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第六十五話:妖刀誕生


 クロト率いるファンタジア魔導王国の精鋭によって西の孤島が解放され、不可視結界によって孤島の隠ぺいが行われてから五日が過ぎていた。


 そのころには、ロイエンタール帝国皇帝エリンギーニとその周辺の調査と対策立案も、すでにほぼ完了していた。戦後処理と国家間の調整を行っていたアトロもすでに帰国している。


「作戦がほぼ決まった。アトロ、クロトを呼んでくれるか」

「了解、マーサ」


 クロトを呼びつけた場所は、彼らと共に転移してきた屋敷である。その屋敷の地球の先進的設備が揃った管制室。そこに俺たちは集まっていた。


 大型ディスプレイには小型探索機で撮影したロイエンタール帝国の宮殿のような巨大な城や、その内部の構造図、エリンギーニや主要な部下たちの写真や、彼らの配置などが分かりやすくまとめられていた。


 打倒エリンギーニの作戦立案作業を、集められたデータをまとめながらここで行っていたのだ。普段は、このようなまとめ作業はアトロに一任しているが、国家間の調整役を彼女に任せていたために、今回は俺がまとめ作業も行っていたのである。


「これを見てくれ」

「結界、ですか? 主様」


 巨城の画像データに映し出されている薄い膜。その膜は巨城をスッポリと覆うドーム状の膜だった。


「画像データを魔力干渉フィルターにかけたら浮き出たんだ。クロトが言うとおり結界だ」

「マーサ、結界強度はどの程度ですの?」

「いや、この結界は破らない予定だ」

「すると、正面突破しかないですね。主様」

「そうとも限らないけど、正面から行くつもりだよ。クロト」


 この会話からも分かる通り、正面からロイエンタール帝国の帝都にある巨城に乗り込み、エリンギーニを打倒しようと考えている。巨城の防衛体制が頑強であることはすでに調べがついているが、そんなことはお構いなしだ。


「クロト、お前をここに呼んだのは、今回の作戦を少数精鋭でやろうと考えているからなんだ」

「どの程度の規模で少数なのですか?」

「ああ、全部で三十人ほどだ。内、IALAはお前を含めて十体だ、対人戦に慣れた者を選んでおいてくれ。アトロはここで作戦の指揮をすることになっている」

「残りは?」

「お前の騎士隊から選抜してくれ。作戦決行は明後日の昼過ぎだ」

「畏まりました。主様」


 アトロはそのまま管制室に残って作戦行動中の俺たちを支援する準備に取り掛かり、クロトは王国騎士隊詰所に向かった。作戦の詳細をアトロとクロトに説明した俺は「最後の準備をする」と言って、居城地下四階の工作室に向かった。


 エリンギーニは魔法戦に特化した男だということは調べがついていた。しかも、その魔力は俺と同等であることが計測により判明している。


 小型計測器によってエリンギーニから漏れ出る魔力を計測しただけなので、正確性に欠けるが、その計測結果プラスアルファの何かを持っている可能性を考慮しておくべきだろう。その対抗策として新たな装備を作ろうと考えたのである。


 ここ数日、妻や息子と共に過ごす時間がほとんど取れていないが、ロイエンタール帝国を早いとこどうにかしてしまわないといけない。侵攻作戦が失敗し、主力が海上を彷徨っている今のタイミングが、エリンギーニを打倒するまたとない機会だ。


 この一件が片付いたあとで、妻子とのゆっくりとした家族水入らずの時間を満喫しよう。そう思い、新装備の製作に没頭していったのである。


 工作室に籠って三十時間強が過ぎた深夜、目的の新装備がついに完成した。俺は新装備を創り上げた工作室で、最後に製作した剣を片手に深い眠りに落ちたのだった。


 新たに創造した剣――銘はまだ無い――は、当然エリンギーニ対抗するための剣だが、いままで愛用してきた覇者の剣とは見た目も性能もまるで別物になっている。


 覇者の剣が白金色に輝く西洋の聖剣をイメージしたものであるとすれば、今回製作した剣は、いわば妖刀と呼ぶにふさわしい雰囲気を醸し出していた。その造形は刃長百五十センチほどの反りを持つ片刃で、刃部が妖しいシルバーブラウンに輝き、漆黒の刀身との境には刃紋が形成されていて、黒いモヤのようなものが薄らと刀身から立ち上っている。


 俺が創りだしたこの刀は、魔法戦に特化しているといわれるエリンギーニに対抗するための刀である。刀の形状が魔法戦向けということではなく、性能が魔法戦に向いているのだ。


 自分と同等以上に魔力が高く、魔法戦に関しては一日の長どころか俺より数段上の経験をもつエリンギーニに、魔法の力だけで勝てるとは考えない方がいいだろう。


 だから俺は、エリンギーニに対して魔力をおびた刀剣で戦おうと考えた。剣術に関して言えば、幼少の頃より実践を視野に入れて素振りを重ね、この世界に来て実戦を重ねたことによりかなりの自信をもっているのだ。


 魔法に対して刀剣で戦うには、まず第一に接近戦を挑む必要がある。そして、防御シールドを何らかの力で無効化もしくは破壊して刀剣を届かせなければならない。敵からの魔法攻撃に対しては、それを無効化あるいは軽減などして防ぐ必要もある。


 だから俺は、それらの要求に応えられるだけの装備を刀以外にも幾つか創り上げた。魔法の原理を科学的に理解しているからこそ、これだけの短期間にそれらの装備を創り上げることができた。


 その中でもひときわ異彩を放つ装備がこの刀だ。黒いモヤを刀身に纏い、いかにも禍々しい雰囲気を醸し出しているが、別に呪われているといった類のモノではない。


 この黒いモヤは、俺が垂れ流している魔力を刀身が吸い上げ、その魔力をとある力に変換した残りカスに、わざわざ色を付けたモノである。


 モヤ自体にはなんの力も無く、ただ恰好良さそうだからというのが狙いだった。 いくら急いでいるとはいえ、そういった視覚効果にも俺はこだわっている。



 ◇◇◇



 帝国軍第四将エンザーニは、皇帝エリンギーニの参謀役を務める優秀な男である。


 侵攻作戦での敗戦を受けて、エンザーニは次の侵攻に備えた準備と、もしかしたら撤退してくるかもしれない帝国艦隊の捜索を鳥を使った遠視魔法で行っていた。


 さらに、エンザーニはとある予測のもと、不意の敵襲の可能性に気づき、その対策も進めていたのである。その予測とは、中継地として占領した孤島に二度にわたって攻め入られ、一度目には住民を、二度目には支配権を奪還されてしまった事実からくるものであった。


 孤島に攻め入られとき、その二回とも敵が船で渡航してきた形跡は認められなかった。 ならば、敵軍は別のなんらかの方法で島に渡ったはずである。船を使わずにあれだけの距離を移動する。


 ましてや兵を送り込んでくるなど想像の範囲外であった。そして、その方法は分からないが、敵が長距離を秘密裏に移動する手段を持っているということは確かだとエンザーニは考えていた。


 そう、手段はあまり関係ないのだ。東の大陸には長距離を移動する何がしかの方法がある。しかも、千人規模を一度に送り込むことができる。


 それだけの情報で十分だった。もし帝都の宮殿に千人規模の精鋭を送り込まれたら。


 そう考えると、その対策を蔑にはできなかったのである。その対策は何よりも増して急がねばならなかった。移動に時間がかからないのなら、いつ敵襲があってもおかしくはないからだ。そう考えたエンザーニは、五千人規模の兵を集め、その兵を宮殿内に配置していた。



◇◇◇



 エンザーニの行動を見えない小型探査機で監視していたアトロは、昌憲たちが乗り込む前に先手を打つ必要があると考えた。もちろんエンザーニの情報は昌憲に逐一報告しており、先手を打って対処する了解もアトロは得ていた。


 エンザーニが宮殿内部の守備固めに奔走していることは確認が取れている。しかし、その指揮系統は未だ整備されていなかった。


 明日には昌憲たちがエリンギーニの宮殿に乗り込む予定だから、それまでに宮殿の守備兵に指示を出しているエンザーニを始末しなければならない。そう考えたアトロは、エンザーニを始末するために、間諜として送り込んでいるライカールに指示を出した。


『犬よ、新たな仕事を与えます。泣いて喜びなさい』

『ハッ、なんなりとご命じ下さい。アトロ様』

『エンザーニという男を知っていますね。その男を明日の朝までに始末なさい』

『ハッ、ご命じのままに』



 ◇◇◇



 エンザーニの動向を部下に探らせていたライカールは、アトロの命を実行するために、その部下にもう三名を加えて宮殿から少し離れた所に来ていた。時刻は深夜、宮殿で仕事を終えたエンザーニがもうすぐ通りかかるはずだ。


 間諜としてロイエンタール帝国に潜り込んでいるライカールたち五人は、昌憲が開発した不可視の装束に身を包んで闇夜に紛れている。一度傭兵に落ちたとはいえ、もともと小国の騎士を務めていた彼らの武力は、参謀であるエンザーニより遥かに上だった。


『ライカール様、護衛が六名。どうしますか?』

『お前たち四人は姿を現して護衛を引きつけろ。その間に俺がエンザーニを殺る』


 無言で頷いた部下四人が装束の不可視機能を切って姿を現すと、手にした剣を構えて道を塞いだ。護衛に囲まれたエンザーニはまだ四人に気がつく様子を見せず、こちらに歩いていた。


「エンザーニ様、賊です。お下がり下さい」


 護衛の中で最も屈強そうな男がエンザーニを後ろに庇い、護衛五人が前に出た。


「殺れっ!」

「いや、一人は生け捕りなさい。生きてさえいればいいですよ」

「ハッ!」


 エンザーニの護衛五人が、挑発するように剣を揺らすライカールの部下四人を半円形に取り囲んだ。四人をエンザーニに近づけさせない陣形である。


 しかし、そんな護衛をあざ笑うかのように、不可視装束を身に纏ったライカールは、音も立てずにエンザーニの後背に回り込んでいた。エンザーニと六人の護衛はライカールの存在に気付いてはいない。


 走りよれば、そのまま無防備なエンザーニの首をいつでも切り落とせそうな距離に、ライカールはすでに忍び寄っている。しかしライカールはまだ動かない。


 まだその時ではないとライカールの勘が告げていたからである。一人エンザーニの前方に立ち、彼を庇うようにして、姿を現した四人の動きを睨みつけている護衛の男は、後ろにも十分に注意を配っていることが伺えたのだ。


――出来るな。あの男。


 一瞬そう考えたライカールではあったが、彼に抜かりはなかった。ライカールたちは、不可視装束を身につけている仲間を識別するために、彼らにしか判別できない不可視魔力の判別眼を訓練によって身につけていた。


 それは昌憲がその理論を構築し、アトロによってライカールたちに伝授された特別な能力であった。この世界で身を隠しているライカールを識別できるのは、彼の部下とアトロにクロトとラキ、それに一部のIARAだけだ。桁違いの魔力を持ったエリンギーニですら識別はできない。


 ライカールは四人の部下だけにしか見えないサインを、エンザーニの後方から出した。 そのサインに呼応するように部下たち四人が動き出す。四人は持てる魔力のほとんどを身体強化に回し、じりじりと護衛五人との間合いを詰めはじめたのだ。


 そして四人は、護衛たちに全力で切りかかった。戦いのペース配分など考えてはいない。四人は数分で力尽きるほどの動きで護衛をかく乱し、護衛たちをじわじわと後退させていく。


 もちろん隙あらば護衛に致命傷を与えようと四人は考えているが、それは二の次。攻撃し続けてはいるが、敵の剣戟を押し返し、防御に重点を置いた戦い方で四人は護衛五人を徐々に後退させていたのである。


 護衛五人がじわじわと後退することで、その後背にいる一人の護衛とエンザーニも徐々に後退していた。当然、その後退はエンザーニとライカールとの距離を徐々に縮める結果になった。いがはじまって三分もしないうちに、エンザーニがライカールの間合いに侵入してきた。


 一閃。


 音も無く振り抜かれたライカールの片刃剣が、エンザーニの首を跳ね飛ばしていた。その首が地べたに転がり落ち、首からは血しぶきが上がる。その状況になってはじめて、彼の直前で護衛をしていた男がその対象の死を認識したのである。そのときすでに、ライカールはその場を後にしていた。


「エンザーニ様ぁ!!」


 その叫びに護衛五人が振り返る。それを合図として、ライカールの部下四人がその場から忽然と姿を消したのだった。

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