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第六話:科学者と相棒と狩と獲物の関係


 日の入り直後という珍しく早い時間に寝入ったせいか、日の出前に目覚めてしまった。テントの外に出ると魔法で水球を出現させて顔を洗う。


 日の出直前の薄明かりが差しはじめた草原に直径五十センチほどの透明な水球が宙に浮く姿は、幻想的でいかにもファンタジー世界を彷彿とさせる。


「ふぅ、まだ薄暗いけど朝飯でも作るか」


 昨日集めた野草を水洗いしてざく切りにし、肉を少量細切れにしてから、ザックから小鍋と地球から持ってきたオリーブオイルを取り出した。そしてかまどに枯れ木を追加して火をつけると、味付けは塩コショウだけの肉野菜炒めを作った。


 カップに水を注ぎ、できたての肉野菜炒めを小鍋から直接箸でつまんで頬張り、よく噛んで水で流し込む。味付けが単純すぎて不味いわけではないが、美味くもなかった。


 朝はこんなもんで十分だろうと日課となっているストレッチ行いながら、いつもより時間をかけて体をほぐしていく。それは、今日もあの黒狼とのじゃれ合いという名の力比べを考えているからに他ならない。


 そうこうしているうちに朝陽が昇り、そよ風に揺れる草に付着した朝露がキラキラと輝きはじめた。


「さてと、相棒でも探しますかね」


 ストレッチを終え、そう一人ごちて魔力探知を開始する。探すのはもちろん昨日の黒狼だが、魔力で探す間もなく目視ですぐに見つかった。


 昨日黒狼が去って行った西の方角から、こちらに向かって歩いてくる姿が見える。そして、さほど待つこともなく黒狼は目の前まで歩み寄ってきた。その距離は警戒していた昨日とは違い、手を伸ばせば届く距離であるが、巨体ゆえに見下ろされる形になっている。


 昨日遊んだことで、少なくとも警戒心は持たれてないようだった。それどころか、早く遊んでおくれとばかりに前足でちょっかいを出してくる。どうやら気に入ってくれたようだと少し安心し、気合を入れなおして黒狼と遊びはじめた。


 それからは昨日のつては踏むまいと力を入れるところは入れ、抜くところは抜くようにしてくんずほぐれつのじゃれ合いを繰り広げる。


 その効果は如実に表れ、二時間近く黒狼と遊ぶことができた。今日も疲れて動けなくなるまで遊び続け、黒狼は西へと帰って行ったが、何度かは黒狼の動きを腕力で封じて自分の優位をアピールしたつもりである。


「上出来なのかなぁ……」


 この調子だと何日かかるかは分からないが、このまま遊び続ければ黒狼との上下関係を築けそうだと確信したのだった。



 翌日以降この場所で午前中に黒狼と遊び、午後に食材集めをしたり、調べ物や魔法の訓練をしたりしながら十日ほど過ごした。二日目みたいな急激な伸びは無かったが、遊ぶ時間は徐々に増えていき、ここ二~三日は黒狼の方が先にへばるようになった。


 そしてその翌日、今までにない行動を黒狼がとる。今までは昼過ぎになると西へと帰ったのだが、今日は正午を過ぎて遊び終わった後も西へと帰ろうとはせずに、俺の横に座り込んで体を寄せてきたのだ。


「どうした、帰らないのか?」


 その意味を黒狼が理解しているとは思えないが、首を撫でられた黒狼は目を細めて気持ちよさそうにしている。しばらくして、撫でられていた黒狼がのそりと立ち上がったかと思うと、ゆっくりと西の方へ歩きだした。


 ようやく帰る気になったかと思いそのまま見送ろうとするが、黒狼は足を止めて俺の方に振り返る。そしてまた少し足を進めては立ち止まって振り返った。


「ついて来いってことか?」


 そう考えて歩いていくと、黒狼は再び歩きはじめる。それについて行くと、黒狼は歩くことを止めようとはしなかった。どうやら、本当について来て欲しかったようだ。しかも、その歩く速度は次第に早くなって行き、とうとう黒狼は走りだした。


 負けじと黒狼の横を疾走する。その速度は優に時速百キロを超えているが、黒狼に至っては体格が巨大すぎるのでその動きはとても全力を出しているようには見えなかった。この程度の速度ならまだまだ俺にも余裕があった。例えるならジョギング感覚で黒狼の横を並走している感覚だ。


「おいおい、今度は追いかけっこか?」


 そう思ったが、黒狼の目的は違うようだ。急速に走る速度を緩めて立ち止まると、遥か前方を注視している。黒狼に合わせて走るのを止め、何かいるのか? と、同じように前方を伺う。


 草原の草が風に揺れる遥か前方、そこに存在する地に這う赤黒い線のようなものを認識し、黒狼の目的がようやく分かった。


「そうかそうか、今度は狩をするんだな」


 今、俺と黒狼が立ち止まっている場所は、前方の獲物から見れば風下だった。黒狼が動き出したのは、獲物の匂いを嗅ぎ取ったからだろう。


 得心がいってうんうんと頷いた俺は、身を屈めるようにして歩きはじめた黒狼の後を追っていく。その中で、ふと疑問が浮かんだ。狼とは集団で狩をするものではないのか? と。しかしと思い直す。ここは異世界ではないか、幾ら似ているとはいえ地球の狼と同じなはずはないよなと。


 黒狼を騎獣にすると決めてから、その生活の様子は観察してきた。確かに地球の狼と社会性などに多くの類似点が見られたが、相違点も幾つか有ったではないか。ここまで考えた所で、とある可能性に気付いてニンマリと目じりが下がる思いだった。


「これは間違いないか」


 黒狼が自分を群れの一員、つまり仲間だと認めてくれたのではないかと気づいたからだ。だから、しきりに後ろを向いて誘ったのではないかと。


 獲物への接近を試みる黒狼と俺は次第にその距離を縮め、獲物の正体がようやく分かった。前方に群れているのは牛に似た赤黒い色の体毛を持つ巨大な獣で、姿形はアメリカバイソンにどちらかといえば似ている気がする。


 体長は四メートル弱。今は集団で草を食んでいて食事中のようだ。こちらにはまだ気づいていない。


 黒狼は群れから百メートルほど離れた所に生える背の高い草の茂みに身を隠すと、その隙間から獲物となる個体を探しているようだった。俺は黒狼の横に身を寄せるようにしゃがみ込み、襲撃の機会をうかがう。そして、ほどなくその時は訪れた。


「今だ!」


 身を屈めていたからだろうが、予備動作の一切を見せず黒狼が駆けはじめた。その小さな音を聞き取ったバイソンもどきはちりぢりに逃げはじめるが、黒狼の加速は圧倒的で、百メートルはあった距離が瞬く間に縮められていく。


 出遅れた感があった俺だったが、負けるわけにはいなかった。圧倒的な加速を見せる黒狼のその後ろから、それを上回る加速で差を詰めていく。


 黒狼と俺が、標的に選んだ獲物に到達したのはほとんど同時だった。黒狼は回り込むように獲物ののど元に喰らいつき、俺は腰のサバイバルナイフを抜いて飛び上がり、バイソンもどきの脳天にナイフを深々と突き刺したのだった。


 脳天へと突き刺さったナイフの一撃で、バイソンもどきは一瞬で絶命する。喉元に喰らいついた黒狼に引き倒される形で転倒したバイソンもどきは、その身をピクリとも動かすことは無かった。


 黒狼は、呆気なく動かなくなった獲物にいつもとは違う感覚を覚えたのか、のど元から牙を外して立ち上がる。しかし、俺は脳天に突き刺したナイフを抜き去ることなく重力魔法でバイソンもどきを浮かせると、そのままテントの方角へと移動させたのだった。


「可愛そうだがここからは俺が主導権を握らせてもらうぞ」


 獲物の支配権は上位者にある。獲物をしとめた今が、黒狼に上下関係を理解させる絶好の機会なのだ。ここは絶対に引けない。


 そう考え、自分の縄張りであるテントの近くまで獲物を運び、先に食事、つまりこのバイソンもどきに手を付ける必要がある。


 これは黒狼を騎獣にすると決めた時から観察していて分かったことだが、彼らの食事は群れのボスからはじまり、ボスが許さない限り、下位者は食事にありつけない。


 当然黒狼は俺が自分の上位者だとはまだ認めていないので、運ばれる獲物を自分の物にしようとその腹へと喰らいついた。しかし当然、俺がその行動を認めることは無い。


 バイソンもどきの腹に喰らいつく黒狼に、俺は歯を剥いて唸り声をあげ、威嚇して見せる。何も知らない人にはとても見せられないような絵面だろうが、俺は真剣そのもだった。恥ずかしいからと躊躇している場合ではないのだ。


 未だに喰らいついて獲物を離さない黒狼へ、歯をむき出しにした自分の顔を近づけ、威嚇しながら両手で黒狼の顔を掴んでバイソンもどきから引きはがす。


「ダメだ。これは俺の獲物だ」


 黒狼が俺の言葉を理解しているとは思えないが、力づくの強引な威嚇が効いたようで、黒狼は渋々引き下がった。俺は勝ち誇ったようにゆっくりとテントの近くまで歩くと、仕留めたバイソンもどきを地上へと降ろし、おもむろにナイフでその腹を割く。


 たちまち強烈な血と内臓の臭いが立ち込めるが、我慢して内臓をナイフで掻き出し亜空間へと消し去った。これは、黒狼にとって内臓こそが最も栄養価が高い貴重なご馳走だからである。


 わざわざ亜空間へと消し去ったのは、まさか内臓を生で喰らうことなど出来ようはずも無いからだった。下位者にご馳走は与えない。


 これで黒狼は俺がご馳走を独占した上位者の行動だと理解するだろう。いや、してくれ。そう思わずにはいられなかった。


 さらに、今度は本当の昼食を取るために肋骨辺りのハラミ肉をナイフで切り取ると、それを火の魔術でじっくりとあぶり、塩を振って口にする。午前中一杯黒狼と遊んでさらに狩にまで付き合ったのだ。十分に空腹だったこともあって、バッファローもどきのハラミ肉はことさら美味く感じた。


「もう少しだからな。ちゃんと待てるなんて偉いぞ」


 もちろん食事の間は常に視線を黒狼から外していない。それは、まだお前の食事時間ではないという俺の意思の現れであり、黒狼は黙って俺の食事を眺めていた。十分に腹が膨れるまで焼き肉を堪能した俺は、もう喰ってもいいという意思をこめて黒狼から視線を外す。


「良し!」


 その言葉を合図にして黒狼は食事をはじめたのだった。


 この日を境に、俺は黒狼との間に明確な上下関係を保った上で付き合っていくことになる。日程的には俺がこの場所で生活をはじめて二週間弱になるが、黒狼を騎獣として使役する第一段階がこれで完了した。


 ずいぶん時間が掛かってしまったが、あとは黒狼に騎乗して走ったり、荷車を引かせるための調教をすれば騎獣を得る目標の達成である。


 そして、この日から十数日の時間を使って黒狼の調教を完了したのだった。


 俺は黒狼を北欧神話にちなんで「ハティ」と名づけた。調教の間は絆を深めるために狩や寝食を黒狼ハティと共に過ごした。あまりの獣臭さに、我慢できるレベルまでハティを洗ったりもした。


 ただし、洗いすぎて匂いが消えてしまうのは彼らの習性上やってはいけないことだ。だから僅かに獣臭が残るように気を使ったりもしている。


 ハティと出会ってまだ日は浅いが、それでも一ヶ月弱の時間を共に過ごしたことにより、今では俺の命令を喜んで聞くようになっていた。時間は目標の倍近く掛かったが、それでも上出来だなと思っている。


 そして何より、ハティが嬉々として自分に従ってくれることが嬉しかった。偶然に与えられた力、生まれ持った力で、努力も苦労も無くいとも簡単に懐いてくれる魔獣や聖獣が登場する物語がある。


 そんな事が実際に起こればどれだけ楽なことだろうか。俺にもそういう淡い期待はあったが、現実は厳しかった。しかし、厳しかったからこそ達成したときの喜びも大きい。


「っしゃぁぁぁ!!」


 ついに黒狼を騎獣として従えることに成功し、達成感から奇声を上げ、熱くなった思いをクールダウンすべく一夜を明かして、テントや調理道具をアトロのもとへと転送した。


 そして今、俺は移動の準備をはじめている。次にこの地で成すことは、アトロが仕留めた茶毛竜よりもインパクトのある魔獣をしとめ、ハンターギルドに乗り込むことだ。


 しとめるべきターゲットは既に決まっていた。それは地竜の上位種である。


 ちなみに地竜とは、飛べない竜種全般示す総称なのだが、これはこの世界の慣例に倣ったものだ。地竜と空を飛べる飛竜は種族名としては「竜」を冠しているが、遺伝的には異種族であり、顔の特徴も牙がある以外は別物だった。


 話が逸れたが、俺が狙っているのは地竜種の中でも上位種である「黒竜」と呼ばれる魔獣であり、アトロが倒した茶毛竜よりも強くて希少価値が高い。


 ちなみに、ここで言う竜種とは俺が勝手に定義したもので、姿形が過去地球に存在した肉食恐竜に似ていたからそう呼んでいるだけだ。


 黒竜はその名の通り短く黒い体毛に全身を覆われた雑食の地竜種であり、茶毛竜より一回り大きく、平均体長は五メートルを超える。


 生息域は、草原の最西端の高地から俺がキャンプを張った地点より西に百五十キロほどまでである。茶毛竜は個体の戦闘能力値で言えば八千ほどであり、地竜種の中では弱い方であるが、黒竜の戦闘能力値は一万二千と相棒のハティに匹敵する。


 弱いと言っても、この世界の魔力を持たない一般成人男性の戦闘能力値が百五十弱だということを考えれば、八千という戦闘能力値がいかに高いが分かるだろうう。


 ちなみに、この草原地帯で最も戦闘能力値が高い存在は白竜と呼ばれる地竜種で、その値は一万五千に及ぶ。なぜ白竜をターゲットにしなかったかといえば、白竜は個体数が非常に少なく、また、非常に美しい存在だったからに他ならない。


 それはさておいて、生活用品をザックへとしまい終え、移動の準備が整った。指笛を吹いてハティを呼び寄せると、その背に跨って黒竜の生息地である草原の西へと向かったのだった。

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スキル的なものを使わずに真面目に野生動物を従える?テイムする?作品を初めて見た。おもろい
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