた一人の男が動き出したことが、眉間を押さえているアトロの視界の一角に映っていた。
◇◇◇
さもダメージを受けたかのように、よろよろと立ち上がった俺は、さらに芝居がかった演技を続ける。
「だがしかし! 貴様の障壁もこの伝説の魔剣『神殺し』と、俺様の剣技の前には無力だ。グァハハハハハー!!」
「…………」
エリンギーニの反応を待っていたが、何も返ってこなかったことを受け、ついに当初から狙っていた攻撃を放つ決心を固めたのである。ちなみに、魔剣と表現したのはこの世界に妖刀と翻訳できる言葉が無かったからだ。
「ふっ、あまりの恐ろしさに声も出ないか。だがまぁいい。受けてみよ『烈風木葉斬』!」
さっきまでとは違い、本気でエリンギーニに突進した俺は、両手に構えた神殺しで切り掛かった。それは、渾身の一撃を叩きつける攻撃ではなく、乱れ切りと言った方がふさわしい超高速の連撃だった。この連撃をまじかに見たエリンギーニの表情が、驚愕の色に染まっていく。
エリンギーニは物理防御障壁に自信を持っていたのだろう。その自慢の障壁が、連撃の侵入を許してしまった。障壁の厚さは一メートル近い。しかし連撃はエリンギーニの体表に徐々に近づき、数センチの所まで既に届いているのだ。
エリンギーニと戦うために製作したこの刀は、物理防御障壁を切り裂くことのみを考えてしつらえた刀である。魔力伝導繊維を刀身に埋め込み、刀身から刃部に分岐させた魔力伝導繊維からは、魔力を打ち消す力が放射されているのだ。
この魔力を打ち消す力の残りカスが黒い靄の正体だ。
焦ったのか、エリンギーニは難を逃れようと後方に跳び退った。しかし、運動能力においてエリンギーニに勝る俺がそれを許すはずがない。
エリンギーニの後退に合わせて追従し、連撃の威力と速度を増加させたのである。そして……。
「グゥオォォォッ!!」
短剣を構えた両腕を切り飛ばされたエリンギーニが、のた打ち回る。
次の瞬間。
皇帝の間の四方から、のた打ち回るエリンギーニに向けて閃光が走った。まばゆいばかりの光で埋め尽くされた皇帝の間が、一瞬の静寂に支配される。
次第に景色が戻ってきたそこには、消し炭となってこと切れているエリンギーニの姿があった。そして、エリンギーニと俺しかいなかったはずの皇帝の間の右奥には、一人の男が呆然と立ち尽くしていたのである。
そしてもう一人、その男の背後には、ファンタジアの管制室にいたはずのアトロがいた。
「そ、そんな。何で生きているんだ……」
なにやらブツブツとつぶやいているその男は、エンザーニの代役を務めていたメフィストである。皇帝の間の端にいるメフィストとアトロの姿は、ライブ中継には映り込んでいない。 メフィストのつぶやきも、声が小さすぎて届いてはいない。
◇◇◇
昌憲が皇帝の間にたどり着いた時から、メフィストは機会を伺っていた。本来の計画では、こんなに早く行動を起こす予定は無かった。
信頼のおける部下を集め、極秘裏に地盤を固めたのち、皇帝の間にエリンギーニと一将から三将が集まったタイミングで、その全員を纏めて殺害する、クーデターを企てていたのである。
クーデター計画は順調に進行していた。妄想癖があり、自尊心とプライドが異常に高いエンザーニを洗脳し、策を授けて武勲を積ませ、エリンギーニの側近にまで登りつめさせた。
そして、支配下に無い帝国の軍主力を帝都から引き離すため、エンザーニに策を授けてエリンギーニに東の大陸侵攻を決断させることに成功した。
さらに、宮殿の守備を強固にすると偽って、宮殿全体を覆う結界魔導装置を皇帝の間の四方に配置し、実際に防御結界を張ることでエリンギーニの目を欺くことにも成功していた。
ここまでは順調だった。
しかし、東の大陸に侵攻しようとした結果、想定外の反撃を受けることになった。東の大陸に侵攻したロイエンタール帝国が勝とうが負けようが、その結果はどちらでもいいとメフィストは考えていた。
東の大陸に、西の大陸まで攻め込むだけの艦船は存在しないし、帝国軍の主力と戦えば、たとえ東側が勝利したとしても、両陣営の兵力は大きな打撃を受けるだろうことは容易に想像できた。
とても逆侵攻など出来るはずがない。そう、メフィストは考えていた。しかし、現実は反撃を受けて傀儡と化しているエンザーニまで暗殺されてしまったのだ。
化け物じみた強さを誇るエリンギーニと帝国一将二将三将。この四人さえ亡き者にすれば、エンザーニを使って帝国を乗っ取ることは可能なはずだった。
計画が頓挫してしまったことで、メフィストは計画の練り直しに迫られていた。まずは、宮殿に攻め込んできた東の大陸の者たちを排除し、クーデターの計画を修正しなければならない。
そう考えていたメフィストであったが、彼の思惑はすぐに覆されてしまった。宮殿に攻め込んできた東の大陸の者たちの圧倒的な武力の前に。
しかし、自分しか知らない宮殿の安全な場所で、襲撃の様子を観察していたメフィストは、襲撃者が皇帝の間まで侵入を果たし、その首領が帝国最強を誇っているエリンギーニを圧倒するという、信じられない光景を目撃していた。
東の大陸に攻め込んだ第三将アルセーニの生死は不明だが、第二将ダヤルトは瀕死の重傷、第一将アルトライナーも苦戦を強いられている。
そして、 皇帝の間には襲撃者の首領とエリンギーニの二人だけ。しかも、あのエリンギーニが押されており、襲撃者の首領は東の大陸代表の国王だと名乗った。
今この二人を殺せば、ほぼ当初の計画通りの結果になる。メフィストにはこの機会を見過ごすことなど出来ようはずがなかった。
エリンギーニと帝国一将二将三将。この四人を抹殺するために、宮殿の防御結界用に偽装して設置していた魔導装置を使うタイミングは今しかない。
そう考えたメフィストは、エリンギーニが倒れ込んだ瞬間に、魔導装置本来の機能を発動したのである。標的はもちろんエリンギーニと襲撃者の首領の二人だった。
しかし、結果はエリンギーニだけが死亡し、襲撃者の首領は無傷だった。そして、その結果が信じられずに呆然となっているメフィストは、アトロによってあっけなく切り伏せられたのである。
ファンタジア王国でメフィストの動向を観察していたアトロは、慌てるように動き出したメフィストに合わせて、急遽宮殿に転移してきたのだ。
メフィストが怪しい動きをしていたことは関知していたアトロだったが、クーデターを計画していることまでは掴みきれていなかった。
しかし、防御障壁用の魔道具に、それ以外の能力、すなわち攻撃能力が備わっていることには、X線を使った小型探査機の調査で掴んでいた。そして、昌憲に向けられていた照準を、メフィストに気づかれることなくエリンギ―二に変更していたのである。
『マーサ、予定外のことが起こりましたが、目的は果たせたようですの。今の光学系閃光魔法は敵の魔導装置によるものです。敵はこのタイミングをクーデターの絶好の機会と判断し、皇帝とマーサの抹殺を謀った模様です。私と魔導装置を使用した敵は中継には映り込んでいませんの。この結果を上手く利用しやがれです』
思いがけない展開にパニクリかけていた俺は、アトロからの報告で事の成り行きを理解し、そして、高速で思考をフル回転させた。
最終的にエリンギーニにとどめを刺したのは昌憲自身ではないが、結果的にエリンギーニは打倒された。そして、この状況を最大限に利用するには……。
「諸悪の根源である大逆の罪人エリンギーニはたった今打倒された。ロイエンタール帝国の滅亡をここに宣言する。我はマサノリ・ティル・ヒラサワ・ファンタジア、ファンタジア魔導王国国王である。我がファンタジア魔導王国、並びに東の大陸を犯そうとする不届き者の末路は、たった今滅亡したロイエンタール帝国と同じ道を辿ることになるだろう。心せよ」
『アトロ、ナイスフォローだった。ありがとう』
◇◇◇
昌憲のこの宣言は、アトロに制御された小型探査機によって、宮殿中に鳴り響いた。この光景を固唾を飲んで見守っていた西と東の観衆は、宣言の終了と同時に、歓喜の大歓声を上げたのである。
◇◇◇
開き戸が粉砕された皇帝の間入り口から溢れ出た眩いばかりの閃光に、アルトライナーとクロトは戦いの手を休めていた。そして、昌憲のエリンギーニ打倒宣言を耳にしたアルトライナーは、クロトに向けていた剣を下ろす。
「あの皇帝が死んじまったのか。もうお前の相手をする理由が無くなっちまったな」
「貴様の忠誠はその程度のものなのか」
「俺は忠誠なんて誓っちゃいないよ。ただの雇われ将軍さ」
「貴様はこれからどうするつもりだ?」
「逃げる」
そんなことを言うあるトライナーに声をかける男がいた。
「逃げる必要などないぞ。どうだ、俺の国に来ないか?」
突如話に割り込んできたその男に、アルトライナーは一瞬目を大きくして逆に質問を返した。
「負けた国の将は処刑されるんじゃないのか?」
「それだけの理由では処刑などしないさ。他に罪があれば別だが。どうだ、俺の国に来ないか? アルトライナー」
「どうして俺に罪がないことが分かる? それに何故俺の名を知っている?」
「うちの密偵は優秀だからな」
「……帝国内で感づかれずに、そこまで調べ上げるとは大したもんだ。お言葉に甘えてもいいんだが、少し考えたい」
「急ぐ必要は無いさ。その気になったら俺の国に来い――」
◇◇◇
そして月日は流れる。
ロイエンタール帝国が滅亡して一年後。
エリンギーニを倒し、多くの人々を恐怖から解放し、伝説の英雄となった昌憲には、不名誉なものを含めて数々の二つ名が冠せられていた。『救国の英雄』だとか『黒衣の覇者』だとか『黒き大魔導師』だとか『魔人』だとか『東の魔王』などなど。
結果的にではあるが異世界で英雄になるという一つの大きな目的を果たした昌憲は、もう一つの目的である冒険を満喫するために、未開の地へと行動の幅を広げていた。
もちろん新しく増えた家族との触れ合いを蔑にしているわけではないが、暇を作っては仲間たちと共に冒険に出かけている。その新しく増えた家族とは、山脈を隔てた隣国、アルガスト王国の第三王女のシルフィーネだった。
アルガスト王国国王サルガッソによる再三の要請と、アトロの説得に根負けした昌憲は、妻であるリリルリーリにまでも第二王妃の必要性を説かれてダメを押され、シルフィーネを第二王妃に迎えていたのである。
◇◇◇
「よう、待たせたな。マーガッソ、リーガハル、アルセーニ」
新たに仲間となった、元ロイエンタール帝国第三将であり、現冒険者ギルド二人目のSクラス冒険者アルセーニを加えた俺たちのパーティーは、今日も新たな冒険を求め、未開の地へむけて転移ゲートへとその身を投じたのだった。
このお話で本編完結となります。ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
あと五話ほど後日談を投稿してこの物語は終了になります。
後日談は本日この後一時間おきに投稿します。




