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第六十七話:帝都宮殿襲撃前篇


 アトロと話すことで吹っ切れ、今まで悩んでいたことが嘘のように晴れやかな気分で城の転移ゲートに向かう。もともとポジティブな性格だと自覚しているし、学問以外で悩み、葛藤するなどということは今までに経験したことがなかったが、今回それをはじめて経験した。


 そして、短時間で乗り越えたことで『俺も大人になったな』などと一瞬思ったが、本当に葛藤に押し潰されるような経験をした、あるいは、経験をしている最中の人が聞けば、そんなものは葛藤ではないと怒られるだろうなと反省する。


 そそれはさておき、転移ゲート前にはすでに襲撃部隊が勢ぞろいしており、俺の到着を今や遅しと待っていたようだ。


「遅くなったな。いくぞ」


 短くそう言い、コートをひるがえして転移ゲートの中に身を進ませる。俺の後にはクロトを先頭にIALA前衛部隊、騎士隊、IALA後衛部隊と続いていた。


 転移ゲートを抜けた先。そこはまさにロイエンタール帝国の帝都、それも、エリンギーニ皇帝の宮殿真正面だった。宮殿正門まで距離的には百メートルほどだ。


 宮殿正門に続く大通りをそのまま堂々と三十メートルほど歩く。後ろには、アトロを先頭に襲撃部隊が続いている。俺たちを視認した門衛が一人、敵襲の大声を上げながら宮殿内部に消えていった。さほど間を置くことなく正門前には千人を超えるであろう兵士たちが正門から現れた。


 俺は転移を終えた襲撃部隊の先頭に立ち、ふてぶてしそうに腕を組んで敵兵を挑発する。


『マーサ、準備は整っていますの』


 通信で連絡をくれたのはアトロだった。彼女は情報収集のために西の大陸中に散らばらせていた小型探査機を、三機一組にして西の大陸の主要都市の上空と、俺たちが住む大陸の王都や帝都上空に展開していたのだ。


 その目的はロイエンタール帝国宮殿襲撃のライブ中継をすることだった。 全ては俺とファンタジア魔導王国の武力を知らしめるためだ。


 普段は俺に対しても明け透けな言動をとり、やもすれば冷ややかな暴言ともとれる発言を冷徹な表情で言い放つアトロだが、彼女の行動指針は、全てが俺の願望を叶えるためにある。


 もちろん窮地に陥った場合は、俺の命を守る事を第一に行動するはずだが、それ以外の場合は俺の望みをかなえることがアトロの全てなのだと俺は信じている。


 そんな与太話はおいておくとして、襲撃をライブ中継する意味は他にもあった。全ての元凶であるエリンギーニの死を西と東の大陸に住む人々に確実に知らしめ、混乱を招くような噂の拡散防止と、恐怖政治からの解放、侵略される恐怖からの解放を周知させるのだ。


 ぞろぞろと正門から出てきた宮殿守備兵を前に、口上を叫ぶ。


「我が名はマサノリ・ティル・ヒラサワ・ファンタジア、ファンタジア魔導王国国王である! 東の大陸代表としてここに宣言する。ロイエンタール帝国皇帝エリンギーニを東の大陸侵略戦争の戦争責任者として討伐する」


 俺が言い放ったこの口上は、小型探査機によって映し出された映像と共に、各主要都市でそれを見上げる人々に伝えられていた。


 上空に映し出された映像には宮殿の正門を守る多数の兵士と、俺を先頭に整列する三十名ほどの襲撃部隊が向かい合っている様子が映し出されているはずだ。この映像を見上げている世界中の人々は、その圧倒的戦力差に俺たちの負けを確信するだろう。


 つまり、千人を超える守備兵と三十人ほどの襲撃部隊の兵数差に、大言というか、どう見ても不可能なことを宣言しているようにしか見えないはずだ。


 この逆境を跳ね返してこそ、ファンタジア魔導王国の騎士や兵士がいかに精強であるかの宣伝になる。少人数で多数の守備兵が守る宮殿を落とす。小よく大を制すと同じで、民衆が好む物語だ。


 俺をはじめとして、クロトたちIALAの戦闘能力値は一万前後である。二十名の精鋭騎士たちも、科学的根拠に基づいたクロトのシゴキと実戦により、二千以上の戦闘能力値を叩き出すに至っていた。


 対する宮殿の守備兵は、アトロの調査によれば平均で八百程度。ファンタジアの精鋭騎士でも一人が三人は同時に相手にできる。


 もちろん、これだけの武力を誇る襲撃部隊であっても、各個が各々に守備兵にぶつかれば、数の理論によって押し包まれてしまうだろう。


 襲撃部隊がいくら強くとも、五千の守備兵と宮殿内に居るであろう武将全てを相手にすれば全滅は必至である。当然そんなことは理解しているわけで、そんな愚策を俺が選択するはずはない。


 ではどうやってこの戦争に勝つのか? 答えは簡単だ。少数精鋭最強の部隊を一本の槍と考え、武力を一点に集中することで中央突破すればいい。打倒すべきはエリンギーニ唯一人。よって、守備兵は眼中にない。つまり守備兵は相手にしないということだ。そのほうが敵兵の無駄死にも減るし、俺たちの犠牲も少なくなる。


 戦闘能力値がずば抜けている武将は相手にする必要があるだろうが、その数と配置は既に判明しているのだ。クロトをはじめとするIALA部隊が各個に退ける手筈になっている。


 二十名の騎士隊の役目は、槍の補強とIALA部隊の間隙を縫ってきた一般守備兵の駆逐である。さらに、騎士隊には少数でロイエンタール帝国を落としたという実績と経験を積ませたかった。それがIALAと比べれば戦闘能力値の劣る騎士隊を連れてきた理由である。



 口上が終わり、僅かな静寂を挟んだところでクロトが剣を天に掲げた。突入の合図である。それを契機に十体のIALAが矢型に突出し、槍の先端を形成した。クロトがその後背につき、俺、二列に並んだ騎士隊がその後に続く。


 クロトは槍の先端を形成するIALAを覆うように尖った物理防御結界を形成し、IALA十体と騎士隊がそれを補強したのである。


 前方からは少数の火の玉が飛来するが、魔法防御に優れたIALAには効き目がない。一本の巨大な槍となって走り出した襲撃部隊は、槍を構えて待ち受ける分厚い守備兵の壁に食い込んでいく。


 それはあまりにも圧倒的な光景だった。槍となった俺たちは、守備兵の壁をやすやすと突き抜け、壁だった守備兵は木の葉のごとく舞い散った。一点に集中した純然たる力の前には、守備兵の有無など関係なかったのである。


 守備兵の壁を突き抜けた槍が、閉ざされた巨大な門を結界ごと貫いていく。意味を成さなかった守備兵の壁。その後方に張り巡らされている役立たずの結界。そして砕け散った厚さ五十センチはあろうかという木の門。三重の防壁も俺たちの前には無意味だった。


 防壁を突き抜けた俺たちのはるか前方には、白亜の宮殿には程遠い武骨で巨大な宮殿がそびえたっていた。その距離は目測で五百メートル。


 円柱状の巨石が柱として立ち並ぶ宮殿正面には、三千を超える守備兵が既に集結していた。中央突破に重きを置いた槍の陣形を崩すことなく俺たちは突き進む。


「前方より炎系の魔法反応多数!」

「気にするな。俺が障壁を張る」


 突き進む槍の要に陣取った俺は、クロトの報告に従い魔法障壁を部隊の上方に展開する。突進してくる巨大な槍に対抗するがごとく密集した三千を超える守備兵。その後方からは無数の火の玉が飛来するが、展開された魔法障壁に邪魔されて掻き消えていった。


 鉄壁の魔法防御と物理防御を纏った巨大な槍となった俺たちは、全くの無傷で五百メートルの距離を走破していた。そして、槍を構えて密集する守備兵の中央に、躊躇することなく突き刺さった。


 俺たちが常識的な力を持った突撃部隊だったならば、この壁で食い止められ、全滅していただろうはずだ。宮殿を守る守備兵も、その後方で魔法を放つ魔導兵や指揮官も、密集した守備兵が意味を成さないなどとは思っていなかっただろう。


 しかし、巨大な槍と化した俺たち襲撃部隊の突進力と頑強さは、常識の埒外にあった。


 常識の範囲内にある守備兵がいくら密集して守りを固めようと、常識の外にある者たちによって一点に集中された強大な力の前にはなす術がなかったのである。薄い布を引き裂くがごとく切り裂かれていく守備兵の壁。俺たちの突進速度が低下することはない。



 ◇◇◇


 ロイエンタール帝国第四将だったエンザーニの代役を務めることになったメフィスト。 そのメフィストによって指名された宮殿守備隊長は、三千を超える守備兵と五百名の魔導師部隊を宮殿正面に配置して、鉄壁の防御態勢をとっていた。


 千名の守備隊と正門が破られたことは、突進してくる敵部隊を見れば疑いようのないことだったが、敵の人数を見ればその大半が正門で食い止められたのだろうと、宮殿守備隊長は楽観視していた。まさかたったの三十名で乗り込んできたなどとは彼は考えなかった。


 しかし。


「嘘……だろ……」


 それが、突進してきた昌憲たちによって弾き飛ばされ、宮殿正面フロアの高い天井に叩きつけられた宮殿守備隊長の最後の言葉だった。


 宮殿守備隊長が天井から落下する最中、薄れゆく意識の中で最後に見た光景は、宮殿内部に侵入した敵部隊が、一兵も欠けることなく眼下を走り抜ける様子だったのである。


 空に大きく映し出された映像で、この信じ難い光景を見ていた者たちの表情は、ことごとく驚愕に彩られていた。

人の守備兵と分厚い正門を突き破り、人間とは思えないほどの速度で宮殿正面まで駆け抜け、四千人近い守備兵や魔導兵を物ともせずに引き裂いて宮殿内部に侵入を果たしたのだから。


 ロイエンタール帝国からの侵略に怯えていた東の大陸の者たちは、信じられないという思いの他に、昌憲が発したエリンギーニを打倒するという口上がハッタリではないとの思いを強めていた。


 エリンギーニの恐怖政治にその身を震えさせていた西の大陸に住む者たちは、現実味を帯びてきた恐怖政治からの解放という夢物語を信じはじめていた。



 ◇◇◇


「守備隊は後方に展開、討伐隊は手はず通りの進路を確保せよ」


 宮殿内部に侵入を果たした俺たちは、クロトの号令によって陣形を組み替えていた。 俺とクロト、それにIALA四体がエリンギーニがいる大広間をめざし、残りのIALARW六体とファンタジア騎士隊が追撃を阻止しようというのである。



 ◇◇◇



 宮殿の正面フロアに侵入してきた昌憲たちを、信じられない思いでフロア奥の踊り場から見ていた一人の男がいた。宮殿の守備をエリンギーニに命じられたメフィストである。


「なんなんだコイツらは」


 四千の守備兵を抜いて侵入してきた三十名程の敵部隊。正門の守備部隊から受けた報告では、出現した敵兵も三十名程ということだった。


 たった三十名の部隊に防御結界と分厚い正門、そして千人の守備兵が抜かれた上に、数を減らすことなく宮殿正面を守る四千の守備兵までもが抜かれてしまったのである。


 メフィストは予測を遥かに超えている敵部隊の圧倒的強さに、自身の立てていた計画を再変更する必要性を感じていた。


「このままではマズイ。あいつらに皇帝が殺されるとは考えにくいが、このままでは私の立場が危うい。どうすべきか」


 身を隠すように踊り場を後にしたメフィストは、正面フロアに通じる階段を守る十名の守備兵と、帝国第二将であるダヤルトに駆け寄った。ダヤルトは三十代後半で、身長二メートル強の筋肉ダルマの強面である。


「間もなく敵兵が上がってきます。私はアルトライナー様と皇帝陛下のところに参りますゆえ、ダヤルト様はこの場の守備を」

「ふん、エンザーニの腰巾着か。お前みたいな腰抜けに言われるまでも無い」

「…………」

「なんだぁ、その顔は。とっとと失せろ」


――脳まで筋肉の戦闘バカめが。お前などいずれ粛清してやろうと思っていたが、それも不要か……


 普段は何を言われても表情を崩すことがなかったメフィストであったが、このときは敵部隊の侵入を許した焦りから、上手く表情筋を制御できなくなっていたのだ。それでも、メフィストは階段を駆け上がりながら、自分の野望を叶えるために思考を切りかえた。



◇◇◇



 宮殿の正面フロアで陣形を変更した俺たちは、クロトを先頭にフロア右奥の階段を駆け上がろうとしていた。


「二階、階段上部に高戦闘能力値反応。恐らく帝国第二将と思われます」

「数値はどのくらいだ?」

「八千以上です。主殿」

「アトロからの報告通りだな。計画通りIALA二体で足止めだ。結果的に殺してしまっても構わん」


 階段を駆け上がり、その中腹を折り返して進もうとしたところで、俺の視界には槍を構える五名の敵兵が飛び込んできた。俺とクロトの両脇を二体のIALAが駆け上がったのだった。

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