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第六十四話:消えた孤島


 クロト率いるファンタジア魔導王国の精鋭が西の孤島に攻め入った深夜、本営となっていた港近くの教会で指揮官と思われる人物が、ファンタジア魔導王国騎士隊長アーセルハイデルによって打ち取られた。


「敵の指揮官は討ち取った。今より掃討戦に移る。刃向う敵兵は殺害せよ。刃向う意思のない敵兵は拘束せよ。一兵たりとも見逃すな」


 片膝を付き、頭を垂れているアーセルハイデルと、その場にいた側近にそう命じたクロトは、本国でロイエンタール帝国皇帝エリンギーニの調査を行っているはずの昌憲に通信を繋いだ。


『主様、報告いたします』

『……なんだクロト、上手くいったのか?』

『敵指揮官と思われる人物を打ち取りました。これから掃討戦に移行します』

『指揮官の尋問はしたのか?』

『いえ、その必要は無いと判断しました』

『お前がそう思うならいいさ。ご苦労だったな』



 ◇◇◇



 西の孤島でロイエンタール帝国軍敗残兵の掃討がはじまったころ、同じく孤島に派遣されていたIALAたちは、とある魔道具の設置を完了し、その調整作業を行っていた。


 西の孤島に昌憲が設置した魔道具は、地中に埋められ、人の手が届かないように、調べても分からないように巨石に擬態してあった。その大きな魔道具が四つ、孤島の東西南北に埋められた。この魔道具を設置した目的は、当然のことながらロイエンタール帝国軍に対しての防衛である。


 シルベスト王国の海岸線で行われた防衛戦で、撤退を余儀なくされたロイエンタール帝国軍の艦隊三百隻強が、西の孤島を目指して航海していることは、衛星軌道上の探査装置で既に判明している。


 この艦隊に対して何も対策を講じていなければ、せっかく奪還した西の孤島が再び戦場になることは明白だった。そうなれば、自国軍の犠牲が増えることも自明であろうと昌憲は考えていた。


 自国軍の犠牲を出さないようにするためには、戦闘そのものが起こってもらっては困るのだ。だから戦闘自体が起こらないようにする。それが昌憲が考えた対策だった。


 魔道具の調整は、西の孤島を奪還し、ロイエンタール帝国兵士の護送が終わっても続いていた。捕虜となったロイエンタール帝国軍兵士は二百名弱であり、彼らは港に停泊していた輸送艦でシルベスト王国へと運ばれている。奪還作戦の指揮を執ったクロトは、引き続き魔道具調整の指揮を執っていた。


 アーセルハイデルたちファンタジア魔導王国軍は、シルベスト王国に向かった輸送船に乗船した数十名を除いて、転移ゲートで既に帰国している。捕虜を船で運ぶ理由は、転移ゲートの存在を必要以上に広めないためである。


 そして、魔道具の調整が終わり、クロトとIALAたちが西の孤島を後にしたのは、輸送船が出航して三日目のことだった。



 ◇◇◇



 東の大陸侵攻に失敗したロイエンタール帝国軍艦隊は、帝国軍第二将イェルスキーニの指揮のもと、中継基地である孤島を目指していた。


 戦場を離れて十日が過ぎ、もうすでに西の孤島に到着していてもおかしくない頃合いである。途中、軽い嵐に見舞われたが、孤島へと辿り着く航路からは大きく外れてはいないはずだとイェルスキーニは考えていた。しかし、いまだに孤島が視認できないことに、イェルスキーニは苛立ちを抑えきれなくなっている。


「航海長を呼べ!」


 旗艦の司令官室で苛立ちを隠そうともせずに、白いものが混じりはじめたガイゼル髭を触りながら、部下にそう叫んだイェルスキーニ。


 ロイエンタール帝国軍の第二将である彼は、武力で今の地位に登った男ではない。軍の運営能力、実戦指揮官としての判断力と作戦実行能力をエリンギーニに認められた男だ。


 今回の侵攻作戦でも、艦砲射撃で敵を混乱させ、そこに魔猿を送り込み、万全の状態で東の大陸に上陸する予定だった。しかし、これだけの策を講じたにもかかわらず、艦砲は未知の恐らく魔術によって破壊され、魔猿は連携のとれた多数の兵によって無力化されてしまった。


 さらに、投入した上陸用ボートは水流に邪魔されて僅かずつしか陸に近づけず、上陸を果たした兵はことごとく打ち倒された。戦況から分かることは、東の大陸側が明らかにロイエンタール帝国軍の侵攻を、察知していたということだ。


 そう考えたイェルスキーニは、これ以上の損失を良しとせず、ボートに乗った兵たちを引き上げて、一旦中継地である孤島へと引き返すことを選択したのだった。


 それにしてもとイェルスキーニは考える。


「どうやって我々の侵攻を察知したのか」


 司令官室でそう一人ごち、思考の海に沈みはじめたイェルスキーニを、ノックの音が引き戻した。


「司令官殿」

「入れ」


 入室してきたのは、浅黒く陽に焼けた四十過ぎの男である。


「航海長、孤島はまだ見えんのか」

「は、距離的には視認圏内に来ていると思われますが、島影はいまだ視認できておりません」

「嵐で航路が狂ったのではないか?」

「は、多少の狂いは出ている可能性が高いですが、星の位置と島の大きさから考えますと、既に視認できていなくてはおかしいと考えられます」

「なぜすぐに報告しなかった?」

「申し訳ありません。いまだに視認できないのはおかしいと考え、航路の再確認をしておりました」


 不機嫌そうに睨みつけたイェルスキーニに、航海長は陽に焼けた顔を、色だけでは分かりにくいが蒼白にしていた。


「まぁいい。それよりもだ、お前はどう考える?」

「は、島が消えるとは考えられません」

「ならば何故見つからない?」

「は、不可視の結界魔法ではないでしょうか」


 航海長は魔法に詳しくはない。だからこの答にたどり着いていた。それは星の位置による現在位置の把握に絶対の自信を持っていることが、彼にとっての裏付けになっていた。


 航海長がもし魔法に詳しければ、あれだけの大きさの島を結界で覆い、見えなくしてしまうことがどれほど困難か、というよりは、常識的に考えて不可能だということが邪魔をして、恐らくこの答には辿り着けなかっただろう。


 一方のイェルスキーニは、魔法に長けているわけではないが、過去の経験と知識から、孤島を魔法で隠してしまうことが不可能であると理解していた。


 しかし、航海長の力量を信頼していることも事実であった。この航海長はイェルスキーニ自身が、その実力を見込んで採用していたからである。


 イェルスキーニは、人の力量を見抜く目に絶対の自信を持っていたのだ。


 だからイェルスキーニは迷っている。あれだけの大きさの島を魔法で見えなくするという不可能としか考えられない己の知識と経験。人の力量を計る己の目。そのどちらを信じればよいか。


 通信用の魔道具は艦砲を破壊された時の、魔力の余波を受けて全て故障している。皇帝エリンギーニの判断を仰ぐことはできない。


「食料の残量はどの程度か」

「は、あと三日分ほどです」


 残された食料は三日分。

 いまだにこれだけの食糧が残っているのは、イェルスキーニが用心深い男だからである。

 しかし、彼がいくら用心深くても、今回の事態までを予測できていたわけではない。


 イェルスキーニは考える。

 このまま中継基地である孤島を捜索するか?

 西の大陸に進路をとるか?


「航海長」

「はっ」

「島の捜索を中止して本国に進路をとれ。食料の支給は三分の一に減らし、雨水の確保と、海鳥、魚、なんでもいいから食えるものを確保せよ」

「は、魚を確保せよとのことですが、兵たちに釣りをさせてもよいので?」

「これは命令である。食料の確保に利用できる物は何でも使え。備品を壊しても構わん」


「は、では、海鳥を探し、魚の群れを見つけたときは船を止めてもよろしいでしょうか?」

「構わん。食料の確保を優先せよ」


 食料を確保し、もし無事に帝国に帰港できたとしても、自分の責任は重いものになるだろう。皇帝の気性を考えれば、その場で首を落とされてもおかしくない。


 しかし、あのまま無謀に突撃を繰り返して全滅しても無意味だ。このまま島を探して餓死してもそれは同じこと。ならば、少しでも捲土重来の可能性が残る選択肢を選ぼう。それがイェルスキーニが出した答えだった。


 部下の命を助けたい。という人道的な心情がイェルスキーニを突き動かしたわけではない。最も合理的な選択肢を選んだ結果、漁をしながらでも本国への帰還という道を彼は選んだのだった。



 ◇◇◇



 イェルスキーニが西の孤島を見失っていたころ、部下たちに今後の指示を出したクロトが俺のもとに報告に訪れていた。


「主様、敵艦隊の目はごまかせたようです」

「ああ、あの魔道具が上手く機能してくれたようだな。調整に手間取っていたようだが、懸念点はないか?」

「ええ、なにぶん出力が大きいですから、同期を取るのに手こずってしまいました」

「なにせ、突貫の急ごしらえだったからな。よく調整してくれた。礼を言うよ」


 あの魔道具とは西の孤島に設置した四つの魔道具だ。その効果は、不可視と光反射の結界であり、西の孤島をすっぽりと結界で覆い込んで、見えなくすると同時に、光を上手い具合に反射して孤島の存在する場所を海に見せるものだ。


 大洋のただ中に浮かぶ西の孤島へは、東西どちらの大陸からでも船で十日はかかる。 西の孤島は決して小さい島ではない。しかし、それだけ離れた距離にあることで、この世界の航海技術では島の住民でもないかぎり、視認できなければ正確な島の位置は特定できないのだ。


 東の大陸を離れた洋上で、ロイエンタール帝国艦隊を撃沈させてしまう選択肢もあったが、魔道具の設置が難しい深い海では、それを行うには大きな労力と少なくはない対価を払う必要があった。


 孤島を結界で覆うことは、孤島の住民にとっても侵略に怯えることなく生活できるという安心感がある。孤島の住民が漁に出て戻れなくなるとも考えたが、彼らは多少島から離れても、たとえ島が見えなくても結界の中まで戻れるという土地勘があるそうだ。


 漁をする彼らのために方位磁石的な帰還用の魔道具を渡そうと思っていたが孤島住民の代表は、その魔道具が敵に渡ることの方を恐れていた。



 ◇◇◇



 一方、ロイエンタール帝国帝都では、皇帝エリンギーニが怒りに打ち震えていた。十日ほど前に艦隊との通信が途絶し、その後数日を置いて中継基地との連絡も途絶してしまった。これらの状況から、帝国艦隊が敗北し、中継基地が奪還されたということが容易に想像できたからである。


「イェルスキーニが負けたというか! エンザーニ」


 玉座に座るエリンギーニは、眼前に跪く帝国軍第四将エンザーニに怒りを隠そうともせずに問いただした。エンザーニは地位的には第四将であるが、エリンギーニが最もその信を置いている人間である。エンザーニ自身はエリンギーニを崇拝しているわけではないが、自分の上に立てるのは彼しかいないと考えていた。


 エンザーニは、性格的に言えばエリンギーニ同様選民意識の塊であり、プライドの高い男である。歳は二十歳を過ぎたばかりでまだ若いが、参謀としての能力が高く、肝も据わっている。その証拠に、エンザーニは怒っているエリンギーニを前にしても、少しの動揺も見せてはいなかった。


「お考えの通りでございましょう。陛下」

「イェルスキーニが六万の兵と猿共を率いたのだぞ」

「イェルスキーニ将軍がいかに優れた名将であろうとも、状況は全てが我が軍の敗北を示しております」

「侵攻軍にはアルセーニも加わったのにか!」

「敵がそれだけ強かったまでのことでございましょう」

「エンザーニ! 貴様もこの作戦には同意していたではないか」

「は、ですが負けたことは事実でございます。わたくしの責任を問うと仰せならば従いましょう。されど、事実は事実として受け止め、それにどう対応すべきかが今は肝要かと」

「ふんっ、我を前にして言いたいことを言いよる。貴様の責任など問うても意味はない。貴様はどうやったら勝てるかだけを考えろ」

「御意」


 全く怯えることなく、弁明することも無く持論を展開するエンザーニに、エリンギーニは毒気を抜かれたようにその怒りを霧散させたのだった。

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