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第六十三話:孤島奪還作戦


 ロイエンタール帝国軍を撤退に追い込み、防衛戦に勝利した大陸連合軍であったが、俺の考えではこの戦争はまだ集結していない。いや、まだ始まったばかりだ。


 ロイエンタール帝国を壊滅、または、それに近い状況に追い込み、二度と侵略してこようなどとは考えないようにしなければならない。そうしなければこの戦争が終結したとは言えないのである。


 先に攻めてきたのはロイエンタール帝国軍。したがって、この戦争責任はロイエンタール帝国にある。責任をとるべき人物はひとり。それはすでに調べがついていた。


 ロイエンタール帝国皇帝エリンギーニである。


 エリンギーニは己の力で成り上がり、西の大陸を制覇した独裁者だ。しかし、エリンギーニは力ある部下をそろえてはいるが、その部下たちの信頼を勝ち得ているわけではなかった。それでも彼は、己の力によって全ての部下を従え、西の大陸の頂に立っている。


 俺が考えている終戦とは、エリンギーニをこの世から消し去ることと同義だ。その計画はすでに最後の詰めを残して出来上がっており、指示もだしていた。


 しかし、その前にやっておかなくてはならないことがある。そう考えた俺は、帰城しているアトロを捕まえた。


「アトロ、ちょっと頼みたいことがある」

「いきなりなんですの? マーサ」

「今クロトがやっている戦後処理を明日中に引き継いでほしいんだ。クロトには別の任務についてもらいたいから」

「了解、マーサ」


 エリンギーニをたとえ亡き者にしても、いずれは別の者が侵略してくる危険性を否定できずにいた。それはロイエンタール帝国軍が保有する艦隊と兵力だ。所有者が変わっても三百隻を超える艦隊と兵力があるかぎり、野望を持つ者が後を継げば侵略の危機は無くならない。


 俺は当初、防衛戦のときに敵艦隊を撃沈させようと考えていた。しかし、遠浅のシルベスト王国近海では時間的に艦隊を撃沈させる有効な策を講じることができなかった。


 沖側からの強烈な水流操作で岸近くまで敵艦隊を流し、座礁させようかとも考えたが、艦隊を座礁させるために必要なエネルギーが多すぎて、魔道具の製作に残された時間はないと判断していた。魔道具を使った敵ボートの上陸阻止は、苦肉の策だったのだ。


 現ロイエンタール帝国艦隊を無力化させる作戦の指揮を、クロトに任せようと考えている。その作戦にはある程度の兵力が必要になる。今現在も、戦後処理で駆けずり回っているクロトには酷なことだが、その作戦にはファンタジア魔導王国軍を掌握している彼女が最も適任だったのだ。


 しかし、その作戦に俺は同行しない。クロトが任務に就いている間、俺はエリンギーニの能力について分析をすることにしている。時間は有効に使わなければならないのだ。その間に彼を亡き者にするための準備を進めなければならない。


 帝国艦隊が立ち寄るであろう西の孤島も奪還する必要があった。今現在ファンタジア魔導王国に避難している、西の孤島の住人に聞き取り調査を実施したところ、帰郷を望んでいる者が約九割、このまま残りたいと望んでいる者が一割だった。


 ファンタジア魔導王国に残りたいと希望する者は、冒険者として生計を立てたいという若者が多かった。俺としてはもちろん大歓迎だ。しかし、帰郷を望む者の望みも叶えてやりたい。


 西の孤島を奪還する意味は他にもあった。西の孤島がロイエンタール帝国軍の補給基地になっているからだ。補給地点を絶たれれば、たとえ艦隊があっても、今後大陸へ大挙して押し寄せることが難しくなる。この西の孤島奪還作戦と、ロイエンタール帝国艦隊無力化作戦をクロトに任せようと俺は考えている。


 帰還の途に就いているロイエンタール帝国艦隊が寄港するより前に、西の孤島を奪還しなければ、ファンタジア魔導王国軍の人的被害が拡大してしまうだろう。


 物資が残り少ないはずのロイエンタール帝国艦隊が、中継点となる西の孤島で補給できなくなるが、敵軍の食糧事情まで心配している余裕は無い。


 西の大陸に帰り着くまでに、恐らく多数の餓死者がでる可能性は否定できないが、侵略しようとしてきた敵に対してそこまで気を配る必要性を感じなかった。


 クロトと彼女の指揮する騎士団を西の孤島へと派遣し、アトロの忠実な僕であるライカールが集めた情報の分析を俺ははじめていた。


 ライカールとその部下は、ロイエンタール帝国が西の孤島を占領した後にアトロによって西の大陸に送り込まれ、各地に散ってエリンギーニに関する情報を集めてくれている。


 アトロが彼らを送り込んだ理由は、小型探査機だけでは必要な情報を集めることができないからだった。



 ◇◇◇



 一方、昌憲によって西の孤島に派遣されたクロトは、港街から離れた高台の頂から、ロイエンタール帝国軍の駐留部隊の様子を観察していた。時刻は日の入り直後で、まだ薄らと陽光が残っているが、常人に人の存在は確認できない距離である。


 クロトの脇には、遠視の魔道具を覗き込むアーセルハイデルが控え、後方にはファンタジア魔導王国騎士団二百名と、王国軍の精鋭五百名が控えている。


「アーセルハイデル、襲撃は深夜。宜しいですね」

「御意にございます閣下」


 作戦開始までの時間を使って、クロトは自軍の騎士隊員と国軍の兵士たちに作戦の詳細を説明していた。この作戦にはIALAも参加しているが、彼女らはクロトとアーセルハイデル率いるファンタジア魔導王国騎士隊等とは別行動を取る予定になっている。


 ロイエンタール帝国駐留部隊は、クロトとアーセルハイデル率いるファンタジア魔導王国騎士隊、それに魔導王国軍の精鋭で対処する予定だ。その総勢七百名強が、漆黒の闇に包まれた丘の上に布陣を完了した深夜。


「現時刻を以って作戦を開始する。アーセルハイデル!」

「御意」


 静かに天に掲げたアーセルハイデルの右手が振り下ろされる。それとともにファンタジアの軍勢が走り出した。敵、ロイエンタール帝国軍駐留部隊の総数は三百名程度。


 対するファンタジア魔導王国軍は精鋭ばかりを集めた七百名強。圧倒的な戦力差であるが、敵部隊は経験豊富な補給メインの部隊とその護衛部隊である。圧倒的戦力差だといって油断は禁物だ。


 西の孤島奪還作戦を考えた際、昌憲はこの作戦を出来るだけ短期間に、できるだけ自軍の犠牲を少なくするように配慮していた。


 当然、ファンタジア魔導王国の精鋭たちに、経験を積ませ、自信を持たせるという意味合いも込められている。それらを考えての戦力差だった。


「邪魔になる敵だけを排除せよ! 目指すは敵本営だ」


 街に侵入したアーセルハイデルは、後続の部隊に激を飛ばすように叫んでいた。崇拝するクロトは目にも止まらぬ速さで先行していて、もうその姿を確認することはできない。


 アーセルハイデルはクロトから告げられていた敵本営を目指した。敵本営は港街の港よりにある教会だ。途中、何名かの敵兵に遭遇したが、その場で切り伏せるか逃げられるかであり、アーセルハイデルと彼に続く部隊の進撃速度は変わらない。明後日の方角に逃げる敵兵を追うこともなかった。



 ◇◇◇



 アーセルハイデルから先行するクロトは、停泊が確認されている二隻の敵輸送艦と二隻の護衛艦に向かっていた。目的は護衛艦の無力化である。


 護衛艦には艦砲が搭載されていることが確認できていた。その威力についても調べがついている。劣勢になり、判断を誤った敵の艦長に発砲されでもしたら、自軍敵軍問わず多大な犠牲が出ることは明白だ。


 魔道具の知識がない兵士たちではその対処が難しいし、そもそもそんなことをするよりかは自分で壊してしまったほうが合理的である。そうクロトは考えたのだ。


 疾風のごとく中央通りを駆け抜けたクロトは、停泊している護衛艦に飛び移った。港まではファンタジア軍の侵攻が未だ伝えられていないために、だれも闇夜を駆けてきたクロトの存在に気付いてはいない。


「あなた方に思うところはありませんが主様のためです」


 護衛艦に飛び移ったクロトは、船首デッキ上に据え付けてある艦砲をためらうことなく爆破した。港には見回りの兵士が巡回しているがお構いなしだ。


 強烈な衝撃音と閃光が周囲に広がり、艦砲の破片が辺りに飛散する。見回りの兵士もその衝撃音にうずくまっていた。


 クロトはもう一隻の護衛艦に飛び移ると、再び艦砲を爆破処理した。二度の爆発で、倉庫に詰めていた兵士たちが表に出てきたが、そのときには既に、クロトは本営へと向かっていたのである。


 護衛艦の艦砲さえ無力化してしまえばもう怖いものは無い。一刻も早くこの地の指揮官を倒すだけだった。



 ◇◇◇



 港の方角から二度の爆発音がアーセルハイデルの耳に届いた。


「さすがはクロト様だ。もう目的をはたされたか」


 敵本営を急襲することに成功したアーセルハイデルとその部隊は、数名の犠牲を出してはいたが、敵駐留部隊の無力化にほぼ成功していた。彼の眼前には駐留部隊の指揮官と思われる男が、起き出しの恰好で抜身の大剣を右手に携え、鋭い眼光を放っていた。


 ランプの薄暗い明かりに照らし出された、二メートルに迫ろうかというその男は、むき出しの筋肉を震わせて怒りに満ちている。


「駐留部隊はすでに壊滅した。大人しく捕虜になるかこの場で死ぬか選べ」

「夜襲とは小賢しい。不覚をとったが、ただでは帰さん」

「では、この場で死ぬ方を選ぶわけだな」


 アーセルハイデルがそう告げ終るのも待たず、大男が切り掛かってきた。怒りに任せて振り下ろされた大剣を、咄嗟に腰の剣を抜いて受けとめる。手にしていた槍では捌ききれないと、彼は一瞬で判断したのだ。



 大剣の重さと怒りに任せて振り下ろされたスピード、そして大男の腕力。それらが合わさってアーセルハイデルの両腕には凄まじい衝撃が走った。


 ギリギリと上から力づくで大剣を押し込んでくる大男と、その大剣を両手に持つ剣で受け、片膝をつくように押し込まれるアーセルハイデル。このままでは押し切られる、そう思えた瞬間に、アーセルハイデルは大剣の力を下方へと逃がし、そして後ろへと飛び退った。


 その後も大男の猛攻は収まらない。どうみても大振りにしか見えない大剣ではあるが、スピード、重さ、正確さ、どれをとっても圧倒的。アーセルハイデルは大男の猛攻を受けるので手一杯のように見える。


 しかし、アーセルハイデルの戦いぶりを、圧倒的に不利に見えるその戦いぶりを見ている彼の部下たちの目に焦りはなかった。


 別にアーセルハイデルが部下に嫌われているわけでも、彼が弱いと認識されているわけでもない。彼は騎士たちの信頼を得ているし、その強さも認められていた。


 なぜ圧倒されているアーセルハイデルを、彼の部下たちは心配しないのか。その理由は、アーセルハイデルに余裕があると感じていたからだ。


 アーセルハイデルとその側近の部下は、目の前の大男など比べることもおこがましいほどの強さと速さと重さを兼ね備えた相手と、何度も手合せを経験していた。


 その相手とは、彼らを鍛え上げたクロトなのだが。彼女の攻撃に比べると、アーセルハイデルと戦う大男の攻撃など、取るに足らない攻撃だった。


 事実、アーセルハイデルの表情には余裕があった。笑みさえ浮かべている。


 猛攻を続けていた大男が一旦距離をとった。大男は荒い息づかいで肩を揺らし、その体からは大粒の汗が噴き出している。


「その程度か」

「受けるだけで手一杯の奴が何をほざくか」


 大男の言は尤もだった。何も知らない一般の兵士がこの戦いを見ていれば、誰もがアーセルハイデルの言葉は負け惜しみに聞こえたはずだ。


 しかし、アーセルハイデルは初めてまみえる”強そうな”敵の指揮官らしき男との戦いを、楽しもうとしていただけだったのだ。クロトにしごかれる前の彼だったら、これほどの余裕は無かっただろう。というか、確実に殺されていただろう。


 しかし、地獄のようなクロトのシゴキに耐え抜いてきたアーセルハイデルは、短期間のうちに数段上の実力を身につけていた。


 アーセルハイデルの言を、完全な負け惜しみだと判断した大男は、今までにも増して猛攻を仕掛けてきた。しかしアーセルハイデルはその大剣を受けるようなことはせず、弾き飛ばして心臓に一突き、おそらく大男には見えなかっただろう攻撃で戦いを終わらせたのだった。


 大男の胸から剣を抜き去ったアーセルハイデルの後方から声が掛けられた。


「いい攻撃だった」


 ドサリと崩れ落ちた大男を後ろに、振り向いたアーセルハイデルが片膝をついて頭を下げる。


「勿体無いお言葉です。クロト様」


 誰にも気づかれることなく、いつの間にかアーセルハイデルの戦いを見物していたクロトは、満足そうに跪く彼を見下ろしていた。

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