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第六十八話:帝都宮殿襲撃中篇


 エリンギーニが居城としているロイエンタール帝国帝都宮殿の正面フロアに侵入を果たした俺たちは、二階フロアへと通じる階段を駆け上がっていた。


 そその階段の最上部には、守備兵五人が槍を構えて待ち受けていた。先頭を駆け上がっていた俺とクロトの両脇を、二体のIALAが追い越し、駆け上がっていく。二体のIALARWは、背中に装備していた俺特製の剣を抜き、槍を構えて防御を固める五人の頭上を飛び越えていった。


「――!!」


 俺たちの前には驚愕の表情に固まった五人の守備兵が、持ち手の部分で切断され、落ちゆく槍を何もできずに見ていたのである。そんな守備兵に向けてクロトが左手を突き出した。


「ぐふぉ!」


 まるで爆風でも浴びたように吹き飛ばされた五人の守備兵。クロトが前方に展開した物理防御結界によって弾き飛ばされたのだ。



◇◇◇



 一方、二階フロアで待ち受けていたロイエンタール帝国第二将ダヤルトは、階段を塞ぐように配置した守備兵を飛び越えてきた二人の侵入者IALAに相対していた。


 守備兵を吹き飛ばし、階段を駆け上がってきた侵入者の一団に対応する余裕はダヤルトにはない。共にいた残りの守備兵五人は、相対している侵入者によって既に無力化されている。


 二手に別れて走り去る侵入者の一団を横目に、相対する侵入者にメイスを構えた。


「クッ、忌々しい賊め。だが、女の身でこの俺様を止められると思うなよ。たとえ二人がかりでもなッ!」


 大きく振り上げたメイスで、行く手を阻むように立ちふさがる二人の女に襲いかかったダヤルトであったが。


「チッ、ちょこまかと小賢しい」


 二体のIALAは大振りなメイスをことごとくいなし、上手く動きを制限して走り去った侵入者の一団を追おうと前進するダヤルトを押しとどめていた。


 それでも、何とか彼女らを叩きのめして追いすがろうと、鬼の形相で顔を赤らめてメイスを振り回すダヤルトであったが、彼女らの連係のとれた素早い動きと、見かけによらない力強さの前に、時間だけが過ぎ去っていったのである。


「対象の戦闘能力値十五パーセントダウン。行動目的を”足止め”から”制圧”に変更します」

「了解です姉さま」

「…………」

「ハアハア、何を言ってるか分からんが、俺をなめるな!」


 このとき、ダヤルトを足止めしていたIALAは日本語で意思の疎通を行っていた。彼には彼女らの話など分かるはずも無かったのであるが、動きをとめた二人の雰囲気から、今までとは違う攻撃が来ることを予感していた。



 ◇◇◇



 一方その頃、ところどころに配置された守備兵を蹴散らしながら突き進んでいた俺たちは、宮殿の最上階に到達していた。


 最上階には、階段を上りきった先にある幅の広い廊下と、そのつきあたりの巨大な開き戸の奥に皇帝の間と呼ばれる広いスペースがあり、そこに皇帝エリンギーニがいることは調べがついている。その開き戸の前には、抜き身の長剣を手にした一人の男が守るようにして立ちふさがっていた。


「主様、帝国第一将のアルトライナーだと思われます。どうしますか? アルトライナーの戦闘能力値は九千二百」

「このまま突進してドアごと吹き飛ばす。俺たちが皇帝の間に突入したら、クロトは妹をひとり連れてあの男の相手をしてくれ。足止めだけでいい」

「心得ました。主様」


 三体のIALAを先頭にして俺とクロトがその後に続き、残った三体のIALAと十名の騎士たちは、階段を上ってくるであろう守備兵を足止めするために残った。


 その理由は、無駄に幅の広い階段は、IALA三体だけでは乱戦になったときにカバーしきれない可能性があるからである。


 残る二体のIALAと十名の騎士たちは、皇帝の間の裏口に通じるルートを塞ぐために、宮殿二階で昌憲たちと分かれて別行動を取っている。


 皇帝の間の裏口に通じる別ルートは、廊下の幅が昌憲たちが通った正面ルートよりも狭いためにIALAの数が少なくて済むのだ。



 ◇◇◇



 弾丸のように一塊になって突進してきた侵入者を阻止すべく、開き戸の前で立ちはだかろうとしていたアルトライナー帝国第一将は、考えられないほどに強大な魔力を感じ取っていた。


 アルトライナー自身も魔力の質及び量に関してはとびぬけたモノを持っていると自覚していたのではあるが、向かってくる者たちから感じ取れる魔力の総量は、皇帝エリンギーニをはるかに凌駕していた。


 これは、異常とも思える魔力量を保有しているエリンギーニに、アルトライナーが常日頃から接していたから感じ取れたと言ってもいい。


「オイオイオイ、冗談じゃねぇぞ。何なんだアイツらは」


 アルトライナーが魔力量を正確に測れるわけではない。それでもアルトライナーには分かった。突進してくる五人の魔力量が、どう見ても五人とも自分と同等かそれ以上であることを。


「玉砕覚悟で立ちはだかるか、ガラじゃねぇな。それでもッ!」


 寸でのところで横に飛び退いたアルトライナーは、すれ違いざまにひとりの女を切りつけようとした。しかし、まるで予期していたかのように剣を合わせられ、防がれてしまう。


 開き戸は木端微塵に粉砕され、突進してきた者たちが皇帝の間になだれ込んだ。最後尾を走っていた女――クロト――ともう一人が、打ち破られた開き戸を背に、アルトライナーに剣を向けたのである。


「結構本気だったんだがな、あっさり返してくれるじゃねえか」

「なかなかの剣筋でしたが、あの程度では私には届きません」

「気の強そうな姉ちゃんだ。こんな所で戦うよりか、酒の席にでもご一緒したかったんだが仕方がない。給料分は働かなきゃなんねぇからな」


 ふてぶてしそうな態度で軽口をたたいてきたアルトライナーに、クロトは喜色の富んだ笑みを浮かべていた。IALAの中でも好戦的な性格をしているクロトは、今しがた垣間見た剣筋から分かるアルトライナーの強さに、かつてない興奮を覚えていた。


「私ひとりでこの男の相手をします。もしもの時以外は手を出さないように」

「畏まりました。クロト姉さま」

「随分な余裕だな。俺もナメられたもんだ。が、給料以上の働きをするつもりはねぇんだ。お手柔らかに頼むよ」

「そんなことを言っていると痛い目を見ることになりますよ。全力で来なさい。私も全力で相手して差し上げますから」

「つれない姉ちゃんだ」

「行きます!」



 ◇◇◇



 クロトとアルトライナーが戦いはじめたころ、二階で足止めされていたダヤルトは、かつてエリンギ―相手に一度しか経験したことがない恐怖を感じていた。


 突如攻勢に転じた二人の侵入者に力負けし、防戦一方になっていたのである。ダヤルトは、二人の侵入者がスピードだけの力ない女だと思い込んでいた。


 そのスピードに対しても対応できるだけの自信があった。しかし、いざ打ち合ってみれば、その剣戟の威力は自分の力を凌駕しており、対応するどころか、メイスを盾にして凌ぐのがやっとという現実を叩きつけられたのである。しかも、自分の息が上がってきているのに対して、二人とも涼しい顔で襲いかかってくる。


「グッ!」


 一方の剣戟をメイスを盾にして受け止め、後方に跳び退ろうとしたダヤルトの両足に激痛が走った。ダヤルトは飛び退ること叶わず、その場に倒れ伏してしまったのである。


「これで歩くことはできないでしょう。マーサ様の加勢に向かいます」

「はい、姉さま」


 止めを刺すことも無く、見下すことも、振り向くこともせずに走り去っていった二人の侵入者に、ダヤルトは切断された両足のアキレス腱の激痛に耐えながら這いつくばることしかできなかった。


「ちくしょう!」



 ◇◇◇



 大きな開き戸を粉砕し、皇帝の間に侵入を果たした俺は、広い円形状の広間の中央に立ち、一段上がった最奥の玉座に座るエリンギーニと視線を合わせていた。


 皇帝の間に護衛の兵はいない。三体のIALAを後方に待機させると、玉座の前まで悠然と歩を進める。


「ロイエンタール帝国皇帝エリンギーニだな」

「名乗りも上げんとは無礼な奴め」


 どっかりと玉座に座ったエリンギーニは、白髪ではあるが頭頂部にボリュームがあって独特の雰囲気だった。皇帝の間まで敵の侵入を許し、護衛も無く命が危うい状況下にあっても、エリンギーニの表情が変化することは無かった。冷徹な目で一段高い玉座の上から俺を見下している。


「我が名はマサノリ・ティル・ヒラサワ・ファンタジア、ファンタジア魔導王国国王である。東の大陸侵攻の責で貴様を討伐する。覚悟せよ」

「ふんっ、我を討伐するだと。恐れを知らぬ無礼な若造が。我が玉座まで無傷で辿り着いたことは褒めてやろう。が、その思い上がり、後悔させてやる。生きていられればの話だがな」


 そう言ったエリンギーニが無言で左手を俺に向けてかざしてきた。かざされた手の先に魔力の高まりを感じ取ったが、俺は動じることなく悠然としている。俺の視覚野には、それが一万強の数値として示されていた。


 瞬間、爆風とも取れる強烈な魔力をおびた突風が俺を襲う。しかし、突風俺に直撃する直前で二手に切り裂かれ、広間後方の壁を揺らしていた。


 俺は身じろぎ一つしていない。


「ただの風では効かぬか。ならば」


 エリンギーニは左手をかざした変わらぬ姿勢のまま、青白く密度の高そうな火の玉を射出してきた。俺はその火球が何であるかを即座に理解した。


 高密度に圧縮された気体分子を、高速で振動させて発熱させ、気体分子表面の自由電子を電離させたプラズマである。人の頭部ほどのそのプラズマ火球は、俺の顔面に向けて高速で飛来するが、それでも俺は動かない。そして、飛来した火球は俺に当たる直前、跡形も無く消失したのである。


「そんな小手先の魔法は俺には効かない。もっとましな攻撃をしたらどうだ」


 飛来した火球を、俺は異次元に転移させていたのであるが、仮に転移に失敗していたとしても、体表に展開した魔法障壁が火球をそらしていたはずである。


 エリンギーニが魔法主体の攻撃をしてくることはすでに調べがついていた。俺が無策で戦いを挑むことなどあり得ないのだ。


 俺は出来るだけ華々しくエリンギーニを打倒そうと考えていた。ある程度のリスクを背負う必要はあるが、攻め込んで何もさせずに瞬殺してしまっては、この様子を見ているであろう多くの人々に与える印象が、味気ないモノになってしまう。


 できるだけド派手な魔法をエリンギーニに放たせ、それを何事も無かったかのように無効化する。


 惑星を二分する人類勢力である西と東の大陸の主要都市にライブ中継されているこの戦いは、俺にとって一世一代とも言える晴れ舞台なのだ。誰もが納得するであろう大義名分もある。エリンギーニを打倒し、ロイエンタール帝国を滅亡させることに、もはや迷いは無い。


「炎も効かぬか」


 プラズマ火球が効かなかったことで、エリンギーニは昌憲の耐魔法防御の異常さに気づきはじめていた。エリンギーニがプラズマの本質を理解しているわけではないが、今までこの魔法で倒せなかった人間が存在しなかったからだ。


 このレベルの魔法では昌憲を倒すことはできないと理解したエリンギーニは、ようやく玉座から立ち上がったのである。


「ようやく本気を出してくれるか。どんな攻撃でも受け切ってやる。一番自信がある魔法を打ってこい、キノコ野郎!」



 ◇◇◇



 皇帝の間の手前で続いているアルトライナーとクロトの一騎打ちは、両者まったく譲らない互角のまま推移していた。武器は互いに長剣であり、盾は装備していない。


「どうやら大将もおっ始めたようだが、お前さん、強ぇな。そして、その剣は何だ? 俺の剣も結構な業物で通っているんだが、ボロボロじゃねぇか」

「この剣は主様に賜ったモノだ。この剣と打ち合ってその程度の傷で済んでいるとは、貴様こそ大したものだ。誇るがいい」


 クロトが使っている剣は、昌憲が最初にこの世界で制作した自称覇者の剣とほぼ同等の剣である。重心や重さ、サイズなどは彼女に最適化してあるが、鋼製の剣では硬度剛性共に遥かに劣っている。


 そんな劣った剣でクロトと互角に渡り合えているのは、アルトライナーとクロトの実戦経験の差であった。彼女の戦闘能力値がアルトライナーより一割ほど高いことと、剣の性能差で互角の勝負になっているのである。


 アルトライナーは攻撃魔法が得意ではない。もちろん、一般の魔術師より魔法攻撃力は上であるが、アルトライナーの強さは剣術と体術に集約されている。


 一方クロトはといえば、剣術や体術、攻撃魔法、防御魔法全てにおいて等しく優秀である。つまり、攻撃魔法と剣術を併用すれば、アルトライナーを打倒すことはそう難しいことではないのだ。


 しかし、クロトが昌憲から命じられたことはアルトライナーの足止めであり、互角の戦いができればそれで十分なのである。


 そして、クロトの本質は戦闘狂だ。もちろん昌憲のことを第一に思い行動しているのであるが、せっかくの強敵と戦える機会を無駄にしたくは無かったのである。


「やれやれ、たいした姉ちゃんだが俺は楽をしていたいんだよ。割があわねぇじゃねぇか」

「ぬかせ!」


 再度切り結んだアルトライナーとクロト。互いに繰り出す剣戟は、あまりの高速さに一般の兵では目で追うことすら出来ないだろう。


 果てしなく続くように見える二人の戦いは、互いに譲ることなくその苛烈さを増していったのだった。

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