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第六十一話:開戦


「もうすぐ敵艦隊が視認できます」


 アトロに起こされ、敵襲を告げる報告を受けた俺は、本営のテントから自称覇者の剣を背負って飛び出していた。本営から浜辺までは近い。俺は浜辺まで一気に走った。アトロも続いている。


「あと一時間程度か」


 ものの数分で一段高い砂浜との境界に到着した俺の視界には、ロイエンタール帝国軍の艦隊が朝陽に照らされるその高いマストのおかげで視認できていた。


「どうしますの? マーサ」

「クロトに連絡だ。作戦どおり迎撃態勢をとれ。IALA防衛部隊五十は上空に物理防御結界を展開。攻撃部隊五十体は作戦に従い敵艦砲を無力化せよ」



 ◇◇◇



 夜明けと時を同じくして、マストの見張り台から大陸確認の報がはいった。その報を聞き、船首デッキへと飛びだしてきたロイエンタール帝国軍第三将アルセーニは、逆光の奥に黒い海岸線を視認していた。兵士たちも慌ただしく動き出している。


「ようやく、この忌々しい船旅が終わるか。そして、アイツと戦える」


 上陸地を確認したロイエンタール帝国軍の艦隊は、座礁しないところまで陸に近づいたところで兵士が乗った上陸用のボートを海面に下ろしはじめた。


 強制睡眠を解除された魔猿が次々に海へと飛び込み、陸を目指している。陸地までの距離は一キロメートルを切ったところで艦隊は錨を投下した。陸地の砂浜の向こうには大陸の兵士が槍を持って臨戦態勢を整えている。錨の投下を終えて船が安定したところで伝令が走った。


「主砲、撃てッ!」


 ついに、ロイエンタール帝国軍と大陸連合軍との戦いの火ぶたが、宣戦布告されることなく切って落とされたのである。艦砲の発砲音を、アルセーニは上陸ボートの上で聞いていた。陸までは三百メートルを切っている。



 ◇◇◇



 ロイエンタール帝国軍艦隊から魔猿が飛び出し、上陸用のボートが動き出したことを自ら確認した俺は、幅の狭い砂浜へと一人降り立っていた。


 もちろん背には覇者の剣を背負っている。魔猿が陸地から百五十メートル、ボートが三百メートルまで迫ってきたところで、敵艦隊から黒煙が上がり、僅かな時間差で強烈な爆発音が聞こえてきた。


 さらに少しだけ遅れて、砂浜の上空では物理防御結界に着弾した砲弾が次々にさく裂し、まばゆい光と白煙をまき散らしている。砲弾は、着弾の衝撃で炸裂する魔道具だという調べがついていた。


「大砲なんぞ無粋なものを持ち込むからこういうことになるんだ」


 俺は身勝手な理由で怒っていた。ロイエンタール帝国軍が大砲というファンタジー世界にはそぐわない兵器を持ち出してきたからだ。


 ファンタジー世界の戦いは、剣とかメイスとか槍とか魔法を使ってのものでなくてはならない。しかし敵は近代兵器とまではいかないが、大砲という無粋な兵器を持ち出してきた。それが許せなかった。


 さすがに、この世界に火薬は存在しない。だから魔法によって砲弾を射出しているのだろうが、それでも俺は許せなかった。そんな無粋な兵器には早々にご退場願おうと考えている。


 カラクリは簡単だ。五十体のIALAが砲身の中に物理結界魔法を張って、暴発させるだけだ。


 しかし、砲門三百に対してIALAの防衛部隊は五十体。いかに彼女らとて、海上で独立に揺れている三つの大砲の砲身を、同時に物理結界で塞ぐことはできない。


 仕方なく彼女らを半分に分け、片方を飛んできた砲弾に対する広域物理結界、もう片方を大砲の無力化にあてたのである。


 自分が担当する艦砲が暴発したことを確認したIALAたちは、次々に標的を変えて物理結界を仕掛けていった。そして、ほぼ全ての艦砲が暴発し終えたころ、海の中を歩いて陸に近づく魔猿の大群は、上陸まであと五十メートルという距離まで接近していた。


「それにしても……予想していたとはいえ、魔猿共のバカ力と体力には呆れてものも言えないな」


 俺が呆れていることには理由があった。それは防衛戦の要とも言える魔道具の効果を無効にするがごとく、魔猿の群れが着々と陸に近づいていたからだ。


 それでも俺が慌てることはなかった。魔猿がこの魔道具で無効化できないことは予測できていたし、期待通りの効果が得られていることは敵の動きを見れば一目瞭然だったからだ。


 今回の防衛戦で最も脅威に感じていたのは、敵兵の六万強という数と錬度である。まともに戦えば、たとえ魔猿や大砲が敵軍に無かったとしても蹂躙されることが目に見えていた。


 二千体程度の魔猿ならば、IALAの補助があれば大陸連合軍の兵士であろうと倒せると考えている。もちろん、この戦いに投入した全てのIALAと俺、そしてアトロにクロトが本気を出せば魔猿の群れなど時間はかかるだろうが殲滅は可能である。


 しかし、そんなことをしてしまっては大陸各国のまとまりはとれないし、大陸の住人達は俺たちに頼りきりになってしまうだろう。俺が英雄になるという願いだけは達成できるだろうが、それだけだ。仲間たちと対等な関係で、俺が望む楽しいファンタジーライフを送ることは難しいだろう。


 大陸の住人が力を合わせて敵軍を破り、自分たちの力で大陸を守ったという自信と誇りを持ってもらいたかった。


 戦闘能力が違いすぎる魔猿と戦えば、大陸連合軍の犠牲はある程度出ることになるだろう。しかし、それだけの犠牲を払ってでも大陸連合軍の力でロイエンタール帝国軍を破ったという実績は、これからのことを考えれば必要なのだ。


 ロイエンタール帝国に限らず、たとえ国が変わろうとも、西の大陸に住まう者たちに俺たちは強いと思わせることもできる。俺たちの大陸を侵略することは難しいという抑止力になる。


 ボートに乗ったロイエンタール帝国軍六万はといえば、いまだに陸地から三百メートルのところで立ち往生していた。


「どうやら計算通りになったようだな」


 これが今回魔道具を使っておこなおうと考えていた作戦である。イフェタ魔導王国のシルバーミント伯爵に依頼して作ってもらった魔道具は、水流操作の魔道具だった。


 つまり、海中に等間隔に並べられた大型魔道具が、海底付近の海水を吸い込み、上部から陸地の反対方向に噴射しているのだ。この魔道具によって遠浅の海の海底付近の海水は陸に向かって流れ、海面付近の海水は沖に向かって流れている。


 本来、ロイエンタール帝国軍は西の大陸統一の過程で、陸地を主戦場として戦ってきた。したがって、彼らは波のある海上でボートをこぐことに慣れていない。


 それも手伝って、陸地に近づけなくなってしまったのである。しかし、この魔道具は結構な量の魔力を消費するので、操作する魔導師の負担が大きかった。そこで比較的魔力の多いものが多く住むイフェタの魔導師たちが、この魔道具の操作を担当することになった。


 それでも一人あたりの連続操作時間は二十分程度で、当然そんな短時間では防衛戦が終わることはないと考えられた。


 イフェタの魔導師たちを良く知るシルバーミントと昌憲が、魔道具の効率的な運用を話し合った結果、魔道具は一台あたり二人で十分間操作し、一台の魔道具あたり六組、合計十二人で十分おきに交代するという運用方法が決まったのである。


 こうして一人当たりの分担を四分の一に減らしてしまえば、魔導師たちは待ち時間に食事や仮眠でさえ取ることができる。その間に消費した魔力を回復することができるのだ。


 しかし、そう待つことも無くとうとう魔猿が上陸しはじめた。兵たちが布陣する場所から一段下の砂浜で待ち構えていた俺は、覇者の剣で向かってきた魔猿を砂浜に足をとられることなく容赦なく切り伏せた。


 その光景を目の当たりにした、俺の後ろに布陣する大陸連合軍の兵士たちから怒号のような雄叫びが上がる。どうやら魔猿を見ても戦意を喪失することなく、逆に俺が魔猿を一撃でしとめた光景を見て士気が上がったようだ。


 俺が相手にするのは自分に襲いかかってきた魔猿だけだ。その他の魔猿は、有利な場所で待ち構える兵士たちが相手をすることになっている。次々に上陸してきた魔猿たちが、砂浜が途切れるところで待ち構える大陸連合軍に襲いかかっていった。



 ◇◇◇



 浜辺には次々に魔猿が上陸をはじめていた。ロイエンタール帝国軍の上陸用ボートは、いまだに沖合三百メートルほどで足止めをくっている。


 そのボートの上で苛立たしげに腕を組み、魔猿が上陸をはじめた浜辺をアルセーニは睨んでした。その正面で威容の黒づくめな男が上陸を果たした魔猿を一撃で切り伏せていた。


「どんな小細工をしたのか知らんが忌々しい。が、あの男か……」


 アルセーニは、自分の武をぶつけるに相応しい男を見るにつけ、自制が効かなくなっていった。そしてとうとう、逆流渦巻く海面に身を投じたのである。


 このまま水竜に逆らって海を泳ぎ切り、一人上陸を果たしたところで、戦のすう勢に影響を与えるとは考えにくい。それどころか、囲まれて討ち死にするのが関の山であろう。それはアルセーニにも分かっていた。


 しかし、家族を失い、故郷を失い、それ以来貪欲に戦いを求め続けてきた我が身のことなど彼にはどうでもよくなっていたのだ。あの男と戦えさえすればそれでいいと。


 海に飛び込んだアルセーニは、己の持つほとんどの魔力を体力強化にあて、とても人間とは思えない力強さと速度で腕を掻き、足をバタつかせた。


 普通の人間ならばわずか数秒で体力の限界を迎えるであろう泳ぎで、流れに逆らって前進しはじめたのである。懸命に水を掻くアルセーニの体は、遅々としていながらも前進を止めることはなかった。


 そんなアルセーニに神が味方したのかどうかは分からない。陸地まであと少しというところで、泳ぐ彼の視界、その前方の水中に黒い何かをみつけたのである。その黒い何かから勢いよく茶色のなにかが吹き出していた。


「そういうことかッ! ならば」


 突如水中に身をもぐらせたアルセーニの体が、強烈に黒い何かに吸い寄せられた。アルセーニは、海底近くの流れに身を任せ、背にしていた剛槍をそれに突き刺し、そしてしがみ付きながらも渾身の力で何度も槍を突き刺していった。


 すると、その場の水流が突如停止し、体に押しかかっていた強烈な水圧が停止したのである。今、自分が壊した黒い箱で水流を操っていると理解したアルセーニの動きは速かった。


 たった一つを壊したところで、沖合のボートの位置では水流に変化は少ないだろう。しかしあと二つくらい壊せば。そう考えたアルセーニは、どちらでもいいと、息継ぎののち再び海中に潜り、右側の二つの箱にとどめを刺した。


「これくらいでいいだろう。楔は打ち込んだんだ。俺は俺のやりたいことをやらせてもらう」


 そう考えたアルセーニは海上に浮上し、海面をたたき、ボートの兵士に見えるように勢いよく槍を振り回す。そして沖合を見やれば、アルセーニが乗っていた近くのボートが流れに逆らって近づきはじめていた。


 一方、陸側を見やれば、上陸した魔猿が次々に打ち取られていた。魔猿一匹に数十人が連携をとって応戦している。その動きは明らかに訓練されたもののように思えた。ときおり魔猿に弾き飛ばされる兵もいたが、その連携は強力な魔獣にあたるときのそれだった。


「蛮族か……」


 ロイエンタール帝国の国民は、西の大陸以外の人間はみな蛮族と教育されている。アルセーニもその例にもれず、戦に負けてエリンギ―二の部下に成り下がったのちにそう教えられてきた。


 しかし、蛮族にあれほど合理的な戦いなどできるはずがない。認識を改めたほうがいいというよりは、帝国人の選民意識に辟易するほうが強くなっていた。


 そもそも、蛮族ごときがこれほど見事な防衛戦などできようはずもない。どんなカラクリを使ったのか分からないが、艦隊からは黒煙が上がり砲撃は止んでいた。


 主力部隊は上陸を阻まれ、先行した魔猿はそのことごとくが討ち果たされている。戦況はすでに負け戦の色が濃い。しかし、アルセーニにとって、そんなことはもうどうでもよかった。


 黒い箱を三つ壊したことで、すでに楔は打ち込んである。その楔をどう利用するのかは、他人事のようだが帝国軍次第だ。もう帝国への義理は果たした。


 自分は自分の本懐を遂げさせてもらおう。家族と故郷を失った時から、アルセーニには戦場しか居場所がなくなっていた。


 西の大陸に、もうそれは存在していないし、戦いに心躍ることもなくなって久しい。技と力をぶつけ合える本当の戦いを一度でも得られるのならば、もう自分はどうなっても構わない。


 アルセーニは、すでに何頭かの魔猿を退けているだろう黒づくめの男を浜辺に探す。そしてそれはすぐに見つけることができたし、自分の息も整っている。

すでに腰の高さまでしかない海をゆっくりと、黒づくめの男へとアルセーニは歩みを進めた。そして、その男もすでにアルセーニに気づいていたようだ。


「たまげたな。この流れの中を泳いでくるやつがいるとは思わなかった」

「お前が東の大陸の将か。我が名はアルセーニ」

「俺はファンタジア魔道王国国王、マサノリ・ティル・ヒラサワ・ファンタジアだ」

「ふん、国王自ら前線に立つとは見上げた心意気だ。我が槍の的になってもらおう。我が期待、裏切らんことを願わん!」

「応ッ!」

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